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「おやっさぁん。メシ。と、酒」 遺跡から帰ってきた日、とりあえず装備やら荷物やらを部屋に放り込んで、俺はカイやカレンと一緒に定宿のカウンターに腰を落ち着けた。ディックやアレクは自分の宿に、そしてフェリアスは学院の自室へと戻っていった。無事に帰ってきた打ち上げや、レドへの報告は明日以降、ということにしてある。とりあえず、メシを食って休むのが先決、ということで。 「よう、帰ってきたな。……っと、そういや、おまえの留守中、さがしてた奴がいたぜ?」 食事と酒を出しながら、古代王国への扉亭の店主がそう言う。 「……は? さがしてたって…俺を?」 「そうそう。なんだか……うん、おまえに似た奴」 心当たりは…ない。と思う。左隣のカイをうかがう。が、彼女は黙って首を振った。ついで、右隣のカレンをうかがう。しばしの思案ののち、カレンはぼそりと呟いた。 「……おまえに似てる……というのが、外見だけじゃないとしたら……少し困るな」 「困るって…どうして?」 「………そこであらためて聞き返されるとは思っていなかったよ、俺は」 それだけ呟いて、食事に手を伸ばすカレン。 「どんな奴?」 店主にあらためて尋ねてみた。店主が豪快に笑う。 「ははっ! だからおまえに似た奴だよ。金髪の半妖精。ま…向こうのが少し髪が短いかな?」 伸びかけた髪を、邪魔にならないようにと後ろで1つにまとめてあった俺の髪を見て、そう言った。 …………さて。誰だ、それ? 「随分、さがしてたみたいだぜ? ま、もっとも…最近は見かけねえがな」 次の日。留守にしていた間のフォローをと思って、何人かの情報屋に会ったり、ギルドに顔出ししたりをしていた。気になるネタもいくつかあったので、それを確認しに別の場所へと足を向ける。 霞通り。……そこは、娼館がひしめきあう通りだ。馴染みの情報屋がここを根城にしていることもあって、ここにはよく来る。実際、娼婦たちの情報網も侮れない。色っぽい娼婦と腕利きの情報屋が同じ人間だということもよくあることだ。どうにも、男ってもんは、女とヤってる最中はお喋りになるらしい。同じ男として…というより、盗賊としては、そこまでのめり込むのはどうかと苦笑が漏れるが、そのおかげでこっちは情報が手に入る。だとしたら、娼婦の存在は有り難い。 『閨のなかでは、鎧はない。そして、小便をしてる最中は武器がない。狙う立場になろうが、狙われる立場になろうが、それは覚えておけ』 そう言った、師匠の顔を思い出す。年に似合わない笑みを漏らしたクソじじいのことを。そういえば、あのじじいがくたばったのは何年前だったかな、と…そう思いかけた時。 「あら、やだ。ラスじゃない?」 聞き覚えのある声。振り返るまでの数瞬の間に名前を思い出そうとつとめる。 「よう。……マレーネじゃん。ひさしぶり」 「なんだ、名前覚えてたのね」 「あたりまえだろ、忘れるわけないって」 ついさっきまで忘れていたことはおくびにも出さない。娼婦の機嫌を損ねることは、この界隈では不利だ。情報が集まらないどころか、ガセネタに振り回されることになる。 「そうそう…えーっと…少し前にさ、あんたによく似た人がいたわよ? なんだか、ラスをさがしてるみたいだった」 ……ここでもか。っていうか、なんで俺を捜すのにこの通りに来るんだよ? いや、確かにここをうろつくことは多いけど……なんていうか…そこはかとない誤解があるような気がするのは俺だけか? 「うわ〜〜…すっっごい不本意そうな顔♪ なんで? さがされてるのが嫌なの? あの人ってそんなヤバイ人?」 「……そうじゃなくて」 まぁいい。とりあえず…仕事だ。今度は店に寄ってよね、というマレーネの声を背中に聞いて、俺は通りの奥に足を向けた。 「まったく……誰だ、俺を探してたのは」 ひととおり、仕事を終えてメシでも食おうと手近な店に入る。適当に料理を注文して、俺を探してる奴のことを考えてみる。 俺に似てる、とか何とか。目の前にかぶさる前髪を、軽く引っ張ってみる。親父と同じ色の細い金の髪。さして珍しい色ではない。金髪の男なんていくらでもいる。色の濃さに多少の違いはあるだろうけど、もともとの俺の髪自体、ごく普通の色合いだ。プラチナ、というほど薄くはない。だが豪奢と言われるほど濃い色でもない。柔らかそうな、とはよく言われるが、実際に柔らかいのだから仕方ない。もともと、髪の毛なんてものは、色が薄ければ薄いほど細く柔らかいものだ。カレンの黒髪よりも、俺の金髪が細くて柔らかいのは必然というものだろう。 「お待たせしましたぁ。………ね、ラスさんよね?」 ウェイトレスがまじまじと俺の顔を覗きこむ。 「…そうだけど?」 嫌な予感と共に、返事をする。少し迷って、ウェイトレスの女の子…名前は確か、フレデリカだったはずだが…とにかく、そのフレデリカがメニューを書いた板を指さす。 「え〜っと……少し前から、新しくパフェってのをメニューに載せたんだけど…?」 「パフェ? なんだ、そりゃ」 「ちょっと贅沢品なんだけどね。クリームとかシロップとか……」 続く説明を聞いて、思わず吐き気がする。誰が食うんだ、そんな気持ちの悪い代物を。まぁ…甘党の奴なら喜びそうだがな。 「……ふざけるな。これからメシを食おうって時に、食欲がなくなるような話はしないでもらおう」 そう言った俺の表情を読みとったのか、フレデリカがにっこりと笑ってうなずく。 「そうよね。うん、そうに決まってるわよね。だってラスさんですものね」 「………ひょっとして…まさかとは思うけど……こんなナリして、パフェを注文した男がいた…とか?」 こんなナリ、と自分をざっと示して聞いてみる。フレデリカがうなずいた。 「いたわよ。ラスさん、甘いもの大嫌いなのにおかしいなって思ったの。名前…聞いたんだけど…なんて言ったかなぁ……確か…フレ…何とか。フレス? ブレス? フラース?」 …………誰だ、そいつはっ! まぁ…いいや。細かいことは気にしないでおこう。あまりうろつくと、せっかく治りかけてる遺跡での怪我が悪化する。そうしたら、カレンに冷たい目で睨まれることになるんだから。 そう思ったはずなんだ。だから、さっきの店でフレデリカと話したあとは、まっすぐに宿に戻ろうとしていた。本当なら、もう少し顔出ししておきたい場所もあったけど、それは明日にまわそうと、そう思ってたんだ。…嘘じゃないって。 「性懲りもなく顔出しやがってっっ!! てめえへの恨みは、増えちゃいるが減ってねえんだぜぇぃっっ!!?」 ………えーと。誰だったっけ。見覚えはあるような…ないような…。ん〜〜…あ、とりあえずその角材は危険じゃないか? 目の前にいるのは3人。下っ端2人と少し兄貴分なのが1人。…で、誰だっけ? 「死ねやぁぁぁぁぁっっ!!」 あ〜〜…女の名前と顔ならすぐに出てくるんだけどな。 身を沈めたところで、頭のすぐ上を角材が通り過ぎていく。角材…材木…木………ウッド…リバーウッド通りの浴場…は、ロビンが覗きをやってるところ…ってそういうことを思い出そうとしてたんじゃなくて。 半身ひねった脇を拳が通り抜けた。半歩分だけバックステップしたあとに、さっきまで足を置いていたところにめり込む角材。 「なぁ…? 今度からさ、雪辱戦とかそういう時は、自己紹介しながらにしてくんねえ? じゃなきゃ、名前書いた布を頭に巻いておくとか」 「うるぁぁぁっっっ!」 どうやら俺の提案は却下されたらしい。合理的な提案だと思ったのに。まぁいいや。ぶちのめしてゴミにするだけなら、名前なんてあってもなくても同じだし。 そう思って、とりあえず1人片づけた。背後で角材を振り上げる気配があったから、そのまま、後ろに足を思い切り蹴り出したら、鳩尾にヒットしたらしい。……すまない。 「てめぇ……10日前と同じだと思うなよ?」 崩れ落ちた仲間を見つつ、兄貴分が呟く。低くてドスの利いた声。いかにも、『脅してるんです僕』っていうような声と凶悪な顔。悪いが、見飽きた。 っていうか…10日前? 昨日、帰ってきたばかりなんですけど……。 別の1人を叩きのめして、ふとそう考える。ああ…ひょっとして……。 「なぁ? 10日前の怨恨なわけか?」 残った1人に聞いてみる。どす黒い顔の兄貴分に。髭くらい剃れよ、と思うけど。 「10日前もそうだが、もともとは2ヶ月前のあん時だろうがよぉっっっ!」 2ヶ月前、というのがどれのことだかはわからない。が、とりあえず10日前のは俺じゃない。ふと見ると…兄貴分な男は、無意識に股間をガードしている。 「勘違いもたいがいにしとけコラ。怪我人襲うなよ。カレンに怒られるのは俺だぞ」 呟きが聞こえたかどうかは知らないが、股間に俺の蹴りをくらって、兄貴分が沈み込んだ。 なおも恨み言を呟く兄貴分を踏みつけて黙らせて、俺はふと思いついた。 「……そっか。酒場で探してたかもな。聞きに行ってみるか」 そして、馴染みの酒場。木造の酒場のカウンターでは、見知った顔が料理を出していた。この店のマスターだ。 「よ、マスター。酒くれ。……で、聞きたいことあるんだけど」 「おう、ラスか。帰ってきてたのか。フレイスには会ったか?」 開口一番、無精髭に彩られた笑顔とともにそう聞き返された。 「………は? フレイス?」 「その顔を見ると…会ってないようだな。少し前からおまえさんを探してたんだ。ちょいと似た感じの奴だったな。同じような色合いの金髪の半妖精の男だ。探してるっていうから、おまえがうろつきそうなあたりを教えてやったんだが…」 ……娼館とか言ったのはこいつか、と渋面を作りながらラスは、マスターから受け取った酒に口をつける。 「んで? 俺を捜してる理由ってのは聞いた?」 「いや…なんか伝言があるとか言ってたな。ただし、伝言の内容は聞いてない」 別の客へと出すエールを準備しながら、マスターが笑う。 「おーい。そこらへんの誰か、聞いた奴いねぇ?」 無精髭を撫でつつ笑うマスターには、これ以上聞いても無駄だな。ってことで、周りの客たちに聞いてみる。顔見知りの奴らばかりだ。が、いい返事は戻ってこない。 「とにかく…そいつは、フレイスって奴なんだな? んで、俺と似たような見かけ?」 マスターに尋ねてみる。うなずいた。 「ああ、そうだな。まぁ…良く知らない奴なら見間違えても不思議はない程度には似ている、と思うが?」 「……ふーん」 そうして夜遅く。定宿に戻った俺に、夜番の店員が話しかけてきた。 「あ。ラスさん、おかえりなさい。オレ、伝言預かってんですよ」 「……へ? 誰に?」 「ラスさんに似た人に。フレイスって名乗ってましたけど? 知り合いなんでしょ?」 ……知り合いじゃない。今日一日で、知り合いのような気がしてきたのが自分でも不思議だが、それでも実際にそいつのことは見ていない。 「んで? 伝言の内容って?」 「えーっと…これに」 と言って、渡してきた羊皮紙に書かれた共通語。 『精霊庭園に一緒に行けなくてすまない、とのオクタヴィアヌスからの伝言だ。───フレイス・ハイルーン』 ………伝言の伝言かよ。 っていうか………おまえ、誰だ。 「最近見かけないですけど…どっか旅に出たらしいっすよ。……って、聞いてます? ラスさん?」 どこに出かけたかなんてどうでもいい。それより……誰だっつの、おまえは。金髪の半妖精で、甘いものが大好きで、売られた喧嘩から逃げることはせずに逆にお買いあげするような奴で……って、顔も見たことない奴をどうして知る羽目になるんだ? 「断っとくが……別に知り合いじゃねえぞ」 思わず、店員にもう一度念を押した。 |
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