|
「あ〜もう、せっかくの冒険だっていうのに、イマイチな天気だな〜」
あからさまに不満を帯びた女の子の声が、薄灰色の空に響き渡る。 ここはオランの北に広がる草原。正確に言うならば、オランから蛇の街道を北に1日ほど歩いた後、街道から北西に半日ほど逸れた所だ。先日のにわか雨の影響で僅かに土がぬかるんでいるが、歩く分には殆ど影響は無い。 「大丈夫ですよ、別に遺跡は逃げたりしませんから」 先程から不満を言い続けている女の子――ディーネ――に対して、もう何度目かになる言葉を掛けた。 とは言っても、既にこのやり取り自体何度繰り返したか分からない。今日の昼頃を皮切りに、彼女は殆ど喋りっぱなしなのだ。話の内容はどれもこれも他愛ないものだが、言葉の端々に彼女の緊張の度合いが窺える。 最初こそ他の皆も彼女の言葉に応対していたが、そのうち飽きたのか、或いは鬱陶しくなったのか私以外に声を掛ける仲間はいなくなった。尤も、当の本人はそれを気に掛ける様子も無い。それだけこれからの事に心を奪われているという証拠でもある。 私のすぐ後ろでクスッと言う笑い声が聞こえた。振り向くと、ロルルとフォルテが私の方を見ながら顔を見合わせて含み笑いをしている所だった。 「……なんで笑ってるんですか?」 「いや別に。面倒見がいいなって思っただけさ」 私の質問をさらりと横に受け流すロルル。横のフォルテも同調した風に頷いた。私の真横で歩いていたデアテーラが、ロルルの台詞に対してホホホと軽く笑った。 「近いようだが、少々違う。こやつの茶々入れは、面倒見の良さではなく、お節介に因るものであろ」 そう言うと彼女は再び笑い声を上げた。その声を聞いて、前方を歩いていたディーネがこちらを振り向いた。 「なになに? 面白い話してるんだったら僕も入れてよ」 とてとてと戻ってくるディーネを見てデアテーラの紅い眼が喜びの色に染まる。 「ふふ。そなたには話に加わる権利があるようだな。実は、そこのネラードが、そなたの事を…」 「いきなり変な話を吹き込まないで下さい」 私が少し棘のある言い方をすると、彼女は待ってましたとばかりに口を開いた。 「何かえ。私は別にお前の不利益になるような話をするつもりは無いが…。それとも何ぞ、知られたくない事があるとでも?」 ニヤッと笑うデアテーラを見て私はしまったと思った。聞き流せば良かった所を、自ら墓穴を掘るような真似をしてしまったのだ。 「えっ? ネラード、何か僕に隠してる事でもあるの?」 デアテーラの思惑通り、ディーネが話題に食らいついてきた。私は思わず眉間に皺が寄りそうになるのを懸命に抑えながら、いつもと変わらぬ口調で台詞を返そうとした。 「そう。実はな。こやつはそなたの裸身を思い出す度に、鼻から出血をもよおし、衣服を紅で染めておるのだよ」 デアテーラから思いも寄らない一撃を食らって、私とディーネの歩が一瞬止まる。 慌てて弁解しようとして振り向くと、目の前に握りコブシがあった。
ばっこーん。
「っ痛たた……せめて最後まで話を聞いてくれてもいいでしょうに」 「ゴメンねネラード、ついカッとなっちゃって、気が付いたらもう……」 鼻頭を押さえて歩く私の横で、ディーネが済まなさそうな顔をしてこちらを窺っている。見ると、どうやらこちらの事に気を取られてさっきまでの緊張はどこかに飛んで行ったらしい。 まあ、これも良いかと思わず笑みが浮かぶのと同時に、デアテーラの機転がこうさせたのだと気付く。 ふらりと現れては何かと突っかかってくる、我が師の『親友』を語る厄介な女魔術師だとばかり思っていた彼女の、『力』の片鱗を見た気がした。 ふとデアテーラを見ると、彼女はなるべく歩き易い所を選んで慎重に歩を進めているように見えた。 生まれつきの弱視と言っていたが、その割にはこんな所まで平気に同行してくる。一体どこに彼女の『真意』があるのか未だに計り知れない。 「ネラード、見えてきましたよ。貴方が言っている『遺跡』とはあの辺りじゃないですか?」 答えのない迷路に入り込もうとしていた思考をフォルテに揺り起こされ、私は前方を仰ぎ見た。 視界の向こうには、ちょっとした丘のような土地と、そこに乱立する木々や岩といったものが見えた。師から貰った地図に記されていた地域とそう離れてはいない。恐らくこの場所で『当たり』だろう。 私は目的地に着いたという安堵感から溜息をつくと、立ち止まって皆に告げた。 「ええ、あそこに目的の遺跡があるのは間違いありません。あの大岩まで行ったら1度休憩して、遺跡探しに取りかかりましょう。これからが本番ですよ」
小休憩して身体の疲れを癒し、ネラード達は早速目的の遺跡探しに取りかかった。様々な病気に効果の有るという、特殊な鉱石が眠っている遺跡……それが彼等が探し求めている遺跡だ。 元々、今回の話自体はネラードから持ちかけられたものだ。およそ一ヶ月半前、ネラードは自らの魔術の師より便りを受けた。その文面は、彼の兄弟弟子に当たる人物が奇病に冒され、苦しんでいるので手を貸して欲しいというものだった。 師も八方手を尽くした上での便りと言う事で、事態を重く見たネラードは当初の目的地……と言っても名も知れぬ小さな村だが……を変更し、オランに辿り着くと事態解決の為、精力的に活動を開始した。 その一環で、彼は自分の滞在宿である『きままに亭』において、大々的とはいかないまでも人材の募集を掛けた。 そう、奇病に抗し得るだけの知識を身に付けた者の発掘である。 そうして集まったのが今、ネラードの周りにいる者達。だが、中には道中の護衛を兼任してもらっている者(ロルル)や、今回が初の遺跡探求だと言う者(ディーネ)もいる。 とはいえ旅の仲間を得る事は容易ではない。ネラードは天の配剤に感謝しつつ、彼らを連れて奇病に対抗しうる手段、万病に効く鉱石を求めて遺跡へと向かう事に決めたのだ。
「ネラード、この木々の位置と向き……何かを連想しませんか?」 最初に疑問を口にしたのはフォルテだった。ラーダ神殿にも在籍し、知識への探究心が一段と深い彼は、この一帯に整然と植えられた木を当然の如く疑問視したのだ。 「ええ、それならこちらにも似たようなのがあります。と、先ずはそちらに行きましょう」 私は自分の身の丈の2倍ぐらいはある大岩から離れると、フォルテの許に急いだ。フォルテに指示された通りに木々を見まわすと、なるほどどうして、それらはまるで魔方陣の外周を陣取ったように配置されている様だ。 「最初に来たときから、『これは……』と思っていたんです。昔読んだ書物に『自然物を活用した魔方陣』なる珍しいものを取り扱った本がありましたので……それが役に立ちましたね」 「流石ですね。っと、実はそれに似たものがこっちにもあるんですよ。ちょっと来てくれますか?」 そう言ってフォルテをさっきの大岩の所に連れてくると、そこには大岩に横向きに通っている亀裂を調べているロルルがいた。 「や、おそろいで。ちょっとこれ見て。見え難いかもしれないけど、ここにうっすらと横一線の亀裂があるんだ。……見える? で、問題はこの先なんだけど、この岩が実はその亀裂から二つに分かれてそうって事なんだ……」
……と、彼等が周辺の様子について真剣に語り合っているのを、近くに横たわる長方形型の岩に腰掛け、何事もなかった様に見つめている人物がいた。 パーティーの女性組、デアテーラとディーネである。 「ホホ、皆精の出ること」 竹製の水筒に入った水で喉を潤しながら、デアテーラが楽しげに呟いた。一方のディーネはその無表情な顔とは裏腹にかなり不満そうだ。 「ねえ、やっぱり僕達も調べた方がいいよ〜。ネラード達に失礼だし、それに……」 「それに?」 「……それに暇だよ〜! せっかく遺跡に来たって言うのになんでいきなり待機になっちゃうの〜!?」 ディーネの不満に対してデアテーラはクスッと笑うと、あちらこちらに動いている男性陣をその白魚のような指で指差しながら答えた。 「肉体労働は男衆の役割。我らの手を煩わすまでも無かろ。それに、することが何も無い訳ではない」 「え、そーなの? なになに、教えて〜?」 「直に解る。そなたにもな」 実はやる事なんてなんにもない。強いて言えば周囲の警戒だが、それについては先程『遺跡を探しながら警戒しても問題ない』と言う話で決まっている。もっとも、それでもネラードは休憩するデアテーラ達に向かって「くれぐれも気をつけてくださいね」と言ってきたが。 遺跡の探索が始まる時点で、彼女達は「もう少し休憩したい」と言う意見が通り、休ませてもらっている。 もっとも発案者はデアテーラで、ディーネはその巻き添えを受けた感じになるが。 とはいえ、デアテーラに旅の疲れから来る疲労などは微塵も感じられない。 何故、彼女は遺跡探しに参加しないのか。 それは、デアテーラ自身が今回の遺跡に関して知り尽くしているからだ。勿論、その事実は他の者は一切知らない。無論遺跡への入り方も熟知しているが、素直にそれを教えてしまっては彼等にとって何の経験にもならない。 だから、彼等に加わってわざとらしい動きをするより、休みたいと言って一歩引く事にしたのだ。そう言う意味ではディーネは正しく巻き添えであり、それについては申し訳無くも思っていた。 ただ、理由はそれだけではなかった。考える時間が欲しかったのだ、彼女は。 「まあ、デアテーラがそう言うなら我慢するけど……あ、ネラード頑張れ〜☆」 我慢すると言いつつ落ち着きのないディーネに微笑みつつ、デアテーラは男衆に向けて視線を向けた。 「……皆、欲のないこと。此処に、これほど良い女が居ると言うのに」 思わず、そうひとりごちる。 デアテーラの視線の先にいる三人は、どれもそれなりに彼女の『お眼鏡』に叶った人物である。それがネラードはともかくとして、他の二人からも大して関心を持たれていないと言うのは、いささか彼女の自信を傷付けていた。 控えめに……かなり控えめに見てもデアテーラは自分が『絶世の美女』である事を自覚している。 それがだ。そんな自分に彼等はあくまでも普通程度にしか接してこない。希望的観測として、実は皆デアテーラに一目惚れ状態で、彼等それぞれが巧みに感情を隠していて彼女ですら気付けない……と言うのがあるが、長年の経験からそれは無いと直感していた。 「……なにかしら、粗相を働いたつもりはなかったが…。非礼というものは、本人の知らぬ間に生じるもの。私ともあろう者が……」 「え? 何のこと?」 「いや。何でも無い」 そう言いつつも、デアテーラは心の内に湧き上がる謎の敗北感を噛締めずには居られなかった。 その頃、視線の先にいるネラード達の動きに変化があった。
「よし、そう言う事で行きましょう。では早速」 私の合図と共に、フォルテとロルルがそれぞれ散開する。フォルテは最初に疑問を持った木の下に、ロルルは私からそう遠くない、木々の生い茂った深い茂みの中へと姿を消した。 「じゃあ、始めますよ」 台詞と共に、フォルテが持っていたダガーで木の根元を掘り返し始めた。程なくして、彼は土の中から縄のような物を何本か取り出し、それをダガーの刃で切り裂いた。 その瞬間、周囲の景色が一瞬回ったような感覚に襲われ、軽い眩暈を憶えた。 「きゃ……! ちょっと、ネラード今の何!?」 休んでいる岩場から声を掛けてくるディーネに手で合図して、私は茂みの奥へ声を掛ける。 「ロルル、そちらはどうですか!?」 「……変化無し!」 答えを受け取ると、私は例の大岩と対峙した。うっすらと横一線に延びた亀裂を見据え、意識を集中し始める。 「失敗したら元も子もないですからね、気合を入れていかないと……」 スタッフを前方に掲げながら、私は古代語で呪文の詠唱を始めた。複雑な印を組みつつ言葉を紡ぐと、次第に周囲にマナの集積を感じる。 普段より幾分集中して、私は呪文の詠唱を終えた。そして、大岩の切れ目にスタッフをかざし、古代語で呪文の最後の言葉を発した。 一瞬、周囲が静寂に包まれる。そして、大岩の亀裂の奥から『ガキン!』と音がしたかと思うと、岩の上部分がゆっくりと横に動き出した。ダガーの刃渡り程の長さを移動した後、岩はピタリとそこに止まった。 暫らくして、茂みの奥から大きな声が聞こえた。 「やったねネラード、君の言った通りだ。今目の前に入り口が出てきたよ!」 ロルルの言葉に安心した私は、残りの仲間を呼び寄せることにした。 「皆さん来てください。遺跡の入り口を見つけましたよ!」
「わ〜い、やった〜! いよいよこれからだね〜☆」 「……75点、と言う所か」 「え? 何が75点なの?」 「こちらの話しだよ」 ディーネに笑いかけながら、デアテーラはゆるりと立ち上がると彼女と共にネラードの許へと向かった。
「どうやら、この遺跡には元々『目くらまし』が掛かっていたようですね。見付け難くはありましたがその分、中の状態は良いと思います」 フォルテ、ディーネ、デアテーラの三人を案内しながら私は自分の憶測を話した。茂みを抜けると、ぽっかりと大きな口を開けた岩と、ロルルの姿があった。 「最初にここを調べた時は、これはただの苔の覆った岩だったんだ。手触りも刃を立てたときの感触も正に岩。それをネラード達に話して、彼らの見つけたって言う木や岩の話を聞いて、何となくこれはって思ったんだ」 「それで、後はネラードの指示に従って私達が動いて、彼には岩に対して《開錠》の術を行使してもらったんですよ。結果は見ての通りですね」 ロルルの台詞を継ぐようにフォルテが答えた。 「すっごーい! 皆頭良いんだね〜」 ディーネが感慨深く答えるのを私は頭を振って制した。 「いえいえ、私達のうち誰か欠けていたら、見つけるのにはもっと時間が掛かりましたからね。それほどの事と言う訳でも無いですよ」 「ほらほら、自分の手柄は素直に受け取っておかないと、後から苦労するよ?」 ロルルにそう言われて、私は思わず笑ってしまった。 「まあ手柄は別として、とにかく遺跡への道は確保しました。問題無ければ今から早速探索を始めようと思うんですが、どうですか?」 皆を見まわして、反対の意見を持つ者が居ないのを確認すると、私は安心した。 「それは構わぬが、中の様子はもう確かめたのか?」 「ああ、それなら僕がやったよ。中は土と岩を穿ったような造りで、足場はさほど悪くない。あまり先客が入った感じはしなかったね。入るなら今だと思うけど?」 ロルルの台詞を聞きながら、私は背負い袋からランタンと火口箱を取り出し、皆に伝えた。 「さて、そうと決まれば早速行きましょう。まだ一日は長いですからね」 「賛成〜! 楽しみだな〜、早く僕の腕を試してみたいよ」 「ふふ。勢いをつけ過ぎて、また落とし穴へ落ちたりせぬようにな」 「おや、そんな事があったんですか?」 「デアテーラ、それは言わない約束〜」 ディーネの困ったような台詞に皆笑いながら、私達は遺跡の中へと進んで行った。
遺跡と言っても、その中身は普通の洞窟とさほど変わらない。要は古代の人間が扱っていたか否かと言うだけの違いだ。尤も、そういった区切りをするとかなりの洞窟が遺跡になってしまうのだが。
「この辺りはまだ普通の洞窟と変わりがないように見えるね」 「そうですね、入り口が岩場だっただけで、中は土ばかりですね」 ロルルの台詞をネラードが返すと、横で聞いていたディーネが遺跡に入ってから思っていた疑問を口にした。 「ここって本当に遺跡なの? 遺跡って言ったらもっと建物とか石造りのダンジョンとかが、どかーんってあると思ってた……」 「ひとえに遺跡と言っても色々ありますからね。そう言う意味ではここも紛れもなく遺跡に違いありませんよ」 フォルテがそう答えると、地面に何気なく落ちていた石を拾って、それを懐にしまった。 「場合によっては今の石だって遺物になりえますからね。だから面白いんですよ、遺跡と言うのは」 「おや、私の台詞を全部取られてしまいましたね」 笑いながらネラードが答えるが、彼もこの遺跡には大分期待しているようだ。無理もない、この遺跡に目的の鉱物が無い事には、今回の冒険自体が無駄足になってしまうのだ。 「……と、もう行き止まりか。だだっ広い空間に、左右に木造りの扉が二つずつ。前方は壁。どうする?」 ランタンを方々に掲げながら言ったロルルの提案に、真っ先に答えたのはディーネだった。 「勿論、ここは扉を調べようよ。ふっふーん、腕が鳴るぞ〜!」 言うが早いか、彼女はいかにもと言う足つきで一番手前の扉に向かい、扉の前に屈み込むと早速鍵の様子を確かめようとした。 「さてと、この扉に鍵は掛かって……あれ?」 良く見ると、いや見なくても扉に鍵穴が無い。取っ手を引けば普通に扉が開く仕組みだ。 「ちょ、ちょっと待ってね。鍵穴が無くても、扉に罠が無いとは限らないから……」 ガチャ。 真横で扉が開く音に仰天してディーネが見ると、そこには扉を開けたロルルの姿があった。 「扉の罠は調べる必要無いと思うよ。造りからして、恐らくここはただの倉庫だと思うから」 何気ないロルルの台詞に、ディーネのプライドも何気なく傷つけられた。 「あぅ……わ、分かってるよ、そのくらい。ただ、もしもの事があったらって……」 ニヤニヤしながら隣の部屋に入っていくロルルの姿を見て、ディーネの中で何かが切れた。 「あーっ! 今笑ったでしょー!! いくら僕が遺跡初めてだからって酷いぞ!?」 大声を出してロルルを追いかけると、部屋の中に何やら薬草の入った瓶を手に取りながらご満悦のロルルがいた。 「え、何が?」 なんの事か分からないといった風にロルルが言った。それも当然、彼は部屋の棚に所狭しと置いてある瓶を見て笑ったのだ。それは部屋の中を見たディーネにもすぐに分かった。 「え、あ……あはは。何でもないよ〜、えへへ……」 ディーネが真っ赤になって部屋から出てくると、外にいた三人が堪え切れないように笑い出した。 「うー、ひどいよ、そんなに笑わないでよー……」 「まあ、偶にはこういう所もあるという事ですね。最初の遺跡がそうだというのは運が良いのか悪いのか……」 「悪いよー。もう、せっかく訓練した腕が発揮できると思ったのに……」 ネラードの台詞に思わずぶーたれてしまうディーネ。 「そんなに落ち込むこともないですよ。盗賊の技術は確かに使って光るものですが、使う必要が無いならばそれに越した事はないですから。安全な遺跡はいいものですよ」 「そんなこと言ったって〜……あ〜あ、折角頑張って練習したのに〜」 言いながら、通路に残っていたネラード達もそれぞれの部屋を調べ始めた。
暫く経って、扉の前の開けた空間に座する五人の姿があった。 「そうですか……困りましたね」 皆の報告を受けて、ネラードの表情が曇る。ネラード自身、部屋を探しつつ薄々感づき始めてはいたのだ。 この遺跡に目的の鉱石が無いかも知れない、ということを。 「もう少し探してみましょう。もしかしたら思いも拠らない所にあるかもしれないし」 フォルテの提案に皆が一様に首を傾げるが、それでもネラードの表情は曇ったままだった。 「ほら、なに暗くなってるんだよ、君らしくない。今はとにかく出来る事をやるのが先決だろう?」 ロルルに励まされて、漸くといった感じにネラードが腰をあげた。 「そうですね……皆さん、時間は掛かりますがもう少し探してみましょう。あと、どこかに抜け道があることも考えられるんで、その線も当たって見てください」 ネラードの台詞で皆が再び探索を始める中、表情ひとつ変えず、その動きを見ている人物がいた。 言わずと知れたデアテーラである。 他の仲間が改めて部屋を探索し始めた後も、一人広場に残り、奥の壁をじっと見つめていた。 「……この程度の造作で、右往左往するなどとは、この先が案じられるが――しかし、これはこれで、今は重畳やもしれぬ」 そうひとりごちると、脇の部屋からネラードが首を出した。 「デアテーラ、良かったら貴女も探してくれませんか?」 彼女はやれやれといった風に肩を竦めると、ネラードのいる部屋に入っていった。
そのころ。 「あーもう、何でこの部屋ってこんなにごみごみしてるのー!?」 言いながら、床から土の入った袋をまた一つ、部屋の隅に放り投げる。ディーネが入った部屋は色々な修繕道具が保管されていた部屋らしく、それらの道具が整頓もされずに部屋の中央に積み上げられていた。 見つけた物が宝でもなんでもない只の道具だと分かると、先ほどのストレスを引きずっていた彼女は荷物を掴んで片端から部屋の隅に放り投げていた。道具と言っても古代に使われていた物なので、それなりに価値があったりもするのだが、今の彼女がそれに気付く術はない。 ディーネは『荷物の下に隠された宝がある』事を密かに願いながら、ひたすら荷物を隅に投げ込んだ。 しかし、現実は追い打ちをかける。部屋の中央から荷物がなくなっても、そこには宝箱の『た』の字も無かったのだ。 「……もしかして、僕のやったことって意味なし?」 そう呟いて部屋を見回すと、部屋の隅に投げられた荷物たちが自分を嘲っている気がして、無性に腹が立った。 「あーもう! ネラードが困ってるって言うのに〜!!」 ディーネは近くに残っている袋を掴むと、そのまま力任せに部屋の隅に叩きつけた。袋は積み重なった道具を勢い良く押し潰し……そして。 ずずっ……。 荷物が積み重なった床が沈んだ。と同時に、広間の方でも何かが動くような音がした。 「今の音は一体!?」 同じ台詞を発しながらネラードとロルルが広間に出る。だが、広間にはこれといった変化は無い。念の為、ロルルは奥の壁に何か不審な状態が無いかを調べた。 答えはすぐに出た。壁の中央、ちょうど人が一人通れる位の範囲が、微妙に違う材質で出来ていた。しかも、どうとかすればこの壁は動くみたいだ。 「ネラード、どうやら本命はこの洞窟じゃないみたいだね」 振り向くと、ロルルはにやっとしながらネラードに言った。
「それじゃ、皆は早速作業を始めてね。僕はここで上手く行くかどうか確かめるから☆」 意気揚々とディーネが皆に指示を出す。その顔は、まるでもう宝が手に入ったような表情だ。 ちなみに部屋の床と広間の隠し通路の関係を簡潔に話すと、それぞれの部屋に設置されている、重みで動作するスイッチを全て作動させると壁がスライドして奥への道が開く仕組みだ。 「よいしょっと、こちらは終わりました」 「こっちも終わったよ〜」 フォルテとロルルから相次いで声があがる。同時に壁の奥から仕掛けの動作音が響き、中央付近の壁が少しずつ上にスライドし始めた。 「この奥には何があるんだろ……ワクワクするな〜♪」 今にも走り出しそうな勢いでディーネが待っていると、まだ装置が動いていない部屋からデアテーラが出てきてディーネに声をかけた。 「はしゃぐのは一行に構わぬがな。いまだ模索とも呼べる探索中ゆえ、身辺には隈なく注意を払った方が良い」 「ん〜、確かにそうだけど……でもここには罠は無いってロルル言ってたし……」 「そなた自身で調べて確認したかえ?」 「調べたよ〜だ。壁には何にもなし、全く問題なかったよ。だからこうして待ってるの☆」 有頂天でいる今のディーネに何を言っても無駄か、とデアテーラが内心思ったとき、背後の部屋からネラードの声がした。 「いま、こちらも終わりましたよ。これからそっちに行きますね」 「はーい。みんなありがと〜♪」 ディーネがねぎらいの台詞を皆にかけたと同時に、壁が完全にスライドして奥への道が開けた。 「やったあ! 冒険はこれからだねっ」 そう言ってディーネが一番に駆け出そうとしたその時。 がこんっ!! ディーネがいる部分の床が文字通り『開いた』。 「え? きゃああああっ!?」 あまりに一瞬の出来事に、部屋から出てきた面々も対処の仕様が無いうちに、ディーネが落とし穴に落ちてしまう。 その直後、どぼんという水音とディーネの悲鳴が重なった。皆が慌てて落とし穴の縁に駆け寄ると、瓢箪型の落とし穴の中で、泥水に胸まで浸かったディーネの姿があった。 「ちょっ、誰か……助けて……泥にはまって動けないよぉ〜」 泣き言を言うディーネを見て、デアテーラがぼそりと呟いた。 「忠告したものを……(だが時には、良いクスリにもなる)」 「大丈夫ですか!? 今ロープを下ろしますから!」 暫くして、全身を泥だらけにしたディーネが皆に助けられて落とし穴の外に出た。 「あ〜、もうどろどろ〜。気持ち悪い……」 「怪我が無いならそれで何よりです。それに、前回のゴミ捨て場よりはまだいいでしょう。今度から地面には一層気を配ったほうがいいですね」 「うー、ネラードの意地悪……」 膨れっ面でディーネが言うが、それもまた事実。地面に対して注意を怠らなければこの事態にはならなかった。 それ以前に、『扉の前に警戒せずに立っている』事自体が間違いである。ダンジョンでは、何時如何なる時も注意を怠ってはならないのだ。 「それよりも、いつ閉まるか分からない道ですし、私としては先に進みたいのですがどうでしょう?」 「それについては問題ないけど、そろそろ外は夜になっている筈だよ。みんな、体調は大丈夫?」 ロルルの問いに、ディーネ以外が首を縦に振る。ディーネといえば、しきりに体についた泥を拭っていた。 「ディーネ、まさか今から体を洗いたいなんて思ってないだろうね?」 「え? や、やだなあ、そんなこと思ってないってば! 僕のミスだし、折角道が開けたんだから先に進も。僕も大丈夫だから。ね?」 ロルルに言われて、慌てて弁解するようにディーネが答えると、ネラードが改めて通路の奥を見据えた。 「じゃあ、行きましょう。目的のものは近いはずです」
隠し扉の奥は、それまでとは違って整然と内部が舗装されていた。『ダンジョン』と呼ぶのに相応しい造りだと言えるだろう。ただ、その規模に関しては前と大して変わらず、二つ角を曲がるとそこはもう行き止まりで、左と奥に扉が一つずつあった。 「今度こそ僕の出番だね。ちょっと待ってて」 泥まみれのポーチから道具を取り出すと、ディーネは素早い動きで左側の扉を調べ始めた。なるほど、こうして見ると彼女の動きも中々『様』になっている。 「罠は無さそうだけど、鍵が掛かってるみたい。えっと、鍵開けの道具は……」 真剣になって作業を進めるディーネの姿に、暫しネラードは瞳を奪われた。すると、横合いからフォルテが声を掛けてきた。 「ネラード……今魔法探知の術を使ってみたのですが、どうやら前方の部屋には幾つか魔法の掛かった品物があるみたいです。どちらから調べますか?」 「魔力のある品……そうですね、ひとまずは今開けてもらっている部屋を見てからという事で」 「分かりました」 例の鉱物が魔力の掛かった品とは聞いていないが、或いはその可能性もあるだろう。どの道、その部屋には行くことになるのだ。その上では有力な情報である。 その時、小気味良い音がしてドアの鍵が外れる音がした。同時に、ディーネから充実感溢れる表情が浮かんだ。 「開いた……やったよ、僕が開けたんだ……」 そんな彼女の肩に手を置き、デアテーラは隣の扉を指差して言った。 「よくおやりだね、見事なものだよ。実践で解除出来たのは、これが初めてであろ」 微笑をたたえた彼女の口唇からは、しかし、ディーネに複雑な思いを過らせるような言葉が滑りでたのだった。 「だが、まだ次の仕事が待っておるぞ?」
左の扉の奥は、家具や調度品の倉庫のようだった。古代の色調を感じさせる品々が埃を被って陳列されている。 「これは……なかなかいい状態で残っていますね。当時の生活品は好事家の好む物ですから、結構な値打ちになるでしょう」 言いつつも、フォルテも関心はもう片方の部屋に向けられているようだ。それはネラードにしても同じで、目的の物は隣の部屋にあると考えている。 「……よし!! みんな〜、こっちの鍵も開いたよ〜!!」 部屋の中に作業を終えたディーネの声が響くと、フォルテは持っていた花瓶を台座に置き、ネラードに頷いた。 「いよいよですね。あの部屋に鉱物があることを祈りましょう」 「ありますよ、絶対にね」 部屋の出口を見つめながら、ネラードが力強く答えた。
遺跡の最深部に位置した部屋は、この遺跡の中で最も内部が荒廃していた。部屋の規模自体は広いのだが、周囲の壁面には苔に似た植物が付着し、天井は蜘蛛の巣だらけ、地面にも目を凝らさなければおよそ何だか分からないものが一面に敷き詰められている。部屋の中ほどに山積みにされた木箱が二山あり、その奥は暗がりで入り口からは視認出来ない。 「うわ、じめっとした部屋だね〜。でも、こっちの方が遺跡って感じられるから僕は好きだな」 「ほらほら、感想はいいからさっさと入る。後がつかえてるんだからさ」 ロルルに促されたディーネが中に入り、その後ろにロルル自身が続く。ランタンを掲げながらネラードが部屋に入った後、フォルテが入り口を潜ろうとした時、変化が起きた。 彼の目の前で、入り口が閉ざされたのだ。入り口の上部からスライドしてきた鉄板によって、部屋の内と外は完全に隔離された。 「しまった! ネラード、罠です!! 気を付けて!!」 フォルテの叫びは部屋の中にいるネラード達に伝わった。だが、彼らも既に油断のならない事態に遭遇していた。 扉が閉ざされると同時に、木箱の陰から二体の骸骨が姿を現したのだ。完全武装した骸骨達が機敏な動きでネラード達に迫る。 「ちっ、スケルトンが二体か…まあなんとかなるか」 腰から曲刀を抜いたロルルが悪態をつくと、すぐ後ろでネラードがスタッフを構えて叫んだ。 「違う……あれは竜牙兵です! スケルトンと同じにすると酷い目に遭いますよ、心して下さい!!」 「何だって、スケルトンじゃないのか!?」 「ええ、姿は似てますがその正体は……ディーネ、危ないから下がって!!」 「何言ってるんだよ! 僕だって冒険者なんだ、戦うよ!!」 ディーネが腰から細剣を抜いて叫んだ瞬間、竜牙兵の鋭い一撃が彼女を襲った。身をひねってその一撃をかわすと、その体を細剣で切りつけた。だが、剣撃は竜牙兵の剥き出しの骨を少し削っただけで、効果があるように感じられない。 「なにこれ、全然効いてない!?」 「竜牙兵に刃物の武器はあまり効かないんです!」 「嘘、じゃあどうするの!?」 「つべこべ言ってないで何とかしろよ!!」 「今やってます!!」 ロルルとディーネが二体の竜牙兵を相手に懸命に防戦している内に、ネラードが素早い動きで古代語の呪文を唱える。数瞬置いて、二人の使っている武器が魔力の炎に包まれた。 「これで少しは有利になるでしょう……はあっ!!」 二人の武器に魔力を付与すると、ネラード自身も気合とともに竜牙兵に打ち掛かった。
「くそ、このままでは彼らが危ない!」 気が急いているフォルテとは対照的に、デアテーラは落ち着いて鉄板を調べた。 「…仕掛け自体は、然程珍しいものではないが――。おそらく、扉の向こう側に、何らかの受け皿が備わっておるのだな。床に一定以上の負荷が加わると、感作を受けた仕掛けが作動し、これが落ちるという仕組みか」 デアテーラは幾分感心したように言った。彼女自身、知らなかった罠だったのだ。 「そんな事より、早く向こうの三人を助けなければ!」 「そう慌てるでない。もっとも、あの三人がこのていどで瞬殺される様に見えぬが」 言いながら、ゆるりとした手つきでスタッフを掲げると、デアテーラは古代語の詠唱を始めた。
「くっ! くそ……思ったよりこいつら、動きが素早いな……!!」 左肩を切られたロルルが後ろに下がり、竜牙兵と間合いを取る。 「曲がりなりにも、竜の牙から出来た兵士ですからね……!」 言いながら、竜牙兵の肩をスタッフで打ち付け、ロルルの横にネラードがつく。彼の体にかすり傷しかないのは、ずっとロルルにサポートしてもらったお蔭だ。 「すいませんね、損な役回りで」 「いや、いいって事さ。それより、さっさと片付けてディーネの傷を何とかしなきゃね」 「……ええ、そうですとも!」 ネラードの台詞を合図に、ロルルが飛び出して再び竜牙兵に切りかかる。三人で集中して狙った甲斐もあって、二体のうち片方は既に動きにガタが来ている。だが、まだ動きの良いもう一体が機械的だが鋭い剣を繰り出してくる。 部屋の片隅には太腿を押さえて苦しんでいるディーネがいる。戦闘中、片方の竜牙兵を気にするあまり、もう片方の剣撃をかわし切れなかったのだ。流れる血を布で押さえながら、ディーネはせめて彼らにこれ以上迷惑を掛けまいと、必死に痛みからくる悲鳴を抑えていた。 「これでどうだっ!!」 ロルルの一撃が竜牙兵を逆袈裟に切り伏せる。右腕と頭を同時に胴体と切り離された竜牙兵は、どうと倒れるとそのまま動かなくなった。 「あと、一体!」 そうロルルが言った瞬間、背後から二つの光球が残った竜牙兵に飛んでいった。光球は狙い違わず竜牙兵の剥き出しの体を打ち砕き、その瞬間決着がついた。 光球の飛んできた方向を見ると、開いた出口の下に、デアテーラとフォルテの姿があった。 「大丈夫ですか、みんな!?」 フォルテが駆け寄ろうとするより早く、ロルルとネラードがディーネの許に駆け寄った。 「大丈夫ですか、ディーネ!?」 「う、うん。何とか大丈……痛っ!!」 ネラードの台詞に答えようとしたディーネが苦痛に悲鳴を上げる。すると、後ろから来たフォルテがディーネの目の前に膝をついた。 「傷を見せてください……これなら大丈夫そうですね」 フォルテはそう言うと、懐から聖印を出し、祈りの文句を紡ぎながら聖印を傷にかざした。見る見るうちに血の流れが止まり、傷口が塞がって行く。その光景を見てディーネが感嘆の声を上げる。 「フォルテって凄い……司祭様だったんだ」 「私はいち神官に過ぎませんよ。そちらの二人も、傷を受けたのなら癒しますよ」 そう言うと、フォルテはにこりと微笑んだ。
「さて、問題はこの部屋の何処に問題の鉱物があるかですね」 荒れに荒れまくった部屋を見回しながらネラードが言った。 「ああ、それなら」 と、フォルテがまっすぐ部屋の奥に向かった。積み上げられた木箱の片方に辿り着くと、それを一つずつ別の場所に移し始めた。 「皆さんも手伝ってください。この下からも魔力の反応があったんです。残りの反応はどうやら竜牙兵だったみたいですね」 「わたしは肉体労働はキライだよ。こやつに手伝わせるゆえ」 そう言うと、デアテーラが床にある掌大の石に触れ、古代語の呪文を唱える。石は呪文に従い形を変え、遂には石の人形と化した。 「彼らが木箱を動かすのを、手伝っておやり」 彼女が古代語でそう言うと、石人形はフォルテの所へ行き、木箱を動かし始めた。結局、傷が癒えたロルルとネラードが加わり四人掛かりで木箱の移動に精を出した。木箱を退かすと、床に上開きの扉が姿を現した。 「……扉だね。と言うことはこの奥に……?」 「早速行ってみましょう」 扉は簡単に開いた。中は梯子が下に向かって伸びていた。ランタンを掲げながらネラードが降りていく。 「お前たちだけでおゆき。わたしは此処で待っておるゆえ」 デアテーラがそう言うと比較的綺麗な所に腰掛けた。 「あ、僕は行くよ。傷も治ったし……いいよね?」 言いながらディーネが立つ。その後、フォルテも部屋に残ることになり、結局ロルルとディーネを加えた三人が下に降りていった。 下はどうやら坑道のようだった。と言っても狭い坑道で、降りた場所から行き止まりが見える。行き止まりまで行ってみると、掘り返された壁面とつるはしがあり、地面には掘り返されたものであろう黒ずんだ鉱石が散らばっていた。 「これが例の……」 鉱石を持ちながら呟くネラードの瞳に、何かを達成したという煌きがあった。 「良かったじゃないか。ところで、どれくらい持っていけばいいんだい?」 「……そうですね。各人が手持ちで持っていける以上はいらないと思います」 「だね。じゃ、頑張ってちょっと多めに……」 持っていた袋に鉱石を詰めている途中、ディーネが素朴な疑問を口にした。 「ねえ、もしこれが目的の鉱物じゃなかったらどうするの? 確認する方法はないんだよね、これ」 「確認ですか? では、今からやって見せましょう」 そう言うと、ネラードは古代語で短く呪文の詠唱をすると、スタッフの先を光源に設定して、『明かり』の術を行使した。と同時に、辺りの鉱石が一斉に鈍い光を発し始めた。 「見てください。明かりの反射でなく、石の一つ一つが光を発しているでしょう。鉱石が本物である証です」 「うわあ、ホントだ。何だか不思議だね〜」 「どうやらこの鉱石は周囲のマナに対して反応して、その強さに応じて光を発するようです。師からの手紙にもそう記されていました」 「ふ〜ん、ますます面白そうな鉱物だね。これが一体どんな薬に化けるんだろう……」 石を袋に詰め終わると、ネラードが立ち上がって梯子へと向かう。梯子に手を掛けると、彼は二人に振り返って言った。 「まあ、それは色々と試してください。私としてはこれを師の元に送れば、仕事も完了ですからね。後は師が、何とかしてくれるでしょう」
坑道から出た彼らはその後、部屋からめぼしい物を持てるだけ回収すると、木箱や部屋を元の通りにした。調度品が収めてある部屋も、持っていけるだけの品物だけを持ち、扉にも改めて鍵を掛けた。 隠し通路の仕掛けも元に戻し(当然、壁や落とし穴の仕掛けも元に戻った)、彼らが遺跡の外に出た時には、夜空にすっかり星が瞬いていた。 「ふう……少し強行軍でしたが、これで今回の仕事も無事完了ですね。後はオランに帰るだけです」 「ああ、そうだね。それなりに遺物も手に入ったし、今回の遺跡は『当たり』だったんじゃないかな」 野営の準備をしながら、口々に今回の遺跡について語り合う。これも遺跡の醍醐味だ。 「ディーネ、初めての遺跡探検はどうでした?」 「うん……罠にはまったり怪我したり大変だったけど、凄い面白かった……ううん、色々と勉強になったよ。冒険って、色んな事をするんだなって」 ネラードの問いに、ディーネは感慨深そうにぽつぽつと答える。その姿は、充実した時間を過ごした者だけが見せる姿だった。 「私も勉強になりました。状態の良い遺跡に立ち合う事自体、そんなにありませんからね」 焚き火を点しながらフォルテが答える。デアテーラはそれらの台詞に対し、目を細めるだけだった。 (ふふ…懐かしいものだな、彼らの表情は。しかし、これでまたひとつ、面白い話が出来そうだよ――ルミネ) 楽しそうに語る彼らを横目に、彼女は空を仰ぎ見た。 「所でネラード、一つだけ疑問があるんだけど、いいかな?」 「何ですか、ロルル?」 「君が受け取った手紙に、今回の遺跡の事も含めて色々と書かれていたのはどうして……って事なんだけど」 ロルルの質問に、ネラードの瞳がすうっと細まる。彼は暫し思案し、デアテーラを視界の端に収めつつ答えた。 「その謎が解けたら、真っ先に貴方に教えてあげますよ」 ネラード自身、かなり以前より思っていた事だった。どうしてここまで物事がスムーズに動くのか。 手紙による通達、タイミングよく現れたデアテーラ、遺跡の指示……どれも疑問を上げればきりがない。 だが、ネラードは敢えてそれらの疑問を置いたままにして事を進めた。これも自らの経験になればこそである。 「さて、ずっと遺跡に入りっぱなしでしたから腹がペコペコです。ご飯にしましょう」
軽く食事を済ませ、今後について話し合った後、皆は一様に眠りについた。最初の見張りを買って出たネラードは、近くの岩に腰掛け、星空を見つめた。澄んだ夜空は長い夏の始まりを告げるように、星々を燦々と輝かせていた。 ネラードはふと、ある先人の言葉を思い出した。 『人生とは夜空に浮かぶ星々のようなものだ。あまたの色に光り輝くが、その色彩は一つとして同じではない』 だとしたら、自分の人生は何色なのだろう。他人に操られた人生でも、自分の光として主張できるのか。
それとも、全ての事象が自分の意思で行われたものとするのか……そんなことを考えながら、彼は星が瞬く夜空を眺め続けた。
|