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No. 00084
DATE: 2001/05/15 23:05:03
NAME: メリープ
SUBJECT: ハーブティー探し・後編〜救出後の平穏な一時〜
ザードの手により無事救出されたメリープは、家に帰ってもぼーっとしていることが多かった。
もともとぼーっとしているメリープだが、今は、人が話しかけても返事を返さないことも多かった。店に働きに来ている店員のほとんどが男性だったせいもあるだろうが……最近、治療院に入院していたときと同じくらい、鬱ぎ込むことが多くなった。
「メリープ……?」
メリープが救出されてから3日後。寒かったり雨が降ったりで体調を崩しかけてたメリープの所へ、父親・シェルダーがやってきた。
一応部屋のドアをノックして顔を出し、メリープが頷いたところで部屋に入り、一言。
「メリープ……何をされた?誘拐された間に。」
真剣な声だった。恐いくらいに真剣な表情だった。メリープの、どんな些細な嘘も見逃すまいと……そう言う気迫のこもった表情で、シェルダーはメリープに問いかける。
こういう時のぱぱりんに逆らうと、後々まで何を言われるのか分からないので、メリープは事のあらましを語り始めた。
具合の悪い中、どうしても会いたい人(名前は伏せたが、多分ぱぱりんは察してるだろうなぁ、とメリープは思った)がいたからきままに亭に行ったこと。そこで、成りゆき上(かどうかはおいといて)お酒を飲んだこと。そのまま酔い潰れて、ケイに酒場の二階に宿を取って貰ったこと。そのまま、自分の記憶が抜け落ちていて、気がついたら知らないところにいたこと。
そこから逃げだしたはいいが、一緒に逃げた2人(バリオネスとティカ)とはぐれたこと(ここでシェルダーは苦笑をもらした)。迷子になった揚げ句、元バリオネスの部下だった男達に捕まったこと。そこで、4人がかりで襲われたこと……
「……ちょっと、待て。今、襲われた、と言ったな?」
その話になると、シェルダーは身を乗りだしてきた。無理もなかろう。可愛い一人娘の貞操が、どことも知れないチンピラに奪われたのかも知れないから。
「…………」
メリープはただ頷く。本当なら、言葉にして説明するのもいやだった。それほどの心の傷を受けてしまったのだから。しかし、ちゃんと説明しなければいけないのもまた事実で……説明するには、心の傷は生々しすぎて。
「……なにを、された?」
シェルダーの声はどこまでも低く、どこまでも怒りに満ちていた。あまりに大きい怒りを内に秘めた声は、かすれて聞こえてくる。
父親の声に怒りを感じ取ったメリープは、囁き声に近い小声で、ゆっくりと真相を語り始めた―――。
「……そう、か……」
メリープの告白を聴き終えたシェルダーは、この一言しか発しなかった。父親なりに、色々な想いが頭の中に渦巻いているのだろう。
そして、全ての真実を一番知って欲しい、しかし一番知って欲しくない相手に話し終えたメリープは、涙が止まらずしゃくりあげていた。
「ご、め……ね、ぱぱりん……」
「……馬鹿だな、メリープ。私に謝ってどうするんだい?謝る相手は他にいるだろう……?メリープを、そこまで大事に想ってくれているザード君だとか、きままに亭に宿を取ってくれたケイさんとか、メリープを逃がしてくれた二人にだって……謝らなきゃ、いけないんじゃないか?」
そう言って、シェルダーはメリープを抱きしめた。
「…………恐かった、よぉ…………」
一番最初に安らぎを与えてくれた腕の中で、メリープは再び泣き崩れた……。
「少し、落ちついたか?」
しばらく、子供に戻ったみたいに父親の腕の中で泣いたメリープは、泣き腫らした目を冷たい布で冷やしながら頷く。
「うん……これで、ザードさんに会っても、多分素直に謝れると思う……素直に、ありがとうって言えると思う……」
「そうか。……身体がもう少し戻ってから、ザード君に会いに行きなさい。今のメリープが会いに行っても、ザード君に心配かけるだけだからね。」
そういって、シェルダーは自室に引き上げていった。一人残ったメリープは、ベッドに浅く腰かけて、大きな溜息を一つ吐く。
その時、再び扉がノックされた。
ザードさんなら良いなぁ、と言う想いと、ザードさんじゃありませんように、と言う相反する気持ちが、メリープの中でせめぎあう。
(ザードさんだったとしても、大丈夫……思った通りに、「ありがとう」と「ごめんなさい」を言えば良いんだから……。もし、ザードさんじゃなくても、大丈夫……私がもう少し良くなってから、会いに行けば良いんだから……)
そう、決心して。メリープは店に続くドアを開けに行った。
「……あ……」
「あぁ、メリープさん……良かった、今度はちゃんと家にいたんですねぇ」
黒いローブにフードを被った人影から、聞き覚えのある声がした。フードを、頭を振って払い落とすと、そこには、淡い金髪に緑の瞳の、会いたい、と願っていた姿があった。
「…………ザード、さん……どうして、ここに……??」
言いたいと思った言葉は、口に上らなかった。かわりに口をついて出てきたのは、ありきたりすぎる質問で……
(あぁもぉ!私、ホントはこんなこと言いたかったんじゃないのにぃ!)
「え?……ああ、ブルーマロウが手に入りましたからねぇ。せっかくですし、一緒に、飲みませんかぁ、って思って来たんですけどぉ……」
と、ザードは、手に持った小さい瓶を振って示した。中には青紫の茶葉が入っている。メリープは、ザードのもつ瓶をしげしげと見つめた。
「これが……シリルの言ってたブルーマロウ、かぁ…………」
ザードに促されるまま、メリープはブルーマロウの瓶を受け取り、蓋を開けた。微かな薬の香りが漂う。薬に対し、あまり良い印象のないメリープは、薬の香りに顔をしかめる。
「ハーブって言うのは、一種の薬草と解釈されてますからねぇ。薬の匂いがしたって、おかしくないですよぉ」
そんなメリープの様子を見て、苦笑しつつ説明するザード。メリープは恐る恐る、ブルーマロウをひとつまみ摘んで、しげしげと観察する。
「ブルーマロウは、花の部分をお茶にするんですよぉ。お茶の色が綺麗だから、絶対見てみろって、船長さんが言ってましたし……
あ、あの……もし良かったら、ちょっと、飲んでみたいんですけどぉ……」
「んじゃぁ……ここで……一応、小さい台所もあるから……」
メリープは、部屋にある扉を開けてザードを誘った。そこには、確かに小さな台所があった。
小さい木のテーブルに、同じく木の椅子。小さいかまどが一つ。あとは、得体の知れない物がいくつも置いてある。
「ぱぱりんの、実験室なんだけどね」
「実験室……??」
慣れた手つきで湯を沸かしながら、メリープは簡単に説明する。
「えっとぉ……ぱぱりん、ゲテモノが好きなんだよねぇ……ここが、その調合……じゃないや、うーん……やっぱり実験部屋?に、なるんだ。」
ザードが二の句を継げずに口をぱくぱくさせているところで、しゅんしゅんと言う音がした。
「あ……お湯、沸きましたねぇ……」
二人同時にそう言って、同時に動きだそうとする。メリープは焦ってお湯の様子を見に行き、ザードは適量(と思われる量)の茶葉をポットに入れる。それなりに、連携の取れている二人だったりする。
「んーと……ぱぱりんは、お湯を入れたあとちょっと蒸した方がいいって言ってたなぁ……」
湯の入った薬缶を持ち、ザードの用意したポットにゆっくりと湯を注ぎながらメリープは呟く。湯を注ぎ終わってから、蓋をして、手元にあった布をポットに巻きつけてみる。
「へぇ……本格的ですねぇ……」
あとはもう、勘の勝負だ。花をお茶にしている物は、少し長目に出した方がいいんだよ、とシェルダーが言っていたのを思い出して、いつもよりちょっと長目に茶葉を蒸らしてみる。
「そろそろ、いいかなぁ……?」
薬缶のお湯を注いで温めたカップに、紅茶をつぎ分けてみる。現れた薄紫の紅茶に、二人ともまず、目を奪われた。テーブルの上に置いたカップを、二人とも無言で見つめている。
「綺麗ですねぇ……」
徐々にその色を青紫へ、そして紫色へと変化させていくブルーマロウに、二人とも魅入られていた。
「……あ、そろそろ飲まないと……」
我に返ったメリープがカップに口をつけ…………なんとも言えない表情をした。
「?どうかしましたかぁ?」
「うっ、ううん…………と、とりあえず、飲んでみてよぉ……」
促されるままに、ザードもブルーマロウに口をつけ……やはり、複雑な顔をする。
「……なんて、言えば良いんでしょうかねぇ……」
とだけ、一言ザードが呟く。
とにかく、味がないのだ。このお茶には。色は綺麗なのだが……
「何か、拍子抜けしちゃったなぁ……」
「まぁ、ハーブティーっていわゆる薬湯ですからねぇ……味がないのも仕方ないでしょう、そう考えるとぉ?」
「そ、そうだけどぉ……」
(あんなに苦労して探して、苦労して手に入れたのに……これじゃ、あんまりだよぉ!シリルに会ったら、絶対何か言うんだから!美味しくなかったよ、とか!)
ザードの言葉に頷きつつも、つい恨みがましく思ってしまうメリープであった。
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