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<7の月初頭 銀鯰亭と呼ばれる店 その二階の一室にて>
今、あたしは危機に陥っている。 目の前には一つの箱。その向こうには人が2人。 2人とも熟練の冒険者である。名はダーティンさん、そしてウェシリンさん。 机の上には大きめの砂時計が無情に時を刻む。 暑い。汗で手が滑る。2人の視線が余計にあたしを緊張させる。
“試験”。内容は単純だ。試験官が求める行動を完全に行えば良いのだから。 今回は、「この箱を開け、中身を取り出し、元通りに閉めること」。 いわゆる鍵開けの試験。しかし、それだけならばまだ、ここまで緊張することはなかっただろう。 相手は『あの』ダーティンさんなのだ。油断はできない。したくない。
鍵穴に仕掛けられていた罠は簡単に外せた。何処にでもある様な針罠。解除に失敗すると、鍵穴から針が飛び出してくる仕掛けだ。 蓋を開ける時も、やはり縁に針があるのを察知。これは開ける時に気がつかないと手を引っ掛けてしまう。どちらも本来ならば毒が塗ってあるもの。 しかし、意外に呆気無く開いたものだ。仕掛けてある罠も、修行段階で教わるもっとも基本的な罠。そんなにあたしが頼り無く思えたんだろうか? これでも修行は三年間みっちり積んでるんだから。
一つの辺が小剣の刃の長さくらいある立方体の箱。 開けてみれば小さな置き物一つ。・・・中の空間はあきらかに外側より小さい。小さすぎる。 言ってみれば、二重底をすべての面に仕掛けた様な、そんな感じ。 そう、彼のしかける試験がそんなに簡単に終わるはずがない。 少なくとも、中の置き物に紐が絡んでいるのが見えてしまったから。・・・これを解除しろ、と? 砂時計の砂は、黙々とこぼれ落ちて行く。
切っても。 切っても、切っても。 切っても切っても切っても! 何本絡んでるんさ、これ!?
すべての紐を切って、ふと思う。 これ、別に何かの仕掛けに繋がってるようには見えない。 ・・・・・・・・・・・・・。
ハメられた?
時間が残り少ない。しかし、すべての紐を切ったことでやっと真の仕掛けが分かった。 要するに、置き物を取ると下のバネが作動し、罠を発動させる仕組み。やっぱり紐はダミーだ。 この手の罠は気体状の毒を噴出させる仕組みに良く使われているらしい。 それさえ分かれば、何とかあたしでも出来る。罠を解除することではなく、罠を発動させずに置き物を取ることが、だけど。
ダーツを一本、思いっきり横の壁に打ち付ける。内部の底面すれすれに、平行になるようにして。 そしてもう一本、逆側の壁に刺す。箱の底面のバネの力は微弱なため(そうでなければ置き物ごと跳ね飛ばしている)、この2本の支えで押さえられる。 ゆっくりと置き物を取る。ゆっくりと・・・床が動くかどうかを確認して。 僅かに動いた! ・・・しかし、すぐにダーツに阻まれ、それ以上上がることはできない。上手く止められたようだ。
勝った。
時間はなんとか残っている。置き物は手中にある。 あたしは額の汗を拭うと、にっこり笑って箱をぱたんと閉じた。 ダーティンさんもにっこり笑って、口を開いた。
「残念賞」
「へ?」
今にして思えば、鮮明に思い出せる。 箱が閉じた瞬間、微弱な、しかし妙に耳に残る音がしたこと。 ダーティンさんの笑みが、少しいつもと違っていたこと。 ウェシリンさんが、さりげなく窓を開けていたこと。 内容が、「箱を閉じる」までになっていたこと。 前回の彼の仕掛けも、「出来た!」と思った瞬間に発動するよう、上手く仕組まれていること。
箱から吹き出した煤をもろに浴びたあたしは、汗を掻いていたせいもあってほどなく真っ黒な娘にその姿を変えた。 憮然とした表情のあたしを、2人はにこやかに(?)見つめていた。
「まあ、身体洗ってこい。話はそれからだ」
その言葉を信じたあたしも愚かだった。
着替えの服は、ひらひらドレス。 もちろん、あたしが着ていた服は影も形も無い。
「この格好で、性格は貴族の娘がいいか。 いや・・・普通だとつまらないから、初老の紳士口調でどうだ?」
彼に言わせると「ステキなプレゼント」。 あたしに言わせれば「罰ゲーム」。 巣穴では一般に「追試」と呼ばれる。
今回は、いわゆる「変装」に類する類いのもの・・・・で、ある。 そう好意的に取りたい。と言うか、取らせてほしい。 決してただの趣味とかとは思いたくない。
なんでこんなドレスで紳士を演じなければいけないのか。 しかも、舞台は「きままに亭」・・・・・ さらにそこまで行く間も“追試”に含まれるらしい。
・・・・・・・紳士は酒を嗜むものである。 賭け事も意外に乗って来たりする。らしい。 あたしに『それ』をやれ、と?
そしてあたしは『それ』をやった。 完璧に・・・とは言えない、と言うか欠片も完璧じゃなかったけど、とにかくやるだけはやった。
結果。
追試:合格。 あたしの評判:激・悪化。(自己評価)
・・・・・・そろそろ、この街を出たほうが良いのかも知れない。
本気でそう考えた、ある夏の日の夜。
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