秋風
( 2001/10/19)
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作者
鳥人
登場キャラクター
カーナ
風が吹く。密やかな風が吹 く。袖口から忍び入る冷気に少女は身を震わせ、しかし動こうとせずその場に佇む。後ろで纏められた赤毛が風に吹かれ乱れることも気にせず、視線は足元の石 版に向けられる。
それは墓。かつて人であった者たちの標。既に消え入った者がかつて確かに存在したと言うことを今に留める為だけに造られた印。
春口には若草が茂っていた土にも冬の息吹が吹き付けられ、枯れ細った草たちが懸命に命を延ばしている。周りを囲む木々から枯葉が数片風精の息吹に舞い、石 碑のひとつに降りてその身を休める。やがて水精の恵みに流され地精の住まう大地に融け行くとしても、今は確かにここに存在する。その様は人の、冒険者の一 生を連想させる。
少女は枯葉を静かに石碑から払い、またその場に佇む。
オランにある共同墓地のひとつ。林に囲まれた密やかな草原の中に今、カーナはいる。
彼女が精霊のことを学び始めてから二月が経つ。彼女自身いつからとはっきり決めていなかったため、何時からと言い切ることは本人にも出来ないが。
この二月の間に彼女はさまざまな事を知った。そして気付いた。今まで彼女がやって来た事とそれは、正反対のことなのだと。
「あたしには無理なのかな・・・」
呟くと、天を仰ぎ見る。空には鳥が一羽、秋風に乗って飛んでいる。
彼女が父親を失ってから、故郷、岩の街ザーンで必死に身に付けてきた技。それは盗賊としての技能や知識であり、「現実」を迅速かつ正確に判断・処理する ことを求められる。
罠の種類を覚え、特徴を頭の中に叩き込み、実際に対峙した時には僅かな手がかりから種類を判別、内容を把握し解除する。街の中を行動するときには事前に出 来るだけ内部の地形を把握し、常に万が一を想定して逃げ道を確保する。遺跡の中でもそれは同じ、先に急ぐことよりも地形の把握を最優先。彼女が苦手とする 戦闘においても、戦士とそれとは異なり一撃で急所を突くことを狙う。そのためにはまず急所を知り、なおかつ狭い範囲を正確に狙い貫くことが求められる。
そこに”空想”のみで判断することがあってはならない。必ず何らかの前情報が必要となる。
天を仰ぎ見たまま、彼女は思う。
あたしは何時からか、自由な想像が出来なくなっていたのかもしれない、と。
他人の創った詩を歌ったことはあっても、自分で詩を紡ぐことは出来ない。
踊りにしたって模範があれば沿って踊ることは出来るけど、自分に自由にとなると自信がない。
神様なんて信じてないし、精霊も縁がない物だと思っていた。魔術だって興味も湧かない。好奇心は旺盛だと、自身でも認めているのに。
何処からか流れてくる笛の音。哀しい、けれど優しい旋律。
ふと彼女の脳裏に過ぎる、昔の記憶。今ではもう掠れてしまった、母の記憶。
言葉遊びを教えてくれた母さん。美味しいチーズオムレツを作ってくれたのも母さん。寝る前にはいつも色んな話をしてくれた。父さんと一緒に、海のこと、 山のこと、森のこと、エルフやドワーフのこと、神様や精霊のこと、世界の果てのこと。
いつも食事の前に、ちゃんと神様や精霊達に感謝してから食べなさいと言っていた母さん。食事の席で、その大雑把な考え方に苦笑いしていた父さん。その光 景は、何故か鮮明に思い出される。幼い頃の話だと言うのに。
幼い頃、病弱だったカーナがようやく元気になった頃、彼女の母親は逆に床に伏せるようになり・・・そして、死んだ。
そうだ・・・と、彼女は過去を振り返る。あの時、あたしは泣かなかった。泣けなかったんだ。数えて4・5歳だったはずだし、何があったのか分からなかっ た。
分からなかった?
自分の考えに違和感を感じ、彼女は記憶の糸を手繰る。身に纏わりつく冷気が一段と強くなっていることにも気付かず。
薄暗い森の中で父さんが死んでいったときも、あたしは涙を流さなかった。悲しむなと言われたから。
過去に仲間が死んだときも、レックスで同行していた青年が罠にかかって目の前で一生を終えたときも、あたしは泣かなかった。
そう、この墓標の前でも。
だけど。 だけど、何かが違う。
胸に手を当てたとき、ようやく彼女は気付く。胸の中、心の中で騒いでいる「何か」を。
頭でどうにかしようとしても出来ない。まるで子供のように聞き分けなく、駄々をこねる。それは多分、そう、きっと、昔から―――
『それはおそらくレプラコーンだろう。孤独と混乱を司る、精神の精霊だ』
カーナが今師事している半妖精の女性、”片耳の”ウェシリンが数日前に呟いた言葉。それが今、自分の中の何処かにすとんと落ちた。
そして、ようやく彼女は認める。今まで、目を背けてきたことを。
あたしは泣きたかったんだ。声をあげて、周りなんか気にせずに泣き叫びたかったんだ。
一人で生きていくために、周りに弱い部分を見せないようにするだなんて、本当はしたくなかったんだ・・・・
想いが、瞳から、溢れる。
秋風と共に流れる旋律は何時の間にか途絶え、木々のざわめきと共に枯葉が土の上を走る、その音だけが辺りを支配する。
目線を落とせば、自分の影が訪れた時よりもずっと伸びている。肌が夕焼色に染まる。
「お久しぶりです」
声は、カーナより後方から聞こえてくる。そして彼女は、声の主が誰だか知っている。
「お久しぶり、詩人さん」
彼女は涙を拭うことなく振り返る。その顔は涙でくしゃくしゃだが、拭おうともしない。
”楽師”ギル。過去に彼の旋律を聞いたのも、この共同墓地の一角だった。秋色に染まり行く街並みにはおかしいほどに目立つ色とりどりの長衣。そこには相 変わらず、調和と言う言葉は見受けられない。
木々の纏う葉の色が褐色に移り変わり、吹きすさぶ風に冬の香りが篭るようになったこと以外、光景に違いはない。しかし、カーナにとっては違う。草が、街 が、世界が、数刻前とはまるで違うように感じられる。
それは”空想”に過ぎないことだ、と気付き、少女は笑う。合わせるように詩人も微笑む。
「凄くいい曲だ。今までで一番素敵だった」
「お気に召しましたようで何よりです」
言葉の合間に銀貨が一枚宙を舞う。それは軽やかな軌跡を描き、詩人の手に収まる。
少女は思う。この銀貨は多分あたしが生きてきた中で一番重い銀貨だろうと。
「悪いね、後払いになっちゃって」
「構いません、元より今日はもう店仕舞いと決めておりました故」
共に微笑む二人。闇に染まり行く空を見上げ、少女は手を差し伸べる。
「それなら、最高の詩のお礼に一緒に食事でもどう? もちろん仕事とかは抜きで、ね」
笛を腰にしまいつつ、詩人は手を重ねる。
「一曲奏で終えたら宿に戻ろうと考えておりました。では、御一緒致しましょう」
去り行く二人の背から伸びる、長い影。その先にひとつの石碑。
”Billie 享年513年”
墓標に彫られた文字は、春先と変わらず名を示す。未だ朽ちることなく。
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