その小高い丘の 上( 2001/11/11)
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作者
未記入
登場キャラクター
一人の冒険者




その小高い丘の上は、今日も 風が吹いていた。
 私は、首都オランからほんの少し離れたところにあるこの丘の木に登って、街を眺めるのが好きだった。
 時間が許されるかぎり其処にいる事が多くて、時には日が暮れるまでそこにいたりもしていた。
 夕日が落ちる頃、赤く染まっていく大きな街並みは、自分から見てもまるで現実から切り離された空間のような気がして、夢見がちな人がその光景を目にした ら、きっと私が少々げんなりするような言葉を吐いてくれるに違いない。
 綺麗なのは見とめるが、あまりにも揶揄した表現を私は少し苦手としていて、綺麗なら綺麗と、そう簡潔に言葉を零す方が性にあっていると言うか…簡単な 話、使える言葉が頭に少なすぎるのだろう。
 ただ、言葉が多かろうと少なかろうと、その広がる景色には何らかわりがないのだから、私はあえて拘ったりはしていない。
 今私の視界を何時までも楽しませているその石造りの街も、表と裏を器用に使い分けて、今もたくさんの人々をその懐に抱いている。

 私があの街についたのは、まだ新緑が芽吹く初夏の晴れた日だった。
 酒場の息子だった私は、よく自分の店に来ていた『冒険者』という人達と仲良くさせてもらっていた。
 彼らの冒険談はまだ一つの、自分が生まれた街という狭い世界しか知らない私にとって、未知の世界を与えてくれるものだった。
 何時しか、自分もその世界におりたちたいと願うようになり、親に秘密でこっそり、店に宿を取っていた戦士に剣を習ったり、自分の知らない語学を教わった りした。
 あのころの私は、望めばなんでも出来ると信じていたに違いない。
 現実は、それほど甘いものではなかったが。
 そう、私は何かを夢見て旅に出たんだと、ふと思い出した。
 何時の間にか生きる事に必死で、仕事を得る事だけを頭にとどめ、夢なんて、そんな事すら忘れ去って……
 気がつけば、最初の頃よく来ていたこの丘にも、あまり来なくなっていた。
 これが大人になると言う事だとしたら、きっとあまりにも寂しすぎる。

 この丘を最初に気に入っていたのは、当時自分の相方だった一つ違いの『鍵』の青年だった。
 オランに留まって、何日かした頃、子供のような顔をして彼は私をここに連れてきた。

「綺麗だろ」

 にっと笑ってそれだけを彼は言った、私は何も言わず頷いて……何時までも二人眺めていたのに、今は私一人。
 彼はもういない、夏の中旬、仕事中に命を落とした。
 祖国の実家に彼の遺品を送り、私はたった一つ私が手元に残した、彼のダガーをこの丘に埋めた。
 この丘の、この木から見える景色を一番愛していたのは、彼であったから。
 今はもうこの木すら、すでに艶やかな紅葉にその身を着飾っている。

 風に乗って、唄が聞こえる。
 どこかの吟遊詩人が、練習でもしているのだろうか。



深き緑にその身を委ねて、今ひとたびお眠りなさい、そこは安らぎの場所、母なる大地の懐に

夢見るかの場を心に思い、その足で地を踏みなさい、空の月と太陽は、貴方を見守りながらも入れ替わる

時の流れに夢をはせて、流れる河に心を洗い、涙したこの日を、そのまま忘れずに、でも足枷にはせずに

暗闇にあがきもがく事をしないで、そっと手を伸ばして御覧なさい、その手を誰かが、受け止めるから

時としてその歩みを止め、時としてその足取りを振り返る、行く先に、見えぬ不安と期待に心押しつぶされそうになりながら

でも一つだけ、忘れないでいて欲しい

貴方は貴方だという事を……………………………



 つい歌に聞きこんでしまい、気がつくと空は夕日の赤と空の青が混ざり紫に、それから深い藍色へとその姿を変貌させていっていた。
 そう、日が暮れていく、オランが今日も、夜の闇に憤りと賑わい、そして安息を委ねる。
 一日が終わるのだ、そしてまた、何も変わっていない、だが確実に前までとは違う新しい日が始まる。
 誰かが何かを失い、誰かが何かを得ても、それは大きなあの石造りの街の中での、微々たる一つの光景にすぎなくて、何があろうとも日は沈み、そして昇る。
 私も同じ、そう、何かが変わっていこうとも、それは自分の中の一つの通過に過ぎないのかもしれなくて、何があろうとも自分である事にかわりはなく て……。

 夜の街の賑わいが深くなる前に宿に戻るとするかと、私は木から飛び降りた。

 この小高い丘の上、今日と変わらず明日も風が吹いている事だろう。






  


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