11年前…
( 2001/09/11)
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作者
高迫 由汰
登場キャラクター
ルギー、メリエル
「なんで勝手にそういう事決 めるんだよ!」
ベルダインの旧市街、港に近い住宅の密集した所、その中の一件から、子供の怒鳴り声が響いた。
「お前ももう十歳だ、学院に行くには申し分ない年齢だろう」
怒鳴り声から少しの沈黙の後、中年の男性から酷く冷静にその言葉が吐き出された。
親のやった事が、ルギエルは酷く腹立たしかった。
自分の意見を聞かないで、勝手に学院に入る手続きをしてきたのだ。
「そういう事じゃねぇよ、俺は学院には行きたくないって言ったじゃねぇか!」
テーブルを思いっきり叩き、ルギエルは父親を睨む。
「あら、あなた学院に入りたがっていたじゃない…だから母さん、手続きしてくれるよう、父さんに頼んだのよ」
消え入るような弱々しさがありながら、耳にまとわりつくようなその声に、ルギエルは声がしたほうを見た。
虚ろな目をして、力なく微笑む母親にルギエルは嫌悪感を憶える。
「それは、ファト兄だろうが、俺は入りたいなんて一言も…」
「ルギエル、母さんの為にも、学院に入れ」
自分の言葉を遮り、有無を言わさず押し付ける。
何よりも、母の事を優先にする父親。
自分を、死んだ兄と混合する母親。
「俺は…ファトラン兄貴の代わりじゃねぇんだ!!」
そう叫ぶと、ルギエルは家を飛び出していった。
魔術師の道を歩いていた八歳違いの兄は、去年魔法の実験に失敗して、命を落とした。
母の期待を一身に受けていた兄は、上に上がろうと必死になっていた。
その為、無茶をしていたのだろうと、他の魔術師達に囁かれたらしい。
兄を溺愛していた母親はその日を境にノイローゼ気味となり、時折自分と兄を混合するようになっていった。
母を愛して止まない自分の父親は、母の心がそれで少しでも落ち着いてくれるのならと、自分を代わりに見立てようとする。
ルギエルは、そんな家族が大嫌いだった。
旧市街から一気に新市街まで走ってきてしまった事に気付き、ルギエルは足を止めた。
夜に新市街に来たのは始めてだ。
親の勝手な行動に、腹を立てて飛び出してきたのは良いものの、行く当てなど何処にもない。
「…どうしよう…どっかで野宿でもするかな」
広場かどっかに行けば、なんとか一晩過ごせるだろう。そんな風に考えて、重い足を引きずって歩いた。
そんな時、目の前の酒場から、歌声が聞こえてきた。
「…………………奇麗な声、誰だろう?」
ここは芸術の都とまで言われている街なので、吟遊詩人はあちこちで見られた。
歌が好きなルギエルは、昼にはその吟遊詩人たちの歌を、よく聞きに歩いている。自分もいつか、歌歌いになりたいと夢見ながら。
そんなルギエルも、この声は気いた事が無かった。
「夜の酒場でだけ歌ってる人かなぁ…」
気になれば、好奇心がうずき出すのが子供の性。
どうどうと入ればつまみ出されるのは重々承知しているので、ルギエルは目の前の酒場に子供ながらの器用さで忍び込んだ。
テーブルの下に滑り込み、気付かれないように歌の主のいる方向に近づいていく。
カウンターから自分の姿が見えるか見えないかのギリギリの所で、ルギエルは歌の主を発見できた。
ハープを奏で、その音に声を乗せて歌っているその女性は、ルギエルは始めてみる顔だった。
勿論広いベルダインの街、始めてみる顔なんて一杯いるのだが。
「おい、ガキ、何やってるんだ」
小さな声で離しかけられて、ルギエルは上を見てみた。
ルギエルが隠れている席に座っていた男の一人が、覗きこんでこっちを見ている。
「歌が聞こえてきたから、つい…この歌聞いたら帰るからさ、黙っててくれよ」
拝むように手を合わせると、男は悪ガキのように笑って頷いてくれた。
「ここなら死角になって、上手く店主にゃ見えねぇだろうよ。それに確かに、メリエルの歌は良いもんな」
「メリエル?」
「今歌歌ってる奴だよ、最近ベルダインについたらしい。ベルダインにもなかなかいねぇほどの技量の持ち主さ」
「ふうん」
返事は生半可に、ルギエルは歌に集中した。
自分が今まで聞いて来た吟遊詩人の歌よりも、ずっと上手くて、声も澄んだ感じがして………。
「…奇麗…」
ルギエルの心の中に沸いた、素直な感想だった。
ふいに、自分の体が持ちあがった。
いや、正しくは、首のあたりから持ち上げられたのだ。
「こら坊主、餓鬼は帰って寝てる時間だろうが!」
エプロンをつけた屈強な男が、ルギエルを自分の目線まで持ち上げて睨んでいる。
間違いなく、この店の店主だろう。
どうも歌に聞惚れているうちに身を乗り出してしまい、発見されたらしい。
せめて歌が終わるまでと頼みこんだが、結局ほおり出された。
「いってぇ…もうちょっと優しくしろよな」
立ちあがり、パンパンと埃をほろうと、まだ微かに歌声が聞こえる店を眺めた。
先ほど見た吟遊詩人の姿が、目に焼き付いて離れない。
「…………決めた、俺、あの人の弟子になろう」
澄んだ歌声に惚れた、十歳の少年の決意。
だが結局その日は、自分を捜しに来た父親から一発あたり、家へと引きずるように連れ帰られた。
決めたのなら、即決行。
次の日には、父親の説教からさっさと逃げおおせて、昨日の酒場の方へ向かった。
昨日の吟遊詩人に会う為だ。
上手く会えるかどうかはわからないが、ルギエルにとっては彼女のいる場所はここしか知らない。
店につくと、自分に運がある事を信じて、店内を覗いて見た。
薄暗い、確実に人はいないように見える。
「…ここに泊まってるわけじゃいのかな」
大体の酒場は、二階を宿にして共同経営しているので、もしかしたらと思っていたのだ。
「外れかなぁ」
「何やってるの?少年」
後ろから声をかけられ、ルギエルは慌てて振りかえった。
「あ!昨日の吟遊詩人!」
そこには、探し人が不思議そうな顔してこっちを見ている。
「あら、昨日酒場に入りこんで、つまみ出された少年ね」
嫌な憶え方されたなぁと思いつつ、ルギエルは意を決して、
「ねぇ、おばさん!俺を弟子にしてくれよ」
と、力を込めて言った。
「お…おばさん!」
「なぁ、駄目かい?」
「悪いけどね、
お姉さん
は忙しいの!弟子をとる気はないのよ」
『おばさん』という単語に半ば怒りを持ちながら、自分の前を立ち憚っているルギエルをなるべく優しく押しのけた。
「それにね、私はベルダインの人間じゃないのよ。ここには腕試しがてらに寄ったの。私の歌声が、この芸術の都で通用するかどうかね」
「ベルダインの人間とか関係ないよ、俺おば…お姉さんの歌に凄く感動したもん!」
必死に食い下がるルギエルを見て、メリエルは軽くため息を漏らす。
「……それにね、まだ少しならいると思うけど、いずれ私は旅立つわ。その時にあなた見たいなお子様を連れては行けないわよ」
まるで捨て台詞のように言い放って去っていくメリエルの背中を、ルギエルは悔しそうに見つめた。
自分が子供だという事は曲げられない事実であって、確かに旅に出るには自分がお荷物になるであろう事はわかるからだ。
「絶対弟子になってやる!!」
悔し紛れにでも、そう叫ぶしかその時は出来なかった。
だけどそれは、ルギエルの絶対の決意ともなった。
あれから三日間、ルギエルはメリエルを探し出しては弟子にしてくれとせがんだ。
端から見ても呆れるくらいに、しつこいほどに。
「…少年、あんたには負けたわ」
そう言われたのは、四日目だった。
今日も粘ろうと、朝早くからメリエルに会いに酒場に顔を出した、その時。
「…へ?」
何が起きたのかわからなくて、言いかけていた言葉を飲みこんでしまう。
「ねぇ、マスターこの辺にすぐに借りられる空き屋あるかしら」
メリエルに声をかけられて、コップを拭いていたマスターが顔を上げる。
「ここの専属になって歌ってくれるっていうんなら、ここの空き部屋貸すぜ」
「あら、そんな条件で良いのなら喜んで飲むわよ」
微笑むと、またルギエルの方に視線を戻す。
状況が上手く把握できないルギエルは、きょとんとしたまま何度も瞬きをしていた。
「なんて顔してるのよ、少年の希望を聞いてあげようって言うのに」
「じゃ……じゃあ?」
「えぇ、弟子にしてあげる」
にこりと微笑むメリエルの顔を見て、ルギエルの表情がゆっくりと明るくなっていく。
「……やっ…やったぁ!!」
喜びが頂点に達した時点で、盛大に声を張り上げ、ルギエルははしゃぎだした。
「あ…でも、旅出るんじゃなかったのか?」
急に冷静になって、ルギエルは聞いてみた。
彼女は元々さっきまで、旅支度をしていたのだ。
「前にも言ったけど、少年みたいな子供連れて歩けるほど、旅は楽なものじゃないのよ。彼方を弟子にするって決めた以上、ベルダインに暫らく住むわ。折角だ から、この芸術の都で自分の修行をするのも良いしね」
だから気にするんじゃないわよ。と付け加えられて、ルギエルは笑って頷いた。
「でも、弟子にするにあたっていくつか条件あるわよ」
「…条件?」
「まず、学院に通いなさい」
学院と聞いて、歌を習うのとどういう関係があるのだろうかと、首を傾げる。
「俺に魔術師になれって言うの?」
「違うわよ、大体私も魔法は苦手」
「じゃぁなんで?」
「吟遊詩人の歌にはね、古い伝承の歌とかも多いの。元の伝承を知らないで歌うなんて、歌に失礼だわ。だから古い歴史とかも含めて、いろんな事を学んできて 欲しいのよ」
「師匠に教えてもらうじゃ駄目なのか?」
既に自分の事を『師匠』呼ばわりするルギエルを、可笑しく思いながら
「やっぱり、知識を学ぶのなら賢者のほうがいいでしょう。米は米屋よ」
と、くすくす笑いながら答えてやった。
「ふうん…わかった」
「まぁ、親御さんが納得してくれないというのなら、私が教えるけどね」
「いや、大丈夫。どうせ親は俺を学院に突っ込みたがっていたし」
少し考えて、ルギエルは頷いた。
その言葉にメリエルは頷くと、他の条件を並べ始めた。
「そして、毎日発声練習をすること」
「うん」
「中途半端で投げ出さない事」
「うん」
「守れる?」
「あぁ!」
元気よく返事をするルギエルを微笑ましく見ながら、
「じゃ、私の初めてのお弟子さん。お名前教えてもらおうかしら」
と、名前を聞いた。
何かと絡んできていたルギエルだったが、実際まだ彼は名乗っていなかったのだ。
「ルギエル、ルギエル・ペリドット」
「ルギエル…なんだか私の名前にちょっと似てるわね」
「俺も、この名前女の名前みたいで好きじゃないんだ」
苦々しく笑うルギエルを見ながら、メリエルは何かを考える。
「そうね……ルギー…これが一番良いわね、よし、今日からあなたをルギーと呼ばせてもらうわ」
「ルギー?」
「えぇ、あなたのあだ名よ。私はね、気に入った人間は、必ずあだ名で呼ぶの」
にこりと笑うメリエルに、ルギエルは微笑み返す。
「宜しくね、ルギー」
「よろしく!」
強く握手をする。
ルギエルの吟遊詩人の道は、こうして始まったのだ。
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