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No. 00066
DATE: 2001/05/01 04:58:37
NAME: レティシア・クラスカイエン
SUBJECT: 無意味な夜
人には出来ることと出来ないことがある。
それを克服するために努力という言葉が生まれたという事には疑問の余地はないが
その努力が結果として本人の前に示される事例は、極端に少ない。
「もういいじゃない・・私は十分頑張ったわ・・」
私はそう呟くと、今日何杯目かの果実酒を一気に飲み干した。
ベルダインの街を出て、東へ向かい始めてから2年を数える。
彼が東へ旅立ったと言う衛視の話を信用してのことだった。
思えば、それが正しい事だったのか、と疑問に思う事もある。
彼が魔術師としての私の将来のことを考えて、相談することなく街を後にしたのだとしたら・・
街に残り、魔術師として外に出ることが許される頃に街に戻る事を考えていたのだとしたら・・
堂々巡りを繰り返す思考を振り払い、視線を左手に向ける。
−−舞姫の護り−−
そう命名されたこの古代王国期の手袋は古代王国期の付与魔術師により作成された舞姫の為の装飾品だと言われる。
何かについて競い合っていた魔術師達の自慢の一つにお抱えの楽師隊の優秀さ、と言うものがあった。
蛮族の娘を拾い上げて教育し、その舞いを自分の成果であるように他の魔術師に自慢する。
自然と彼女ら舞姫には様々な逸話が生まれ、−−たとえば"色を鍛えるもの"ソムスカと虹色の舞姫など−−
吟遊詩人を名乗るものであれば『舞姫の百夜物語』として、最低ひとつは知っていると言われている。
何故、彼はこの手袋の『片側だけ』を渡したのか。
『舞姫の護り』が装飾品という形で現れる場合は、ほとんどの場合で左右一組になっていた。
この品も、魔術師ギルドで鑑定を受けた際ではちゃんと両手分そろっていたらしい。
と言う事は鑑定を受けて、正体を確認してから片方だけを私に渡すように冒険者の宿のマスターに伝えたという事になる。
その理由が解らない。
彼の言葉が脳裏をよぎる。
『君を危険な場所に連れて行くわけにはいかないよ』
『君が自分の身を守ることが出来る実力を付けられれば・・』
『君が盗賊で俺達を助けてくれるって言うなら話は別なんだが・・』
冷静に考えれば、あの時彼は私を引き離そうとしていたのかも知れない。
となれば、この手袋はそれまでの私への感謝の意味を含めたプレゼントであると言うのが自然だろう。
(ふざけないでよ、私がそんな軽い気持ちで接していたと思える・・?)
私には私なりに納得したい答えがあった。
どうしても長期に渡って街を出なければならない仕事が出来て、仕方なく東に向かった。
絶対、生きて街に帰る決意の証明として、私に大事な古代王国期の遺品の片方だけを渡したのだと。
あの時から、ベルダインを出てから色々なものを見て、いろいろな事を感じてここまで来た。
2年という時間は全てを変えてしまうには十分すぎる時間だと思う。
しかし、それでも人の想いを忘れさせるにはまだまだ足りない。
女性の顔が記憶から浮かび上がる。
私に盗賊としての教育を施してくれた彼女は、私が彼のために盗賊を目指していた事を伝えると、
まるで自分自身の出来事のように喜び、祝ってくれた。
『私が夢見て、味わえなかった幸せなんだから、私の分も含めて掴まなきゃダメよ』
彼女はその後−−話の信憑性はともかくとして−−自分が引退した魔術暗殺者だと、秘密を打ち明けてくれた。
『仕事』によって得られた事、失った事、手放さざる得なくなったモノ、手に入れなければならなかったモノがあると。
今に思えば、彼女は後悔している事を伝えたかったのかもしれない。
この世界で生きていくための知識や技術、そして常識。
そう言ったモノを手に入れた事によって失われたモノ。
当時は疑問にもならなかった、彼の行動を疑うようになってしまったし、罪の意識にも鈍感になってしまった。
「相手の『顔』を意識せずに相手の命を奪う・・か」
意識して行っていたその行為が自然と出来るようになったのは、何時からだったか・・
オランに到着して真っ先に、盗賊ギルドへ彼を捜すように依頼を出した。
同時に私の存在を秘密にし、私がこの街に来ているかどうかを聞きに来た者がいた場合には連絡をするように依頼する。
上納金にはそれだけの価値はあったはずだ。
そうやって西からオランへと渡り歩いてきたが、未だに手がかりの一つも掴めない。
あるいは−−考えたくはないが−−道中で何者かの刃に倒れた可能性も考えられる。
(もういいじゃない・・)
店員が声をかけてくる。
たしかに少し飲み過ぎかも知れない。
店員に返事をすると、まとまらない思考を引きずりながら宿に割り当てられた自室へと歩く。
扉を閉じ、簡素な鍵をかける。
(結局の所、信じる信じないの問題じゃないのよね・・)
答えはすでに出ている問いかけ。
閉じた思考の堂々巡り。
日常の一部となった目的。
意味はないかもしれないが、それでも考えずにはいられないなら、それにはやはりそれなりに意味があるのだろう。
適当に脱いだ服を椅子の上に畳み、短刀を枕の下に忍ばせる。
ベットに横になった視線で窓から夜空を見上げる。
(明日は晴れるかな・・)
意味のない疑問を残して、彼女は眠りについた。
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