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そして、いくつかの攻防の末。 「はぁ……やっと…終わったぁ!」 剣を持ったまま、その場に座り込んでアレクが声を出す。ディックやカレンも、その場に立ちすくんだまま肩で息をしている。 「……とりあえず……生きてて何よりだ。……無事か、みんな?」 少しばかり…と言うよりも、かなり散乱してしまった書庫の様子を眺めつつ、カレンが全員の顔を確認する。 「…なんとか。……そうだ、ラスさん平気ですか?」 剣を鞘へと戻しつつディックが振り返る。床に座り込んだままのラスが応じた。 「ああ…なんとか。………なぁ? 戻っちまったの?」 「……? 何がですか?」 「その口調。さっきは“ラス”って呼び捨てにしたじゃん。カレンのことも」 その言葉を聞いて、それもそうだとカレンがうなずく。 「あ……いえ……あのときは……すみません」 「謝るなってば」 カレンが苦笑する。 「状況が状況で……つい……」 「つい、ってことは、本来はそういう口調なんだろ? 呼び捨てでいい…っつーか、さん付けは慣れてねえっていつも言ってんじゃん。……開き直れよ馬鹿。多分、今更遅いってのはてめえでもわかってんだろ?」 にやりと笑ったラスの言葉に、ディックが苦笑いしつつ肩の力を抜く。 「……かなわないな、2人には。確かに…今更、遅いのかもしれない。深い関わりを持たないように、と…そう思ってわざと、使い慣れない口調で話してたが。……どうやら、もう遅いようだ」 「そういうことだな」 にやりと笑って、カレンがディックの肩を叩く。その後ろで、あたりを見回しつつ、フェリアスが呟いた。 「とりあず…ここは安全なようだ。多少は散らかってるが…ここで休んだらどうかと思うが」 数刻後。 「……何やってんだ? 魔法使いは寝ておけよ」 机の上で分厚い書物を開いて読みふけっているフェリアスに、カレンが苦笑混じりに囁いた。いつもよりも声のトーンが低いのは、眠っている仲間たちを気遣ってのことである。 カレンとフェリアス以外の者たちは皆、書棚によりかかるようにして寝息を立てている。 「……あと…少し」 「そんなもの、持ち帰っていくらでも読めばいいだろ。どうせ書物はレドがかっさらうんだろうし……あ、そうだ。どれを持ち帰ればいいのか、あとでいいからチェックしておいてくれ」 「ああ。わかった。……先刻の相手だが…ひょっとすると、“姿無き魔神”と呼ばれる者かもしれんな。……見えてはいないから、はっきりとは言えないが」 「へぇ…ま……何でもいいけどね。ああいう司書っているよな。前に仲間のツテでラーダ神殿の書庫に調べ物しに行ったら……あんなおばさんいたぜ?」 「ああ……そういえば…」 カレンの言葉に、フェリアスが低く苦笑する。 「あ、そうだ。本もだけど……あっちの硝子の箱の中身。あれって…値打ちモンか?」 「剣が3本に…指輪が2つだったな。指輪は、『抗魔の指輪』と『防護の指輪』だろう。『防護の指輪』のほうは…俺がはめているものと同じ効果がある。剣のほうは…ダガーとバスタードソードはミスリル製だな。じっくり眺めてはいないから、値段までは言えないが…相当の価値だと思って間違いはない」 「なるほど………俺らが持つには分不相応、ってとこかな」 苦笑するカレンにフェリアスが首を傾げた。 「さほど不相応でもないとは思うが…まぁ値段次第というところか?」 「いや、ラスがさ、ミスリルのダガー…ほら、あの銀青色の。あれが妙に気に入ったらしいんだよな。普段は武器なんか何だっていいって言うあいつには珍しく。……とはいえ、もともとあいつは、剣よりも魔法主体の奴だから…どこまで本気かわかんねえけど。帰ったらレドにねだるのかな、と思ったら…おかしくて」 「さっきまで、にぎやかな話し声がしていたと思ったら…そのことだったのか」 「ああ、怪我人は早く休めって言ってんのに……ま、ラスだから」 そう言ってカレンが笑う。 「……『だから』で説明を終わらせるのはやめろ、と言われていなかったか?」 「だって、一番納得できる説明かと思って。……ま、怪我といっても、あばらが1〜2本だ。どうせ、残りの部屋は覗くだけで終わらせるつもりだし…今回は。ラスの奴は怪我に慣れてるから大丈夫だろ」 「………おまえの相棒は、なかなかに扱いにくそうだな」 「いや? 扱いやすいよ。もう慣れたし。……それに、あんたの友人ほどじゃない。だろ?」 「……俺の友人というと………レドか。……確かにな。あの腹黒い男に比べれば、誰だって扱いやすい」 「そういうことだよ。………ほら、本閉じたんなら寝ろよ。魔法使い」 そう言ったカレンに苦笑を返して、フェリアスは寝息を立てている仲間たちのもとへと歩いていった。 アレクの叫び声が通路に響き渡る。 「わーーっっ!! 来るな! この鎧、高かったんだから!」 書庫を出て、水槽の前まで戻り、そこから西へと向かった通路の先(部屋J)である。通路そのものは、下りの階段になっており、水槽を満たす青白く光る水のおかげで明かりを必要としない程度には明るくなっている。カレンが鍵をはずした扉からは、大量のブロブがあふれ出てきた。とっさに後退したものの、大量にあふれ出たうちの何匹かはまとわりついてくる。それをどうにかしないと撤退も出来ないというありさまだ。とりあえず、動きからしてブロブは階段を上れないということがわかったので、自分たちが階段を上りきる間だけもてばいい、と、目の前の数匹──おそらくは10匹ほど──を片づけることにした。……したのはいいが、フェリアスが『ブロブだな』と呟き、ラスが『前に戦った時に…仲間の剣が腐ったよな』と呟き…それを聞いたアレクが、慌てて逃げ出したのである。 「アレク! 剣ぶら下げたままこっちに来るな、馬鹿!」 ラスの声には振り向きもせず、アレクはとっととディックの後ろに逃げ込む。 「ディック、その鎧、銀だろ? あとは頼む!」 「アレクさん……そう言われても…」 彼らにとってみれば、ブロブなどは強い敵とは言えない。ただ、問題になるのは数である。どろどろとした粘液状のものを、分けて数えることは非常に困難ではあるが、開けた扉から出てきたのは、数十匹はいるだろう。そして、階段近くまでたどり着いているのは10匹ほど。ディックが来ている鎧は銀であるため、ブロブによって腐らされることはないが、剣は普通の鉄製である。 「槍だったら…銀だったのにな…。とは言え、武器を犠牲にするわけにも…仕方ないか」 メインの武器をダメにするわけにはいかない。腐るまでにまる一日はかかると聞いたことはあるが、帰り道とて何があるかわからないのだから。鞘に戻したバスタードソードの変わりに、ショートソードを抜き放ちつつ、ディックが溜息をつく。それを見て、カイがふと呟いた。 「ディックさんも……魔法使えばいいんじゃありませんか?」 「しかし……」 自分の魔法の力では、はたしてどの程度の成果を出せるものか…とディックが呟く。 「馬鹿だな、こういう時は魔法使いに任せりゃいいんだよ。……フェリアス、一発でどかんといかねぇ?」 ディックの肩に手を置いて、ラスが笑う。それを受けてフェリアスが小さく溜息をついた。 「……確かにな。それが一番手っ取り早いかもしれん。だが…一発で消えると思ってもらっては困るぞ」 「残った分は…ある程度なら引き受けるぜ? あとは…そうだ。カレン、これ使え」 ラスが腰のレイピアを抜いてカレンに手渡す。それを受け取って、カレンがその刀身を確かめる。 「なるほど…銀だったな、そういえば。レイピアか……苦手なんだよな。おまえの剣って、ちょい軽いし」 「文句言うな。自分の剣使ってもいいんだぜ? 腐るけど。あ。それ、折ったら弁償な。おまえが普段使ってるのより折れやすいから」 武器を扱う店で売っている細剣の中で、一番軽いものがラスの使っているレイピアだ。そのなかでも長さをとるために、より細く仕上げてある。幅広の刃の短剣を好んで使うカレンには使いにくいのかもしれない。 「俺の持っているダガーも腐食されるものではないが……使うか?」 詠唱の準備をしつつ、フェリアスがアレクに尋ねる。アレクが溜息をついて応じた。 「いや…いいよ。私もダガーは持ってるし。いつもの剣に比べて頼りないのはこの際我慢するよ」 いつもの剣、とアレクが言ったのは鞘に納めたバスタードソードである。盾を持たないアレクはこの剣を時には両手で振り回す。だとすれば、ダガーが頼りないのは当たり前だろう。 「火球で一度吹き飛ばす。残ったものを各個撃破していってくれ」 そう言い置いて、フェリアスが呪文を詠唱する。それにうなずいて、ラスとカイが光の精霊への呼びかけを始める。応じるように、ディックとアレク、カレンも剣を構えた。 「…………あとはぁ? 次、どこ?」 ブロブを幾匹か片づけて、階段の上へと逃げ込んでから、アレクがそう尋ねた。誰にともなく。何とはなしに、うんざりとした雰囲気が漂ってはいるが、仕方ないかもしれない。書庫で長い休憩をとって、体力などは回復しているものの、閉鎖された空間である遺跡内部のこと。戦闘となれば体は動くが、気力は限界に近い。それは誰もが同じだった。 「そこの壁が…気になるよな。他の壁には装飾めいたものはほとんどないのに、そこだけが装飾されてる。何かあるかもしれない。……あと少しだって、アレク。他の部屋や通路は覗くだけにしておくから」 壁(通路G−O)を調べると聞いてうんざりしたような顔になったアレクに、カレンがそう言って苦笑する。 「この壁画…なんだかわかるか?」 壁を調べつつ、カレンがフェリアスを振り返る。同じように壁を調べていたフェリアスが小さく首を傾げた。 「さて…何だったか……古い神々の1人だったようには思うが…それ以上は思い出せないな。……ん? ここは……」 「そこ…あたりじゃないか?」 壁に描かれていたのは、蛇を絡ませた女性の絵である。古き神々の1人、ルーミスの壁画ではあるが、それと気づいた人物はいない。絡んだ蛇の瞳が、何かの仕掛けになっているようだった。それを見つけて、フェリアスとカレンが目を見合わせる。 カレンがその仕掛けを指で触れる。力を込めると瞳は幾分か沈んだようだ。そして何かが作動する音。とほぼ同時に、目の前に通路が現れた。(通路O−K) 「通路、か。行ってみよう。先に罠を調べないとな……みんな。ここで少し待っていてくれ」 足を踏み出そうとしたカレンを、ラスが止めた。 「おい、1人で行くつもりか?」 「ヤバかったら戻ってくるし。罠を調べないと全員で移動ってわけにもいかないだろ」 「そりゃそうだけど…1人はまずいだろ。つきあおうか?」 「……怪我人は足手まといだな。折れたとこ、痛いんじゃねえの? とりあえず、そんな顔色してる奴を連れてくほど腕に自信がないわけじゃない。……神の加護もあるし」 にやりとカレンが笑う。それには言い返せずに、ラスが肩をすくめた。 「ま…しょうがねえか。んじゃ行ってこいよ。……っと、そうだ。もう1人盗賊いるじゃんか」 数刻後。 「とりあえず……神の加護はあったようだ…」 通路から出てきたカレンが冷や汗をぬぐいつつ苦笑した。その横に立つフェリアスはいつも通り無表情である。何を考えているのかが今ひとつ伝わらない。 「なにがあったんですか? ……なんだか…すごい音が響いてたんですけど……」 怪我はしてないようですね、と確認しつつカイが問いかける。 「ああ……通路全体に水が流れてて…しかも下り坂になってるから滑るんだ。思わず壁に手を触れたらそれが仕掛けだったらしくてな。……通路をふさぐほどの石が落ちてきたよ」 苦笑するカレンの言葉で、先刻の地響きのわけを知って、通路で待っていた4人が納得する。 「下りで水が流れてるってことは、石も滑るわけで……潰されないように走るしかなかった。ま、その先にあった落とし穴に落ちてたら、石に潰されてたかもしれないけどな。それさえ飛び越せるなら、そんなにヤバイ通路じゃない。けど……行くか?」 問いかけるカレン。問われた面々のなかで、行きたいと言う者がいるわけもない。 「俺は…確認しただけで十分だ。未発掘の遺跡である以上は、事情が許す限り自分の目で確認したいとは思うがな」 「それには同感だ。じゃあ…とりあえず、行ってない通路がまだあったはずだな。そっちに向かってみるか」 カレンの言葉にうなずいて、一行は遺跡の中を再び歩き始めた。 「………暑い。っつーか、俺、こんなとこいたらヤバイって」 通路(D−M)に入ったとたんに、ラスが毒づく。通路へと至る扉を開けた時点で、真夏のような気温になっていたのだ。 帰り道、まだ通っていないところを覗いてみようということで、一行はローブの影が経つ部屋へと戻った。自分たちが今でてきた扉から見て左側の扉は氷乙女と骸骨(ボーン・サーバント)がいる部屋だった。そして正面は最初に入ってきた扉である。残るもう一つの扉──方角的には多分南側だろう──を開けたのである。 「それは…俺たちも同じだな。暑さは体力を消耗させる。進むなら急いで進んだほうがいい」 流れ始めた汗をぬぐいながらカレンが答える。 「……でも、奥のほうが…火蜥蜴の力が強いんですけど……」 通路の最奥を、目を細めて眺めつつカイが呟いた。 その呟きが終わらないうちに、先頭を行くカレンの目の前に炎をまとった蜥蜴が姿を現した。 「実物の登場か。……これも普通の武器は効かないな」 火蜥蜴の姿を視界に納めつつ、それでも武器を構えてディックが呟く。 「ああ〜〜…ちきしょ、水でもぶっかけとけよ。……って、そうもいかねえな。…どうする? 魔法で片づけるか? 手っ取り早く片づけたいとは思うけどな」 目の前に現れた火蜥蜴よりも、あたりを包む暑さのほうが問題だとばかりに、ラスが呟く。 「いたずらに魔力を消耗させることは避けたいが…手っ取り早くの言葉には賛成だな。魔力を温存したばかりに、体力が先に尽きるのでは本末転倒だ」 溜息をついてフェリアスが詠唱の準備をする。同感だ、と同じように溜息をついてラスも精霊に呼びかけ始めた。 「けど、魔法だけってわけにもいかないだろ。魔力付与の呪文をかけてよ。そしたら私たちも戦える。……こんな時はさ、魔剣とかって奴が欲しくなるよね」 そう言ってアレクが苦笑する。 「我が名はレファード。赤き輝きを持つ魂……汝らは我に挑戦するか」 そう語りかけてきたのは、剣だった。通路の最奥に浮かんでいた剣。その柄には、赤い宝石のはめ込まれた首飾りが絡みついている。 下位古代語でそう告げられた言葉をフェリアスが通訳した。それを聞いて、にやりと笑ったのはアレク。 「……へぇ。挑戦すると何かいいことあんのかな」 「我をうち倒せば、汝らは強大なる力を手に入れる」 「と、言うことは…ここで挑戦しない、と宣言することも可能なんですね?」 ディックが確認した。 「我への挑戦を望まぬ者、強さを持たぬ者は立ち去るが良い。無益な殺生を我は好まぬ。立ち去る者を追わぬと誓おう」 「……なるほどね。……どうする?」 戦士たちに視線を向けて、カレンが尋ねる。 「ん〜…せっかく、帰してくれるってんだから、無理に戦うことないんじゃない?」 挑戦的な笑みをあっさりと消して、アレクが笑う。ディックもそれにうなずいた。 「戦士として、挑戦したい気持ちはあるが……少なからず消耗している以上は得策ではないな」 「けど、アレク…いいのか? さっき、魔剣が欲しいとか何とか言ってただろ」 カレンの言葉にカイがうなずく。 「きっと……強大な力って、魔剣とかのこと…ですよね。わたしはまだ…魔法を使う力は残ってますけど…?」 「いや、いいよ。だってさ……シャムシールじゃないか。その剣」 さらりと言うアレク。何故、それが理由になるのかが今ひとつ一行にはわからない。その疑問をカイが代表して聞いた。 「……シャムシールだと……いけないんですか?」 「うん。……曲がった剣って嫌いなんだよね。バスタードソードとか、エストックとか…せめてブロードソードなら良かったけど」 「古代遺跡の中で……そんな理由で魔剣の挑戦を断る人間を、今までに見たことはなかった。……なかなかに新鮮なものだな」 フェリアスがぼそりと呟いた。それは誰しもが抱いた感想だろう。 「…………アレクだからな」 自分で、そういう表現はやめろと言ったのを忘れたか、ラスがそう呟く。 「立ち去るか。ならば追うまい」 剣──レファードが告げた。 ◆ 帰還 ◆ 「あ〜〜っ! やっと外だぁっ!」 遺跡の外に出て、アレクが伸びをする。ディックがその横で息をつく。 「ショートソードは…ブロブの粘液で駄目になっただろうが…まぁ、他に損害もなかったし、よしとしようか」 「外の空気って…気持ちいいですよね。………あれ? …ラス? 大丈夫?」 アレクと同じように伸びをしていたカイが、足もとにしゃがみこんだラスを見る。 「いや……張りつめてたもんがなくなって、痛いのを思い出しただけだから大丈夫」 その頭を、上から軽く小突いてカレンが呟く。 「ばーか。……少し休んでろ。今、野営の準備するから。一晩休んで…明日から山をおりよう。ゆっくり行くけど…行けるな?」 「ああ。行ける。暴れなきゃ大丈夫だから」 「暴れないラスというのが…想像できないんだが……」 ディックがぼそりと呟く。アレクがうなずいた。 「そうだね。私もそれ想像できない」 「……そこ、アレク。納得してるんじゃねえよ。……大丈夫だよ、オランに戻る頃には骨もくっついてるさ」 顔をしかめつつ言うラスに苦笑しつつ、カレンは野営の準備をし始めた。そして、そばにいたフェリアスに尋ねる。 「今回の遺跡……収穫はあったほうだと思うか?」 「そうだな…あっただろう。あのフロアしか見られなかったのは残念だが…手応えのある遺跡であることは確かだ。少しずつ…回を重ねて攻略していくしかあるまい」 「だな。魔法使いじゃなくても、あの遺跡にいれば気力は消耗するよ。まぁ、遺跡なんてそんなもんだとは思ってるけど。………とりあえず、全員が無事に戻ってこれて良かった。あとはオランに戻って、報酬の交渉だな」 それが一番厄介なことかもしれないと思いつつ、カレンが言う。その内心を感じ取ったのか、フェリアスが苦笑した。 「……それは、おまえの相棒に任せたらどうだ? 俺が見る限り…ラスとレドなら口では負けないと思うが?」 「そうかもな。……実際、俺とあいつが組むと、報酬の交渉や何かはあいつの役目だ。俺は恥ずかしがりやさんなんでね」 「レドの腹黒さに負けないように、と注意しておいたほうがいいぞ?」 「それは多分、知ってるだろ。なんだかんだ言って、ラスとレドって仲いいぜ? まぁ…罠や仕掛けの位置なんかは、地図に記してあるし、遺跡のなかにも出来る限りの目印は残してきた。それも交渉のネタにはなるだろう」 本人には聞こえていないことを確認しつつカレンが笑う。 しばらくして、手元で準備していた焚き火の火がおこったことを確認して、カレンが立ち上がった。ディックとアレク、そしてカイがやっていたテントの設営も終わったようだ。フェリアスが拾い集めた薪も十分な量がある。 「さ、メシの用意でもしようか」 「……ってまさか…おまえがメシ作るのか?」 カレンの言葉に最初に反応したのはラスだった。 「……駄目か? 怪我人にメシ作れって言うほど薄情じゃないぜ?」 「そういう意味じゃなくて……誰か他に……」 「ラス? どうしたの? ………カレンさんが料理しちゃいけないの? だったらわたしが…」 そばに来たカイが呟く。一瞬思案したものの、ラスは首を振った。 「いや……おまえでもカレンでも結果は同じような気がする。……遺跡で疲れたんだぜ? メシくらいまともなモンを……」 「ってことは、カレンとカイじゃまともな料理ができないってことか?」 アレクが不思議そうに聞いた。 「そこまでは言わねえけど……なんて言うか…」 肯定したも同然のラスの言葉。それを聞いてディックが笑う。 「簡単なものでよければ俺が作ろうか? ……フェリアスさんに手伝ってもらうことにしよう」 とりあえず夕食はまだ先のようだ。あたりを染め始める夕闇がそんな一行を包んでいた。遺跡の中では吹かなかった一陣の風が、焚き火の炎を揺らめかせる。 半月もすれば、オランには帰り着く。そしてそこでは、真紅の魔術師が待っているはずだ。 |
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