不思議な竪琴
( 2001/06/24 )
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作者
やまだ
登場キャラクター
シリル、レイナ、シオン
その日、シリルはハザード河にかかる橋の欄干に座ってハープを奏でていた。
道行く人達がその音色を聞き、ある人は物珍しそうに振り返り、ある人は立ち止まる。
だがシリルはそれを気にするでもなく、優しくハープを奏で続ける。
その手が、ふいに止まった。
シリルは欄干から跳びおり、橋の上から北の山のある方をじっと見据えた。
「・・・森が、騒いでる・・・?」
その夜、シリルはいつもの酒場に行く事にした。
冒険者が集うその酒場は、生来の好奇心を満たすにはもってこいの場所だった。
その日の酒場には見知った顔はあまりなく、
何人かの客と季節外れの外套を羽織った少女がいるだけだった。
少女はまだ幼さを残す顔立ちをしていた。
ただ、背中に携えた蛮剣がその少女が冒険者であることを物語っていた。
「ねえ、暑くない?その外套。今日も街道はすっごく暑かったよ。」
シリルが問い掛けると、少女は少し微笑みながら答えた。
「ふふ。北の山のふもとの森に行ってたからね。暑いよりも安全重視なの。」
少女の名はシオンというらしかった。
季節外れの外套を羽織っていたのは、山篭りをしていたからだという。
この不釣合いな剣を背負った少女にシリルの好奇心は疼き、後から酒場に来た
シオンの友人の魔術師の少女、レイナを交えてのちょっとした冒険談へと発展した。
話によると、シオンが山篭りの最中に見たことも無い魔物に襲われたのだという。
「上半身が人間の女性、下半身が蔦で出来ている」という奇妙な魔物だ。
まだ駆け出しのシオンが魔物をあまり知らないのも無理はない。
だが、そんな魔物はシリルも聞いたことがなかった。
さらに奇妙なことに、その魔物はシオンの持つ小さなハープの音を聞き
苦しみ出したというのだ。
「私、呪歌なんか全然歌えないし・・・お守りとしてこれを持ってたんだけど・・・」
シオンはそう言うと、ことりとテーブルにハープを置いた。
それはシリルの持つハープより二回りほど小さいものだった。
「・・・ねえ、ちょっと見せてもらっていい?」
シリルはシオンからハープを受け取ると、最初は音を出したり、感触を確かめたりしていたが、
丹念にハープを調べるうちに、側面に下位古代語が刻まれているのに気付いた。
横から覗き込んだレイナが文字を読み上げる。
『心悪しき者はこの音に怯え、心良き者には安らかなる癒しを』
そのハープが魔法の品なのかは分からないが、
普通の品と違う事は間違いないとシリルは思った。
「・・・いい?よく聞いててよ?」
そう言うと自分のハープを取り出し、少し弾いてみせる。
それからシオンのハープを手に取ると、静かに弾き始めた。
心地よいメロディが酒場に響き、ゆったりとした時間が流れる。
だが、ふいにシオンがうつむき、ポツリと言った。
「・・・でも、気になるな・・・なんであんな魔物が・・・。」
「・・・気になるなら、レドおにいさんに相談してみる?
魔物にすごく詳しいんだ。
もちろん、それだけじゃないけど・・・。あ、なんなら俺が案内しようか?」
演奏を止めて、シリルがシオンに問い掛ける。
「・・・うん。お願いできるかな・・・?」
翌日、広場で待ち合わせした二人は、そのまま宵闇通りのレドの家に向かった。
家の前に立ち、シリルがレドを呼ぶ。だが、人の出て来る気配は無い。
「・・・ん〜・・・いないかぁ・・・。」
残念そうにシリルが呟く。
「・・・どうしよう・・・。」
シオンがうつむく。少し震えているようだった。
「しょうがないよ。レドおにいさんは忙しいから・・・。」
ちらっと下からシオンの顔を覗き込んでから、ややあってシリルが問い掛ける。
「ねえ、おねえちゃん、魔物に会った場所に、俺達だけで行ってみない?」
「・・・えっ?」
「ちょっと思ったことがあるんだ。へーきだよ。俺こう見えてけっこう頼りになるよ?」
そう言って腰のナイフを引き抜き、悪戯っぽく笑う。
「・・・うん。」
シオンも微かに微笑む。
街の北門へ向かって歩いている途中で、二人はレイナに会った。
「あれ?どーしたの?お出かけ?」
不思議そうな顔をするレイナ。だが事情を説明すると、その顔がぱっと明るくなる。
「えっ?昨日の話の森に行くの?わたしも行く行く!!」
興奮ぎみに身を乗り出す。
「・・・でも、レイナさん授業は・・・?」
レイナの勢いに押され、戸惑い気味に問い掛けるシオン。
「へーきへーき!午後は退屈な講義なんだぁ。ね?おねがい!いいでしょ?」
「・・・でも、危ないし・・・あんまり巻き込みたくないもの・・・。」
「何言ってるの!わたし達仲間でしょ!?」
二人のやりとりを見上げて、シリルが笑いながら言った。
「そーだよシオンおねえちゃん。みんなで行こうよ!」
その日の曇った天気のせいもあって、森は薄暗く不気味に静まり返っていた。
「・・・気味悪いよぉ・・・。狼とか出て来たら・・・嫌だなぁ。」
最後尾のレイナが杖を握り直す。シオンは剣に手を掛けきょろきょろと落ち着きがない。
(・・・やっぱり、樹が騒いでる・・・。昨日からだ・・・。)
シリルは警戒しながら腰のナイフを抜くと、姿勢を低くした。
・・・その刹那。
ガサガサと騒がしく茂みが動いたかと思うと、二匹のコボルドが三人の前に姿をあらわした。
「きゃっ!やっぱり出たぁ!!」
ばたばたと後へ下がり、杖を掲げるレイナ。シオンも剣を抜いていた。
「下がって!」
シリルは二人に呼びかけると、コボルドに向かって駆け出した。
一匹のコボルドが向かってくるシリルに棍棒を振り下ろす。
だがシリルはそれを難なくかわすと、跳びあがってその鼻面を蹴り上げた。
「唸り轟く《光の矢》よ!」
怯んだコボルドの腹に詠唱を終えたレイナが呪文を叩きつける。
光の矢をまともに食らったコボルドは、どうっと倒れるとそれきり動かなくなった。
もう一匹のコボルドは、仲間がやられたのに気がつかないのか、レイナ達の方へ向かって突進してくる。
シオンが剣を構えてそれに応戦しようとする。
木と鉄がぶつかる鈍い音が響く。
シオンが低くうめいた。コボルドの力が意外に強いらしい。
「おねえちゃん!」
シリルが叫び、コボルドに向かってダークを投げる。
ダークがコボルドの右肩を捉え、コボルドは痛みで忌々しそうにシリルの方を向く。
その一瞬の隙をついて、シオンが蛮剣を振り下ろす。
だが、大振りしすぎたためか、コボルドはすんでのところでそれをかわし、そのまま逃げていった。
「・・・・・はぁ〜。」
レイナがぺたんと地面に座り込む。シオンは肩で息をしている。
「・・・大丈夫!?」
シリルが二人に駆け寄る。
「・・・うん。ありがと。」
シオンが力なく微笑む。
「・・・ダメだね、私。」
そう言うと、手に持った剣を静かに下げる。
「ん〜、とにかく怪我がなくてよかったよ。」
シリルは頭を掻きながらシオンを見上げて言った。
「こんなのがまだいるのかなぁ・・・?ねぇ、まだ着かないの?」
座り込んだまま、レイナが弱った目で二人を見ながら言った。
「・・・もう少し先よ、ごめんね・・・。急ぎましょう。」
シオンがすまなそうに告げる。
「そろそろ暗くなってきたしね・・・じゃあ早く・・・」
言いかけて、シリルの動きがぴたりと止まった。
(・・・木の声がさっきより強くなった・・・!一体どうしたんだ?)
「・・・どうしたの?」
心配そうにシオンがシリルを覗き込む。
と、木のざわめきが激しくなる。
「あ・・・!あそこ・・・!」
レイナが指を指し、叫んだ。
「・・・あの女の人・・・!」
シオンが後ずさる。
レイナが指をさした先には、昨日シオンを襲った女が立っていた。
その下半身は、やはりうねうねとした蔦で覆われていた。
突如現れたその女は、昨日と同じ怪しい笑みを浮かべると、シオンに向かって蔦を伸ばした。
「・・・あう・・っ!」
首を蔦に巻き取られながらも、シオンは精一杯抵抗した。
だがその剣閃は、蔦を捕らえはしたものの傷ひとつ付ける事ができない。
「シオンさん!」
レイナが立ち上がり、呪文の詠唱を始める。
シリルもナイフを使って蔦を引き裂こうとシオンに駆け寄った。
だが、蔦の一本にしたたか顔を打ち付けられ、軽いシリルは易々と跳ね飛ばされる。
「万物の始祖・・・マナよ・・・生ならざるものたちにかりそめの命を!」
呪文を唱え終わると、レイナの前に樫の従者が出現し、蔦の女に向かって殴りかかった。
女は蔦で従者を絡めとり、力を込めて締め潰そうとする。
「シオンさん早く!今のうちに逃げて!!」
レイナが叫んだ。すると女はその声に気付き、声のする方へ鞭のように蔦をしならせた。
「きゃあああっ!!!」
思い切り蔦に打たれ、レイナが倒れる。
「レイナおねえちゃん!?」
シリルが呼びかける。だがレイナは答えない。
(・・・お腹が動いてるから、気絶しただけか・・・よかった。)
安心している暇はなかった。シオンが完全に蔦に絡め取られていたのだ。
「・・・くそ・・・っ!」
女に向かってダークを投げる。だが空しく跳ね返されるばかりだった。
(・・・なんとかしなきゃ・・・なんとか・・・。)
シリルは辺りを見回した。どうにかしてこの状況を切り抜けなければ・・・。
「・・・んっ!?」
女ともみ合っているうちに落としたのだろう。少し離れた所に、シオンのポーチが落ちていた。
(・・・あれ、もしかして!)
自分に向けられる蔦をかわしながら、シリルはポーチのある方へ走った。
転がり込むようにポーチを掴み、中を探る。
「・・・・・あった!」
中からシオンのハープを取り出すと、シリルは女に向かって力一杯叫んだ。
「・・・おい!蔦女!!こっち向け!!俺の方を見ろッ!!」
一瞬、女の動きが止まる。だがすぐに数本の蔦がシリルに迫っていた。
・・・ぽろん♪
ハープの弦を爪弾くと、シリルは目を閉じ、静かに歌い始めた。
木立を漂う風乙女
うららかなるかな春の日よ
小川のせせらぎさらさらと
水乙女達のささやき
暖かな陽光は緩やかに
光の精の贈り物
さあ、顔を上げてごらん。
優しい季節はすぐそこに。
・・・女の動きが止まる。シリルはゆっくりと目を開けた。
(・・・これでどうだ・・・?)
女は苦しんではいなかった。かわりにその緑の瞳から一筋の涙をこぼしていた。
(・・・泣いてる?)
「・・・・・アリガトウ・・・・・。」
そう言うと、女はシオンを絡めていた蔦を緩めた。シオンがどさっと地面に突っ伏す。
女は優しくシリルを見つめた。傍らではシオンがげほげほと咳をしている。
そして、静かに微笑むとその姿は見えなくなった。
「・・・やっぱり。」
シリルは森が騒いでいた事を思い出していた。
「・・・何があったの・・・?」
目覚めたレイナがシリルに駆け寄り、問い掛ける。
「・・・うん。あれは、魔物なんかじゃなかったよ。森の精霊だ。」
「・・・森の、精霊・・・?でも・・・」
シオンが少し苦しそうに問いかけようとする。シリルは続けた。
「・・・うん。本当は俺たちには見えないはずなんだ。でもね・・・」
少し悲しそうな顔をして、続ける。
「何かの原因で狂っちゃった精霊は、俺たちにも見えるんだ。
昨日から樹が騒いでたから、もしかしたらとは思ったんだけど・・・。」
「・・・狂った・・・精霊・・・?でも、どうして・・・?」
レイナが森を見回し、不思議そうに尋ねる。
「・・・わからない。」
シリルが答える。
「もしかして、オランに住む人達が森を不必要に荒らしたから・・・?」
息を整え、身繕いを済ませたシオンが、うつむきながら言う。
「・・・だけど、あの精霊は、怒ってはいなかったみたいだ。・・・悲しそうだったよ。」
シリルはそう言うと、ポケットを探り中から花の種を取り出した。
「朝、向かいのお姉さんにもらったんだ。」
しゃがみこみ、軽く地面を掘って種を埋める。そして持っていた水筒の水を少しかける。
レイナとシオンは黙ってそれを見つめていた。
「さ、帰ろう。」
シリルは立ち上がり、二人に呼びかけ、歩き出した。
そしてもう一度振り返ると、
「・・・バイバイ。」
誰にともなくぽつりと告げた。
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