 |
No. 00094
DATE: 2001/06/02 03:46:19
NAME: フレイス・ハイルーン
SUBJECT: 伝言ゲーム
……………『ケルツとラスに伝えてくれ。精霊庭園に一緒に行けなくてすまない、と…………
そう言って、あいつは去っていった。
恋人の眠る、故郷の森へと。
それはいいとして。
新王国暦513年 4の月某日。
フレイスはとある建物の前に立っていた。
妖しげな外観、やけになまめかしい空気、そして、辺りに漂うピンク色の薫り……
「……なんだかなぁ」
ぽつりとつぶやく。少しずつ暖かくなってきた、と感じさせる風が、彼のやわらかな金髪を揺らしていた。
その風に乗ってか、建物の近くに数人集まっている女達の声が、かすかに聞こえてきた。
「ねぇ、あれラスじゃない?」
「ええ?でも何か……」
「そう言えば最近来なくなってたわよね?」
「私知ってる。彼女帰ってきたんだって…」
どうやら、おしゃべりはフレイスに関係無く続いているらしい。
ため息一つついた彼の脳裏に、一人の男の顔。
先日立ち寄った『きままに亭』のマスター。名前は…何と言ったか。
彼に、「ラスの居そうな場所は何処か」とたずね、返ってきた答えは……
「…確かに。『居そう』だよなー……彼女らの話だと………」
娼館である。
『ラスが居そうな場所』と聞いて、真っ先に返されたのがココである。ちなみにフレイス自身は、お世話になった事はあまり無い。
「…………いないみたいだな」
建物の方向から近づく足音を聞き、その場をさっさと立ち去ることに決定した。
「ねえ、待ってよ〜〜」
後方から聞こえてくる甘ったるい声。
間違えられてる。たぶん。遠目だし。
声を振り切って、フレイスは駆け出した。
その翌日。
昼時の酒場。食後のデザートにチョコレートパフェを注文すると、ウェイトレスは驚いた顔を見せた。フレイスはそれにジト目で答える。
「……なんだよ。男がパフェ食っちゃ悪いか?」
「え、だって…ラスさん甘いもの嫌いじゃ…」
「またそれか」
「え?」
「また『ラス』かって言ってんの」
「……はぁ?」
そこまで言って、ウェイトレスの少女はフレイスをまじまじと見つめた。
しばしの沈黙。
「…あっ!ゴメンナサイ!!えーと…」
「…フレイス」
苦笑いを浮かべる金髪の半妖精にウェイトレスは一礼すると、カウンターの奥へと走り去っていった。
「…ったく…オランに戻ってきてから、こんなんばっかだな俺」
肘をついて、独りごちる。
冒険者、と呼ばれる職業(?)に就く彼は、仕事上(かどうかは知れないが)生まれ故郷のオランを離れる事も多かった。今回帰ってきたのは何年ぶりか…ともかく、戻ってきて約2か月、『ラス』という奴に間違われること十数回。
ラス─……ラストールド・カーソン。
長年の相棒であるオクタヴィアヌスから頼まれた伝言の届け先がどうやら自分とそっくりらしい、けれどまだ見ぬその半妖精だとは、…なんだか妙な気分である。
(だいたい俺が「ラス知らない?」って言ったら、何割かは「お前じゃないのか」って顔するし、んで、「似てるな、兄弟か?」とか言うし、……で、結局居場所は知らないし…)
ぶちぶちとやっていると、先刻注文したチョコパフェがテーブルに置かれた。それをつつきながらも、まだ続ける。
(そーいや、ケルツについては説明無かったぞ。外見くらい教えとけってんだ)
今は遠い空の下のエルフに文句をたれながらも、フレイスは少し大き目の、チョコレートたっぷりの、フルーツ&シロップなどという邪道なモノの入っていない、甘〜〜〜〜〜〜〜〜いパフェをぺろりとたいらげた。
(ったく、俺が頼りになるのは分かるけど、顔見知りなんだったらミュレーンに頼めばいいものを…)
まだ少し、愚痴が残っていた。
それから数刻。
夕闇迫るオランの下町…フレイスの生まれ育った景色である。
あの後、いろいろまわってみたが、それらしい情報もなく、そればかりか、「向こうに行った」との目撃証言をたどってみたら、それが今自分が通ってきたルートだった、というマヌケなこともあった。
ふぅ、と今日の出来事を思い起こしつつ、フレイスは正面から飛びこんでくる拳を半歩下がってかわした。
今、目の前に居る3人のチンピラ達。見覚えは全く無い。あるかもしれないが、多分無い。
確証はこれだ。
「ラス、覚悟ォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
2人目が駆け寄る。角材を振り回して。
「っしゃぁぁァァァァ!!死ねやラスぅぅぅぅぅぅっ!!!」
3人目が左から。
「だから…」
ぼそっとつぶやくフレイス。聞いてはいないだろうが。
とりあえず、タイミングを見計らって腰を落とし、すぐさま脚のバネで前へ飛び出しつつ、続ける。
「俺は…」
ぐちゃっ、だかどちゃっ、だか嫌な音を背後に聞き、先ほどよけた1人目(どうやらボス格らしい)の再度の攻撃を受け流す。
「ラスじゃ…」
そして再び身を沈め…………
「ねえっての!!」
ボスらしき男の股間に、思いっきり膝をくれてやる。
悶絶する男を前に、フレイスはげっそりと溜息を漏らす。(ちなみに後の2人は同士討ちをやらかしたらしい)
「……人徳、ってヤツかなー、アイツの……」
ちょっとばかり、ほんのちょこっとだけ、探す気が失せかけている。
その日の夜、フレイスは『古代王国の扉亭』に足を運んでいた。ラスの定宿である。
「…あ〜あ、宿にいりゃ、そのうち帰って来んだろ……」
店員に適当に注文し、待つ事数時間。
「にしても遅いな……どっかで飲んでるのか…?」
「誰かお探しですか?」
「…ん?ああ……俺によく似てるらしいハーフエルフをな」
問い掛けた店員に返す。一寸考え、店員は答えた。
「ああ、ラスさんのことですか?だったらいませんよ。ほら、例の赤魔術師の遺跡、あれに行ってるって」
「……へ」
ちょうど口に放りかけたおつまみの揚げ物がぽと、とカウンターに落ちた。
……
…………
……………………そう言えば。
きままに亭に張り紙があった。
『遺跡を探索する冒険者を募集する』……と。
フレイス自身は、別の遺跡から帰ってまだそんなに日もたっていないのと、腕の立つ心当たりがいなくなっているのとで、見送りにしていた件だ。
ラスがそれに参加していようとは。
「…いつから?」
なんとはなしに、聞いてみる。
「確か…先月の末、だったかな」
「……あ、そ。…………」
今ここに、あの口の悪いエルフがいないのをちょっとだけ感謝しつつ、頭を抱えるフレイスだった。
結局ラスには、帰ってきたら伝えるように、と店員に頼んで、古代亭を後にした。
余談だが、それならと探し始めたケルツの方に伝言を伝えられるのは、それから半月ほど後のことである。
 |