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No. 00086
DATE: 2001/05/17 01:39:24
NAME: ケルツ
SUBJECT: 精霊使い
目が光を失うほど、現実は遠のいてかえって昔が思い出されるものだ。
幼い窓辺、かつての旅の風景、遠い友、そして父と母。
私が現実の光を失えば失うほど、それらははっきりとまぶたの裏に浮かぶ。
過去が今を消しさっていくように・・・。
冷や汗をかいて、寝床から飛び起きる。
まだ肌寒い夜。夜具に月が薄い影を落としている。
「夢・・・」
もちろん夢だ。他愛ない悪夢。そして、ずっと続いている悪夢。
光の奪われた私に、悪夢よりも鮮やかな過去のよみがえってくる夢だ。
私が殺した、父と母と、そして死んでいった友人達。彼らにとらわれる私には、光ばかりか現実すらも奪われる。
そんな夢だ。その夢を見るたび、飛び起きて部屋を出る。
向かうのは、酒場ではない。飛び交う笑い声と、皮肉と、それから明るい会話に入りきれない自分がいる。
普段着ているものよりよほど邪魔にならぬ黒い服をつけ、月琴をもって宿を出る。
向かうのは港、あるいは西の高台。どちらにせよ人よりも遥かに精霊の息吹の聞こえる場所だ。
今日は港へ向かった。
数日後にはカイ達について下水に潜ることになっている。月琴に風の乙女達を呼び込むのにちょうどいい。
港には先客がいた。メリープという商家の娘。
あの夢を見た直後だったせいか、つい不安をこぼしてしまう。
「見えなくなっていくことは怖い」
「過去に埋もれるのは怖い」
わかってもらえる、とは想わない。多分、見えなくなることの不安はわかったのだと想う。
過去にとらわれることの、その恐怖は伝わらなかったろう・・。
というか、伝わってほしくはない。つまらない見栄だ。
同じ精霊の声を聞く者同士、彼女から精霊と言葉を交わすようになった経緯を聞く。
聞く声が同じでも、こうも違うものかといささか驚いた。
暖かい、詩の一節にでも出てきそうなそんな話。
精霊と通じることが父を殺す力になると知り、必死で旅仲間から教えてもらった私とはあまりにも違う。
人の声を聞いて、悪夢の欠片はきえた。
それでも、どこか心がその中に取り残されたような・・・嫉妬というのだろうか。
そう、あまりにも自分と違うものの温かみに、嫉妬したらしい。
風の精霊に愛される彼女と、夜の闇と心の深遠に眠る記憶に耳を傾ける自分。
外を軽やかに流れていくものよりも、内にひそやかに積もっていくそういったものたちの声が私には親しいものなのだ。
「人の心とか……そう言う、深いところに自分を置いてそうな気がしますもん」
そういった、彼女の話に苦笑しながらきっとそうなのだろうと想った。
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