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No. 00061
DATE: 2001/04/29 12:11:39
NAME: シオン
SUBJECT: クェララの一閃
「切り裂くもの・・・?ああ・・・それなら確か・・」
ケルツと言うその黒髪の吟遊詩人は、少し酒場の天井を仰ぎ静かに語り始めた。
カウンターにはリスを連れた黒髪の男、リックと、
その友人らしいもう一人の長身の男、ゲイルノート、
大剣を背負った青年、アウルス・・・
そして一人の少女の姿があった。
ケルツはリュートの弦を爪弾きながら続ける。
「詳しくは知らない・・・。だが、あらゆるものを一振りで切り裂き、虹に似た光を発する、
美しい細身の剣だと聞いている。 たしか・・・クェララの一閃と言ったか・・・。」
「・・・クェララの・・・一閃。」
少女・・・シオンは呟いた。
クェララの一閃。通称「切り裂くもの」と呼ばれる白銀の魔剣。
シオンがその剣の存在を知ったのは、風の強いある冬の日だった。
その日は客も少なく、シオンはいつもより早くいそいそと
店の看板を下ろした。
奥の工房からは父がハンマーを振るう音が響いている。
「さあ、ひと休みしよう。」
ひと仕事終えた父はシオンに呼びかけると、椅子に腰掛け、ふいにこんな話を始めた。
・・・・・・・・
それはまだシオンが幼い頃。
いつものように父が店先で剣を磨いていると、一人の剣士がふと
足を止め、父に話しかけて来た。
使い込んだ鎧を身に付け、細身の長剣を腰に帯びたその男は、
見たところ冒険者を生業としているようだった。
「ご主人、この店の物は全てあなたが・・・?」
「ええ、ご覧のとおりの寂れた店でしてねぇ、弟子を取る余裕もないもんで。」
一本の長剣を手に取り、剣士は感心しながら言った。
「エレミア製の刀剣はいいな。みな良く出来ている。」
「ギルドで決まってましてねぇ。いいものはみんなで分ける。
まあ・・・私なんかの腕はまだまだですがね・・・。」
「そうか・・・。」
剣士はふと自分の腰の剣に左手を添える。
「・・・ここにある剣は・・・。」
「?」
「この店に並んでいる剣は、皆望まれて生まれて来たんだな・・。」
そう言うと剣士は、鞘から自分の剣を静かに抜いた。
その瞬間、父は息を飲んだ。
決して華美な装飾がされているわけではない。
しかし見るものを魅了するなにかを持っている。そんな剣だった。
そして青白く光るその細身の刀身は、父を魅了するには充分すぎた。
「・・・その剣は・・・?」
父は思わず身を乗り出していた。
「『切り裂くもの』・・・。見ての通りの魔剣だ。
こいつも、俺も、何も望まれてはいない・・・。」
剣士は多くを語ろうとはしなかった。
だが、その表情を見る限り、よほど辛い過去があったであろう事は
容易に想像でき、父は言葉に詰まった。
「家族は・・・」
少しの沈黙の後、不意に剣士が口を開いた。
「家族は、いるのか?」
「へっ?・・・え、ええ。娘が一人・・・。
家内はあいつをを生んでしばらくで死んじまいましたがね。」
父はちらりと店の外で犬と遊んでいる少女に目をやった。
「そうか・・・。」
剣士は少し微笑んだようだった。
「邪魔をしたな。」
剣士はそう言うとゆっくりと少女に近づき、しゃがみこんだ。
「お父さんを大事にな・・・。」
そう言いながらくしゃくしゃと少女の頭を撫で、立ち去ろうとした。
「お客さん!」
父が呼び止める。
何か言わなければ。この剣士に何か言葉を掛けなければ・・・。
しかし、憂いを帯びた剣士の顔を思い出すと、言葉が出てこない。
・・・・・・・
「・・・どちらへ?」
それしか言えなかった。
「オランだ。」
剣士は何かを決意するようにきっぱりと答えた。
「お・・・お気をつけて!!」
「・・・ああ。ありがとう。」
父に軽く手を振り、剣士が歩き出す。
「おにいちゃん、ばいばい。」
少女が満面の笑顔で言う。剣士は優しく微笑んだ。
・・・・・・
「・・・その時の事が、まだ忘れられなくてな。」
父はパイプをくゆらせ、窓の外を見つめながら言った。
「覚えてないだって?そりゃそうだ。お前がまだ四つの時だからな・・。」
そしてゆっくりと立ち上がり、納屋の方へと歩いて行く。
少しの時間の後、父は一本の剣を持って戻って来た。
「職人ってのはな。」
少し嬉しそうに話す。
「すばらしく出来がいいもんを見ちまうと、体が勝手に動いちまうんだ。」
そう言って、鞘から剣を抜く。
「思わず、こんなもんを作っちまった。あの剣に魅入られちまってな。」
見事な剣だった。普段父が打つ剣とは異質の輝きを放つ刀身に、少女は
吸い込まれそうな感覚をおぼえた。
しかし、
「・・・何で細身じゃないのかって・・・?」
シオンは父に尋ねた。先ほどの話では、『切り裂くもの』は細身の剣のはずだ。
この剣は、お世辞にも細身と言えるものではない。
その剣に魅入られたのなら、なぜ完全なレプリカを作らないのか、と。
「そんなの決まってんだろうが。」
父は頭を掻きながら答えた。
「見たものと同じものを作るなんてのは誰にだって出来るさ。
大事なのは、自分がそれを見て何を感じたか、ってことだ。」
パイプから口を離し、続ける。
「それを見て感じたものを、自分の中で、自分の技量で形にする。
だから面白いんだよ、職人は。」
そして剣を鞘に戻しながら、ポツリと呟いた。
「あの冒険者の顔は、今でもはっきり覚えてるさ・・・。」
「さてと・・・今月中にこの依頼品を仕上げちまわんとな。」
ひとしきり話を終えた父が工房に戻る。そしてまたハンマーの音が響く。
シオンには分からなかった。たった一度会っただけの、名前すら知らない冒険者に
なぜそこまで執心することができるのだろう。
考えても、考えても分からなかった。
・・・・・・その時、ハンマーの音が不自然に鳴り止んだ。
それに続いて、何かが床に落ちるような金属音。
嫌な予感がした。シオンは急いで工房へ向かった。
二日後、父は死んだ。
悲しくないわけはなかった。しかし突然すぎた。
埋葬が終わってからも、父の死に現実味を感じられなかった。
ハンマーの音が響かない工房。それでもシオンは主のいない店を開けていた。
しばらく経ったある日、店に立ち寄った旅人が一本の短剣を手に取り、言った。
「エレミアの品はどれも出来がいいね。」
少女はふと、父が死の間際に言った言葉を思い出した。
『あの時の冒険者に、俺の作った剣を見て欲しかった』
父は、確かにそう言った。それが遺言だったのかは分からない。
だが、シオンはその日を最後に店を閉めた。
そして・・・・・・
シオンは『自由人たちの街道』を東へと歩いていた。
背中には、父が作った剣を背負っていた。
その剣士がオランにいるという確証などあるはずはない。十年以上も前の事だ。
冒険者を続けているのかも、生きているのかすらも分からない。
だが、シオンはまっすぐ前を見ながら、エレミアを後にした。
冒険者になればその剣士に近づけると信じて。父の剣を見せることが出来ると願って。
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