アルバイトの報酬 ( 2001/06/08 )
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作者
登場キャラクター
シリル



「おい、坊主。ちょっとバイトせんか」

 日の曜日。市場のはずれで、シリルは呼び止められた。

「なに?バイト?」

 きょとんと目を丸くして、シリルは声の主に近づいた。

 ローブをゆったりと身にまとった、吟遊詩人というには少し…いや、かなりお粗末な姿の男だ。年は30を回ったか回らないか。

「そ、俺がここで歌を歌うから、坊主はちょこっと踊って、人を引いてくれや」

「うん、いいよ!」

 にっこりと笑顔を返す。

 特に懐具合が寂しいということもなかったが、ちょうどひまを持て余していたところだ。付き合ってもいいだろう。

「でもさ、踊るったってなにやったらいいの?俺、歌は知ってるけど、踊りはあんまり知らないよ?」

「あーあー、オッケーオッケー。ちょっと向こう向いて立ってな」

 男はにやっと笑うと、リュートを取り出し、調弦をはじめる。

──なんだろう。何をするつもりなんだろ、この人……

 突然、なんの断りもなく演奏が始まった。

「ね、ちょっと、俺は何したら……わぁッ」

 ぐいっと、右腕が斜め後方に伸ばされる。左手は軽く曲げて眉間に沿う。

 誰かにされたわけでも、自分でしたわけでもなかった。体が勝手に動いていた。

──ま、まさか、呪歌!?

 シリルは慌てた。こんな街中で呪歌なんて使おうものなら、速攻で袋叩きに合うのがオチだ。

 しかし一度始まった歌はなかなか終わる様子もなく、シリルは非常に複雑な表情で、なすがままに踊りを続けるしかなかった。

「わぁっ。かわいー♪」

「新手のパフォーマンスかな」

 2人組みの少女がシリル達を見つけて近づいてきた。

──や、やばいよ。あの人たちまで呪歌に巻き込まれちゃうよ。

「へえ、ちゃんと覚えてるんだねー」

「仏頂面っていう所がいかにも『やらされてます』って感じでいいね」

 あれ?

 今度は目を丸くした。この少女たちはなんともないのだろうか。こんな無防備な一般人が、呪歌に抵抗なんてそうそうできるはずもないのだが……

 いろいろ思案しているうちに、いったん歌が終わった。少女たちがぱちぱちと拍手をする。

「もう一回、歌ってもらえます?はじめから聴きたい!」

 男は何も言わずに、すっと帽子を差し出した。

 少女たちが財布をあさる。やがて数枚の銀貨が帽子に入れられた。

「じゃあ、もう1回な。よろしく頼むぜ、坊主!」

 物言いたげなシリルを無視して、男はじゃらん、とリュートをかき鳴らした。

 ♪The thorn which I felt might be given to you to be the same, too.
  What did I shut a heart in, and what were you being frightened at?
  I was terrible to stand opposite to each other in the truth of two people
  which became complicated without keeping it in the mind. 


 そしてシリルはまたも強制的に踊ることになった。一瞬、抵抗してやろうかとも考えたが、やめておいた。

 相変わらず少女たちは何ともない様子だ。

「これだけ簡単だったら、すぐ覚えられちゃうね」

「私もう覚えたよ。ここがこうでしょ……」

 2人少女が面白がって真似して一緒に踊り始めた。

「なに?なに?」

「なんかやってんの?」

 つられてさらに数人集まってきた。



 そして。

 さらに数回、歌が繰り返された。

 聴衆は飽きもせずに、シリルを見物していたり、一緒に踊ったりしていた。

 シリルはというと、相変わらず複雑な表情でただひたすらに踊りを繰り返していた。

 と、言うよりも、体が勝手に動いてくれるのだから、退屈極まりない。

 それにしても、なぜ他の人にこの呪歌が聞かないのか、それが不思議でたまらなかった。そして、いつも同じフレーズで何か引っかかる違和感……

──人間以外の種族限定の呪歌?そんなの聞いたことないし……

 最後のさびが終わり、最後の1フレーズで、一番最初のポーズに戻る。よくできた歌だと、シリルは感心した。

 ただがむしゃらに躍らせるだけじゃなく、こうして聴衆を集められるくらい立派な「芸」なのだから。

 男が帽子を差し出す。聴衆が順番に銀貨を入れた。

「今日はここまでです。皆さんありがとうございました」

 男がぺこりと頭を下げる。シリルもそれにならった。



「で?いったいあの歌はなんだったのさ?」

 人がはけていったあと、シリルは男に問い掛けた。

「あれか?俺もよくわかんねえんだな。おそらく呪歌だとは思うんだが、なんせ俺のすぐ近くにいるやつにしか効果がねえ。だからこういった見せもんにしかつかえねえのさ」

 そんな歌聞いたことないよ。

 シリルは目を丸くした。

「いろいろやってみたが、さっぱりわからん。俺の歌い方が悪いのかね」

「あ、多分そうだと思うよ」

 シリルは頬を掻きながら、男に言った。

「おにいさんね、高音がしっかりでてないんだよ。きっとこの歌のキーにあってないんだと思うな。近くまで来たらちゃんと聞こえるんだけど、遠くからだと高音が聞こえないから、呪歌として成立しないんだと思うよ」

 いつも同じフレーズで感じる違和感……コードにあっていない音選び。

「……痛いとこついてくるなあ坊主。ほれ、バイト代だ。今日はずいぶん儲かったから、弾んどくぜ」

 差し出された銀貨を受け取らず、シリルは両手を軽く振った。

「いらない。俺、もっといいもんもらったから♪」

 じゃあ、またね。と言い残してシリルは走り去っていった。

「もっといいもん…ねえ……」

 かけていく後姿を見送って、男はつぶやいた。




  


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