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その男は待っていたのだ。自分の知識欲を満たす何かを。
もう何年前になるだろう。男は「魔術師」と言われる人間だった。 「冒険者」と呼ばれた事もあった。
力を求め大陸を転々とし、路銀も底を尽きかけたころ、男はその町に着いた。 猫背の上から羽織った真っ黒なマントをずるずると引きずり、仕事を求めて酒場を回る。 だが、満足するような仕事は見つからなかった。 6軒目に立ち寄った、ある酒場の壁に無造作に張られた羊皮紙にふと目をやる。
『鉱山を占拠せし妖魔退治の冒険者求む。報酬は・・・』
「ほう・・・。」 男は目を細め、くぐもった笑い声を洩らした。 その時、後ろからぽんと肩を叩かれるのを感じ、うっとおしそうに振り返る。
「よう。あんたも仕事を探してるのか?」 見ると、大剣を背負った黒髪の若者が腕組みしながら男に笑いかけていた。 「その妖魔退治の仕事に興味があるんでしょ?」 若者の後ろから弓を携えた小柄なエルフの少女がひょいと姿をあらわす。 「見たところ魔術師とお見受けするが、我らと一緒にこの仕事を受けてみぬか?」 少し離れた所に立っていた大男が続けて問い掛ける。 恐らくは戦の神の神官なのだろう。戦鎚を携え、印の入った鎧を身につけていた。
「ちょうど魔術師が足りなくてさ、どうだ?良かったら俺達と一緒に仕事しないか?」 黒髪の若者がすっと手を伸ばす。
「・・・・・ああ、いいよ・・・。」 男はその手を軽く取ると、ふたたび目を細めた。
鉱山での戦闘は熾烈を極めた。 所詮は妖魔とタカをくくっていた。 だが、その妖魔を統率するダークエルフ、そして傍らのコボルドは そんな彼らの油断をことごとく打ち砕いた。 コボルドの数を減らすほど、男とその仲間たちは衰弱していった。 それでも彼らは戦った。生きる為に。生き残って、帰るために。
・・・だが、その男だけは違っていた。
最初に倒れたのは黒髪の若者だった。切り合ったコボルドが思った以上に手練れだったのだ。 腹を貫かれ、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちる。 その姿を見て、エルフの少女が若者に駆け寄り、泣きじゃくる。彼女は完全に戦う意思を無くしていた。 そこに数匹のコボルドが襲い掛かった。 男と二人でダークエルフと対峙していた神官戦士がそれに気付き、エルフの少女の前に立ち コボルドの攻撃を受け止める。ダークエルフがそれを見逃すはずは無かった。 持っていた細剣で神官戦士の喉めがけて突きを放つ。仁王立ちのまま、彼はそのまま絶命した。
エルフの少女は呆然としていた。だが目だけは男に助けを求めていた。 男はそれを気にするでもなく呪文の詠唱を始める。 ダークエルフが少女に剣を向ける。その刹那、若者が腹を押さえて立ち上がった。
若者が手にしたダガーでダークエルフを刺し、ダークエルフの小剣が若者の肩を捉え、 お互いの動きが止まる。
主の危急に、コボルドが止まったままの二人に走り寄る。
その時、男の呪文は完成していた。
賢明な魔術師達からは禁忌とされている破壊の呪文、「火球」。
男はその詠唱を終え、動きが止まっているダークエルフに放った。 紅蓮の光が辺りを包み、全てを焼き尽くした。 跡に残ったのものは、焼け焦げた二つの死体。片耳を吹き飛ばされた手負いのコボルド、 そして瀕死のエルフの少女だった。
薄れゆく意識の中で、少女は確かに男の声を聞いた。 「役立たずは、いらない。」 そして、あのくぐもった笑い。
「・・・ランズワード・・・。どう・・・して・・・?」 少女は急激に意識が薄れていくのを感じた。
男・・・ランズワードは待っていた。自分の知識欲を満たす何かを。 鉱山に篭もり、主を失ったコボルド達を使役し、鉱山に眠る未知の鉱石を発見しても、 その欲求が薄れる事は無かった。
そして今、彼の前にある遠目の水晶球に、ある冒険者の一団が映し出されていた。
大剣を背負った長髪の剣士。
白いローブをまとった銀髪の少女。
そして杖を持った黒髪の青年。
先頭には、あの時生かしておいたコボルドもいた。 彼らはためらいも迷いも無く、まっすぐ自分の部屋に向かってくる。
「くっくっく・・・。楽しませてくれそうだねぇ・・・。」 ランズワードは椅子から立ち上がると、杖を取った。 そして誰にとも無く語りかける。
「あいつらは、お前たちよりも役に立つかね・・・?」 そしてまた目を細めると、くぐもった声で笑う。 その笑い声は、静かな、だか確かな狂気を帯びていた・・・。
(璃音さんの「今一度だけの Bow&Hope」に続きます。そのあとも続きます)
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