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No. 00067
DATE: 2001/05/01 11:37:24
NAME: トリウス
SUBJECT: ”蒼き風”−序章 4−
「♪〜」
かわいらしく鼻歌を歌いつつ、少女は花や薬草などを摘んでいた。
トリウスの義妹である彼女の名はシルフィ。今頃、彼は森の中で、人喰いグマと戦っているはずだった。
(お兄さまったら、汚してないかなぁ・・・?)
信頼していないわけではないが、それでも心配である。表情を曇らせ・・・
「・・・あ!」
その時、きれいな蝶が目の前をひらひらと舞っているのに気付き、彼女は手を止め、呟いた。
「ヒスイチョウ・・・きれい・・・」
ラーダ神官の娘として育てられてきた彼女は、様々なことを人一倍学んできた。それだけではなく、初級の神聖魔法も扱えた。最近、義兄のトリウスもその魔法の才能を開花させたが、その腕はまだ彼女ほどではない。
うっとりとその蝶の姿に見とれていると・・・
「きれいね・・・」
後ろから声がかかった。はっと振り向くと、紅いドレスを着た美しい女性が微笑んでいた。
「お嬢ちゃん、1人?」
「え、あ、はい。お兄さまを待っているの」
「そう・・・でも、ここは1人でいるのに安全じゃないわ。たまに狼とかも来るみたいよ?」
「え?本当?」
その小さな肩がびくりと震える。
(そうかもしれない・・・クマも出たんだし、狼だって・・・)
「ここは危険だから、私の家にいらっしゃいな。すぐそこよ」
女は微笑み、手を差し出した。
(お兄さまも来ないし、1人でいるのも怖いから・・・少しだけ)
シルフィは彼女の手を握った。
「・・・”癒しを”!」
トリウスの左肩の傷が、淡い光に包まれたように見えた。その光が消える頃には、傷跡1つ、残っていない。彼が今日、この呪文を唱えるのは、今ので2回目だ。
『う゛んっ!』
グリズリーの両腕が、風を切ってトリウスに迫る。が、
「遅ぇよ」
身を沈めて、筋肉の丸太をやりすごすと、しゃがみ込んだ体勢から、全身のバネを使って一気に跳ね上がった。その手には、肉厚のダガー。
普通なら、厚い筋肉の壁に阻まれるであろう攻撃は、しかし、見事にグリズリーの喉笛を切り裂いた。
「がアァぁぁ!」
苦痛と怒りに、咆哮をあげるグリズリー。しかし、その腕にはもう力が入ってはいない。
今はまだ生きてはいるが、放っておけば死ぬだろう。
「トリウス・・・やったのかい?早くとどめを・・・」
遠くで見ていた少年―トリウスをここまで案内してきたサヴン―が、近寄りながら、話しかけてきた。
「じゃかましい!近寄るな!」
後ろをちらりと見て、トリウスが怒鳴った。そして、ダガーを持ち直し、
(お前が悪いワケじゃない。オレ達の都合で、痛めつけちまったな・・・)
倒れたグリズリーに心の中で謝る。そしてダガーをしまうと、傍らに膝をつき、手をかざした。
「トリウス、お前何をやって・・・!」
「”全知全能なる気高きラーダよ・・・慈悲を持って彼の者に癒しを・・・”!」
トリウスは心の中で、そして口に出して、ラーダに祈る。グリズリーの体に付いた傷が、どんどん小さくなっていった。荒い息が、落ち着く。
トリウスは立ち上がり、3歩下がった。目の前で、グリズリーがゆっくりと巨体を起こすのを見つめる。
「馬鹿、何やってんだよ、トリウス!グリズリーの傷治してどうすんだよ!?」
後ろでサヴンの叫ぶ声が聞こえた。
「黙っとけって言ったろ?興奮させると、コイツ、そっちに行くぞ」
視線は目の前のグリズリーに向けたまま、トリウスは静かにそう告げた。
「ぐるるるるる・・・・・・」
立ち上がったグリズリーは、怒りのこもった目で、自分を殺そうとした人間をにらみつけた。対するトリウスも、グリズリーの黒い目から、視線を逸らそうとはしない。
奇妙な光景だった。1人の少年と1匹のクマがにらみ合ったまま動かない。
しかし、永遠のような、一瞬のような時間はとうとう終わりを告げた。
「きゅぅぅ・・・」
立ち上がっていたグリズリーは一声鳴くと、背を向けてすたこらさっさと逃げ出してしまったのだ。
「・・・ふぅ」
肩の力を抜くトリウス。そんな彼に、サヴンが駆け寄ってきた。
「トリウス、なんてことしたんだよ!またグリズリーが襲ってきたら、どうするのさ!」
「大丈夫だよ。これであいつも人里には近づかなくなるだろうさ。人間様の恐ろしさを知ったからな。わざわざ殺す必要なんて、無い」
あっさりと答えるトリウス。
「でも、さっきあいつが怒って攻撃してきたら・・・」
「サヴン」
さらに抗議しようとした友人の言葉を遮り、
「ガンつけってのは、先に視線そらした方が負けなんだよ」
トリウスは不敵に笑った。
「悪いな、遅くなって・・・・・・あれ?おーい、シルフィー!」
花が咲き乱れる丘にたどりついたトリウスだったが、そこにシルフィの姿を見つけることは出来なかった。ただ、近くに彼女のバスケットと編みかけの花輪が転がっているのみ。
(・・・何かあったのか?)
一抹の不安が、頭の中をよぎった。心が乱れる。しかし、そんなときでも彼の、盗賊として鍛えられた、優れた五感は働いていた。
「誰だっ!」
一瞬で体の向きを180度変えながら、腰のダガーを抜き放つ。
「・・・怪しい者ではない。今出て行くから、攻撃しないでくれ」
答えた相手が、木々の間から姿を現した。
年の頃は20ぐらいだろうか。真っ白なマントと、チェインメイルを着ている男だ。背が高く、がっちりとしている。腰にはメイスを、首からはファリスの聖印を下げている。
続いて、華奢な女性が現れた。レイピアを片手にして、レザーアーマーを着込んでいる。長く、先端の尖った耳が、エルフであることを示していた。若く見えるが、何歳なのかはわからない。
最後に、すらりとしていると言うよりも、痩せていると言った方が適当な男が現れた。歳は・・・わからない。ローブのフードを目深にかぶり、口元ぐらいしか見えないのだ。正直、男かどうかも怪しいが、体格からそう踏んだ。手には杖を持っていて、「ふふふ・・・」と笑っている。
(いや、その格好で「怪しい者ではない」って言われても・・・)
少なくとも、最後の1人は思いっきり怪しい。
「神官戦士とエルフと・・・・・・変態?」
「・・・よくまちがわれるが、魔術師だ」
神官戦士が汗をタラタラ流しながら顔を引きつらせて答えた。
「・・・・・・あ、そ。じゃぁ、あんたら冒険者かい?」
「あぁ、そうだ。指名手配中の闇司祭を追っている。知らないか?」
「特徴は、20代半ばの美女でしてね・・・会うのが楽しみです。ふふふ・・・」
神官戦士の質問に、魔術師・・・らしき者が補足説明をする。
(・・・何が楽しみなんだ?いや、訊くまい)
「いや、見てないぜ」
手短に答え、トリウスは背を向けようとした。こんなのに関わってもいいことはないだろうし、早く義妹を探さなければならない。
「そうか・・・奴は、これまでに30人もの子供を連続で殺している。もし見つけたら、教えてくれ」
「・・・!何ッ!」
転がっているバスケット、消えたシルフィ、連続殺人犯・・・。この3つがトリウスの頭の中で1つに繋がった。間違いであってくれればいい。しかし、この否定しきれない嫌な予感は何だ!?
(シルフィが・・・さらわれた!?)
「・・・ここら辺の地理ならわかってる。オレもあんたらに協力してやるよ」
「助かった。正直、どこから調べたものか、迷っていてね」
神官戦士の礼など聞こえていなかった。そう言って奥歯をかみしめたトリウスの瞳には、ただ焦りと不安が色濃く浮かんでいた・・・
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