 |
No. 00065
DATE: 2001/05/01 02:06:10
NAME: レオン・クライフォート
SUBJECT: 歪められた友情の行方(後編)
(このエピソードはイベント「呪われた島からの来訪者」の完結編です。
初めて読まれる方は過去のエピソード集09において、前編(00067)と
中篇(00093)を掲載しておりますのでそちらの方も一読して頂けたら
あらすじ等も含めご理解頂けると思います。尚、文中においてレオンを
「パーン」と呼んでいる箇所がありますがこれは511.6以前にレオンが
「パーン」という偽名を使ってた為であり「レオン」と「パーン」は
同一人物です。では、では、長々とお待たせしました。
「歪められた友情の行方(後編)」、鷹揚の御見物を願います。)
6.
「久しぶりだなレオン、まさかこんな異国の地にまで逃げ延びていたとは
な。」
「………七年か。」
とレオンは呟き、レリックの目を見た。
「そうだ。お前がカルラを殺して行方を晦まし続けた年月だ。よくも、今ま
でのうのうと生きてこれたものだな。まったく、お前の非道振りには感服す
る。」
「レリック、そのエルフの女はもう俺とは何の関わりも無い、離してやって
くれ。」
「そうか、そうか、関係無いのか……。ならば、俺がこの女を殺そうとも、
一向に構わんわけだな。」
レリックは腰の短剣に手を伸ばすと、冷たい刃をコルシュの首筋に当てた。
コルシュは気丈な態度を崩すことなく、厳しい視線をレリックへと返した。
コルシュ・フェル。妖魔の森出身のエルフで生業は吟遊詩人である、大陸中
を旅して周り、オランに流れ着いた折にレオンと出会う。
一時はレオンの猛アタックに負け、その思いを受け入れるが辛く悲しい過去
の重圧に耐え切れずレオンに別れを告げようとした時期に今回の事件に巻き
込まれてしまう。
「レリックやめろ!!」
「くくくっ、関係ない女一人に、随分とうろたえるじゃないか……。
まだ、殺しはせん。お前を苦しめ足りんからな。」
そう言うとレリックはコルシュの猿轡を外した。
「パーンさん……」
猿轡から開放されたコルシュがレオンを見つめる。
「コルシュ…」
「ふん。妖精ごときに溺れたか、レオン。もはや、人間の女は愛せぬか」
レリックはコルシュの銀髪を荒々しく掴んだ。コルシュの口から小さくうめ
きが漏れる。
「レリック、俺がカルラをこの手にかけたのは事実だ。その罪と苦しみを、
一生背負っていかなければならないことも、よく分かっている。だが、前に
説明したはずだ。あれはギルドに仕組まれたことだ。俺達が殺し合ったとこ
ろで、カルラは喜んだりしない。何故、それが分からないんだ!」
「黙れ!」
レリックは大喝した。
「騙されるものか。お前さえいなければ、俺も、カルラも、こんなことには
ならなかった。お前が、お前の存在が、俺達兄妹の人生を狂わせたのだッ!
……そうだ、お前が犯した罪をこの女にも聞かせてやろう。お前に人を愛す
る資格などないことを思い知らせてくれる。」
「…………」
レオンはただ拳を握り締め、沈黙を保っていた。
「別に聞いたところで、今のあの人が変わるわけではありません。聞く必要
は、ないですね。それに、私であれ誰であれ触れて欲しくない過去というも
のはあります。誰かを思いやる感情というものを思い出された方がよろしい
ですね。」
後手に縛られ、髪を掴まれたまま、コルシュは言った。
「思いやり、だと。そんなもの、とうの昔に失ったわ。それと、だ……。」
バシィッ、と言う音が辺りに響き渡った。レリックが、コルシュの頬を痛烈
に張ったのである。
「勘違いするな。聴く、聴かぬを選ぶことなど、お前には許されておらん。
道具は、黙って持ち主の言うことを聴けばいい。」
あまりの痛みに言葉も出ないコルシュを尻目に、レリックは語り始めた。レ
オンの郷里<風と炎の砂漠>の話、親族に裏切られ剣奴として売り飛ばされた
こと、そして、レオンが何ゆえ追われる身となっていたのかを……。
それらを一気に語り終え、レリックはコルシュに声をかけた。
「お前の目の前に立つこの男が、どれだけ卑劣な奴か、これでよく分かった
だろう。さぁ、死にたくなければ、奴の罪を詰れ。罵れ。そうすれば、お前
の命は助けてやる。」
「……あなたの痛みは、あなたにしか分りません。私には、良人と娘を失っ
た時の痛みからそれを推測することしかできません。……ですが、あなたは
私のように過去から目を背けるのでもなく、他の方のように先を見るでもな
く、過去を気にしながら、そこから逃げてるだけです。悲しみを紛らわす為
に復讐に逃げ、ただ自分の殻に閉じこもって周りを傷つけることでしか自分
の罪悪感を清算させることができず……。守れなかった責任を他人に転嫁さ
せているだけ……。……あなたは、悲しい人です。」
そもそも、とコルシュは自嘲的な笑みをその顔に浮かべ続けた。
「……私はもはや十分に生きました。妖精と、半妖精と、人とが死して同じ
精霊界に行けるのだとすれば、私はまた良人と娘と会えるでしょう。私にと
って死は恐怖ではありません。多くの同族にとってもそれはただ故郷に帰る
ということに過ぎません。今の友に会えなくなるのは悲しいことですが、私
を死をもって縛ろうとするは愚の骨頂」
コルシュは淀みなく言ってのけた。
それを聴いたレリックの唇が引き攣り、瞳に凶悪な光が宿った。
「戯言を……。どうやら、今の状況を理解できていないようだな。無駄に長
く生きて耄碌したか。いいだろう。今から、お前をその精霊界とやらに送り
還してやる。」
レリックは冷たく言い放つと、短剣を握る手を捻ろうとした。
その時に、レオンがうんざりとした表情で、叫んだ。
「もういい、やめろ!!」
そして、レオンは己の剣を地面に突き立てた。
「お前の好きにすればいい、レリック。カルラが俺の死を望んでいると、そ
う思うのなら、そうすればいい。俺は抵抗せん。こんな回りくどいことはい
いかげん止めにして、さっさと俺を殺せ!」
「いけません、パーンさん!!」
コルシュが悲痛な面持ちでレオンに向かって叫んだ。
時は少々遡る。
レオンら三人からは、ちょうど死角となる岩陰に潜み、やりとりの一部始終
を見ていた二人の男女の姿があった。スカイアーとラデッサである。ラデッ
サの折れた片腕は完治していた。敵勢を確認した後、神聖魔法を用いてこれ
を癒したのである。己が赴かんとする状況を無視して治癒を拒むほどに、彼
女は意固地ではなかった。
「<呪われた島>……、レオン様が……。」
驚きを隠せぬ表情で、ラデッサはスカイアーを見た。
「ご存知でしたか?」
「いや、私も初めて聴いた。南方の出と聴いてはいたが、よもや、海を渡っ
てきていたとはな……。」
その時、スカイアー達の背後で、不意に声が聞えた。
「万能なるマナよ……。」
スカイアーの耳は、それが魔法語であることを瞬時に悟った。反射的に伸ば
されたスカイアーの手がラデッサを突き飛ばし、同時に彼の体もその場を離
れていた。その直後、彼らの居た場所に、光り輝く鏃が突き立ち、袋の破裂
するような高い音が炸裂した。
「ふふふっ、かくれんぼは、もうおしまいだよ。」
そこに立っていたのは、カシエルであった。
周囲の気配がざわつくのをスカイアーとラデッサは感じた。"光の矢"の立て
た音が、他の人間に侵入者の存在を知らせたのである。
「ふん、鼠が紛れ込んでいたか……。おとなしく出て来い。」
レリックが声を上げた。
「ほら、いきなよ。」
カシエルが悪戯っぽく笑って促す。
スカイアーとラデッサは岩陰から現れると、周囲に気を配りながら、レオン
の傍らへと歩み寄った。
「命知らずの愚か者が二人か。よくも、まぁ、のこのこと……。」
「スカイアー、ラデッサ。」
「くくくっ、安っぽい人情劇か。笑わせるな。まぁ、いい。お前達も座興の
客だ。」
レリックは酷薄な笑みを浮かべ、レオンを見た。
「自害だ、レオン。剣で自分の首を刎ねろ。派手な死に様を見せてやれ。」
レオンは無言でレリックを見返すと、地に突き立てた剣を引き抜き、刃を己
の首筋へ当てた。
「レオン!」
「レオン様!!」
スカイアーとラデッサが声をあげた。それに対して、レオンは静かに応え
た。
「これしか、方法は無いんだ。コルシュを絶対に死なせるわけにはいかな
い。」
レオンはレリックを見た。
「レリック、その女を放せ。今から俺は死ぬ。もう、その人には何の関係も
ない話だろう。」
「ふっ、この俺に向かって命令か。状況を理解できん馬鹿さかげんは、お前
もこの女も大した変わりはないな。」
レリックはコルシュの髪を引いて、顔を向けさせた。
「お前も、道具にしては少々、口が過ぎたが、まぁ、いい。奴が死ねば、お
前は用なしだ。目の前で自分の男が死んでいく様を見届けてから、何処へな
りと消えろ。」
「……。」
コルシュの、レリックを見返すその表情は硬かった。
「なんだ、その顔は。それが主人に対する道具の……、うっ!」
思わず漏れた呻き声が、レリックの言葉を遮った。
コルシュの瞳に、強い光が宿っていた。
それは凛とした気迫の篭った、およそ、それまでの彼女からは想像もつかな
い鋭さを持つものであった。
(馬鹿な。この俺が、こんな、何の力も持たない女に……。)
レリックの耳朶を、コルシュの声が撃った。
「あなたに教えてあげる。道具はね、意志を持たないから、道具なのよ。あ
なたは私の体を縛ることは出来ても、心までは縛れない。」
そして、コルシュはレオンへ顔を向けた。表情はとても穏やかな微笑に包ま
れていた。それは、驚くほどに自然な変化であった。レオンは愕然とした。
コルシュの表情から、彼女の内心を悟ったのである。
「待て、コルシュ。やめろっ!!」
レオンは叫んだ。
(さようなら、パーンさん、スカイアーさん……。フェディアン、レスティ
アーナ、今から行きます。遅くなって、ごめんね……。)
レオンの目に、コルシュの唇の端から一筋の血が流れ落ちたかと見えた瞬
間、コルシュはから血を溢れさせ、がくりと崩れ落ちていた。コルシュは舌
を噛み切ったのであった。
「ふん、つまらんなせっかく面白いショーが見れる所だったものを。」
レリックが倒れ落ちたコルシュを蹴飛ばすと支えを失った体はごろごろと坂
を転がっていき、転がり落ちた先でうつ伏せの状態で止まるとその地面がコ
ルシュの口から流れ出る血液でじっとりと赤く染まっていく。
「いかん、舌を噛んだのか!ラデッサ、コルシュの治療を頼む。」
「はい、分かりました。」
スカイアーの命に従いラデッサもすぐさまコルシュの元へと駆け寄り治癒の
奇跡を神へと願う。
「さて、そろそろ茶番は終わりだ。カシエル、お前の相手はそこのでくの坊
だ。」
「分かってるよ…」
カシエルが目を見開き微笑みながら手を上空へと挙げる、それを合図に盗賊
達が現れ、
「すまない後は頼むよ。」
コルシュに息があるかを確かめていたレオンも剣を構え臨戦態勢を整える。
そしてスカイアーも同じく剣を抜き放ち、諸手中段の構えを取る。
「魔術師か・・・良かろう・・・」
コルシュを護る様に立つラデッサも凛とした声で盗賊達へと臨む。
「勧告します!痛い目にあいたくなければ、直ちに引きなさい!この勧告を
無視して攻撃に及んできた場合、私は容赦無くあなた達を倒します!」
「・・・ラデッサに同じだ、手加減する気は無い。全力で遣り合いたくば来
い。」
油断無く周囲を見渡しつつスカイアーが盗賊達へと声をかける。が、元より
盗賊達には引くつもりなど無い様で、その中には舌なめずりをしながらコル
シュやラデッサに妖しい視線を投げかけている輩もいる。
「言うだけ徒労であったか・・・」
「それでは始めるとしよう、殺れ!!」
レリックの号令と同時に盗賊達が剣を抜き放ち一斉に襲いかかる。また、そ
の刃には緑色のドロリとした液体が塗られていた。
「気をつけろ!刃には毒が塗ってある!」
「委細承知!!」
レオンはレリック、スカイアーはカシエルへと同時に飛び出して行く。それ
に乗じて盗賊達もそれぞれ分散し各自の狙いを定めたようである。
ラデッサの目前には先程から妖しい視線を投げかけていた二人の盗賊達がい
る。
「ふへへへへへっ、お前はどっちにする?俺はあそこに倒れてるエルフだ。
首を絞めながら犯るのが締りが良くなって気持ちいいんだぜ〜。」
「お前も物好きだな兄弟、なら俺はこの気の強そうな姉ちゃんでいいや。た
っぷりと可愛がってやるぜ〜。ひゃひゃひゃっ!!」
「残念ながらあなた方の思うようにはいかないですわ、不浄な輩は滅び去る
のがこの世の宿命なのです。」
金属のぶつかり合うするどい音と、肉の弾ける鈍い音が交じり合う。盗賊二
人の油断、そしてマイリー神殿で訓練を受けていた事もありラデッサは盗賊
の攻撃を見事なフットワークでかわしていく、最初の内は余裕をみせていた
盗賊も徐々にその顔色にあせりの色がうかがわれ始めたが、時既に遅く渾身
の力を込めたフレイルの一撃が盗賊の一人を襲う。うめき声と共に崩れ落ち
る盗賊、残されたもう一人は勝ち目が無い事を悟ると素早く気を失っている
コルシュの元へと駆け寄り、その剣の切っ先を向ける。
「あっ!!」
「ふひひひひっ、もう少しだったのに残念だったな姉ちゃん。このエルフを
殺されたくなかったら武器を捨てな〜。」
「汚い真似を!」
「ひゃひゃひゃ、何とでも言えや。さぁ早く捨てろ〜!!」
「くっ、仕方ありませんわ。」
そう言うとラデッサは足元へとフレイルを置く。
「素直でいいね〜、女ってのはそうでないとな〜。さぁてと、それじゃあお
次はストリップショーでも見せてもらおうか。くくくくっ。」
「な、そ、そんな真似がっ・・」
「いいんだな〜、この女がどうなってもよ〜〜。」
「えいっ!!」
「☆※#★※☆!!」
突然盗賊が声にならない声をあげ手にしている武器を取り落とす、その理由
は目を覚ましたコルシュが下から盗賊の股間を蹴り上げていたからである。
「さぁ、今の内に早く!」
「あなたには情けはかけません!これでもくらいなさい!!」
顔を真っ赤に染めたラデッサが怒りの気弾を股間を押さえながらピョンピョ
ンと飛び跳ねている盗賊へと放つ、直撃をくらった盗賊はなすすべも無く気
絶し常闇の世界へと落ちていった。
「コルシュ様、お怪我はありませんか?」
「ええ、私は大丈夫ですありがとう・・・」
(フェディアン、レスティアーナごめんなさい、またあなた達の元へ行く事
が出来なかった・・・・・・)
一方、魔術師カシエルに戦いを挑んだスカイアー、こちらはかなりの苦戦を
強いられていた。接近戦に持ち込むべく一目散にカシエルへと向かうが、盾
となる配下の盗賊達に行く手を阻まれ乱戦状態になっており、すでにスカイ
アーの肩口や胸の辺りには「電撃」や「光の矢」による焼け焦げた痕が出来
ている。が、未だにカシエルとの戦いには持ち込めずにいた。三人の配下の
内すでに二人までは討ち果たしているのだが残った傭兵がなかなかの手練れ
で、スカイアーの実力を持ってしても簡単には倒せずにいたのである。
一通り切り結んだ後、スカイアーが口を開く。
「それ程の剣技を持ちながら何故?」
「理由など無い。俺は人が死ぬ間際の心臓の止まる感触、それを感じる為に
生きているのだ。この俺の剣が血に塗れる度に俺は生きている事を感じる事
が出来る、それが全てだ。お前の命の鼓動もこの俺が止めてやろう。」
「愚かな・・・己が生きる為に他の犠牲を払うなどと馬鹿げた道理が認めら
れる訳がなかろう。」
「ふふふっ、スカイアーだいぶ疲れてきてるみたいだね。それでは僕は殺せ
ないよ?」
「ふっ、そう急くな。心配せずともすぐに相手をしてやる大人しくしている
んだな。と言っても聞く耳を持つ程の可愛げも無いだろうがな。」
そしてお互いに呼吸が整うと再び戦いは開始された。互いの技量はまったく
の互角で戦いは永劫に続くかと思われた。が、戦況を判断したカシエルがス
カイアーの軸足へと「光の矢」を炸裂させる。
「ぐぉっ!!」
軸足に攻撃を受けたスカイアーが一瞬ではあるがバランスを崩す。
「ふはははっ、もらったぞ!!」
力量が互角であるが故にその一瞬の隙は致命的である、狂える戦士はその隙
を見逃さず全身全霊をもって渾身の一撃を見舞うべくスカイアーへと襲いか
かった。
「ぬっ、な、何だこれは。」
勝利を確信した笑いと勢いとは裏腹にその下半身は戦士を一歩もその場から
動かす事はなかった、何故ならば地上から伸びたいくつもの腕がその下半身
を捕らえて離さなかったからである。そしてスカイアーもその勝機を見逃す
筈もなかった、手にした長剣を水平に構えそのまま一気に狂える戦士の胸元
へと突きいれる。皮鎧を破り肉を突き刺す感触が伝わってくる、と同時に傷
口から血が吹出しスカイアーの顔を血に染める。
「・・・・・ぬ、ぬかったわ・・・エ・・ルフ・か・・・・カシエル〜
〜!!」
血を口から吹出しながら叫び、狂える戦士がスカイアーの体を両腕でがっし
りと捕らえる。
「ふふっ、上出来だよ。跡形も無く消してあげるから安心して死ぬとい
い・・・」
「サラマンダーの脚、エフリートの吐息、始源の巨人の憤る心・・・・・」
カシエルは上位古代語のルーンを唱えながら、ゆっくりと黒水晶の指輪が填
められた手を差し上げた。そして、もう一方の手を添えていく。すると、カ
シエルの頭上に炎の小球がひとつ、ふたつと浮かびあがっていった。
スカイアーの全身が絶対的な危険を告げ知らせていた、この呪文が完成する
までに脱出する事が出来なければ自らの生命の灯火は掻き消されてしまうだ
ろうという事を、そして、その緊張感がかつて無い程にスカイアーの全身の
感覚を研ぎ澄ました。
「万能なるマナよ、破壊の炎となれ!」
膝を戦士の下腹部へ突きだし、わずかな隙間を作るとそのまま戦士の顔面へ
と頭突きをいれる。そして腕の力が緩まるのを確認すると気合の雄叫びと共
に一気に振り払うと突き刺した剣を持ち戦士の体をカシエルへと蹴り抜く、
そして自らもその反動を利用し後方へと飛び退った。
「ヴァナ・フレイム・ヴェ・イグロルス!!」
破壊の魔法の象徴とされ、使用する事は禁忌とされている火球の呪文であ
る。火球は空中を走り、スカイアーに蹴り飛ばされた狂える戦士へと直撃し
爆発した。すさまじい程の熱風と衝撃が辺りを包み込む。
「どうやらここまでのようだね、また会おうスカイアー。ふふふっ♪」
しばらくの間、辺りを土煙が被い全てを隠した後、まだ視界もままならない
まま土煙の中に動く存在があった。それはスカイアーであった、そしてスカ
イアーを苦しめたカシエルは忽然とその姿を消していた。
「ちっ、逃してしまったか・・・」
「スカイアー様!」
スカイアーの無事を確認しラデッサが喜びの声をあげる。スカイアーも剣を
鞘におさめラデッサとコルシュの元へと歩み寄ってその無事を確認し安堵の
表情を見せる。
「ラデッサ、コルシュの容態は?」
「一度目覚められたのですが、スカイアー様があの戦士との戦いの最中に態
勢を崩された時に精霊語で何かを語られた後、また気絶されてしまわれまし
た。」
「そうか、やはり・・・ふっ、助けに来た私がコルシュに救われるとは私も
まだ未熟だな。」
「いえ、とてもご立派でしたわ。スカイアー様もコルシュ様も本当に無事で
良かった。」
「そうだ、レオンは!?レオンは何処にいるのだ?」
土煙が徐々に風に吹かれ視界が元に戻ってくるとスカイアーはレオンとそし
てレリックの姿を発見した、二人とも剣を構え互いの隙をうかがい微動だに
していない。どうやら火球の衝撃波にも気付かずにいたようだ。既にレオン
の足元には一人の盗賊が倒れている。スカイアー達も駆け出せばすぐにでも
戦えるほどの距離にまで近付いた、ラデッサがその気配を見せたが次の瞬間
その場にへたり込んでしまう。
「しっかりするんだラデッサ。」
「だ、大丈夫です。足が急に・・・」
「そのままじっとしているのだ、私達の役目は終わった。これから先はあや
つ自身が決着を付けねばならん事だ。」
(すさまじい程の殺気よ、修羅場の経験が少ないラデッサが動けないのも無
理はない。この私でさえこの感覚を味わうのは久しい。これがレオンの本性
という事か・・・・)
沈黙を破りレオンが口を開く。
「レリックどうしても退く事は出来ないのか?」
「お前を殺す事でカルラの魂は救われる、今更どうする事も出来ん。それに
俺は闘技場でお前と共に戦っていた時から、お前と一度勝負をしてみたかっ
た。俺は満足だよ。」
「俺はお前と戦う不幸をかみしめているよ、運命のいたずらという奴かもし
れん。だが、お前が望むならこの勝負受けて立とう。」
(カルラ・・・許せ)
レオンは雄叫びをあげると、大きく前に踏み込む。そして二人はお互いに渾
身の力を込めて最初の一撃を打ち合った。甲高い音が周囲に響き渡り、激し
い火花が飛び散った。両者は互いに後ろに弾き飛ばされていた。
「やるなレリック!」
レオンが渾身の一撃を振るう、レリックはその稲妻のような攻撃を難なく避
けた。その後、剣術の教本に載っているような洗練された打ち込みやフェイ
ントが続いたかと思えば、足で蹴りつけたり、身体をぶつけたりといった野
蛮な戦いを二人は行った。ラデッサは見ているだけで気圧され、額から汗が
したたり落ちるのを感じていた。その「気」には既に相手を倒すために全力
を尽くそうとする憎悪は無かった。むしろ両者の顔には親しい友人同士が剣
の稽古でもつけているような爽やかな表情すら見受けられた。
スカイアーが両者の戦いを見守りながら、そっとラデッサにささやいた。
「あんな事がなければ二人は信頼し合う戦友だったのだ、運命が二人をかく
も別ちついには敵として巡り会わせても、その思いは変わっていないのかも
しれない。」
「今の彼の姿を見て私もそう思いましたわ、あの男が本当の悪人だとは私に
も思えません。今のあの男の目には、むしろ清らかさといったものまで感じ
ます。全ての原因は二人を操ったであろう邪悪な存在にあるのだという確信
をますます強くしましたわ。」
レオンとレリックは戦い続け、その戦いは永劫に続くかと思われた。しか
し、スカイアーにはこの勝負の先が見えた。
「この戦い、レオンの勝ちだ。」
スカイアーはラデッサにささやいた。
「私にはまったくの五分にしか見えませんが・・・・」
しばらくするとレオンとレリックの一騎打ちはようやく誰の目にもその勝敗
があきらかになってきた。レオンの剣がレリックの体を捕らえるようにな
り、手傷を負わせていたからだ。レオンはいったん剣を引き、肩で息をして
いるレリックを静かに見つめた。
「もう、止めよう。」
ぽつり、とレオンは言った。
「止めるだと?まだ戦いは終わっておらん。こいっレオン!!」
レリックが荒い息を整えつつ言い返した。
「お前にも分かっているはずだ、今のお前では俺には勝てない。」
なぜだ、とレリックは絶望的な思いを自らに問いかけていた。なぜ、自分は
レオンに勝てないのか?なぜ自分はかくも非力なのか?神はなぜかくも不公
平なのだ。自らの願い、自らの望みをなぜ叶えてはくれないのだと。
「俺は、俺はカルラの願いを叶えねばならんのだ!!」
レリックは叫んだ。
「だが、その願いも叶わぬというならば・・・レオンよお前に情けをかけら
れる事だけは我慢ならんのだ!!」
レリックは懐から何かを取り出すと素早く口に含んだ。
「レリック何を?」
「ぐはぁっ!!」
口から血を吹出しレリックが片膝をつく。
「レリック、お前まさか毒を!?」
「ふふふっ、レオンよ。せいぜい長生きするんだな、お前には幸せなど永遠
に訪れはしまい。俺とカルラの恨みと悲しみ、そして呪いを一生背負って生
きていくがいい、地獄の底でお前を待っているぞ・・くくっ、ふははは
っ・・ごぷっ・・・・」
そしてレリックは崩れ落ちた。
「・・・・馬・・鹿・野郎・・」
握り締めたレオンの拳から血の滴がぽたりと地面へと落ちる、
「すまないカルラ・・俺はまた約束を破ってしまったよ・・・」
スカイアーとラデッサも安らかなる眠りがレリックに与えられるようにマイ
リーへと祈りを捧げた。剣を鞘へ収めるとレオンは一騎打ちを見届けた仲間
達の元へと歩み寄り、余計な戦いに巻き込んでしまった事を詫びた。
「レオン・・・終わったな。」
スカイアーはレオンの肩を軽く叩いた。
「あぁ・・みんな傷だらけだ、早く帰ろう。」
レオンもかなり間があってから微笑を浮かべ、そう答えた。
こうしてレオン達は街へ向かい帰路についた。
レオン達が立ち去るのを岩陰からじっと見つめる漆黒のローブ姿の存在があ
った、彼の名は「寝つかぬ仔」イヴァン。レリックの密命により今回の戦い
には参戦しなかった暗黒神官である。彼はレオン達が立ち去るのを見届ける
と素早くレリックの元へと歩み寄る。
そして落ちている小瓶を拾い上げ臭いを嗅いだり調べたりした後、彼は言っ
た。
「レリック・・君もしぶといね、僕に戦わずに見ておけって言った理由がよ
うやく分かったよ。それじゃ行こうか、君に恩を売っておくのも悪くは無い
しね。ふふふふふっ♪」
イヴァンはそう言うと暗黒神官に祈りを捧げた後、レリックを担ぎ上げ何処
かへと立ち去って行った。そしてその上空を何処からとも無く現れた一羽の
鳥が追って行った・・・
終章.
海原に波がうねっている。空は雲ひとつ無く、青い布を敷きつめたようで黄
金色の陽光が弓から放たれた矢のごとく海に突き刺さっている。波間には船
が浮かんでいた。オラン〜ロードス間を行き来する商船団である。そのうち
の一隻、甲板上で太陽をまぶしそうに見上げつつイヴァンは肩に止まってい
る海鳥に餌を与えていた。時折吹く海風がイヴァンのローブを軽くはためか
せている。
「本当ならまだ動かない方がいいんだよ。」
イヴァンが船首に立っている男へと声をかける、
「心配はいらん・・・」
男が振り向くと同時に短剣がイヴァンの肩に留まっている海鳥へと放たれ
る、海鳥は羽ばたく暇も無く最後の叫びを上げ甲板へと落下した。
「体の頑強さはレオンと同等・・いやそれ以上だね。」
いつのまにかカシエルもその姿を現している、
「これからどうするんだい?まさかこのまま逃げ帰って終わりって事はない
だろうね?」
「・・・・当然だ。だがレオンを葬る前にもう一つやらなければならない事
が出来た。」
その視線を水平線の彼方へ向けつつレリックは言葉を続けた、全てを聞き終
えたカシエルとイヴァンにレリックは最後の言葉を投げ掛ける。
「島に戻ればお前達に用は無い、好きなようにしろ。」
「まだ借りを返してもらってないからね、それまでは一緒にいるよ。」
「きみと一緒にいた方が面白い事に出会えそうだからね・・・」
イヴァンとカシエルは迷う事無くレリックへと即答した。
「ふ・・・愚かな奴らだ・・・・」
(レオンよ、俺は必ずまた戻ってくる。その時こそがお前が死ぬ時だ、それ
まではせいぜい長生きするがいい。死ぬなよ・・レオン・・・)
レリックの瞳は水平線の彼方に浮かぶ島影を捉えていた、それは徐々に大き
くなりやがて彼らに自分達が生まれた故郷へと帰って来たのだと言う事を確
認させる。
アレクラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島、激しい戦乱が打ち続き、邪悪な怪
物どもが跳梁跋扈し、人間を寄せつけぬ魔境が各地に存在するがゆえ大陸の
住人達の中にはこの島を呪われた島と呼ぶ者もいる。
その島の名は「ロードス島」。
数十年後レオン・クライフォートは再びこの島へと降り立つ事になる。が、
それにはもうしばらくの時が必要である・・・・
(注:レオンはロードス島出身の為、アレクラスト大陸の共通語をまだ完全
には学びきれておらず実際は片言で会話をしています。ですが言語の壁につ
いての指摘があったのがエピソードを書き上げた後でしたので訂正する間がありませんでした。尚、管理者さんはこの件については了承済みです。)
 |