|
封印されし過去の記憶。
それは時として夢となり人を襲う。 そしてそれは唐突にやってくる。 そう私にも。 いや、私だからこそかも知れない・・・。
傾いた日の光に照らされ、紅く染められた長い廊下。 無言のまま立ち尽くす二人の男。その赤黒い影が長い廊下に伸び、 辺りは何か重苦しい沈黙により完全に支配されていた。
しかしそれも長くは続かない・・・ 片方のまだ若々しさ溢れる男が、怒気のこもった低い声で話を切り出す。
「・・・兄さん、母さんがついさっき亡くなりました・・・・・・。」
兄と呼ばれたもう片方の、まだ若々しくもあるがどこか落ち着き払った男が答える。
「そうですか・・・・。」
一瞬、悲しみの表情を見せるが、もう一人の若い男は 気づく事もなく、すぐにまたもとの感情のない表情に戻る。 再びあたりに沈黙が訪れる。 しかし、それもすぐに破られることとなる。
「それだけですか・・・・・・。どうしてです・・・どうして兄さんは来なかったのですか!!」
「兄さんにだって分かっていたのでしょう!!こうなることが・・・。」 「これでは、あまりにも母さんが可哀想ではないですか・・・・・。」 「あなたはそんなにも仕事が大事なのですか!!」 「母さんを看取ることよりも仕事の方が大事なのですか!!」 「どうなんです、答えてください兄さん!!」
男が溜め込んでいた怒りが叫びとなり、紅く染められた長い廊下に虚しく響く。 兄と呼ばれた男はまったく動揺することもなく、平然とそれを聞き流す。
男の中で何かが切れた・・・・・・。
「くっ・・・あなたという人は!!変わってしまいましたね・・・・。」
次の瞬間、兄と呼んだその男を殴り飛ばす・・・。
口元を押さえながら立ち上がる兄と呼ばれた男。 その顔には怒りの表情ではなく、屈託のない笑顔があった。
「そうかもしれませんね・・・・私は変わったのかもしれませんね。」
その笑顔に動揺を隠すことのできない男。
「あなたはいつもそうだ・・・何故そんな顔ができるんですか!!」
兄と呼ばれた男は静かにそして優しく答える。
「それはあなたが私の弟だからですよシムズ・・・。」
「くっ・・・・・・。母さんの葬儀が終わり次第家を出て行きます。 旅の準備や葬儀の準備で忙しいですから、葬儀以外では
兄さんとも、もう会うこともないでしょう・・・父さんにも伝えてください、さようなら。」
そう言い残すと兄に背を向け、紅く染まった廊下を出口に向かって歩きだす。
「待ちなさい、これを持っていきなさい。」
そう言うと、どこからともなく取り出した金属製の耳飾を 出口に向かう弟に渡そうとすが、 依然として弟は背を向けたまま出口に向かう。
「私からではありません、母さんからお前に渡してくれるように頼まれたものです。
ですから意地を張っていないで受け取りなさい、さぁ。」
『母さんから』という言葉に反応したのか立ち止まり、 くるりと兄に向き直る弟。
「あなたは兄さんは・・・・・卑怯です。」
「はっはっは・・・そうですね、私は卑怯です。」
悪ぶったふうもなく、やはり優しい笑顔で答える兄。
「分かりました受け取っておきましょう、それでは」
耳飾を受け取ると、再び出口をめざし紅く染められた長い廊下を歩き去っていく弟。 しかしその背には、まるで別人のような兄の冷たく厳しい声が響く。
「そうそう、言い忘れていました。私は家を出て行くことを認めたわけではありませんからね。
必ず連れ戻します、覚悟してください。」
「ええ、どうぞご勝手に。」
長い廊下を歩み去っていく弟。 辺は再び深い沈黙と静けさによって支配される。
一人の男を残し誰もいなくなった長い廊下・・・・・。 男は呟く。
「これでよかったのですよね・・・・・母さん。」
そして男も長い廊下を去っていく・・・・。
誰も聞くことのない一つの呟きを残して――――――。
それは長い夢・・・・。
あの時「あの人」はこんなふうに呟いていたのだろうか・・・・。
これは夢。
そうだ・・・これは夢。私の無意識の願望でしかない・・・。 私は「あの人」が、こう呟いてくれていることを望んだ・・・いや・・・ ・・・わたし、私が後悔しているのか・・・・・・。
遠い過去の夢。
「どうした、顔色が悪いぞ。」
「いえ、何でもないです。大丈夫ですよ。」
・・・・今はそんなことを考えている時ではないですね。
遠き日の記憶よ
今は眠れ・・・。
|