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<1>
海、それは限りなく続く青き草原。
海、照りつける日差しが眩しい。
嗚呼、俺って詩人だな〜・・・。
「起きろぉルイン!」
どごぅっ!!
「げふ!」
甲板に寝転がっていた俺は、勢いよくジャンピングプレスをぶちかまされた。
苦悶の声をあげ、身体を起こすと、にこにこ笑った草原妖精――ピルカが座っていた。
「な、何をする・・・」
「船長さんが呼んでるよ、早く来る来る」
ピルカは俺の手を引っ張って、船室へ連れて行こうとする。
だが、なかなか立てない。
「なにしてんのよぉ、早く立ってよー」
「バカかおまいは!立とうとしてる人間ぐいぐい引っ張ったら立てねーだろ!」
思う存分バカやってから、俺達は船室へと向かった。
そこには、すでにケイやアレク、カリが揃っていて、会長さんも座っている。
「遅いそー、ルイン!」
「もうー、何やってたのよー☆」
「もう少し、しっかりしてくれよ」
マテ、俺が悪いのか!?
そんなことを考えているうちに、ピルカも椅子にちょこんと飛び乗っていた。
俺も反論を後回しに、近くの椅子に腰掛ける。
「それで話だが・・・。どうやら最近この海域で暴れ回っているのは、幽霊船かもしれない」
突拍子もないセリフに、一同固まる。
そして、ピルカ、アレクが爆笑し、カリが含み笑いを漏らす。
「あはははは!そんな話信じられねーよ」
「そーだよねぇ」
「それはおとぎ話か何かかな・・・?くすくす・・・」
けらけら暢気に笑っているが、俺には少し引っかかる。ケイも引っかかっているのだろう。
さすが、宗派は違っても同じ神官か。
「ねぇ・・・わたし、闇の神に従う神官が幽霊船を作れるって話し聞いたことあるんだけど・・・」
やっぱり、その話だったか。
俺も、神官になったときの講義かなんかで、その手の話を大司祭様から聞いたことがあった。
「俺も聞いたことあるぞ。しかも、其れが実話なら相手は相当の手馴れだろうな」
一瞬にして、その場がまた固まる。だが、固まった理由はさっきと別物。
ピルカが口を開く。
「・・・マジ?」
同時に頷く、俺とケイ。
その場はとりあえず解散となった。
そして、オランを出て4日目の夜。
「ねー、あの話が本当ならどーするのよぉ??」
事の重大さが大体理解できる神官二人――俺とケイが甲板で話をしていた。
「乗り込んで叩き潰す」
「無茶だってばー☆」
こんなことに限っては、俺の神官としての血が騒ぐ。
闇の司祭を許すわけにはいかん、と。
「あーー!!逢引き現場発見ー!」
場の空気を粉々に粉砕する、ピルカの大声。
「なっ!?」
思わずコける俺。
そして、ぞろぞろとやって来る仲間達。
「おー、ついにルインの奴、誰かに手を出したか」
「うむ、この面子ならケイが相手だろうな」
面白い物を見に行く時のような、嬉々とした顔でアレクとカリが走ってくる。
「だぁー!!!違うっ!今、仕事についての大事な話を・・・」
「もうぅ・・・・ルインさんってば乱暴なんだから☆」
右斜めに俯いて、頬に手を当てて呟くケイ。
『おおおおー!ついにやったか・・・』
「ち・が・うぅーーー!!!!!」
ええい、こいつらくだらんことに食い下がりやがって・・・。
いつか殴り倒すぞ・・・。
「えへへ〜。冗談だよ♪ルインにそんな甲斐性ないもんねー♪」
にまっと笑うピルカ、ついで巻き起こる爆笑の渦。
・・・・またからかわれてたのか・・・。
こんなシリアスなときに皆暢気なだから・・・。
「北北西に船影はっけ〜ん!」
そんな時、マストの上の見張り台に立っていた船員が声を張り上げた。
その声に反応したみんな一斉に・・・・。
『北北西ってどっち?』
何か、マストの上で誰かがこけたような音がしたが、とりあえず無視。
その辺をぐるぐる見渡すと、確かに船がある。
しかもだんだん近付いてくる。
「あれ・・・・・・。商船?」
アレクが呟く。
船の灯りで照らされたその船、確かにこちらの船に類似したデザインの商船だった。
「じゃあ、商売に来たのかな?」
ピルカが首をかしげている。
「それは無いな・・・こちらも一応商船だからな・・・」
それに・・・・止まる気配が無い!?
「ヤバイ!海賊かもしれん、ぶつけてくる気だ!!伏せろ!」
俺の叫びに一斉に伏せる。
どごーーーん!!
ついで、衝突による激しい揺れ。
「く、くそ・・・・応戦だ・・・」
重たいプレートメイルを着込んでいるため、起き上がりにくい。
剣を杖に立ち上がり、場を見渡す。
ピルカはすでに立ち上がって、ダーツを数本構えているし、アレクも抜刀済み、ケイはグレソの鞘を一生懸命外している。
カリにあたっては、すでに魔法の詠唱準備は万端だ。
「よし、行くぞ」
だが、驚いたことに板を船と船の間に渡して乗り込んできたのは、数匹のスケルトンだった。
「うわ〜・・・ほ、ホントは幽霊船だっりするの・・・!?」
ピルカが一歩後ずさる。
「ま、任せたぞルイン君!」
慌てて走ってきた会長さんが、スケルトンの姿を見て慌ててもと来た道を戻り声を投げる。
「ええい、なんでもいい!行くぞみんな!」
俺は銀の大剣を振りかぶり、手近なスケルトンに切りかかる。
数回の切り結びで、スケルトンの身体をバラバラに切り刻む。
「やあああ!!」
アレクの鋭い一撃は、相手の首を跳ね飛ばし、返す刃で肋骨を粉々に粉砕した。
「万物の根源たるマナよ・・・白き光の刃となれ!《光の矢》!」
「えいっ!」
カリの魔法、ピルカのダーツが同時に飛ぶ。
スケルトンの胸部で炸裂する魔法、そしてダーツが間接を弾き飛ばす。
「キリが無いよ!」
といつつも、スケルトンを両断にするケイの力には驚かされる。
「・・・・やるか、ケイ!?」
「・・・・うん☆」
俺達は半歩下がり、同時に別々の呪文、だが同じ神聖語で詠唱をはじめた。
「勇猛なるマイリーよ。我、汝が放つ光の奇跡を請う・・・」
「幸運の神たるチャ・ザに願う・・・浄化の力を我に・・・」
神聖語の旋律が周囲に満ちる。
「あ、みんな下がって、目を閉じて!」
ふと思い出したように、ピルカが声を張り上げる。
よし、打ち合わせ通りだ。
「不浄を打ち払う《聖なる光》よ!!」
「不死者よ去れ、《死者退散》!」
俺の聖なる光とケイの死者退散が放たれる。
不死者を浄化する力を持った光が瞬き、それを耐えたスケルトンに次いで浄化の祈りが捧げられる。
聖なる光で灰と化し、浄化の祈りで消滅するスケルトン。
「よし、乗り込むぞ!」
『おー!』
・・・微妙に暢気な声だと思うのは、俺だけだろうか?
スケルトンが渡ってきた板を踏みしめ、敵船に乗り込む。
「る、ルインさん!あれ・・」
ケイが見上げたそこには、マストがある。
そのマストには・・・・・。
「た、確かファラリスの印!?」
それは、血で描かれたファラリスの紋章だった。
この船は、ファラリス司祭の船だったのか!?
<2>
「ねえ、どっから行く?」
薄暗い雲の下、灰色の海の上、そしてファラリスの紋章付き幽霊船の甲板上で、ピルカが不安の混じった声で聞いた。
今のところ甲板に怪しい影は見あたらないが、油断は出来ない。ささっと親玉を見つけ、悪しき神官は許すまじとルインは正義に燃えていた。それに、素早く船を出立させなきゃ会長さんにもらえる物ももらえなくなるし。そんなことを考えながら、船上をぐるりと見回したルインは、船尾に近いところに下りの階段を見つけた。
「お、あそこから入ってみようぜ」
船内は船尾から船首まで長い廊下が続いており、その廊下の両側にいくつか扉がついている。一同話し合った結果、それを一個一個確認して歩くことになった。最初のドアの前で、念のためとピルカが鍵穴を調べる。
その後ろで、
「こんなことなら魔剣のほうを持ってくりゃよかった。今程度の敵ならいけど、もっと嫌なの出てたらやばいな」
手に持ったバスタードソードを、左手の手のひらにぺしぺし叩きながらアレクがぼやく。
「アレクさんっていっつもその剣ばかりよねっ★どーしてなのかなっ??」
さらさらの銀髪を揺らしながら、ケイが可愛らしく小首を傾げる。
「魔剣なんだから平気なんだろうけど、細くて瀟洒な剣ってどうもちょっとね」
「そうよねっ★大きい剣って、当たる確率高いものねっ★」
にっこり微笑むケイ。
「いや、そーゆーことでもないんだけど・・・」
「魔法援護があれば心配ないだろう」
艶のある黒髪をかき上げながらカリが微笑を漏らした。
「でもさ、魔法はなるべく温存したほうがいいんだろ?」
今度はアレクが少年のような仕草で小首を傾げる。
「確かにそうだが。私の記憶が正しければ魔法を付与した武器で無ければ倒せないアンデッドはかなり特殊なものだ。そうそう暗黒神官に作り出せる物でもないさ」
そういいながらカリは女剣士の肩を叩いた。
何時もと変わりない調子で話し合っている女性陣にルインは溜息一つ。
「お前らって緊張感ないな・・・」
そんなルインの声に被さるようにピルカの高い声が上がった。
「罠良し、鍵良し♪ね、開いたよ。誰から行く?」
切り込み隊長に任命されたのはルイン。
これは、当然の結果。船の上だというのにがっちがちにプレートメイルなんか着込んでいるから、堅さは人一倍。
ゆっくりと扉を開けた途端、もわっと鼻に飛び込んで来る匂いに、ルインが顔を顰めた。
「なんだ、この・・・!」
異臭に苦情を漏らそうとしたルインだったが、扉の影に隠れていた動く死体がルインに覆い被さるように飛びかかって、思わず身を仰け反らす。
「うわぁ!」
ルインは下段に下げていたグレートソードの切っ先を上に振り上げ、動く死体、つまりゾンビを真っ二つに切り裂く。
その横をするりと抜け、アレクが部屋の中に入るり、その後にケイが続く。
部屋の中は思ったよりも広く、ちょっとした広間といった感じで、その部屋のなかで蠢くゾンビは全部で5体。
ケイとアレクは、左右に分かれてこちらに向かってくるゾンビに構える。入り口のゾンビを飛び越えてきたルインも正面から来るゾンビに切っ先を向ける。
グレーとソードを構えるケイが向かってくるゾンビに、上段から勢い良く振り下ろすが見事に空振り。グレートソードは深々と床にめり込む。今度は脇を絞めグレーとソードを引き、前に突き刺す。が、これもスカ。グレートソードは壁を壊す。
「ケイ、船を壊して何をするつもりだ?」
カリが冷静な声でケイの破壊を止める。
「え、だって、ここって狭いじゃない?? だからこの剣扱いにくくてっ★」
腕を組んだ姿勢で、ケイの太刀筋を見つめるカリ。
「剣術のことは判らないが、その剣は大きすぎるってことじゃないのか?」
「そうかな?重くはないけれど・・・」
そう言いながら、大振りなグレートソードをびゅんびゅん振り回す。そのグレートソードが今度は天井に突き刺さった。
カリは軽くこめかみを押さえ、専門外のことに口を出したことに後悔をした。
「いやぁ〜〜!!なにするのよ!あっちいって〜!!!」
突然の悲鳴に、ゾンビを粗方なます切りににていた、ルインとアレクが顔を見合わせる。振り返ってみると、いつの間にかピルカの姿が消えている。
アレクとルインが、悲鳴が聞こえた広間の先の部屋へと、同時に駆けだした。そして、駆け込んだ部屋の中央では、ピルカが3体のスケルトンに追いかけ回されていた。
「あ〜!ルイン!アレクこいつらどうにかして!!助けて〜!!」
飛び込んできた二人を見ると、ピルカは一体のスケルトンの足の間をスライディングで通り抜け、ルインの後ろに隠れる。
「あいつらがあたしを苛めるの〜!」
ピルカを庇うようにスケルトンに向かうルイン。
「ところで、ピルカ〜こんなとこで何やってんだ?」
アレクが顰めた顔を近づけると、ピルカは「えへへ〜♪」と笑いながら開いた手の上に、トパーズによく似た、内部に青白い光を湛える奇妙な石が乗っていた。
「それって、なあに?」
いつの間にか背後にやってきたケイが尋ねる。
「魔晶石だ。その中に魔力が封じられているのさ」
ケイの横こら顔を出したカリが答えた。
「さっすが物知りなのね☆」
感心の声を上げるケイにカリは微笑で返す。
「とりゃ!!!」
ルインは1体目のスケルトンを肩口から袈裟斬りして、そのまま上段に構え2体目の頭蓋骨を砕く。
「それより、この船の物って勝手にもらっちゃっていいのかしら??」
ケイの質問に答えたのはピルカ。
「この船は幽霊船でしょ。問題ない問題ない♪」
「そーそ、持ち主がいてもさ、これって高いもんなんだろ?無防備に置いておくのが悪いって」
アレクもあっさりと言い放つ。その横ではカリが頷く。
「魔術を使う者としては、とてもありがたい物だ。異存はない」
3体目の槍の攻撃をグレートソードで弾き飛ばし、スケルトンが体勢を崩したところを、骨盤を狙い横になぎ払う。
「お前ら、手伝うとか考えないのか〜!!!」
ルインの叫び声が室内に響き渡った。
一人働かされ不機嫌なルインを宥め賺しながら、船内の部屋から部屋へ探索を続ける。
特にめぼしい物を発見出来なかった部屋を出ようとしたとき、カリが足を止めた。
「カリ、なにを見てるの?」
テーブルの上をじっと見つめていたカリに気付いたピルカが、その横からのぞき込む。
「あれ、これってこの辺の地図だよね?」
テーブルの上に置かれた地図を指さす。
「ああ、この辺りの海図だ。今は丁度この辺りか」
カリはオランから離れた海の上を細い指でなぞる。
「あ、見て。ここって他の島と色が違う♪」
面白い発見をした子供のように、ピルカが声を上げる。
「さて、この辺は小さな無人島がいくつかある場所だったと記憶しているが・・・」
「もしかして・・・」
「もしかして?」
「この幽霊船の基地だったり♪」
ピルカの言葉に、カリは細い顎に手を当て、もう一度海図に目を落とした。
<3>
幽霊船の探索で手に入れたのは、一個の魔晶石と一枚の地図。
他の部屋の探索も進めてみたものの、めぼしいものはこれ以外は見つからなかった。
否、見つけられなかったのだ。
戦闘時にケイが壊した船室から海水が浸入してきており、これ以上の探索は危険を伴ったからである。
「あれだけ働いて報酬はこれだけかよ……」
自分の船の甲板に戻り、沈みゆく幽霊船を見ながら毒づくルイン。まだ根に持っているらしい。
「ほらほら、落ち込んでる暇があったら次のことを考えなくっちゃ★」
「いいじゃないか、一応報酬はあったんだしさ。」
不機嫌なルインを、ケイとアレクで宥める。ルインはしばらくぶつぶつ呟いていたが、やがて気を取りなおしたのかやたら大きい声でこう叫んだ。
「ちくしょお!作戦会議だ!」
「まず、手に入ったものを確認しよう。魔晶石と、この辺りの海図。これだけだよな?」
ルインの確認に、一同頷く。
「ピルカ、一応確認するが……何も、隠し持っちゃいないよな?」
「ひどぉい、あたしそんなことしないもん!
そんなことよりさ、この地図見てよ。この島だけ色が違うでしょ?きっと、いいものがあると思うんだ♪」
ルインの疑いを否定して、ピルカが悪戯っ子のように瞳を輝かせて海図を広げる。
「ああ、それに、色が違っているあたりの海域には、無人島が多くあったと記憶している。」
「……それって、もしかしたら、さっきみたいな幽霊船が、その辺にいっぱいあるかも知れないってコト?」
ピルカの言葉を受けて、カリが自分の知識を与え、仮定をケイが導きだす。
「……じゃあ、もしこの辺りが幽霊船の基地だとしたら、そっちを叩いてしまった方が効率がいい、と言うことかな?」
アレクが、地図を見ながら問う。
「多分な。……俺達は今、この地図で言うとどの辺にいるんだ?」
ルインの声に、ピルカの指が先程カリの示した海域へと伸びる。色の違う島は、かなり近くに位置している。
「ふーん……まぁ、何度もこの船に幽霊船をぶつけられるって言うのもいやだし?敵さんの基地かも知れないなら、こっちから乗り込んでいっても良いんじゃないか?」
「アレクにさんせー♪異議ある人いるー?」
ピルカの採択に、異議を申し立てるものはなく、一行は色の違う島を目指して進むことにした。
「と、言うことで、我々は幽霊船の本拠地を叩きに行こうと思うのですが……」
仕事の依頼人へ、決まったことを報告し交渉するのも、ルインの役目。
とことん貧乏籤を引いている、と本人が思っているかどうかは神のみぞ知る、といったところである。
「我々としましても、いつ来るか分からない幽霊船に怯えるよりは、その本拠地を叩いてしまえば、護衛がしやすいと思いまして提案させていただくのですが、どうでしょう?」
「……こちらは、護衛の方法まで指示したわけではないからな、好きにしたまえ。荷物と、人員に被害が及ばないのなら、どうしてくれても構わんぞ。」
交渉成立。話の分かる依頼人で良かったなぁ、と、ルインは内心胸をなで下ろした。
それから2日経過。一行は問題の島に近づきつつあった。
「……あの島、だな」
徐々に近づいてくる島影と、海図を照らし合わせて、カリが呟く。
「あの島に、何か大きい影が見えます……あれは……船?……こちらに近づいてきています!このままだと、こちらの船に激突します!!」
マストに上っている遠見の船員が、声を嗄らして叫んだ。護衛の面々に、それぞれに合った緊張の色が走る。
「とりあえず激突だけは避けてくれ!もう一回体当たり喰らったら、こっちの船があぶねえ!」
ルインの怒鳴り声を受け、船員が走る。向こうの船の大きさがどんどん大きくなってきて……そのマストに掲げられているのはファラリスの紋章。
「これは……ビンゴ、かな?」
アレクがバスタードソードを鞘走らせながら口笛を吹く。ルインとケイも、それぞれの獲物を既に構えて臨戦態勢を取っている。
「ねールイン!激突を避けるのは良いけど、あたしたちどーやってあの船に乗り込めばいいの?!船の動き止めないと、あっち行けないよ!?」
ピルカが叫く。ルインはにやりと笑って、ケイとカリを呼び付けた。
「ケイ!カリ!あの船に逃げられないようにしてくれ!やつの針路をこっちに向けるんだ!」
こちらの船は左転をはじめ、回避行動を開始している。ファラリスの船は、それまでこちらの船がいたあたりを目がけて突進してきていた。
「それは無理だろう!?せめて動きを止めるとかにしてくれよ!」
カリが抗議の声を上げる。ケイは呪文の用意を万端に整えた上で、ルインの指示を待つ。
「んじゃ一丁、派手な魔法をぶちかまして、向こうの船の動きを鈍らせろ!」
ルインの指示が飛ぶ。三人はそれぞれ顔を見合わせて、ファラリスの船の進行方向目がけて呪文を繰り、放った。
「戦の守護神よ、我にその力を!」
「幸運の神よ!我にその力を与え賜え!」
「万能なるマナよ、我が呪文に集え!」
二つの力の波動と、一条の光の矢が、同じ場所に着弾し、大きい波を創り上げた。しかし、船の勢いは止まらない。
「……やつら、船に魔法でもかけてるのか?!ぜんぜん動きが鈍らないよ!」
こちらの船は、魔法で起こした大波の影響を受け、まともに立っていられないくらいに揺れているのに、相手の船足はまったく衰えない。アレクの叫びが場を静める。
「……畜生……こうなったら、もう一度相手の激突を受けとめるしかないか?」
「仕方ないね、相手の出方を待つしかなさそうだ」
ルインの、必要以上に大きい独り言に、冷静にアレクが突っ込んだ。
「船の方は大丈夫なのか?これ以上の激突で揺れると、ちょいと私もきついのだが」
少し青ざめた顔をして、カリが意見する。
「なーに気弱なこと言ってるのよっ★大丈夫、戦闘が始まれば、船酔いなんかどっか行っちゃうわよ★」
「そーそー♪まずはあちらさんの動きを見てから動こうね♪」
ピルカの意見に全員が頷いた。しかし、しばらくもたたないうちに、ファラリスの船は船首を返し、こちらに突進してくる。
どおぉん、と先程より大きい揺れが彼等を襲った。
「よし、みんな立てるか?船首から突っ込むぞ!!」
ルインの号令があたりに響きわたった。そして自ら先陣を務めて、敵の船へ突っ込んでいく。続いてピルカがその軽い体を活かして軽やかに、アレクとケイ、そしてやや遅れてカリも、ルインに続いてファラリスの船に乗り移った。
「ふ……馬鹿が……」
船のともの部分で、彼は、やって来た冒険者達を一瞥した。まっ黒いローブに、白く染め抜かれたファラリスの紋章。手に持ったメイジスタッフを一行に向け、前口上を口にする。
「あのまま幽霊船でくたばっていればどれだけ楽だったか。ここまで来たことを後悔することになるぞ?」
「そんな御託は聞きあきた。いいから大人しくくたばってろ!」
愛用の、銀のグレートソードを構え、言い返すルイン。その後ろでは。
「ああいう人の台詞って、個性がないよね。」
「うん、もしかしたら『悪役口上集』みたいなものがあるのかも★」
「そもそも、独創的な台詞を考えだす能もないんだろうな」
「しょせんその程度の腕なんじゃないかな……油断は禁物だけどね。」
ひそひそと囁きをかわす女性陣4人がいた。
「……お前らぁ…………ちょっとは真面目にやれよなぁ……」
ルインが一瞬だけ後ろを振り向いてそうぼやいたとき。
「スキありっ!!」
多分待っている間に呪文を練っていたのだろう、彼の杖に力がみなぎり、力ある言葉がつむがれる。
「自由なる神よ!」
「……くそっ!マナよ、悪しきマナより我らを守れ!」
咄嗟にカリが放ったカウンターマジックが発動し、ルインに放たれた呪文の被害を最小限に食い止める。
「ちっ、こいつ、相当強いぞ……」
舌打ちと共に、ルインがこぼす。全員の表情に、戦闘による緊張感が滲み出る。
「貴様……俺が後ろを向いた一瞬のスキに魔法をぶっぱなすとは、いい度胸してるじゃねーか……名は何という?」
一方で、相手の卑劣な行為に激昂したルインが、爆発寸前のあやうさを漂わせ、低く問いかける。
「戦いの最中に敵に後ろを見せる貴様が馬鹿なのだ。さて、私は何故貴様らに名乗らなければならないのかな?この私に戦いを挑んだ時点で、貴様らの命運は決したも同然だというのに……
まぁよい。我が名はヴォルド。貴様らの名は名乗らんでもいい……どうせ貴様らは、我が行く道を阻むことなどできないのだからな!」
そしてヴォルドは再び呪文を唱える構えを見せた。ヴォルドの口から紡ぎ出された呪文は、船室から沢山のゾンビとスケルトンを呼ぶ結果に到る。
「…………またぁ……?」
ピルカがげんなりした表情で呟く。その数は、船の甲板の半分を埋め尽くすほどだ。
「仕方ないな、ケイ、もう一度……」
「……ちょっと、それは……私、あんまり魔力が残ってないから……ちょっと、温存したいなぁって思うんだけど……」
「だが、この数はちょっときついんじゃないか?いざとなったら、見つけた魔晶石があるだろ?」
アレクの言葉に従い、魔晶石を預かっていたカリが、ケイに魔晶石を渡す。
「……そこまで魔力が減ってるわけじゃないんだけどなぁ……」
呟きつつ、せっかくの好意だから、とケイは魔晶石を受け取った。そしてルインと二人で、それぞれ仕える神に祈りを捧げ始める。
二条の白い光が、甲板に満ちあふれ、消えた。半数以上のアンデット達が塵となり、残っているのは約30体ほどであろうか。
「カリ!頼む!」
アレクの言葉に何を欲しているのかを察し、カリは意識を集中して呪文を解き放つ。
「万能なるマナよ、雷撃となれ!ライトニング!!」
カリの放った雷撃は、メインマストごとアンデット達を焼き尽くす。海の上に倒れるメインマストを見やり、ヴォルドはにやりと笑って、ローブの中からバスタードソードを取りだした。
「ふむ、なかなかやるみたいだな。しかし、こちらの方の腕はどうかな?」
脱ぎ捨てたローブの下には皮鎧。戦士の眼光を瞳に宿して、ヴォルドはバスタードソードを両手で構えた。
「ここは俺が!」 「ようやく私の出番が来たみたいだね」
ルインとアレクが、それぞれの武器を構えてヴォルドに対峙する。ヴォルドは余裕の表情を浮かべて二人を見据えた。
「でえぇぇぇぇぃっ!!」
裂帛の気合を込めて切り掛かったのはルイン。アレクも既に、ヴォルドの死角に移動し、ルインのフォローに回っている。
大上段から振り下ろしたルインの渾身の一撃を、ヴォルドはようやく受けとめる。二本の剣が鍔迫り合いをしている隙を見て、アレクが剣を繰り出す。しかしヴォルドは剣を引き、身体をひねって、アレクの攻撃をぎりぎりでかわした。
ちっと舌打ちして、次の攻撃の準備をする、アレクとルイン。その間に、ケイはグレートソードをやっとの思いで鞘走らせてヴォルドに切り掛かり、ピルカは持っているダートをヴォルドに投げ付ける。
それらの攻撃も、ヴォルドは余裕の表情でかわした。
「思ったより骨がないな……所詮この程度か。期待するほどでもなかったな。」
侮蔑の色も顕わに言いきるヴォルド。
「ケイ、私に魔晶石を。」
ケイが投げた魔晶石を器用に受け取り、カリは精神を集中した。
「そんなに余裕があるなら、この位ハンデでもなんでもないだろ?」
そしてマナを繰り呪文を唱える。アレク・ケイ・ルインの武器が炎に包まれた。
「……ほぉ、その強気は魔晶石のお陰か?」
「さぁ、ね。」
不遜なまでに傲慢な態度で言いきって、カリは一歩後ろに下がり、叫ぶ。
「さっきの衝撃波なら防いでやる……だから、思う存分暴れていいぞ!」
カリの言葉を受け、まずアレクが動いた。炎の吹き上がるバスタードソードを振りかぶり、ヴォルドとわざと剣を合わせる。
アレクとヴォルドの剣の腕はほぼ互角だった。ただ、今までの経験からか、ややアレクの方が優勢か。
「ケイ!ルイン!今のうちにやっちゃえ!」
ピルカが叫んで、ダートを投げる。さすがにアレクと打ちあいをしながら他の攻撃を避けるのは難しいらしく、ダートはヴォルドの頬をかすめた。
「よっしゃ!ケイ、一丁暴れるぞ!!」
「……ケイ、これ以上船は壊すなよな?」
ルインの激励と、カリのツッコミに、ケイは複雑な表情を浮かべつつヴォルドに切り掛かっていった。
さすがのヴォルドも、3方向からの斬撃+飛び道具には対応しきれず、その表情からも余裕が消えていた。皮鎧もところどころ裂けて血が滲んでいる。
「……アレク、ケイ、コイツは俺にとどめを刺させてくれ。」
打ちあいが一段落付き、それぞれ間合いを取って睨みあってる時、ふとルインがそう言い出した。
「……私はかまわないけど……?」
「一人で格好つけやがって、と言いたいところだが……ちょっとばかり疲れたな。今回は若者に譲ってやるよ」
ケイはかなり肩を上下させて剣を引き、アレクはまだ余裕を残した表情でバスタードソードを払い、鞘に収める。
ピルカとカリは見守っているだけだ。
「ほぉ、小僧が……でかい口を叩いたな……」
ヴォルドの顔に、楽しそうな光と侮辱を受けたという怒りの色が交互に閃く。ルインは、プレートメイルの胸当ての部分だけを残して全て外してしまい、身軽になってヴォルドに対する。
「戦神マイリーの名に於いて、貴様を倒す!!」
ルインの剣が閃き、ヴォルドの脇腹をとらえた。そのまま、倒れたメインマストに激突し、一瞬意識が途切れる。
その隙をルインは見逃さなかった。
「うおおぉぉぉぉっ!!」
ルインが突き下ろした剣は、ヴォルドの左胸に深々と突き立ったのだった。
「これで、航行中の安全は、ほぼ確保できたと思われますが」
メインマストが倒れた敵の船を波に任せて、一行は雇い主の下に顔を出した。
「ふむ、良くやってくれた。これで、あとは嵐さえ来なければ、航海中は安全というわけだ。ごくろうだった、ゆっくり休んでくれたまえ。」
その後嵐とは程遠い天気の中、船は順調に港に辿り着いたのだった。
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