詩人かく語りき ( 2001/07/14 )
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作者
ユーキ
登場キャラクター
詩人



 ぽろん。
 騒がしい場末の冒険者の店に、静かに、しかしよく通る音で、ハープが響く。
 冒険の自慢話に華を咲かせていた冒険者たちも、なにごとかとハープの響いた方を見る。
 誰も気がつかなかったのか、いつのまにか、カウンター席の一つに詩人らしき人間が座っていた。
 性別は…よくわからない。フードをまぶかにかぶっているため、顔からでは判断がつかないのだ。フードには、三日月や星、太陽をかたどった飾りがいくつもつけられていて、詩人の動きにあわせるように動いている。体格も、女にしてはがっしりとしているような気がするし、男にしては少し物腰が柔らかいような気がする。薄く紅を塗ったかのような赤い唇をしているが、これとて詩人の中では珍しいことではない。男の詩人でも注目を集めるため、または唇が乾かないように、紅を塗るものもいるからだ。
 そして、その持っているハープもまた普通のものとは違った。特注品なのか、不思議な光沢を放つ金属で出来ており、周りに宝石のように輝く石や、華美な彫刻が施されている。
 しかし、不思議と豪華、という感じがしない。詩人の雰囲気とぴったり合っていて、詩人の神秘的な雰囲気に拍車をかけていた。
 詩人は、自分に注目が集まるや、すぐに演奏を開始する。店主は、注目させる手段を心得ていることからして、詩人として十分な熟練を積んでいるのかもしれない、と思った。
 彼にしても、詩人の経験を積んでいるわけではないので、確たることは言えなかったが。
 その思考も、詩人の歌の始まりとともに中断された。
 いままで、よくあるような旋律を奏でていたハープから、不思議な旋律が流れ出す。
 だれも聞いたことのない旋律。そして、不思議な歌が詩人の口から発せられた。


 時は古代王国…一人の芸術家の物語……
 
 彼の者の名はフェルリオーネ…「異界の音を奏でし者」として名を高めしもの。
 
 古代王国随一の芸術家とし…莫大な富を得…名声も極めし彼の者も、一つだけ欠けたものあり。
 
 それは家族の絆…たった一人の弟も、彼の者の栄光に妬み…憎み。
 
 彼の者も…それに目をそむけ…さらに絆はもろくなる。

 やがて、かの者は一つの物をつくれり。
 
 休むことを知らず、止まることを知らず。自らの全てをかけるかのごとく。
 
 やがて生みだされし一対の水晶像。見るもの全てを魅惑する。
 
 神代の時代の失われし蝶。レスフェーンの水晶像。

 対となりし蝶は、向かい合い、その触覚は手を繋ぐかのごとく絡み合う。

 そう。この像は彼の者…フェルリオーネの願い。望み。

 しかし、思いは届かず。傑作ともてはやされし水晶像は二人の仲を決定す。

 ある夜のこと。弟は、水晶像を持ち出そうとし…見つけ、激昂せし彼の者、奪い合いの末、弟を亡き者としけり。

 ただ悲しみし彼の者、後を追わんと自ら命を断てり。

 その場に残るは弟の血で紅き光を放つ水晶の像。

 それより伝わる言い伝え。この像を持つもの、家族との絆断たれんと。

 後の世、この像に名前をつける。けして二つ交わることのできぬ、伝説の異界の月より、双月の蝶と…



 しばらく、誰も口をきかなかった。詩人の歌に聞きほれた、というわけではなかった。しかし、なにも言えない圧迫感のようなものが場末の酒場を支配していた。
 ……かちゃん。
 風が入ってきたのだろうか。天井にかけてあったランタンが揺れ、音を立てる。客も、店主もが一斉にそちらを見る。それが、酒場を圧迫感から開放した。
 そして沸き起こる盛大な拍手。
 誰かが、チップを渡そうと、詩人の座る席を見る。
 しかし。詩人が座っていたはずの席には誰もいなかった。
 誰かが言う。誰もが詩人に注目していたはずなのに。さきほどの音がしたあの一瞬。その間に帰ってしまったのだろうか。
 そんなわけはない、誰かが言う。
 事実、詩人が座っていたのは店の中央の席。誰にも気づかれずに帰れるわけがない。
 …では、あの詩人はなんだったのだろうか。みな、不思議な顔であたりを見回す。
 酒場の客達の視線から逃れるように、季節外れの蝶が窓から外に出て行く。
 蝶が外に出て行くのを待っていたかのように、夜明けの光が窓から差し込んできていた。




  


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