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No. 00071
DATE: 2001/05/04 02:00:07
NAME: アイーシア
SUBJECT: 宝石のゆくえ
オラン郊外に佇む古びた一軒家。
その内部から重厚に閉ざされた青銅の扉を、一苦労して開ける者がいた。
「んっしょっ……と。相変わらず、たてつけが悪いわね」
「誰じゃ」
暗い室内から上がる、訪問者を一蹴せんと誰何する声。
不愛想を通り越して威嚇とも呼べる声を聴き咎め、来訪者である少女はちょっと眉をしかめた。
「ご挨拶ね。折角のお客様なのに、そんなんじゃ客が逃げてくわよ」
「はん。儂に客などあろうものか。尤も自らを客だと名乗って、やってくる輩は後を絶たんが」
天窓といったものすら存在しない、塗りこめられた薄暗い空間である。そこにぼうっと浮かび上がったのは、亡霊のような小ぢんまりとした姿だった。
声の主に、銀髪の少女は口の端を歪めてくすりと笑う。
「相変わらずね。カルラ。大地の妖精族にして、人の地に住まう者よ」
「アイーシアか。滅多に見ん顔じゃの」
漸く笑みをたたえた顔は、老齢をとうに卓越した浅黒い、お世辞にも衆目に耐える容貌ではなかった。
「どれ。ここへ来て、その成長した姿を儂に見せてはくれんか」
疲弊した容貌に気にせず、アイーシアはきょろきょろと薄暗い辺りを身回し、軽快に建物の中に足を踏み入れる。
「久しぶりね、ここに来るの。オランに戻って来たのも、つい先日の事だけど」
入室した少女の姿を、カルラは元来細い目をさらに細めて見やった。
「大きゅうなったな。そして、娘らしくなったの。人間(ひと)の子は成長が早い」
「あれから二年も経ったんだもの。いつまでも子供のままじゃないわよ」
「たった二年ばかりが過ぎたとして、儂に何の意味があろう。ここに篭もり、石を前に細工を手懸ける日々じゃ。時など、儂にとっては、ただ目の前に横たわる暗闇にすぎん」
「変わった事を言うのも相変わらずね。まぁドワーフの知り合いが他にいるわけでなし、貴女の言葉をそのまま大地の妖精族の体言と受け取るしか、あたしには術がないのだけれど」
言ってアイーシアは、きゅうに居ずまいを正す。
「それより今日は依頼があって来たのよ。勿論貴女への挨拶の意味も含めてね」
「何じゃい。予め言うておくが、儂は気に入った物しか興味の対象にせんからの。やれ持ち帰った物の鑑定だ何だの、そういうことは他でやっとくれ」
アイーシアはいったん眉をしかめたが、別段気にする様子もなく、懐からそれを取り出す。
「これを見て欲しいの。共通語魔法のかかった指輪なんだけど」
「何のことはない、光の指輪じゃろうが。それすら判らぬ、お前ではあるまいに」
「違うのよ。ここに付いている宝石を見てってば」
「生憎、儂は魔力など持たぬのでな。御門違いもいいところじゃ。魔術師の所へ持ってゆくか、他を当たっとくれ」
間髪入れず、けんもほろろに断りを口にしたドワーフ老女に、アイーシアは食って掛かる。
「人の話はちゃんと最後まで聞けって、貴女が言った言葉じゃなかった?それに信用に値するのは、必ずしも言にあらずって、これは人間だけでなく、妖精族の間でも伝わる格言と思ってたんだけど」
暫くカルラは気まずそうに口をもぐもぐさせていたが、やがて諦めたのか差し出された指輪をひったくるように受け取り、まじまじと顔を近付けた。
「……螢石とは、また奇妙なことじゃの」
「そうでしょ?だからそう思って、あたしも買い取ったのよ」
「これが点灯<ライト>であるならば、猶のこと別物じゃ。他に付与されておる魔力はないのか?」
アイーシアは肩をすくめる。
「それはあたしも考えたのよね。だから学院で鑑定してもらおうと思ったんだけど……あまりにも法外な報酬とやらで、諦めざるを得なかったわ」
「別段、ライトの他に魔法のかかった形跡がない。ならば答は一つじゃの。……合言葉を」
「発動させるのね……『我に光を。もっと光を』」
暗闇の中、老ドワーフの手元を照らし出した光は、わずかに緑がかった蛍光色を帯びていた。
「この光は、確かに螢石に因るもの……」
「どう、何かありそう?」
「さて……。いじくってみねば、何とも言えぬが」
だがいまや完全に、老ドワーフの興味は手元の指輪に推移したらしい。
アイーシアはそれを見て取り、内心にんまりとした。
この偏屈ドワーフにとっては、いったん重い腰を上げるまでが長いのだ。そして待ち望んだ作業に取り掛かった以上、ドワーフ特有の面倒見の良い気質に相応しく、良き助言者となってくれるに違いない。アイーシアはそう判断し、期待に胸躍らせた。
「あ……それと」
付け足すように、ふと気づいた物をアイーシアは懐から取り出した。
「これ、細工物に加工してくれない?こっちはちゃんとした依頼ね。報酬はそっちの言いぶんで良いから」
手渡され、カルラの掌に乗ったのは真っ赤な宝石(ルビー)である。
笑顔で告げるアイーシアに、
「お前、これをどこで手に入れたんだい?」
カルラは内心驚きを隠せない。それは見事な、紅いカットグラスの大粒だった。
大きさは小指の爪ほど、しかしながらその大きさもさることながら、特筆すべきは鋭利なカッティング手法だった。さらに宝石自体に、魔法が付与されているだろうことは想像に難くない。
「拾った……と言うべきなのかしら。一応、あたしのじゃないんだけど」
「当たり前だ。お前が持つほど、気安い代物ではないぞえ」
「見るからに高価そうでしょ?だから持主は困ってるんじゃないかと思って。探そうと思ったんだけど、酒場の店主に預けでもしたら、次の日には闇市場に流れてるに決まってるわ」
「これだけの大粒だ。さぞかし良い値が付くだろうね」
「だったら、あたしが持ってた方が、いっそ本物に見えないんじゃないか……って、これは冗談。さすがに宝石を扱うあたしの信用に関わるもの」
あっけらかんと笑い、アイーシアは悪戯っぽそうな笑みを浮かべる。
「宝石単品だと、人目に付きにくいわりに、かえって盗られやすいのよね。それに比べて、多少なりとも目立つ細工物だったら、あたしにだって人捜しができるわ」
「お前、これを身に付けて往来を歩くつもりかい」
そのつもりだ、とアイーシアは頷き、カルラは溜め息をついた。
自ら厄介事を呼びこむような、この無鉄砲な性格はどうだろう。二年前と少しも変わったところがない。少しは恥じらいを覚えるかと思いきや、かえって不安を増長させてしまったようなものだ。
もはや何を言っても無意味とばかり、宝石と指輪を手に、無言で首を振ったカルラである。
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