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お客様へお願い申し上げます。
決して詩人を哀れんだりなさらぬよう……。
私どもの役目は、ただ詩を売ることではございません。 詩を用いて、お客様に満足を売ることにございます。
英雄譚を求められれば英雄譚を 舞曲を求められれば舞曲を 悲劇を求められれば悲劇を 恋歌を求められれば恋歌を
それがお客様の求めるものであれば、 それがお客様に満足をして差し上げるものであれば、 私どもはどのような詩でも歌います。
満足なさったのでしたら……どうぞ、歌い終えた詩人はお見捨てください。 詩を終えた詩人にとって、そこは舞台裏にございます。 舞台裏の風景は、お客様の興を削ぐものにございますゆえ……
衆目を惹きつけることのみを目的とした奇妙な衣をまとったその銀髪の男は、ようやく彼を呼びとめた声の主を振り帰った。 「役目を終えた私は、すでにこの場には不要な者。されば、顧みられることのなきも当然にございます。 お引止めくださったことには感謝しますが、どうぞお見捨てください」 まだ納得した様子を見せない声の主に男は続けた。 「場にそぐわぬ表情を残して去ろうとしたのは私の落ち度にございます。 ですが、詩人がどのような表情をしようともそれは詩人の事情。お客様には一切……関わりのないことにございます」 男は声の主に背を向けて扉に向かった。 「どうぞ私どものことは道具とお思いくださいませ。道具の顔色をうかがう必要などございません。 いいえ、卑下などいたしません。私どもとしても、お客様にお売りするのは詩のみ……、 そしてそれはお客様に満足を差し上げるためのもので、憐憫や苦笑をいただくためではございませんゆえに」 男は扉を引き、その隙間にそっと身を滑りこませた。 「どうぞお楽しみくださいませ。詩を満足していただけたのであれば、私どもにはそれが何よりにございます」
扉は音もなく閉じられた。
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