怨讐の神官 ( 2001/09/01 )
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作者
 
登場キャラクター
ギグス、スティンガー、イリア、イムル、ジャスパー、バス



 6人の冒険者達は魔法の光に照らされながら、ゆっくりと開いていく隠し扉を緊張した様子で見つめていた。
 ゴブリン退治の依頼は、ゆっくりと変質し、岩壁がむき出しの洞窟から、敷き詰められた石畳へと変化していった。
 壁に刻まれた暗黒神の紋章が視線を惹く。
 しかし、冒険者達に怖じる様子は無い。
 既に覚悟を決めた6人は暗く続く廊下へと足を踏み入れた。

 「10年前、この村から半日ほど行った場所に小さな集落があったんじゃよ。
 それが、ある日、暗黒神の教団がその村を襲ってな、その村人全員をファラリス に入信させてしまった、
 そうして、その事を知ったファリス神殿は直ちに命を下し、神官戦士の一団をそ の村に派遣したのじゃよ。
 暗黒神の使徒を滅ぼす様にと…。
 その使命を受けた神官戦士を率いる御方は、事もあろうに、…無力な村人も一緒 に。
 なんとも惨い話ですよ…。」

 先行した魔術師のバスが村長から聞いたのは、ゴブリンが棲みついたという洞窟の近くに、10年ほど昔、滅びた村があるという話だった。
 かび臭い通路を歩きながらバスはその事を思い出していた。
 …この先にいるのは、その惨劇の生き残りだろうか。
 しかし、どんな過去があっても、相手は暗黒魔法を駆使するファラリス神官だろう油断はできない。
 暫く通路を進むと通路は両開きの扉の前に行き当たった。
 「…いるよ、音が聞こえる」
 扉に耳を当てて女シーフのイリアが小声で呟く。
 鍵は無い、ただし、待ち伏せされている可能性は大だった。
 「どのくらいの人数かわかるか?」
 小声で尋ねるギグスの問いにイリアは再度耳を当てるが、しばらくして頭を振った。
 「リーダーよぉ、どっちにしろ、入るしかないんだ、覚悟を決めたらどうにでもなるって」
 既にファルシオンを抜き放ち、つばを手に吐きつけながら気負うスティンガー。
 「フフ、さっきはゴブリンを相手に悲鳴を上げてたくせに」
 イリアは立ちあがり、腰から自分の得物を抜きながらスティンガーに意地の悪い微笑をむける。
 「あの時は心の準備が出来て無かったんですよね、突然でしたから」
 ジャスパーが弓に矢を番え、なんとも苦虫を噛み潰したような顔のスティンガーをフォローする。
 「ふふん、その通り、ただの油断だよ、油断。」
 「その油断がいつか身を滅ぼすとは考えない?」
 楽観的なジャスパーを見て呆れ顔のマイリーの神官戦士イムルがぼやく。
 「とりあえず、今からは油断無しでお願いしますよ…、突入の先陣は誰がきりますか?三人は同時に入れそうですが・・・」
 バスが杖を握りなおす、ギグスは頷いて、
 「まず、俺、そしてイムルでいい…、俺達二人の方が何回も組んでいる分、呼吸が合ってるからな。」
 「異存はないわ、気をつけてよリーダー」
 「…、だからその呼び方はやめろって」
 二人に緊張をかけないよう振舞うイリアの気持ちを汲んでギグスは笑いかける。
 その時、二人の鎧にほのかな光が宿る、バスが防護の魔法をかけたのだ。
 「じゃ、…いこうか、ギグス」
 「…よし!」
 一同がどんな事態にも対処できる様に身を正す。
 「三ッ数える、…1,2」
 ギグスが扉を蹴り開け、それが戦いの合図であるかのように派手な音を立てる。
 待ち受けた様に投げ込まれるジャベリンがギグスを襲う。
 「うっ!」
 まともに胴へと当たったが、衝撃だけで刃は通っていない。
 皮鎧の強度が魔法によって金属並に高められていなかったら、深手を負っていた所だ。
 「ギグス油断するな、来るぞ!」
 二匹のゴブリンが二人に向かってくる、その奥には先ほどのジャべリンを投げたであろう黒い金属鎧に身を包んだ戦士が立っている。
 片手に長剣と盾を持ち、骸骨をかたどった面付きの兜から鋭い視線を投げかけてくる。
 その側らには皮鎧にファラリスの紋章が描かれた黒いケープをかけた女神官が立っている。
 こちらも手には小ぶりのメイスと盾を持っている事から戦士としての訓練を受けているのだろう。
 二人の立つ後方には別の場所に通じている通路を見ることが出来た。
 「イムル!こいつらは前座だ、一気に押し切るぞ!」
 「元からその気だよ」
 言うが早いか、イムルの大剣がゴブリンの頭を叩き潰す、飛び散る脳漿を気にも止めず、ギグスが受け持つ、もう一匹の首筋に一撃を加える。
 よろめいたゴブリンにとどめのモールを叩き込んだギグスは、猛烈な勢いで向かって来る敵の戦士を視角にとらえた。
 「イムル、敵の戦士が来るぞ!」
 態勢がゴブリンにむいていたイムルは、態勢を崩しながらも辛うじて敵の長剣を受け止める。
 その敵戦士の動きが止まった隙にギグスがモールを叩きつける。
 盾によって防御されたものの、敵戦士が飛びのいて距離を取る。
 それを利用して全員が部屋に入り込んだ、6対2だ。
 「降伏するか、勝ち目は無いぞ」
 ギグスは相手の女神官に聞いた、暗黒神の神官とはいえ女は殺したくない。
 そんなギグスを隣に並んだイリアがため息と共に否定した。
 「無駄よ、あの顔を見て分からないの」
 思いつめた表情、決死の覚悟。
 「恐らく、あの奥にいるのよ、命にかえても守るべき何かが…」
 二人は通路の前に立ちふさがり、6人に刺すような視線を送りつづけている。
 「なんだか…強そうだな、おい」
 スティンガーの言葉にイルムが頷く。
 「かなり出来るよ、さっきは殆どまぐれで受けれたけど、多分俺より強い」
 「あちゃ…、じゃ、3人掛かりで行こう、そっちは任せるぜ」
 スティンガーは、げんなりとした顔でファルシオンを握りなおす。
 「二人掛かりで女の人を攻撃するのは気が引けるけど、油断はしないよ」
 ジャスパーが背の大剣と武器を変える。
 「…行くわよ」
 相手に向かってイリアが走り出す、それが合図となって剣劇の第二舞台が開始された。
 敵戦士にギグス、スティンガー、イリア。
 敵女神官にイリア、ジャスパー。
 そして魔法の援護に少し離れた所にバスがいる。
 三対一、二対一、劣勢にもかかわらず、敵の執念は凄まじかった。
 敵神官の癒しが最大限に効果を発揮し、戦士も疲れを知らないかの様に狂戦士さながらの奮戦を繰り広げたのだ。
 しかし、時間の立つにつれ、数で劣る敵の劣勢は色濃くなり、ついにギグスのモールが戦士の胸板に叩き込まれた。
 「ぐぅ……っ」声にならない叫びが響き、仮面の隙間から鮮血が迸った。
 ギグスの手に鎧越しに胸骨を粉砕した手応えがあった。
 致命傷だ。
 崩れ落ちる戦士、しかし三人は顔を見合わせた。
 「今の声…、女じゃなかったか?」
 スティンガーが誰に問う事も無く呟いた。
 同じ頃、ジャスパーの大剣が神官の首筋に打ち下ろされ、こちらも勝負がついた。
 「…ごめん、殺したくはなかったけど」
 噴上げる鮮血の中、自らの血溜りに崩れ落ちた女神官を見ながら、ジャスパーは力なく剣を収めた。
 数の上で優勢で、勝つべくして勝った戦い、しかし、全員の心身にまとわり付くような疲労感が溜まっていた。
 誰も声を発しない。
 ギグス一人、既に躯となった二人を丁寧に並べていた。
 既に女戦士の骸骨を象った兜と面は外されている。
 長い黒髪の女だった。
 「俺は女は殺さない主義だったんだけどな…」
 誰にも聞こえないような小声でポツリと呟く。
 「仕方が無かったと…割り切る事は出来ませんか?」
 何時の間にか隣にバスがいた。
 ギグスはバスを見上げて、首を振った。
 「…割り切れれば楽だろうな、だが俺はこいつ等の死も背負って行くよ、例え暗黒神の使徒でもな」
 ギグスが立ちあがる。
 「行こう、…まだ終わってないからな」
 全員、ギグスの言葉に立ちあがり、沈黙の休憩に終わりを告げた。
 この二人が守っていた通路が目の前にある。
 奥に何があるのか、この時、誰もそれを知るはずはなかった。

 通路は距離的には短いものだった。
 通路はやがてホールへと続いていた。
 用心しながらホールへと足を踏み入れる。
 松明の明かりでギグスがあたりを照らすと、全員が息を飲んだ。
 円形の部屋の壁には無数の頭蓋骨が並べられ、虚ろな二つの空洞を皆に晒していた。
 「な、何よこれ…」
 イリアがやっとの事で言葉を吐き出す。
 バスが杖にかけられた明かりの魔法を広い範囲に照らしてみる。
 部屋の奥に祭壇と、人の背程の像が台座に乗せられて立っているのが見える。
 「ファラリスの像…、ここは暗黒神の礼拝堂だ」
 イムルが穢れた物でも見るかのようにいう。
 「じゃ、じゃあ、これって生け贄にされた人達?」
 周りの頭蓋骨を見ながらジャスパーが尋ねる。
 「…そうではない」
 暗闇に包まれた礼拝堂から、突然男の声が響いた。
 咄嗟に全員が臨戦体制に入る。
 祭壇のの影に一人の男が座っていた。
 全身黒いローブに身を包み、まるで石像のように佇んでいた為、イリアですら気が付かなかった。
 「お前達は…。いや、…答えずとも良い、…私を殺しに来た冒険者だろう」
 疲れ果てた様に言葉の一つ一つをつむぎ出す男は、視線をジャスパーに移す。
 「この頭骨は…生け贄ではない、…10年前、この近くにあった村の…住人達だ」
 「では、やはり10年前の生き残り…」
 「…ほう、どうやら、あの村の話は知っているようだな」
 男がゆっくりと立ちあがって、明かりの届く場所まで現れた。
 額に大きな傷が見て取れる、年のころはバスと同じ位か。
 「ならば、我が目的も察しがついているだろう?」
 「ファリス神殿に復讐する気か?」
 イムルが鋭い視線を投げつける。
 「ふふ、マイリーの神官か、…残念ながらそうではない、私が復讐したいのは、ただ一人だけだ」
 「一人…、うっ!!」
 ギグスが石像の前の祭壇の上を見て、言葉が途切れる。
 そこには、まだ乳飲み子ほどだったろう、2つの小さな遺体が胸に短剣を刺して置かれていた。
 明らかに邪悪な儀式に用いられた形跡が伺えた。
 「なんて奴、赤ん坊を生け贄に!」
 「やっぱりファラリスは邪悪だ、邪神だよ!」
 イリアとジャスパーが憤る、その様を見ながらそろりと男が呟いた。
 「…我が子だ、…前の部屋で、お前達に立ちふさがった2人の神官戦士との子だよ」
 ギグスが鋭い目を男に向けた。
 「…お前は自分で言っている事、やっている事が理解できているのか?」
 怒りがギグスに満ちているのが分かる。
 男は暫くギグスの目を見つめた後、懐から一本の矢を取り出した。
 「これは我が子を贄として捧げ、神より授かった闇の矢だ、本来は弓をもって使う物だが、手で使う事も出来きる…、この矢は目標を外さず相手の心臓を討つ、何万歩の距離が離れていようとな。」
 皆に緊張が走る。
 「で、そいつをどうする気だ?俺達にそれを使っちまうのかい?」
 スティンガーの問いに男は視線を矢に落とした。
 「お前達が私を殺す気ならば、この矢がお前達の中の一人ををあの世へといざなうだろう、…私はこの矢を得るために、10年の時と最愛の者と、そして我が子の未来を失った…」
 「それは、あんたがやった事でしょう!、止める事も出来た筈じゃない!、それを他人事の様に…」
 憤慨をぶつけるイリアを男の凍るような視線が刺した。
 「…復讐を遂げる、これは俺の意思だけではない、この壁の髑髏を見ろ、…武器で脅され、生きる為にファラリスに入信した村人達だ、彼らに選択の道は無く、身を切る思いで暗黒の洗礼を受けたのだ、それが悪か?」
 沈黙が礼拝堂を押し包む。
 男がさらに言う。
 「ファリスの使徒…、法の奴隷、愚かな使徒だ、自ら思考する事なく、神殿の勅令を絶対だと信じている、…そして無力な民をも虐殺した、…あの時の事はいつまでも忘れられん、…暗黒の法からの開放を信じ、喜びの目で彼らを迎えた村長の首、ファリスの名を唱え命を懇願した女子供の首、…この部屋にある頭骨はそんな断末魔の末、死んでいった者達だ」
 部屋の温度が下がったような錯覚を覚えた、周りの頭骨に見られているような感触さえある。
 「私を突き動かすのは死んでいった98人の怨念だ、この矢であのファリスの指揮官を殺さぬかぎり、この者達と私の魂は決して癒される事は無いのだ」
 また、お互いの間に沈黙が降りようとした時、バスが口を開いた。
 「復讐に凝り固まった貴方には何を言っても無駄でしょうが…、それは貴方の幻覚です」
 杖を握りなおし、男を柔らかな眼差しで見つめて言う。
 「いや、現に貴方は苦しんでいる、邪法に我が子を捧げた事を、愛する者を失った事を、…それは貴方の心の傷を癒してくれる唯一の存在だったからです、…それなのに、貴方は心に巣くった幻影に惑わされ、闇に落ちた、…貴方は自分の行為を死者に頼って正当化させようとしているだけです」
 憮然とした表情で男がバスを睨み、何か言おうとして口を開きかけたが…、止めた。
 バスが素早くルーンを唱え、杖を振るうと、全員の身体にうっすらと光が点る。
 「皆に防護の魔法をかけました、あの矢の威力がどれ程かは分かりませんが、致命傷は避けられるはず…、けりを付けましょう…」
 それだけ早口で言うと、バスはその場に沈み込み、気を失った。
 「ああ、バス、やっぱり俺もそう思うぜ、…矢を食らう確率は五分に一だ、全員で斬り込むぞ」
 モールを担ぎ上げ、ギグスがみんなの顔を見る。
 「おっさんの魔力とファラリスの祭器…、分の悪い博打だな、こりゃ」とスティンガー。
 「信じるしかないでしょ、こうなったら」とイリア。
 「命があれば俺が癒せる、安心しろ」とイムル。
 「大丈夫だよ、僕の部族に、こんなコトワザがあるんだ、ええっと…」とジャスパー。
 「信じる者は救われるでいいさ、…いくぞ!」
 皆の目に迷いはない、全員同じ瞳で祭壇に立つ男を見て、そして一斉に祭壇へと駆けあがった。


 「では帰りますか、他に隠し扉もないようですし」
 「あ〜、古代遺跡に魔晶石2っだけって、あんまりじゃない?」
 落胆した声色のイリアといつもと変らないバスが魔法の明かりを頼りに石畳を歩いている。
 何かある筈というイリアの主張に答えて、滞在を二日間伸ばした成果が彼女の手のひらで七色に輝いていた。
 「まあ、奥のほうは土砂で埋まっていましたからね、仕方ありませんよ」
 洞窟の入り口には既に帰り支度をしている仲間がいる筈である。
 「…ねえ、どうして、あいつ…あの矢を使わなかったのかな?」
 二日前の事を思い出してイリアが呟く。
 「…きっと何かが分かったんでしょうね」
 昔の自分が、あの男と少しだけ重なって見えたバスにはそう思えた。
 「ふ〜ん…、ま、いっか」
 次第に石畳がなくなり、岩肌の洞窟が現れる。
 「おや、いい匂いがしませんか?」
 入り口の方から確かに香ばしい肉の香りが漂って来る。
 「あいつらぁ、あたし達を置いて、もう食事を始めてるんだよ、きっとぉ!」
 そう言って駆け出すイリアをバスが早足で追いかける。
 光さす入り口から聞こえる仲間の笑い声へと向かって。




  


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