ウラジの一件( 2001/10/13)
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作者
タルノ
登場キャラクター
ネルガルと仲間達




<暦513年、ロマー ル>


薄暗い部屋である。壁には本棚、ひとそろいの椅子と机。机にの上には年代物のランプ。その明かりを頼りに、肘掛けのついた椅子に座り、読書する男がいた。
書物を胸元につけて、、机に二本の足を投げ出す、といった姿勢。
金髪、目つきは悪く刺々しい。唇の端には二個のピアスリング。男の名はリゾといった。
現在ロマール盗賊ギルドと地続きとなる、麻薬密売組織の一員である。
彼の読んでいる本のタイトルは、「大盗賊オックスホロの足跡」。蟷螂の目と呼ばれた盗賊オックスホロの生涯を綴った伝記である。
「ふうん」
くだんの盗賊は、大規模な組織団を率い、相手どった敵は必ず全滅させた。ミスをした部下、裏切り者にも容赦はなく振る舞った。羊皮紙のページには、彼に処 刑され見せしめの磔にされた者たちの、血と皮と骨、無惨な姿が記録されている。
「……すげえな」
思わずこぼれる呟き。
彼が読書に集中していると、その後ろに立つ影があった。

彼の主人である男ネルガルの、大きな腹を揺すらした姿が、薄明かりの中に浮かび上がる。
はっとして振り向くリゾ。
「ボスッ…」
ネルガルは彼の所属する、麻薬密売組織の首領である。恐ろしく巨大に伸びた鼻をしごきつつ、おどけたように片眉を上げた。
「ぐわっかっか。お前が読書なんかしてるとは。明日は精霊が狂いでもするかな」
「あぁ……ちょっと黙っててくれやしませんか」
「邪魔しにきたわけではないぞ。……ほう、その本、オックスホロゥか」
「知ってんですか?」
「ここは儂の書庫じゃろうが、飾りで本を置いてるとでも思ったか。とうの昔に読んでおるわ」
「へえ」
これまでネルガルの勤勉な姿など見たことはなく、自分の事は棚に上げるが少し意外だった。
「この野郎のこと、ボスとしちゃどう思いましたよ。オレは、敵を倒す時には、徹底的にやるこいつを認めるぜ。なかなか、できるもんじゃあねえ」
ネルガルは笑い飛ばした。
「儂から言わせれば、そいつのやってること、そこまでいけば変態じゃな。儂も人に言えない趣味をもってるが、他人のそれを見るのは気分わるい、ほっ」
「ひでえ言われようだな」
リゾが机の上に投げ出すと、本は閉じられた。

「まあどうでもよいって! それよりリゾ、お前に頼みたいことがあるぞ」
「仕事ですかい」
「おう。しかも極めて、お前向きのな。……このロマールの街で、最近ウラジという名の男が闇商売をはじめたそうだが、そいつがこともあろうに麻薬を販売し ているそうなのだ」
「なんだって?」
「むろん、この元締めたる儂の許可を得ずな。舐められたもんだ。これを放置して、顧客、裏商売の連中、ギルドの幹部などの知るところになれば、当然示しも つかん。だがしかし、聞くところによれぱ、かなり腕っ節が立つ」
「それで、俺にやれと」
「その通り。返り討ちにされるなど情けない事は、避けたいからの」
「わかった。そんなふざけた野郎は、すぐ捕まえて、吊し上げるぜ」
彼の主人はそれを聞いて満足気な表情を浮かべた。
「頼もしいのぅ。官憲に取られたり、逃げられる前に片をつけたい、早速動いてくれ」

リゾはうなずいたが、そこで一言付け加えた。
「話しはわかったが……けどボス。今回こそ、今までのぶんと合わせて、望みの報酬を付けて貰いてェもんだ」
ネルガルはため息をついた。
「まーた、そんなことを言い出すのか」
「ああ、俺達チームの管理区域を、もっと広げてくれ。いま、俺…いや、俺たちが望んでるのはこれだけだからよ」
「金とか、他のものにならんか。他に薬とか女なら、幾らでも与えてやるわい」
「もう要らねぇ」
「だったら、楽器や美術品では、どうだ。学び始めればきっとハマるぞ」
「興味ねぇ」
「……困った奴じゃ」
ネルガルは、仕事をさせた後で、リゾとその舎弟たちに与える報酬に困る時がある。いや舎弟は金さえ与えれば納得するが、食い下がってくるのはリゾだ。
彼には、美女や麻薬を与えて骨抜きにする方法や、芸術分野への興味を開発させ、適当なものを与えて満足させる手が通じない。だが、腹心とはいえ、組織の中 で部下への権限をみだりに大きくすることは、ネルガルのもっとも嫌うことである。
「まあ、仕方ないのう。うまくやれれば、新たに”二つ影通り”を、お前らに管理する権限を与えてやろう」
「有り難てェ。一つ、任せてくれボス」

◇◇◇
リゾはひとまず、弟分たちの力を借りることにした。
「よう、ヴェッチ、調べはついたか?」
テーブルの向かいには、顎ひげを薄く生やした小太りの男が座っている。
彼がヴェッチ、リゾ達チームの一人である。情報集めの早さでは、組織の内でもその名は知れ渡っている。むろん、文字の読み書きができ、今も羊皮紙に書き付 けた覚え書きの内容を、訥々と読み上げ始めるのだった。
「ウラジ・バコタ。黒髪、三十後半の巨漢。口数少なく、寡黙。食事の時のスプーンの持ち方が、赤ん坊(ベイビー)持ち。かなり腕っぷしは立ちそうだという ことでさ。まぁ、昨日ざっと調べたとこでは、そのぐらいっす」
「おうさすが、仕事が速えな。ありがとよ」
「やっぱ、直接、捕まえて脅すんですかい?」
兄貴分にそれ以外の事が考えつくとも、思えないのだったが。
「当然な。居場所さえわかりゃだ。奴が行くところのあてはつけられるか?」
「宿を変えてるらしくて。けど、たぶんできやすよ。今日は女んとこに帰ってやらねぇといけないんで、明日からになりますけど、良いですかい?」
「早いほうがいいんだがな。キェルの野郎は手伝えねえのか?」
キェルは、ヴェッチと同じく、リゾのグループの一人である。染めた髪を逆立て、奇抜な格好をした彼のことを、人は道化のように見るだろう。それでも麻薬組 織の一員なのである。
「ああ、あいつ今日、別件で忙しいすよ。”お遊戯会”に出てます」

◇◇◇
その頃キェルは、町外れの広場に居た。彼の周囲には、大勢の子供たちが集まり、その瞳に期待の色を浮かべている。
「──サァ、オ前ラ、チャント家カラ持ッテキタカ? ジャーセッション始メヨウ、 楽シクヤロウゼ!」
「ワアアーイ♪」と、歓声が応える。
子供たちは、各々、大小様々の鍋やその蓋、砂を入れたザルや、革袋に管を差したものや、手製の楽器を持ち寄っていた。キェルと街の子供達は、よく集まって 遊ぶ。今日の遊びは、楽団を真似た、セッションだ。

彼がロマールの街の子供達に混じって遊ぶのは、主に子供達の間での情報網を活用するためである。要人の子供を拉致しやすくするような目的もある。

お粗末な楽器が、耳慣れた童謡を奏でだし、あっというまに広場は喧噪に満ちる。キェル自身も興が乗って熱くなり、鍋太鼓を乱打している。その彼のもとに、 一人の子供が近づいて、何事か声を掛けてきた。
「ン、ナニ?」彼が耳を寄せると、
「はやいよ、キェル、一人だけさ。もっとゆっくりやってよぉ」
「ア、ワリ」
「お仕置きだね」
言いながら子供は、鍋二つのシンバルをキェルの耳元で、思い切り打ち合わせた。
「ヒアア────!?」
慌てて耳を抑える。それを見て、子供達の鈴が鳴るような笑い声が広場に満ちた。

キェルは、見えないように後ろを向き、ぎょろ目をして毒づく。
「チェッ──コレダカラガキドモハ嫌イナンダ!」

◇◇◇
「おっと、そろそろ行かねぇと、市がしまっちまうや。兄貴、俺はこれで」
「また晩飯の材料の買い出しか」
「足が悪いっすからね、これくらいのことは。美味い飯を食うためですし」
「別に、文句が言いたいわけじゃねぇよ。それじゃあ、明日頼むぜ」
「任せて下さいよ」

リゾは一人酒場に残り、きつい酒を飲む。そのうち、一つ先のテーブルに座る、大きな背中が気になり出す。後ろに括った黒髪…スプーンを口に運ぶ、ぎこちな い手つき……
リゾは席を立った。
「よお、てめえ、ウラジって名前じゃねぇのか。……ちょっと面貸してもらえねェかい」

酒場の裏に回って、二人は対峙した。
「もの知らねえってのは、不幸なもんだな。ロマールじゃ、麻薬の売買は俺らが仕切ってんだよ。今までの上がり差し出して、とっとと故郷に帰るか、それと も……」
声にどすを効かせながら、彼は胸元に手を入れ、一振りの小刀を取り出す。
後ろ髪を馬の毛に括り、浅黒い顔に深い皺を刻印した目の前の巨漢は、何も喋らず、腕を組んで立っている。
「……」
「ア゛ァ? この野郎、何か言ったらどうだ」
ウラジは一文字に結んでいた唇を、ようやくほどく。
「…おれは闘いで負けたことがない。脅しなど、きかん」
「ヘェ、大した自信じゃねぇか」
「どこのイヌだか知らんが。試すなら、掛かって来い」
「ハ、どうやら死にてぇらしいな。望みどおりにしてやるぜ」
彼は目元を引きつらせてウラジの顔を睨めつけ、武器を構えた。
だが、威勢よくしながらも彼は、相手の巨体から無言のうちに伝わってくる圧力を感じ取り、緊張に汗を滲ませていた。
(……流石、でかいこと言うだけはあるようだな、クソ、迂闊に仕掛けられねぇぜ)
ウラジはなお腕を組んだまま、無表情、自然体だ。
(見た感じなんでもねェのに。例えるとあの服の下で、ひそかに勃ってるというような迫力だぜ)
リゾが機を窺い無言でいると、ウラジの方から口を開いた。
「誰が相手だろうが、俺には闘いに負けられん理由がある。……いや、今からそれを作られる」
「理由が……何だって?」
相手の言った言葉が理解できなかった。
だが、そんなリゾに頓着せず、ウラジは一息呼吸して、喋り始めた。

「十二歳の頃、相撲大会の試合中、小水を洩らした」
「……ああ?」
「十六歳。祭りの前日に、飾り櫓を二つまとめて倒してしまい、皆に白い目で見られた」
リゾは苛立ちを隠せない。
「「オマ……何だ、何いってんだ。走馬燈出すにゃ、少し速えぇぞ」
「二十代を越え、初めて女性と一つ屋根の下! …言、言えん!!」
「てめ…」
睨みつけた時、リゾは目を驚きに見開いた。ウラジの顔には、伝承に唄われる魔神のような、怒りの形相が浮かび上がっていたからだ。
「うぬぅぅう!! ……さあ、これで、お前を殺さないわけにはいかなくなった。俺の秘密をここまで知られたからには!」
「…………」呆気取られる。
これが、相手の言う負けられない理由であるらしい。
「力が湧く、お前を倒すための力だ!! 逃がしはせんぞ、例えお前の口が堅かろうが、これを他人に知られているというだけで、もう耐え難いのだ! 潔く、 捻り殺され…」

喋っている顔面に、拳がめり込む。リゾはさっきの金縛りに合っていたのが嘘のような素早さで、ウラジに駆け寄って来ていた。
「痛っ……やるな、お前。だが、これからだ、俺も本気で行くぞ」
鼻血を出しながらニヤリと笑うウラジの余裕とは対照的に、リゾは歯を食いしばりながら静かな怒りを燃やしている。
「お前はもういい、ぶっ……殺す!!」

壮絶なる殴り合い。形勢は、明らかにリゾ有利。
「……な、なかなかやる、お前。何を怒っているのか知らないが、この上は俺も、封印の箱の蓋を取るしかなさそうだ」
ウラジは自分の黒い長髪に両手をかけ、ゆっくりと上に持ち上げた。現れた見事に一毛もない頭が、光を反射する。
「うぬううぅぅぅ!!!」湯気を吹きながら鬼相を見せるウラジ。
「まだやってんじゃねええええぇっ!!」

半時をまたず決着はついた。地面に横たわったウラジの巨体が痙攣している。その顔と身体は蒼痣だらけの重傷を負っている。
リゾはその背中を踏みつけ、大きく息をついた。「あーっ、薬吸いてぇ」
短刀を使うことも忘れていた。敵を見下ろしながら呟く。
「俺が負けるはずねえだろ……てめえに負けたらこっちは大恥だぜ」
彼は奥歯を見せて苦々しく笑った。。

◇◇◇
「ぐわっかっか。よくやったぞリゾ」
「へ……朝飯前だったぜ」
麻薬組織の根城。ネルガルの前に、リゾは意気揚々と立つ。傍らには、ヴェッチとキェルもいる。捕まえてきたウラジは、既に他の仲間に引き渡してあった。
「これで約束通りにしてくれんだよな」
「まあ、しようがなかろ」
リゾは満足気な笑みを浮かべかけ、その後気付いたように言う。
「それで、あいつはどうすんです? 『見せしめ』にするんなら……俺ももちろん、手伝いますよ」
「うん? ああ、それはもういい。こいつは、うちの組織に入ってもらう」
「なに!?」
「さっき話して判ったがな。あ奴は、山岳民族のダチェラ人じゃ。売っていた麻薬は、他国のものでなく、自家製のものらしいな。なかなか質もよいし、殺すの は得策でない、あやつの村の生産手段ごと接収して、うちの販売ルートに乗せることにしよう」
「おい、甘すぎるぜ…あいつをのさばらして、裏通りの奴らに舐められたくねぇって、ボスは言ってたじゃねえか」
「まだそこまで噂が立ってるわけでない。処刑までせずともよかろう。街から姿を消させるのもよいが、ま、あ奴はちゃんと組織に属していたということで、そ れで収まるではないか。リゾよ、儂が決めたことに、文句があるのか?」
「……ねぇです」
「売人やってみたいと言っておるからな。お前らの区域で商売させる。まあ、せいぜい世話を見てやってくれ、うわはっは」
「んだあ!?」
たちまちいきり立ち、気を収めるまでに時間がかかった。
「ちぇっ、気分が悪ぃぜ……すまねぇが、俺ぁ先に帰らせてもらいまさぁ!」
リゾは、スボンの隠しに両手を突っ込み、不機嫌さも露わに、踵を返した。

彼が去ったあと、ネルガルは残った二人の舎弟たちの方を向いた。
「あいつめ、処刑するべきだったとでも言うのか。くだらん、あのオックスホロのやり方に憧れるかのように?」
苦笑を浮かべて言う。
すると、傍らでヴェッチが顎髭をさすりながらそれを否定した。
「いやぁ、兄貴も処刑はやりたかないはずですよ。いつも、組織の面子を護るにはって方向に、頭が働いちまうだけで。俺はよくあの人の性格知ってますから ねぇ」
「ほお」
「ボスに否定されて、気分わりいことしなくてすんで、内心、安心したんじゃないですか。ま、やれと言われればやる、けどその場合はボスに責任を押しつけた 形でやるんでしょうね」
「ぐわはっはっは、あいつもなぜそんな無理をして、面子にこだわるのやら。今回は歴史上の大盗賊に触発されたということかな? 馬鹿もタケナワよ!
きっとあれは、大盗賊、オックスホロがなぜに偉大なる悪人という評価を受けるのか、理由を考えたこともないんじゃろう」
「理由……ソリャナニ? ボス」
「オッ クスホロな、あ奴が畏れられたのは、組織の秩序を徹底したとか、良心を殺していたとか、そんなことからじゃない。理由はただひとつ、奴が自分の変態を全う していたからじゃよ。奴は部下に殺される日まで、数多の問題があるなか、自分の変質的な嗜好を表に出し続けた。そこが奴の器の大きさを物語るところなの だ。けだし悪人は、自分の欲求するところを、どうやって実現するかに、その度量がかかっている」」
「胸がむかつく話しでやすがねぇ」
「リ ゾめ……その趣味もないくせに、悪や暴力にこだわるか。看板がそんなに大事か。ぐわかっか、所詮は三流の悪人よな。本当にやりたいことが見えておらんよう だ。その点儂は、オックスホロと同じように、悪なんか自分の思うところをなす手段としか思っておらんから、間違いもせぬ。たまに善行も面白いからやってみ る、そんなもんじゃ! どうなんじゃ、儂が悪に従うのではなく、悪が儂に従うのじゃろ? ら、らしゃしゃしゃ!!」
目に涙を滲ませながら笑うネルガルの周りで、ヴェッチは聞こえない程度に舌を打ち、キェルは一緒になって笑ってみせる。部屋の闇が濃さを増す。

リゾは自分の部屋に戻ってから、薬を吸い寝台に倒れ込むとすぐ、深い眠りに落ちていった。






  


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