穴熊達の一場面
( 2001/10/10)
|
MENU
|
HOME
|
作者
赤鴉
登場キャラクター
ダルス、カイン、レツ、ジッカ
石造りの壁に囲まれた通路 を、仄かな明かりが照らしていた。その中心には扉があり、三人の人間と、一人の小人が囲んでいる。
囲んでいるという言葉は適切ではない。正確には一人の無精髭を生やした男が扉に向き合い何やら作業をしている。隣で若そうな男が明かりを扉に向けて持ち、 小人と大柄な男は通路の先、明かりの届くギリギリの所で獲物を構え、用心深く聞き耳を立てていた。
「まだか、ジッカ。」
若い男が囁くように声をかける。ジッカと呼ばれた男はしかし、黙々と作業を進めていた。小さな鏡を扉の鍵穴に置き、針金とロウを使ってカチャカチャと器用 に中に差し込む。時折鏡を覗き込み、針金を取り出しては形を変えて再び差し込むという作業を幾度も繰り返す。その足元には穴の空いた羊皮紙と小さな棘が落 ちていた。
チャ。と、小さく音がする。
「へ、へへ…俺としたことが、えらく手間取ったぜ。」
とジッカは呟いた。隣の若い男は早速、後方の二人に合図を送る。
「おぅジッカ、随分遅かったな。俺はてっきり鍵穴いじりながら寝こけてんじゃねぇかと思ったぜ。」
大柄な男が通路に響くような大きな声で(それでもまだ抑えている響きはあるが)呼びかけた。
「レツ、お前は本当に学習力が無いな。」
若い男が呆れたように大柄な男に言う。もはや怒る気力も無いといった具合だ。
「へっ、つってもまだたいして時間ぁ経ってねぇだろ。せいぜい砂時計が一回りってトコじゃねぇのか。それよりレツよ。てめぇこそ暇が過ぎて寝こけてたん じゃねぇのか。なぁダルスの旦那よ、どうだったい。」
ジッカが小さく笑いながら小人に語り掛ける。小さいながらも逞しい体に革の鎧を纏い、金属製の護拳を巻いた不敵な小人はニンマリ笑いながら「欠伸の数なら 片手では足りんかったの。」と言った。
「笑い話は酒場でやろうじゃないか。勿論、極上のワインで無事と金貨を祝いながらな。ここは急いだ方がいい。」
若い男がそうやって全員を促す。彼の腕には宝石のついた黒い手袋が嵌められていた。その顔立ちよりもなお深い経験を貯えた面持ちで、提灯を持ち後ろの二人 と入れ替わるように後ろへ下がる。
「おぅカイン、わかってるって。まぁ、ちょっと待ってな。」
そう若い男に呼びかけ、ジッカはゆっくりと取っ手を回した。レツは戦鎚を下から上へ構え、ダルスは腰を落としてジッカの隣に添う。扉越しからの音を信じる のであれば、中から動く存在の気配は感じられなかった。しかしながら、この古代魔法王国の遺跡というものは侵入者の発見により始めて動きだす厄介な者もい る。慎重に慎重を重ねわずかな隙間から中をチラリと覗き込むと、扉から漏れる光により中の様子がほんの少しだけ確認することができた。特に何か怪しげなも のは見つからない。ジッカはまずカインに手で合図し、提灯を受け取り中を照らす。それでも反応らしきものが無かった為、今度は扉をゆっくり開け、中の様子 を再度注意深く確認した。
部屋の中は小さく、倒れて壊れた机や椅子、小さな置き棚が散在していた。他には何も見当たらない。念の為床を棒で叩いてみても何の反応も示さず、天井の石 の継ぎ目を視認した所では怪しい所は無かった。
「ガハハ、こりゃハズレか。おい、カインよ。どうやらハズレを掴まされたみたいだな。」
レツが笑いながら語り掛ける。警戒も少し解けて、戦鎚の先を床に置いた。
「いや、まだ詳しくは見ていないからな…判断するのはそれからだろう。」
そういうとカインはまだ警戒しながらも部屋に入り、文様と宝石のついた黒い手袋を嵌めた手を掲げ、目の高さの位置で固定し、もう片方の手を調子よく小刻み に動かしながら古代語を唱えた。
「魔力を感じるような物は…」カインは周囲を見回した。「特に無いな」
そしてカインは無言で机や棚を調べ始めた。ジッカはそれに続いて床や壁を念入りに調べ始める。
「ふむ、ではわしはさっきまでの収穫を整理しておくかのぅ。」
ダルスは適当に袋に詰め込んでいた少量の品を、動かない様固定させ始める。レツは暇を持て余しげにその様子を眺めた後、念の為と扉の外の見張りを始めた。 十分も経たぬ内にカインは机や棚から興味を無くし、ジッカと一緒に壁を調べ始める。ジッカは床を油やロウ、砂、金梃を使って隙間等を調べまわしたが特に意 味も無く、今は壁を調べにかかっていた。
ふとダルスが乾いた唇を水で湿らせていると、ほんのわずかながら冷えた感触がした。扉から吹き付ける風もあってか方向はわからないが、非常に小さな風が別 の位置から吹き込んでいるようだ。そして、まだジッカやカインが向かっていない面の壁を見始め、指を湿らせて石の隙間をなぞるようにゆっくりと動く。そう いった作業からさらに十分もした頃、おそらくここからと思う場所が発見された。壁に巧妙に隠されたその石はしかし、人どころか小人ですら通れそうも無い大 きさでしか無かった。
「こいつぁ、どう思うよ。」
まず調べる前にジッカが他の面々に尋ねる。何か発見の報に戻ってきたレツは「押せばいいんじゃねぇか。」と応え、カインは意見を保留、ダルスは「他の場所 も調べてみてはどうかのぅ。」という意見を出した。いきなり押すというのは危険な賭けだということで三人は周囲を調べ始める。案を揉消されたレツはふて腐 れてその場に座り込んでしまった。
「おいおい、そりゃねぇじゃねぇか。大丈夫だって、今まで別に何も無かっただろう。マイリーの赤い剣にかけて、チャ・ザの幸運の尻尾にかけて俺は何も無い と見るぜ。」
そういうとレツはガハハと笑い出し怪しいと睨まれた石を体重をかけて押す。慌てて三人が止めようと動くが、間に合わずきっちり嵌まっているように見えた石 は、呆気ないほど簡単に壁の深みへとめり込んだ。何が起こるともわからずレツを除く三人は周囲の様子の変化を見逃すまいと警戒を強めたが、数十秒後も変化 が無い為、一応の落ち着きを取り戻した。そして、ジッカがすかさずレツを蹴り上げ、カインが頭を引っぱたき、ダルスが呆れたように肩を竦める。レツは叩か れながらも何もなかったからいいじゃないかと文句を言いながら笑った。
「ふむ、とりあえずはこの石はまったくの無意味だったんかの」
ダルスがそう呟いて、めり込んだ石を再び覗き見た。すると奥の方からゆっくりズルズルと石が元の位置へと戻って来ていた。四人が驚いて壁へと近づくと、そ の石は元の位置へと戻ったようだった。カインは壁に耳をあて、聞き耳を立てる。邪魔にならぬよう、息を呑んで他の三人が見守っていると「何かが歩く音が聞 こえる」とカインはうめいた。
「一体なんだってんだ?」
「この壁の向こうにゃ何かあんだろうよ。ついでに何か居るともきてやがる」
レツの問いにジッカが答える。ダルスが先に進むのかという目で問い、三人はそれに答えた。四人は各々の荷物をしっかりと持ち、ジッカが壁石をゆっくりと押 していく。すると、石がある程度深く動いた所で壁がほとんど音も無く横へと平行に動いていた。その動きが余りに滑らかだった為、始めは誰も気付かず、気付 いた後は驚嘆で声も出ないようだった。しかし、いち早く気を抜く危険を思い出したダルスが腰を落とし皆の前に出ると、全員は気を引き締め壁の奥へと注意を 見やった。
「こんなでかい仕掛けに気付かないとは、俺たちゃ迂闊もいいとこだな」
「それだけ巧かったって事さ」
ジッカが皮肉気な呟きにカインは感心まじりの声で答えた。中に何かが居るであろう事もあり、ダルスとレツが先に獲物を構えて中へ進む。この先はおそらく、 仕掛けの類の罠は無いだろうが、それに代るものは存在する可能性は高いのだ。ジッカがランタンを後ろから照らしながら、ダルスとレツが入ると、そこは狭い 部屋だった。装飾は見事なもので、年月を経て衰えてはいるものの、骨董品としても売れそうなものもあった。
「よぅ、カイン。いつもの頼むぜ」
周りを見渡した所特に何も居ない為か、少し警戒を解きながらレツが呼びかける。カインは再び片手を正面へ翳し、躍らせるように手を振ると、何事かをボソボ ソと唱える。
「……反応は、無いな。残念だが。あ、いや…なんだそこの光は」
カインの目を向けた先は窓掛けのような布が吊るされた場所だった。四人はゆっくりと移動し、そこを開く。すると、そこには武装した骸骨が存在した。余りに 突然だった為反応が遅れたものの、即座に四人は各々の勤めの為に動いた。しかし、骸骨の戦士は動かずその場に佇んだままだった。
「どういう事だ、こりゃ」
「ふむ。これは先程の壁の石を動かした奴じゃないかのぅ」
レツの疑問にダルスが自信無さ気にも答える。特に相手が反応を示さない為、そうであろうと推測し、四人は室内の物色に取り掛かった。
「ふむ、これはなかなかの業物じゃな。材質はわからぬが」
「おっ。よぅ、カイン。これって良いんじゃねぇか」
「馬鹿、レツ。それはガラクタだ。この間も似たような物を持っていこうとしてただろう」
「へっへ、レツにゃ物の価値ってのがわかっちゃいねぇ。こりゃ、分け前も減らしたってわかりゃしねぇか」
緊張が解れたのか少し騒ぎながらも四人は適当に物を分けていった。しばらくして、ジッカが椅子に座りながら「わしはこの館の主、アヴァ・イワラジである」 等とふざけていると、不意に骸骨の戦士が動いた。余りに突然の出来事に一瞬、全員が唖然とするも、カインがすかさず冷静さを取り戻し、骸骨の戦士から聞こ えた言葉から合言葉を言うのであろうと推測をつける。全員に静かにと合図を送りカインは下位古代語で「我は付与魔術門の一人、浮遊都市レックスの市民、囁 きかける沈黙の司アヴァ・イワラジ・コンバウム」と応えた。骸骨の戦士は最初の二つの言葉には無反応であったが、最後の言葉は発せられると突然剣を振り上 げた。
「失敗した! 足りなかった! 」
カインは咄嗟に後ろへと下がる、レツは横へ置いてあった武器を取り、ジッカは荷物を持って壁の方へと下がった。ダルスはその間、骸骨戦士との間合いを詰 め、振り下ろした剣が上へと上がる前にその手首を、肘当てで挟み体重をかけて捻り込む。ミシという音を立て、骸骨戦士の手首は折れた様に見えた。しかし、 割れた骨が不思議な力で接合されたまま、再び剣を振り上げる。レツがそこで戦鎚を振り、楯で防がれるもダルスへの斬撃は防がれた。
「旦那、逃げるぜ!」
「何の。一体であればなんとかなるわい」
ジッカの叫びに余裕の篭もった声でダルスは答えた。レツも武器を構え、ニンマリとジッカに笑いかける。ところが、先程捲った窓掛けの奥からもう一体の骸骨 戦士がガチャガチャと音を立て出てきた。
「ぐああ、なんだそりゃあ! 」
「こりゃ、まずいの」
思っても見なかった敵への増援に慌ててレツとダルスも踵を返して逃げに転じる。その隙をついて、先程の骸骨戦士が横凪に切り付けるも、咄嗟にダルスが身を かがめ、難を逃れた。
その後、暫く骸骨戦士が後ろからついてくる気配はあったが、四人は咄嗟に扉に鉤を打ちつけ、時間を稼いでいる間に逃げ延びる事に成功した。しかし逃げる間 にいくつかの品物が破損しており、買い叩かれる羽目になった。その夜は打ち上げから自棄酒に代ったのは言うまでもない。
(C) 2004
グ ループSNE
. All Rights Reserved.
(C) 2004 きままに亭運営委員会. All Rights Reserved.