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※このエピソードは、レドウィック・アウグストPL氏主催のイベントに関係したものです。 遺跡その他の詳細はイベント掲示板のグロザムル山脈の遺跡及び関連書き込みをご参照ください。 EP内に時折記される部屋及び通路の記号も主催者作成の地図に則ったものです。 ★参加者一覧★ アレク(戦士) カイ(精霊使い&戦士) カレン(盗賊&神官) ディック(戦士&精霊使い) フェリアス(魔術師&盗賊&神官) ラス(精霊使い&盗賊) ◆ 出発 ◆ レドウィック・アウグスト。通称、レド。このオラン市街でも著名な魔術師の1人である。良くも悪くも、両方の意味で。通称、三角塔と呼ばれるオランの魔術師ギルドや、夜の酒場などをまわれば、彼の噂はいくらでも手に入る。笑顔で答える者、顔をしかめる者、声を潜める者等々。それぞれからそれぞれの噂は耳に入るが、良い評判と悪い評判との両方に共通した言葉がある。曰く、腕はいい、と。 そんな男から、ある日、酒場に1枚の羊皮紙が張り出された。冒険者たちへの仕事の依頼である。自分が突き止めた未発掘の遺跡があるので、そこを探索してくれる者を募集している、とその羊皮紙は告げていた。 「なぁ、レド。あの張り紙見て、誰か応募してきたか?」 酒場で、レドに話しかけたのは、金髪の半妖精である。30にはまだなっていないだろうと思えるその魔術師よりも、さらに10近くは若く見える。だが、それは彼の血の中の半分を占める妖精の血の所為だ。実際の年齢で言うならば、漆黒の髪を腰まで伸ばした魔術師よりも、隣の小柄な半妖精のほうが15ほども年上だ。名前はラストールド。通称ラスである。 「いや……まだ来ていないな。物好きは意外と少ないらしい」 レドの返事を聞いて、ラスがにやりと笑う。 「物好き、紹介しようか? とりあえず盗賊と精霊使いのコンビだけど?」 「カレンとおまえ、か。………ふむ。おまえたちならば2人で行ってもかまわぬが」 酒場で会えば、互いに憎まれ口などをたたき合う2人ではあるが、互いの腕は信頼している。おそらく2人とも、腕だけは、と強調するだろうが。精霊使いである目の前の半妖精の腕をレドは知っている。そして、彼の相棒と呼ばれている盗賊の男の腕も。 「まさか。2人で遺跡なんか行けるかよ、馬鹿。癒し手と戦士には心当たりがある。あとは…魔術師だな。おまえ、誰か知らねぇ? 腕のいいの紹介してくれよ」 強い酒の入ったグラスを片手に、ラスが笑う。それを見てレドは、自分にも古い付き合いになる魔術師の友人がいることに思い当たった。 「そうだな。……たまには三角塔から連れ出すのも悪くあるまい。心配するな、腕は確かだ」 三角塔の片隅で、フェリアスはふと溜め息をついた。使い魔である猫に餌をやりながら、先刻、自分の部屋を訪れた友人が言ったことを思い返す。その友人、レドが時折自分の元へと持ってくる依頼は、確かに興味深いものも多い。同じ魔術師同士、興味の方向性は似ているのだから当然と言えば当然なのかもしれない。だが、その依頼で苦労させられることもそれと同じくらい多いのだ。 「意外と…お人好しなんだろうか?」 自らに向けて問いかけてみる。だが答えは返らない。わかっていることは1つだけだ。今回も、レドの依頼を受けてしまったこと。決してそれが嫌だと言うわけではない。レドが長い間追っていた魔術師のことは、自分も調査の協力をしたことがあるから知っている。 ──“一つを追う者”。万物の始祖である“原初の巨人”を追い求めた、偉大なる古代の魔術師。その魔術師が残した遺跡、しかも未発掘。その話を聞けば心は動く。 ただ、フェリアスにとっての気がかりは、一緒に行く者たちがほとんど初対面同然だと言うことだけだ。戦士の顔ぶれはまだ決まっていないらしいが、先刻、レドと一緒に訪れた半妖精の精霊使いが同行するらしい。酒場で2、3度、そして盗賊ギルドでも数度。見かけて何度か言葉もかわしたが、さして親しいというわけでもない。 そして、フェリアスが悩んでいたのは、人付き合いが苦手な自分が、はたしてうまくやっていけるのだろうかということではない。別に“うまくやっていく”必要はないのだ。生きて帰って来れさえするならそれでいい。だからフェリアスの心配は別のところにあった。初顔ばかり…ということは、腕がどの程度なのかがわからないということだ。いくら何でも遺跡に1人で潜ろうとは思わない。だからこそ、自分と同程度には腕の立つメンバーであってほしい。とりあえず、先刻の精霊使い…ラスと、その相棒のカレンと言う男。彼らの能力は遺跡発掘には向いているだろう。あとは…腕がどの程度なのか、それだけが気がかりだ。 「とりあえず……もう一度調べなおしてみるか」 再び小さな溜め息をついて、フェリアスは立ち上がった。ラスは、顔ぶれが決まり次第、また連絡をするからと言っていた。ならば、それまでの時間を無駄にしないように、遺跡と“一つを追う者”と呼ばれた魔術師について幾つかでも調べておこうと。 部屋を出ながら、フェリアスはもう一つ思い出した。友人であるレドが微笑んで告げた言葉を。 「大丈夫だ。私とて友人をただ危険にさらしたくはないからな。誠心誠意、フォローさせてもらう」 ……そんな言葉を頭から信じ込むほど、付き合いは浅くない。 フェリアスの口から、三度、溜め息が漏れた。 翌日。ラスは、定宿の一室で相棒であるカレンにその話を切り出していた。古代王国への扉亭と呼ばれるその宿は、冒険者の店としては老舗の1つである。 「なぁ、カレン。おまえもレドの張り紙見たろ? あいつが随分前から入れ込んで探してた遺跡のやつ」 「ああ、見た。秋頃にもちらっと耳にはしたけど…その時から面白そうだなとは思ってた」 黒髪と浅黒い肌を持った、若い男である。20代後半というその年齢は、冒険者としては決して若くはない。だが、彼の風貌は何故か外見を10近くも若く見せる。そのせいで駆け出し扱いされることもままあるが、実際の年齢に見合った…むしろそれ以上の腕はある。盗賊としての腕が。 「そ。行きたいって言ってたじゃん? 行こうぜ?」 さらりとそう言って笑うラスに、カレンもさらりとうなずいた。何の迷いもなく、行こうぜと言いきるならば、それなりの算段があってのことだろうと。この半妖精と知り合ってから7年の付き合いになる。冒険者として共に依頼をこなし、死地すら共に潜り抜けた7年は決して短い時間ではない。だから、さらりとうなずき返したあとにあらためて聞き返す言葉は、決して多くない。それで通じる相手なのだから。 「顔ぶれは?」 「俺とおまえ、癒し手ならカイがいるだろ。それと、昨夜、レドに魔術師紹介してもらった。フェリアスって奴。……おまえ、知ってるっけ?」 「ああ、あいつか。知ってるよ。そうか…レドの友人だったのか」 「あとは戦士だろ? ディックとかアレクとか誘ってみようぜ。きっと暇じゃねえの、あいつら?」 その言葉に、そうだなとうなずき返した時、部屋の扉をノックする音が響いた。その直後に扉が開く。 「ただいま。…あ、カレンさん、来てたんですか」 入り口で微笑んで会釈する、半妖精の少女にカレンが微笑み返す。 「ああ、邪魔してるよ。カイも遺跡行くって?」 その問いに、カイがうなずいた。紫がかった黒髪が揺れる。 「ええ……足手まといかなって思うんですけど……でも」 「ンなことねえって言ったろ。おまえだって自分の身くらいは守れるんだろうし」 ラスの言葉にうなずいて、カレンも言い添える。 「それに癒し手なんだ。前に出ていくのは俺と戦士たちだから大丈夫」 「そうそう。前に出ていかなきゃ、そんなにヤバイことなんかねえよ」 「…………俺はおまえにも、いつもそう言ってるはずだけど? 精霊使いのラス?」 「……そうだな、聞いたことあるような気がするな」 数日後。武器を扱う店で、黒髪の若い男が、棚に並べられた小剣を眺めていた。中肉中背よりも、やや上背がある程度だが、その身ごなしには鍛えられた戦士のそれがうかがえる。 「やほ、ディック。こんなとこで何してんの?」 その背中に明るい声がかかった。女性の声である。ディックと呼ばれた黒髪の男が振り返る。馴染んだ顔をそこに見つけて頬をゆるめた。 「アレクさんでしたか。……戦士が武器の店にいて、何か不思議でも?」 「あ、それもそうだね。私だって同じなんだし」 店の外からの光を受けて、金色に輝く瞳でアレクは笑った。女性にしては背が高く、ディックと並んでもさほど遜色はない。くせのある暗い色の髪を肩先で揺らして、ディックが眺めていた小剣の棚を自らも眺め始める。 「何か買うつもりだったの?」 アレクに聞かれて、ディックが首を振る。 「いいえ、もともと自分が持っていた剣を直しに出していて…それを受け取りに来ただけですよ。アレクさんは?」 「あ、私はディックの姿が見えたからきただけ。…って、剣? 槍じゃなかった? あ、でも武器の調整ってことは……結構、気合い入ってるのかな? ラスとカレンに遺跡探索の誘い、かけられたんでしょ?」 「普段は槍ですけど今回は行き先が……って、どうして知っているのですか?」 「へへ。実は私もなんだよね。昨日、酒場でラスに会ってさ。ちょうどいいからおまえも来いって言われて。ま、暇だったしね。悪い話じゃないから受けたよ。遺跡ってなんだか面白そうじゃないか?」 笑って言うアレクに、ディックが小さく息をついた。 「そうですね。……確かに面白そうではあるんですが……」 「なに? 何か問題でも?」 「………何というか…自分の間の悪さと言うか……いえ、いいのかも知れないんですが…」 2日前の夕刻の出来事をディックは思い出していた。 その日、ディックが古代王国への扉亭を訪れたのには、さしたる理由もなかった。いるかいないかはわからないが、友人と酒を酌み交わしてみようかと思っただけである。ラスやカレンとは、この街に来てからの付き合いではあるが、付き合いの長さとは関係なく、互いに良い友人だ。 酒場には、幸い2人とも顔を揃えていた。カウンターの隅で、幾つかの羊皮紙や地図のようなものを広げて、2人でそれを覗き込んでいる。そこへディックが顔を出した。応えて顔を上げたラスとカレンが同時に笑った。にっこりと。そして、その瞬間に話は全てが決まったのである。 「………行きたくないの?」 ディックの表情を見て、アレクが更に問う。聞かれて、一瞬考えたディックではあるが、次の瞬間には微笑んでいた。 「いえ。いつも、行動力では負けているなと思っただけですよ。行きたくないのならば、わざわざ武器の調整になど来ません」 そう言ったディックの胸を、アレクが拳で軽く叩く。 「よかった。がんばろ、私たちが“盾”だ。あいつら、守ってやろう」 「ええ」 応えてディックが笑みを深くする。 ◆ 山道 ◆ レドの言葉に従って、一行はまずホープの村へと向かった。グロザムルの裾野にあるその村は、決して大きいものではないが、そこに至る道のりは、街道が整備されていることもあって比較的容易だ。天候にも恵まれ、ホープの村へは予定通りに到着する。そして、地図はさらにその先へ。 「地図によると…この山道だな。なんか…いかにも何か出ますって言ってるような道じゃないか?」 少々うんざりした様子を漂わせながらカレンが呟く。その手元の地図を横からのぞき込みながら、フェリアスもうなずいた。 「……出る、だろうな」 「あ。レドが言ってたぜ? 虫程度は出るだろうな、ってよ。ただまぁ…あの男の言う“虫”が何を指してるのかはわかんねえけど?」 カレンより数歩先で、山道の先に目をやりつつラスが苦笑する。その隣では首を傾げる、もう一人の半妖精。カイである。 「……虫ってことは…虫じゃないの?」 「虫は……こういった足跡は残しませんよね、あまり」 足もとを見下ろしてラスと同じような苦笑を漏らしたのは、ディックだ。遺跡ということを考慮して、普段は槍を使う彼も、今回はバスタードソードを下げている。 そして、ディックが見下ろしたものを同じように見下ろしているのは、アレク。 「あ、ホントだ。これは……ゴブリンの足跡かな?」 「ゴブリン…か。でかい虫と思えば…レドの評もあながち間違いではないか」 地図から目を離してそっと呟いたのはフェリアスである。それを間近で聞いていたカレンの、違うと思うけど…という心の呟きは口に出されることはなかった。 (…ま、でも。フェリアスとは初対面ってわけでもないけど…あまり馴染みがなかったから、どうなることかと少し心配してたんだがな。取り越し苦労だったか。何度か話した時の印象では…悪い奴じゃないが、口数多くないなと思ったから……って、俺も人のことは言えないけど。でも、他の奴らが…カイ以外は人見知りしないタチだし…なんと言ってもラスとアレクが、人見知りどころか物怖じすらしない奴らだ。フェリアス自身もどうやら、ここに来るまでで馴染んだらしいし……) と、カレンがそんなことを考えていた頃。フェリアスも同じように考えていた。 (……自分が、あまり人付き合いが得手ではないことは承知しているが…それでも隣にいるカレンと比べれば、さほどの遜色はないのかもしれない。彼とパーティの面々は、割に深い付き合いだというが…それでも口を開く回数は限られている。ならば、俺が多少無口であっても目立たないと言うものだ。……にしても。言葉が少ない割には…重要なことはきちんと言っている。このパーティのリーダーはカレンなのだろうな。盗賊ギルドや酒場で何度か顔を合わせたが…外に出るとまた印象が違う。印象と言えば…たしか、チャ・ザ神官でもあったはず。……人間と言うものは意外な面があるな) 「おーい、そこ2人。黙りこくってねえで、そろそろ行こうぜ。日ぃ暮れちまうじゃねえか! でけえ虫だろうがゴブリンだろうが、どっちでも一緒だ。どうせ、ガイアが先行してるなら、あらかた片づけてあるだろ」 それぞれに、知らぬうちとは言え、お互いのことを考えていたカレンとフェリアスが、ラスの言葉に同時に顔を上げる。 酒場での顔なじみである、ガイア・ブラックシールドが何人かの仲間とともに、自分たちよりも数日前にオランを発ったことはレドから聞いて知っていた。実際、ホープの村でいくつか話を聞いたときにも、オランから来たと言う黒髪の男の話は耳にしている。馴染みの、木造の酒場に集まる顔触れのなかでも、かなりの腕を持つ戦士である男が先行しているのだ。遺跡内部で掘り出し物を見つけるチャンスは減るが、その分、危険性も減ると言うものだろう。 地図が示すその山道は、クロイドという名の村へ続いていた。 「さてと…今日はこのあたりで寝るか」 左右を、鬱蒼と茂った木々に囲まれた細い山道。幸い、分かれ道などはなく、迷う心配だけはないが、道幅は狭い。そして両脇には深い森。日が傾いた頃になって、ようやく木々の途切れた、小さな空き地を見つけた。そこで休もうと、カレンが提案する。とくに反対する者がいるわけもなく、一行は野営の準備にとりかかった。 「………ん?」 「……?」 小さな呟きと共に顔を上げたラスと、無言で顔を上げたフェリアスとの視線が出会う。 「今……何か聞こえたか?」 そう尋ねるラスに、表情も変えずにフェリアスが告げる。 「多分、狼の遠吠えだな」 「狼くらい出ますよねぇ…こんなに深い森ですもん」 おこしたばかりの焚き火に、拾い集めた枯れ木をくべながらのんびりと言ったのはカイだった。 「あ、そうか。カイ、こないだまで旅してたんだもんね。ずいぶんと慣れた様子じゃないか」 少しばかり感心したようにアレクが笑う。 「そんなことないですよ。……あ、でもアレクさんも旅してたんじゃありませんでした?」 「だって私のは街道沿いの旅ばかりだもん。街道沿いにはちゃんと宿があるからね。まぁ…野宿もしたことはあるけど。……ところでさ。ラス? 晩ご飯まだ?」 後の方の言葉を、振り向きつつラスに向けて言う。 「……てめえは。今、狼の声がどうのって話をしてたのに、どうして晩メシの話になるってんだ?」 「だって、おなか空いたじゃないか。私たちだって狼と同じだよ。食べなきゃ腹は減る。狼が襲ってくるかもしれないんなら、その前にちゃんと食べたほうがいいだろ?」 「なるほど。空腹では対抗する力も出なくなるからですね?」 拾い集めた枯れ木を積み上げつつ、ディックがうなずく。が、アレクは首を振った。 「いや。狼片づけてからだと、晩ご飯食べるのが遅くなるから」 ああ…なるほど、ともう一度、今度は少し気の抜けたような雰囲気でうなずいたディックの肩に、カレンがぽんと手を置く。 「ディック……気にするな。……アレクなんだから」 「そうですよね。……私としたことが…忘れてました」 「カレン、おまえさ。なんでもそれで片づけるのやめろって」 結局は夕食の支度を始めつつ、ラスが言う。 「…なにが?」 「だから、“何々なんだから”で片づけるの。……いつも、言ってるよな。“ラスだからしょうがないか”って。結構、意味不明だぞ」 「……そうか? 一番納得できる言い方をしてるつもりなんだが?」 「ええ、私も納得しました」 と、これはディックの声。 アレクとラスが微妙に複雑な表情で見つめ合うなか、カイはひたすら焚き火に枯れ木をくべていた。どうやら、この問題に口をはさむ気はないらしい。 「………そして、狼はどうでもいい、と言うわけか」 聞こえないように呟いたはずのフェリアスの言葉を、1人だけ耳にした者がいた。一番、フェリアスに近い側に立っていたカレンである。夕食の支度を始める面々を横目で見つつ、カレンがフェリアスに近づく。 「どうでもいい、というわけではないんだろうけどな。よほどの群れじゃない限り、狼程度なら強敵じゃない…ということなんだろう。それはあんただって同じだろう?」 苦笑しながらのその言葉に、フェリアスも苦笑でうなずいた。 「そうだな。…言われてみればその通りだ。………ひとつ、聞いてもいいだろうか?」 「何?」 「たいしたことではないが…おまえとラスとは、互いに相棒と呼べるほどの付き合いだと聞いた。街盗賊がつるむのは珍しくもないが、冒険者として、同じパーティに盗賊が常に2人以上いるのは少し珍しいんじゃないか?」 「ああ…そのことか。いや、まぁ…あいつは本業は精霊使いだしな。それに、能力的に便利だからとか…それよりも……」 「……それより?」 カレンが言いよどんだ先を促すようにフェリアスが短く問う。 「腕を信頼できるってのももちろんだけど……それより、精神的に助けられる部分は多いからね。仕事でも。それ以外でも」 つとめて無表情に言った言葉ではあるが、わずかにのぞく別の感情に、フェリアスがかすかに笑む。 「……そうか」 そして、食事が終わった頃。 「眠くなっちゃった…。先に眠ってもいいですか? 見張りはあとからやりますからぁ…」 あくびをしつつ、カイが毛布にくるまる。 「じゃあ…カイさんは後から見張りということで、他の順番はどうしますか? やはり2人1組になって…」 夜間の見張りの順序を決めようと、ディックが誰にともなく言う。 「そうだな…それじゃぁ……」 思案しつつ、カレンが口を開きかけた瞬間。それまで無言のまま話を聞いていたフェリアスが、唐突に立ち上がった。そして、ほぼ同時にカレンも、傍らに置いてあった短剣に手をのばす。 「……狼ですか?」 ひそやかな、だが鋭いディックの声にフェリアスとカレンがうなずいた。焚き火の反対側では、アレクとラスも反応している。 「…どうやら、群れのようだな。数が多い。……魔法で一気に仕留めるか?」 フェリアスの囁きに、一度はうなずきかけたカレンが、小さく首を振る。 「いや……もちろん、魔法を使ってくれるなら願ってもないが…群れは散開してるようだ。脇から回ってくるのはこっちで引き受ける。正面のほうを頼む」 「わかった」 そして、焚き火の反対側。 「アレク! てめぇ、ひとの足踏んでんじゃねえよっ!」 「よければいいじゃないか。まったく…年寄りはすぐこうだ」 「ンだとぉ? そういうこと言う口は……この口かぁっ!?」 「あ、痛っ! どうして口より先に手が出るんだ!?」 狼たちが、動き出した。闇が濃くなり始めた森の木々の合間に、獣の瞳が光る。 数分後。獣の体毛が焦げた臭いと、それよりも濃い血臭があたりを支配した。だが、それもやがて夜風に紛れていく。 「だから、ラスはじじぃだって言ってるんだ!」 「年上だと思ってんなら、年長者は敬えってんだ!」 …………いまだ続くアレクとラスの言い争いに、ディックがおずおずと声をかける。 「あのぉ…ラスさん、アレクさん……こちらは終わりましたが……」 その声に同時に振り向くアレクとラス。その様子を無言で眺めるカレンとフェリアス。 「あ? 終わったのか?」 「ホント? ご苦労さま」 ふと、フェリアスが隣に立つカレンに小声で呟いた。 「………なるほど。助けられる部分は…精神的な面…と言ったか……」 どう答えようかと迷っているカレンの耳に、再びラスとアレクの声が聞こえる。 「……んじゃ、俺も気絶させた奴にとどめさしてくっか」 「ラス、何匹片づけた? 私は2匹半。……半分はフェリアスの魔法に巻き込まれて死んだ奴の分」 「3匹。俺の勝ちだな」 「闇の精霊飛ばしたんなら、まだ死んでないじゃん。引き分けってことにしようよ」 その会話を耳にして、フェリアスがわずかに驚いたような顔を見せる。その横ではカレンが吹き出していた。 「……言ったろ? あいつの本業は精霊使いだって。腕でも助けられることがあるさ」 そして、焚き火のそばの毛布がごそごそと動き出す。 「………あれぇ? 何か…あったんですか?」 夜は、まだ始まったばかりだ。 ◆ 到着 ◆ クロイド村を出て3日。一行は遺跡にたどり着いた。ホープからクロイドまでは、細いながらも山道が続いてはいたが、クロイドからはそうもいかなかった。まず、道がない。クロイド村周辺に鬱蒼と茂っていた森は、目的の場所に向かうにつれて深まる一方だ。目的の場所は谷間だと聞いてはいたが、村の住人に詳しい場所を聞かなければたどり着くことは難しかったかもしれない。少なくとも、最短距離を進むことはできなかっただろう。実際、ここにたどり着くまでにも、いくつかの危険なものには遭遇している。通り道に根を張っていたキラークリーパーはその大部分を始末したが、もっと別のものも見かけた。幸いにして主はいなかったようだが、巨大な蜘蛛の巣は発見している。後続の誰かがそれを始末できれば…もしくは遭遇しなければいいが。 とにもかくにも、一行はたどり着いたのだ。遺跡への入り口だと言われる、巨大な古木の前に。 「……ここか。とてもそうは見えな……いや、そうでもないのか。ひょっとして…古代樹とか言うやつか?」 古木の少し手前で立ち止まり、その偉容を見上げつつカレンが呟く。その後ろに立つフェリアスに向けて。同じように古木を眺めていたフェリアスが、自分へと向けられた言葉だと気がつくのにしばしの時を要した。 「……ああ。いや……古代樹だったもの、と言うところだな。もう生きてはいまい。抜け殻を魔術で補強してあるらしいが……樹がすでに生きていないのは、俺よりもそちらの半妖精のほうがわかるのではないか?」 言いながら、フェリアスが顎で示した先には、ラスがいた。古木を見上げた視線は逸らさずにラスがうなずく。 「ああ、生きてないな。……残念だぜ。生きてりゃさぞかし精霊たちが喜んだろうにな」 そう言って笑うラスの肩を、アレクが軽く小突いた。 「ねえ、早く行こう。入り口だけ見てたってしょうがないじゃないか。古代樹の残骸見るためにここまで来たわけじゃないだろ?」 「ですが、なかなか目にする機会がないのは確かですよ? 残骸でもこれほどのものならば、生きている古代樹ならばさぞかし、と思うのは当然でしょう」 ディックが微笑む。そしてその隣でカイもうなずいた。 「そうですね……でも…いくら大きな木だからと言って、この中に遺跡があるってことなんですか?」 「これはただの入り口だって話だけどな。入り口には留守番を置いてあるってレドが言ってたけど……あ、あいつか。…っと、向こうのテントは…ガイアか?」 視線を巡らせたカレンが、古木の脇にある小さなテントを見つける。そして、テントの前には、火をおこそうとしていたらしいエルフが1人。さらにそのテントの隣には、もう1つ別のテントがあった。ちょうどそのテントから出てきた黒髪の男には見覚えがある。 「あんたがグレンっての? レドからこれ預かってきた。思う存分掘り起こしてこいってな」 レドから預かった書状をエルフに渡しながら、ラスが言う。その書状を受け取って、エルフがうなずいた。 「いかにも。私がグレンだ。書状をあらためさせてもらおう。…………なるほど。確かにレド師のものだな。入り口への案内はさせてもらうが……どうする? 今からすぐに潜るか? 直に日が暮れる。山中は夜陰に沈むのが早いのでな」 問われて、ラスが後ろを振り向く。その視線に応えたのは相棒だ。 「いや……確かにそろそろ日が暮れるな。それなら明日の朝から潜ったほうがいいだろう。ここまでの山道も楽じゃなかったし…一晩休んでからのほうが万全の体調で臨める」 「だな。んじゃ、案内は明日の朝ってことで頼む」 ラスの言葉にグレンがうなずいた。木々の合間で、少し開けたあたりを腕で指し示しながら口を開く。 「承知した。野営するのなら、そのあたりが具合良いだろう」 「ガイアたちの隣だな」 ディックやアレク、カイたちと話しているガイアのほうを振り向きつつ、カレンがうなずく。フェリアスは、少し離れたところに立っている。視線は遺跡の入り口でもある古代樹だ。 普段は黒い鎧に身を固めているガイアも、今回の遺跡行では魔術師としての参加らしく、皮鎧を身につけている。いつもの装備と比べれば、いささか頼りない気がするものの、彼の戦士としての腕前ならばさほどのハンディにはならないのかもしれない。 「んじゃ…門番の許可もとりつけたことだし…ガイアから話聞いてみようぜ。あいつらがどこまで行ってるかで、俺たちの動きも決まってくるしな」 そう言って自分の肩を軽く叩いてきたラスにカレンがうなずく。 「んじゃ、そこらで野営しようぜ。……今夜一晩はお隣さんだな。で? おまえらどこまで行ってきた?」 最初の言葉は一緒に来たメンバーに向けて、後のほうはガイアへと向けてラスが笑う。 「まぁ…最初のフロアの4分の1から3分の1ってとこか。……詳しく聞きたいか?」 にやりとガイアが笑う。 「あたりまえだろ。けちけちしねえで……っと、そうか。情報には情報料か?」 「そうだな、それ相応の対価と言うものがあるだろう? それは俺よりも、おまえやカレンのほうが職業柄わかってるだろう?」 「……だな。で? 何が欲しい?」 尋ねたカレンにガイアが笑った。 「いや、たいしたことじゃない。金など請求はしないさ。……実は、俺たちは今日の朝、そこから出てきたんだがね。仲間が2人ほど、火傷を負っていて…治癒呪文を使ってもらえれば、ありがたいと思うんだが」 「そっちの癒し手は?」 カレンの問いにガイアが答える前に、テントのなかから、もう1つの人影が現れた。 「ガイア? 誰か来たのかしら?」 「……リティリアさん?」 治癒呪文と言うことなら、と、ラスに呼ばれてそばにきていたカイが、その人影を見て声を上げる。テントの中から現れたのは、蜂蜜色の髪を束ねた若い女性だった。彼女もまた、馴染みの顔である。 「あら…後続が来るだろうとは聞いていたけど…あなたたちだったの」 「……なんでリティリアさんがここに? えと…オランには…?」 そういえば、オランの街なかでは見かけなかったと思いつつカイが尋ねる。 「ああ、しばらく…ホープの村で暮らしてたのよ。何日か前に、ガイアが通りかかってね。レドから、遺跡に行く人間が通りかかるだろうとは聞いていたけど。退屈していたから、精霊使いがいないなら連れて行ってちょうだいってお願いしたわけ」 束ねていた髪をほどきながらリティリアが笑う。 それじゃこっちに、とリティリアに連れられてテントに入っていくカイを見送って、ラスが向き直る。 「さてと…んじゃ、治療はカイとリティリアにまかせて…。おい、ガイア。遺跡ん中教えろよ」 「ああ、わかった」 夜。時折、獣の遠吠えが山中に響く。焚き火を前に、地図を眺めていたカレンの手元をディックがのぞき込む。その気配を感じ取りつつ、視線は地図から離さずにカレンが尋ねた。 「ラスは? 寝たのか?」 「ええ。毛布かぶった次の瞬間には寝てましたよ。……珍しいですね、あんなに寝付きがいいラスさんというのも」 笑いつつ答えたディックにカレンも笑う。 「ああ、いつもあいつは寝付きと寝起きが悪いからな。疲れたんだろ。さっき何かやってたみたいだし」 「明日の準備とかで…シルフを支配してました。遺跡の中に連れて行くと。カレンさんは…地図の確認ですか?」 「ああ、一応レドから受け取った地図に、さっきガイアから聞いた情報をいくつか書き込んだからな。地図の内容そのものは頭に入ってるが…念を入れて悪いわけもないから」 「それもそうですね。遺跡に潜るとなれば…盗賊の方々の腕が頼りです。今回の顔ぶれを見る限り…その点に関しては安心していますがね」 そう言ってディックが笑う。確認を終えた地図を折り畳みながら、カレンも笑った。 「ああ、そうだな。頼りにしてくれていい。遺跡相手なら、盗賊が2人いるのが理想だが…今回は3人だ。フェリアスは、魔術師としてレドが紹介してくれたけど、実際、盗賊としての腕もいい。魔術師としての腕と知識、そして盗賊としてのそれ。……頼りになる男だな、あいつは」 「フェリアスさんは確かに、頼りになりそうですが……私としては、今までの経験上、貴方とラスさんを信用していますよ。盾としての私は物足りないかもしれませんが…」 「そんなことないさ。ラスはおまえを信用してるぜ? もちろん俺も。……でさ。ちょっと…話は違うけど」 「……はい? 何でしょうか?」 「……それ」 「……どれですか?」 「その敬語だよ。さん付けとかさ。ラスにやめろって言われなかったか?」 「ああ……はい、何度も。……ですが…その…」 カレンに顔をのぞき込まれて、思わずディックが目をそらす。 「だいたい、おまえ傭兵だったんだろ? 傭兵部隊なんか、そんなお上品じゃないだろ。……ここで例を出すと怒られるかもしれんが…アレクを見てみろ」 出身の国こそ違うが、ディックと同じく、アレクも傭兵出身の冒険者である。本人は未だに自分は傭兵だと言い切ってはいるが。 「はい…そうですね…あ、アレクさんには今の会話は内緒にしておきますから」 「そりゃ助かる。……って、そうじゃなくて。いや…おまえがそれでいいなら構わないんだけど。もし気ぃつかってるならと思ってな」 「いえ…気遣いとかそういうことじゃなくて……慣れ、なんでしょうかね。どうも…」 逡巡したままのディックを見て、カレンが苦笑した。 「いや…困るくらいなら今まで通りでいいんだ」 |
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