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「ったく…、凄まじい所だな…ここは…」
大剣にへばりついた巨大蛭の切れっ端を、ライニッツの持つ松明で焼いてもらいながらイルムはつぶやいた。 「全くだ…、嫌になってくるぜ…」 こちらは大槌で巨大百足を叩き潰しながらギグスが応じる。まだ大槌に得物を乗り換えて大して時間が経っていない為、危なっかしさは見えるが、それでも負けないと言うほどではない。 「よっ、ほっ、てい!…っとこれで最後かな?」 ギグスの横では、アスリーフが巨大鼠を蛮刀でテンポ良く切り刻んでいる。 ここはオラン市街地の地下に広がる下水道である。 冒険者である彼ら四人は、賢者の学院からの依頼で学院地下の下水道の怪物退治をすることになった。 地下に潜って暫くしたところで、彼らはこの地に潜む怪物たちの洗礼を受けた。巨大化した生物達である。 それらはたいした苦戦もせずに蹴散らしたのだが、どちらかと言えばそれよりも精神的な消耗の方が大きかった。 暗く、ジメジメした空間の中で、虫やら鼠やら蛭やらが原寸のままと同じような比率で巨大化した物体に襲い掛かられたのである。 しかし、そこは冒険者を名乗るだけあって、取り乱したりはしなかった。ただ一人を除いて…。 「さてと、蛭はこれで落ちたかな…。おーい、デルー、片付いたよ」 ライニッツが振り返ると、通路の先の曲がり角に隠れているであろう同僚に向かって呼びかけた。 「へっ、びびって逃げ出しちまっただけじゃねえのかぁ?」 「…し、失礼なことを言うな…。私はびびってなどいない」 ギグスが揶揄すると、メンバーの最後の一人デルことデルフィスは一同の前に姿をあらわした。 「へぇ…、その割には足元が震えてるけど?」 大剣を肩に担ぎなおしながら、嫌味を込めた声でイルムがぼやく。 「武者震いだ。私の魔術と知識を試す絶好の機会だからな…」 「ほぉ…、…それにしちゃあ、さっきの戦いの時その お前の得意な『ま・じゅ・つ』とやらで攻撃はおろか、援護すらしなかったじゃねぇかよ」 『魔術』の部分を強調するギグス 「あの様な低級な魔物相手に私の魔術を使うなど勿体無い。それともお前達は私の援護が無ければ魔物の一匹も倒せん程にお粗末な腕なのか?」 「んだと?コラ!?」 「………!!」 「………………!!」
論争(と言うよりは只の口喧嘩だが…)の主戦場となっている位置から少し離れたところで、アスリーフは三人の様子を見ながら心配そうな表情を浮かべていた。 「ねぇライニッツ、何であの三人はあんなに険悪になっちゃってるの?下水に降りるときからそうじゃなかった?三人ともムスっとしちゃってさ…」 そう言うと、腰袋の中から干し果物を取り出し、口にいれる 「ギグスさんもイルムさんも前回の仕事の鬱憤が溜まってるみたいですから…、デルにしたって素直に自分の非を認めるような素直な人間じゃないですし…。まぁ、こうなるのはある意味十分予想できた事態なんですけどね」 この仕事を行う前、アスリーフとデルフィスの二人を除く三人は、学院の依頼で、地下遺跡の定期調査を行った。 例年では、学院の人間だけで行っていた事なのだが、今年は冒険者に依頼するという形式に切り替えたのである。 その事実にライニッツは疑問を抱いたのだが、話を気ままに亭で話しているうちに、どうやらお宝が隠されているらしいという話が出てきてしまい、そのまま調査を兼ねてお宝捜しだ!…という話しになってしまったのである。 仕事が無事終わり、結局お宝は見つかったものの、懸念事であった「なぜ、冒険者にやらせるのか?」という疑問の方も氷解してしまった。 その遺跡を以前調べていた調査班が、内部でかなり貴重な魔法の宝物を発見した。 しかし、調査員の一人が、誤ってその魔法の宝物を破壊してしまったのである。 決定的な汚点、とも言うべき失策である。 だが、その調査員はそのミスを隠蔽し、今回の冒険者達に、魔法の宝物を壊した責任をなすりつけてしまったのである。 その調査員と目されるのが、現在ギグス、イルム両名と口論中の正魔術師デルフィスである。 もっとも、彼が犯人だという証拠をつかんであるわけではない。 しかし、彼(または彼ら)がライニッツを、ひいては「魔術師も武術を学ぶべき」をモットーとするフォウル師の考えが気に入らないと言う事を影で話しているというのが第一の取っ掛かりであり、他にも疑うべき点は幾つかあるのだが、デルの導師を含め、他にも数人の魔術師が隠蔽に参加している様子が伺える為、ライニッツとしては、学院内に余計な騒動を起こすものではないと言うフォウル師の忠告もあり、追求を断念せざるを得なかった。 だが、学院の柵からは無縁に近い二人、ギグスとイルムにしてみれば、これほど腹の立つことは無かったようだ。それもそのはず、学院に入れば自分達が卑しい者であると決め付けられ、挙句の果てに責任の擦りつけをされたのである。これは明らかに舐められているとしか言いようが無い。 そんな訳で、二人はその話をライニッツから聞いたとき、当然のように激昂した。 そして、邪悪な笑みを浮かべながら、終始お礼参りの方法について話し合っていたのである。 結局、ライニッツはその話し合いの結果は聞いてはいないのだが、当日の両名の気合の入りっぷりを見ると、どうやら何らかの形でお礼参りは実行するようだ。 「酷い事にならないと良いのだけどな…」 これからデルに起こるであろう悲劇を考えると、ライニッツはデルに同情する事をを禁じ得ないのである。
「これで一応一通りまわったことになるんだよね?」 アスリーフは干し果物をかじりながらライニッツに尋ねる。 「ええ、向うから来るギグスさん達の様子にもよりますが、ここで最後ですね。」 一応怪物の影が見えなくなったということで、一同は二手に分かれて清掃作業をすることにした。 メンバーは、イルム、ギグス、デルの三人と、ライニッツ、アスリーフの二人である。 ライニッツは始め、この三人を分割させようとしたのだが、三人の口論が何時果てる事無く続いている為、結局三人はそのまま一グループということにしてしまったのである。 そうこう言っている内に、通路の向こう側から三人が姿を現わした。 どうやら口論は一応収まっているようである。 下水部分の水路を隔てて、二組に分かれていた冒険者達は約二刻ぶりの再開を果たした。 「どうでした?塵の溜まり具合は?」 少し大き目の声でライニッツが尋ねる。 「ああ、こっちはなんてことは無い。少し溜まってる部分があったが一応取り除いといたよ」 イルムが少し不機嫌そうな声で返答する。 「ライニッツが言うには、この先の所を確認すれば最後みたいだからさ。さっさと終らせようよ」 アスリーフが堪らないと言った声で皆に呼びかける (そうしないと干し果物が傷んじゃいそうだよ…) そんなことも考えたりもする。 「ああ、さっさと終らせちまおうぜ。早くこんなやつとはオサラバしたいしな」 ギグスは閉じていた目を開くと、デルフィナスに対する不快感を露にしながら吐き捨てた。 「それはこちらの台詞だ。何でこのような冒険者風情と長々と一緒に行動せねばならん」 デルフィナスも先程から眉間に皺がよりっぱなしだ。 「だったらさっきの掃除だって手伝ったら良かっただろう?そうすれば早く俺達とおさらば出来るのにな…」 「それはお前達が受けた依頼だろう?何でも屋共。報酬を受け取っている以上きっちり仕事はしてもらいたいな…」 デルフィナスが嘲る様な笑いと共に言い放つ 「何だって…?」 「……………!!」 「………………!!!」 またも言い争いを始めてしまった三人を見て、ライニッツはため息をつきながら、 「ほら三人とも!行きますよ!!」 そうとだけ言い放つと歩き出してしまう。 「あっ?待ってよ!」 アスリーフが追いかけ始めたのを先頭に、三人も結局は口論を中断し、ライニッツの後を追いかけて歩き出した。
「…うーん、これは酷いなぁ…」 水路に溜まった塵の山を見てアスリーフが思わずため息混じりにぼやく。 「ああ、全くだ。これが全て学院から出た塵なんだろう?」 イルムも同様の意見のようだ。 「そんなことは無い。それに、これら総てが学院の物とは限らんだろう!!」 デルフィナスはイルムの言葉を嫌味と取ったのか、怒りの余り魔術師の杖を振り回しながら叫ぶ。 しかし、ここで異変が起った。 デルの魔術師の杖が塵の山に誤ってぶつかってしまい、そこから真っ黒な霧状の物体がゆらゆらと立ち上り、瞬く間にデルを包み込んでしまった。 「何だ?こりゃあ!?」 ギグスが素っ頓狂な声をあげる。いきなり現われた怪物に戸惑いを隠せないようだ。 「とにかく助けないと!…でも……。」 イルムも大剣を構えてはいるのだが、切りかかろうとはしない。常識でそれが利かないことは分かっている様だ。 そうこうしている内に、デルの顔に苦悶の表情が見てとれるようになり、意識が保てなくなってきている様子になる。 塵の山からは更に何体かの霧状の怪物が姿を現わしていた 「あれはギズモです! 霧状の魔法生命体!!」 ようやく記憶の糸を引っ張り出したのか、ライニッツが叫び、同時に背中の突剣を抜くと古代語魔法の詠唱に入る。
万物の根源…、 万能の力…、 偉大なるマナの力もて……、 ……戦士の武器に炎よ宿れ!!
上位古代語の詠唱が終ると、各自の得物から一斉に炎が噴出した。『火炎付与』の呪文である 「皆さん、普通の武器ではギズモに打撃を与えることは出来ません!ですから、各々の得物に炎の力を付与しました!これならギズモも倒せます!!」 流石に四人の武器に一斉に魔力を与えた為か、ライニッツは既に肩で息をしていた。 そこからは一方的であった。只でさえ炎に弱いギズモ達は、それから殆ど時間のたたないうちに全滅させられていたのである。
結局、それぞれが少しずつギズモの毒の影響を受けたのだが、イルムの『癒し』によって無傷の状態になることが出来た。 デルフィスは、ギズモとの戦闘中に意識を失い、下水の水路の中にダイビングする羽目になってしまった。 ギグスもイルムも死んでいないのをこれ幸いと、掃除が終るまで水路に浮かべておくことにしたのである。心なしか、二人の顔は満足そうであった。
その後、デルフィスにも『癒し』をかけてやり、下水の匂い漂う五名は、下水道を後にしたのである。
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