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No. 00063
DATE: 2001/04/30 03:39:58
NAME: レティシア・クラスカイエン
SUBJECT: 報われぬ戦い
男は暗闇の中、息を潜めて街道のはずれで休息している荷馬車の集団を眺めていた。
背後には数人の男達が自分の指示を待ち、残りの男達も周囲に散開しているはずだ。
(5〜6・・7人か、くそエルフもうっとおしい魔術師もいないな・・)
男は慎重に護衛の人数を確認すると、ゆっくりと体を起こした。
「いくぜ・・」
★☆★☆★☆★☆
ふと、レティシアは意識を取り戻した。
まどろみから目覚めようとする意識にささやかな抵抗を感じながらも、満天の空を見上げる。
(まだ交代の時間には早いはず・・)
地面に敷いている厚手の毛布をかき集めて、再び眠りに落ちるべく目を閉じる。
何かが意識を横切る。
(何なのよ・・このまま朝まで起きてろとでも言うわけ?)
言葉にならない悪態を呟きつつも、彼女は体を起こした。
まだ暗く、静寂につつまれた周囲からは4人分の護衛達の寝息やいびき、寝返りの音しか聞こえない。
(・・何か・・違う?)
理由のない違和感に突き動かされるように短剣を身に着け、たき火からランタンに明かりを移す。
(残りの護衛達は二人一組の二班・・たしか周囲を巡回しているはず)
すぐに巡回中の護衛は見つかった。左側の体格の良い男が声をかけてくる。
「レティシアじゃないか、何かあったのか?」
「なんとなく目が覚めただけよ、それよりそっちはどう?」
「静かなもんだ・・虫の音一つ聞こえねぇ」
会話の中にかすかな違和感を感じる。
何かがおかしい。
「どうかしたのか?」
違和感が表情に現れたのか、男は足を止めて訪ねてきた。
「・・・・何か感じない?何か・・・見落としてるような感じ」
「見落とす?何をだ?」
彼は、それでも多少気なったのか周囲をゆっくりと見渡しはじめた。
周囲には暗闇が広がっている。
レティシャの持つランタンと護衛達の松明で照らされた周囲だけが明るい。
お互いの息まで聞こえそうなほどに周囲は静寂につつまれている。
(静寂?・・私たちがここでキャンプを張った時、たしか虫の音が・・)
彼女の背中を悪寒が駆け抜ける。
「・・虫の音が急に静まったのは、誰かがそこに潜んでいる証拠じゃない!」
「まさか・・襲撃か!?」
『襲撃だ〜!!』
馬車を挟んだ向かい側から絶叫が聞こえてきたのと、レティシアが走り出したのはほぼ同時だった。
護衛達の仮眠所へ全速力で駆ける。
(目的が荷の強奪である以上、極力犠牲は減らしたいはず・・となると数を減らして、降伏を呼びかけようとするはず!)
前方に護衛達が見える。
知らせに気付いて起きたものの、目前に襲撃者がいない事が彼らの動きを殊更遅くしていた。
左前方の雑木林から襲撃者が4人、各々の武器を振り回しながら飛び出してくる。
「敵襲よ!武器を構えて!」
レティシアの声に反応したのか、目前に襲撃者が現れたからか、護衛達が慌てて各々の武器を構えようと動きだした。
そして襲撃者側から、直刀を振り回していた1人が進路をふさぐべく、こちらへ駆け寄ってくる。
「女は殺すなよ!」
4人の中で一際巨体の男が声を荒げる。
レティシアはその男が今回の襲撃者のリーダーだと目星をつけた。
「痛い目に遭いたくなければ武器を・・・っ!」
その男は明らかに彼女を侮っていたのだろう。見せつけるように両手を広げていた。
(それが・・命取りっ!)
男の股間へブーツの一撃を叩き込む。
カエルが潰れたような声を上げ、前屈みになった男の後頭部にレティシアは死の刃を振り下ろした。
血と脳漿をまき散らす男を一瞥し、次の相手を捜す。
一人目の男の断末魔の悲鳴に反応したのか、片手剣を持った二人目がこちらに向かってきた。
「てめぇ!」
男の無遠慮な大振りの一撃を避けつつ、短剣の間合いへ踏み込み短剣を振るう。
火花が散る。
彼女の一撃は正確に男の腹を深く切り裂いていたはずだった。
(チェインメイルっ!?)
あり得ない話ではない。
高い防御力とは裏腹に手間もかかれば補修も大変、しかも価格もそれなりに高い。
しかし、使い捨てる覚悟であれば犠牲者から奪うなど、入手の機会はそれなりにあるのだから。
縦に振るわれる一撃を、更に一歩右側に踏み込む動作で回避する。
自然、振り下ろした格好となった男の顔にレティシアは後ろ回し蹴りを放った。
蹴りは僅かに逸れて男の左肩に当たる。
「このアマぁ!!」
男はレティシアの蹴り足を掴むと体重をかけて押し倒してきた。
「このっ!」
思わず口をついて出た罵声と共に左手が男を押し退けようと動く。
男はその手を掴むと両足の間にさらに身体を押し込むと嫌らしい笑みを浮かべた。
「ちょこまか動きやがって!おとなしくしやがれっ!」
左の平手が連続して頬を叩く。
(1発、2発・・っ!)
男が往復の平手打ちを2度繰り返した瞬間、レティシアは後頭部の髪留めを右手で引き抜くと拳ごと男の左目に叩き込んだ。
「がぁぁぁっ!」
掴んでいた左手を放し、男が両手で顔を押さえて悲鳴を上げる。
身を起こすための上半身の動作で左のブーツからダガーを引き抜くと、悲鳴を上げている男の喉元に突き入れる。
大量の血を噴き出しながら男の悲鳴は止まった。
(あと二人!)
物言わぬ死体となった男を蹴り、その勢いで後転して立ち上がり、視線を向ける。
襲撃者側は、それでも護衛達に対して優位に戦いを進めているように見えた。
その中でも体格の大きいリーダー格の男の動きが際だっている。
重量のある両手剣を棒きれのように振り回し、迂闊に飛び込んだ護衛の1人は頭部を割られ無惨な骸となっていた。
(このまま私が駆けつけたところであの男を押さえられるとは思えないわね・・)
レティシアはそう結論づけると短剣を鞘に収め、この場で役に立ちそうな呪文の構成をいくつか思い浮かべた。
(まずは数を減らすのが先決!)
意識を集中し、上位古代語の構成を紡ぎながら、実体として生み出される光の矛先を男へと向ける。
『奇跡の源、魔術の根元たるマナよ、魔弾と変じて我が敵を穿て!』
放たれた光の矢は生き残ったもう1人の襲撃者の胸を正確に射抜いた。
「なにっ!?」
襲撃者も、護衛側も、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべ、こちらへ振り返る。
「魔術師がぁっ!」
いち早く立ち直ったのは襲撃者だった。
こちらに魔術を使用する時間を与えないために接近戦を仕掛けようと動いたのだ。
(適切な動きね・・)
レティシアは冷静に防御の呪文を思い浮かべた。
防御の呪文を使用した上で4対1、倒すのはそれほど難しくないはず。
しかし、護衛側の男達はその場から動こうとしなかった。
「ちょっと!」
レティシアが思わず悲鳴をあげる。
「何考えてるのよっ!」
しかし、護衛達はお互いに顔を見合わせるだけで、凍り付いたように動きを止めていた。
(私が倒されても苦労するのはあなた達でしょうが!)
怒りで溢れそうになる精神を必死で押しつけつつ、思考を巡らす。
1人で戦うとなれば、防御の呪文は両手剣が相手ではほとんど意味がない。
魔術を使うとなると、仕留め損ねた場合の反撃を回避する自信がなかった。
となると選択肢は一つ、もっとも強力な呪文を近づかれる前に放つしかない。
決断さえしてしまえばレティシアの動きは早かった。
素早く、それでいて正確に呪文の構成を編み上げる。
『風の咆哮、光の疾走、原始の巨人の嫉妬の心。魔術の根元たるマナをもち、紫電よ疾れ!』
上位古代語に反応して活性化したマナが雷となって収縮し、掲げた両手から爆発的な閃光となって放たれた。
閃光に包まれた男の絶叫が轟音にかき消される。
呪文により生み出された光と轟音は、呪文が効果を失うとすぐに消滅した。
そして呪文はその法則上、効果が長時間に及ぶものは極めて少ない。
意識を現実に戻した瞬間、異臭が鼻を突く。
電光を放った直後の特徴的な異臭、肉の焼けるやはり特徴的な臭い。
男は全身から煙を噴きだしながら倒れていた。
確認するまでもない即死状態。
レティシアはちくちくと胸を打つ罪悪感を追い払うように、生き残った護衛達に視線を向けた。
「わ、悪かった・・その、ちょっと動転していたんだよ」
汗と静電気で落ち着きのない髪を手で整えながら、男達の言い訳がましい言葉を聞き流す。
「それより、巡回中の護衛を助けてあげて。ちょっと心配だわ」
想像する以上に冷ややかな声音。
(叱責されないよりはマシよ)
レティシアはそう自分を納得させると、髪飾りとダガーを死体となった男から引き抜いた。
男達が逃げ出すように視界から姿を消す。
「‥‥護衛の仕事も次の街で終わりかな‥‥」
そう呟きながら、レティシアは血に濡れた髪飾りとダガーを男の服で拭う。
(自分が魔術師だと知ったら、彼はどんな反応をするでしょうね)
思考を巡らせながらも血糊をふき取った髪飾りをポケットにしまう。
依頼主は地方の集落出身だった。
となると魔術師に対しての理解はあまり期待できないように思える。
護衛の道中に親しげに接してきた、あの男も妖精族を気味の悪い連中と言っていたような気がする。
レティシアは軽く頭を振ってその考えを振り払うと、残った襲撃者を追い払うべく、多少重くなった足取りを向けた。
★☆★☆★☆★☆
残りはすぐに決着が付いた。
首領を討ち取られた賊は逃亡に転じ−−街が近かったこともあり−−捕らえられた数人が衛視に突き出された。
多少の報奨金を上乗せして支払われた報酬が生き残った全員に対して支払われ、
多少上機嫌になった依頼主からねぎらいの言葉がかけられ、ふたたび護衛が必要になったときはよろしく頼む、とまで言われた。
私をのぞいて、だが。
依頼主に魔術師である事を秘密にしていたのは正解だった。
彼は私が放った電光によって半ば炭化した男の死体を見るや、その視線をそのまま私に向けてきたのだ。
衛視達もそのほとんどが同様だった。
最初に話をしたあの男は、多少態度を変化させつつも、それでも私に対する態度が一変した事に怒りを示していた。
「彼らの態度を不満に思わないのか?あの襲撃に対して一番働いたのはあんただろう?」
私は彼が問いかけたその質問に対してこう答えた。
こういった扱いには慣れた、と。
魔術がれっきとした技術であり、ちゃんとした訓練と正規の手順さえ踏まえれば誰でも扱える事を知る者は少ない。
そして、古代王国期に魔術師達がその持てる力を使い、様々な非人道的行為を行った事は周知の事実なのだ。
彼は何も言わなかった。
そしてそのまま別れた。
結局、その街に滞在したのは僅か2日だった。
特にこれと言った仕事もなかったので、オランまで足を運ぶことにしたのだ。
オラン行きの乗合馬車の中でふと物思いに耽る。
あの時、私は男に「扱いには慣れた」と言った。
だが、本当に慣れてしまったのだろうか。
電光で倒した男の骸を見たときに感じた罪悪感、自分の振るった短剣によって命を絶たれた男の骸。
両者にどんな違いがあると言うのか、後者には罪悪感を感じないのか。
私の中に潜む魔術師としての自分と、盗賊としての自分にどんな違いがあるのか。
(馬鹿なことを‥‥私は私以外ではあり得ないし、どんな行動であれそれは私の意思なのよ)
私は自分の考えを振り払うと、視線を前方に向ける。
季節はもうすぐ春になろうとしていた。
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