杖 を貰った日
( 2001/11/13)
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作者
ほっしー
登場キャラクター
ライニッツ
目の前の光景を何となく…
……別にやる気が無いわけではなく、緊張の為に視界が定まらないのだが……
…捕らえながら、自分で自分に問い掛けてみる。
果たしてこの場所この時は、現実と言えるのだろうか。
気が付いたら、部屋の寝台の上に寝ている自分を発見して、この 光景が夢であったと落胆するだけではないのか?笑えない可能性が頭をよぎる。
「では、始めよう……」
一人の、枯れ木の様な老人が宣言した。そのしわ枯れているが、良く通る声だ。虚空を漂っていた自分の意識を現実に引き戻してくれ、この光景が現実のもの であると実感できた。
「寄り道もした様だが、気にする事は無い……、ライニッツ=トラムよ」
老人の声が耳に入る。体が震えた。
落ち 着きがないと思われたくない一心で、直立不動の構えを取る。
武者震い?そんな訳は無い。 心の中で苦笑する。それくらいの余裕は出てきたのだ。
ただ感動しているというのが一番正しいだろう。
目の前に二人の老人がいる。
老人というにはやや若い一人は自分の師。言っては失礼だが、いつも見ている顔。
もう一人の老人はまさに大物であった。 師も大物ではあろうが、それ以上と言う意味で。
何しろ100を優に超える高齢であり、学院の最高責任者でもある。その老人が先ほどに続いて言葉を発す る。
「この日この刻限を持ちて、汝に賢者の学院における正魔術師の位を授け、魔術師の証たる杖を与える……」
心の中から溢れてくる物をはっきりと実感する。
自然と笑みがこぼれそうになるのを押し留めようと、顔の筋 肉を無理に引きつらせてみる。ふと目を合わせた師は、自分の顔を見て少量の苦笑を浮かべた。そんなに可笑しな顔になっているのだろうか…。緊張した顔を基 に少量の笑みを混ぜ、筋肉を引きつらせた様を想像してみる。
………確かに変かもしれない。
「今後もより一層の真理の追究に励み、更なる精進を目指すが良い」
「ライニッツ。前へ………」
老人の言葉が切れると同時に、師が前へ出るように促す。
表情のことで幾分気が散っていた為に、あわや聞き逃しそうになったが、それでも何とか反応すると、恐る恐る足を前に出す。
数歩。たった数歩進むだけなのに、こんなにも精神が消耗するのは生まれて初めての事だった。視界が何と無く歪んでいる様に思える。聞こえる音は何処か遠 くの出来事のようですらある。無我夢中に足を動かし、最高導師の前に立つ。
そして、自分の背丈ほどもある『魔術師の杖』を受け取った時、自分は、正式に学院の魔術師と認められたのである。
寝台に羽を伸ばすかの様に大きく大の字に寝転がる。寝転がりながらも、右手は杖を手放さない。樫の古木で作られた、この手の類としては最も大きなサイズの 杖は、まだ自分の手には余り馴染んでいない。しかし手放す気にはなれなかった。特に意味も無く惰性で触り続ける。嬉しさと、慣れぬ触感を楽 しむのと。
そうして一刻ほども呆けていただろうか……、ふと目をあけると、何とはなし に起き上がる。そのまま部屋を見回してみる。部屋は魔術が発動出来た三ヶ月前から、正魔術師の部屋が並ぶ階層に移っていた。
部屋が変わった事による感動は、今はもう感じることが出来ない。 杖を貰った感動と合わさったらどんな心地良かっただろうか。そんなことを考えながら部屋を見回しているうちに、机の所で目が止まった。その上にある一冊の 本に。
片手に杖を持ち、机に向 かって歩みだす。広げられたままの一冊の本を、感慨深げな……と言う表現が的確な面持ちで見つめる。目の前の本は、学院に入学した時に手渡さ れる書、いわゆる魔術書という奴である。学院の関係者はそれを、編纂した偉大なる魔術師の名を取って『マナ・ライの教本』と呼んでいた。
さわりの部分であっても、その難解さは一般的な古代書と呼ばれる書物とは一線を隔する。学院で研究者以上になるためには、初等編を読破し、理解する必 要があるのだが、そこを通過しえる魔術師ですら限られてくる。寧ろこの初級の内容を完全に理解するのに、生涯をかける輩も多々居るくらいだ。
魔術師と言うものが魔術を行使するためには、必要とされる要素が幾つか存在する。
先ずは古代語 理解力。古代語には上位、下位の二種があるが、魔術の呪文には、最も難解とされる『上位古代語』を理解する必要がある。尤も、上位古代語そのものは神がこ の世を造る際に操ったとされる魔法語であり、発音をするだけで世界に物理的影響を及ぼしてしまう危険がある。
そうならない為には、古代語の持つ意味を知らねばならない。先の教本の様に直接説明が有れば儲けもの。普通は様々な古代書をも読み解く必要があるため、古 代の日常語である下位古代語は前提で習得する必要が出てくる。
上位古代語を理解することによって、その単語を繋ぎ合わせて呪文を構築する事が出来る。この初級の魔術を構成するための『幾らか』の上位古代語 を理解するのに、見習いは数年を費やすと言うのだから。……勿論、慣れていない分、時間が掛かると言う見方も出来るけれど。
他にも、 呪文をタイミング良く発言するためのリズム感、正確に発音するための音感、呪文の準備動作を行うための適度な身のこなし。呪文発動の際、精神を搾り取られ る現象に抵抗する集中力。これらが揃って初めて魔術は発動する。
呪文が言えない、呪文のリズム・音感や動作が狂う、発動の際に精神を乱される……。これら の要素の一つでも狂うと、魔術を使うことが出来ない。
学院が魔術師として認めてくれるのは『魔術を発動させた』人間だけである。
如何に古代語を正しく理解しようと、優れた感性を持とうとも、魔術を発動させられないのならば、例え何年何十年学ぼう が見習いのままだ。魔術師になるには、魔術習得に熱心に取り 組んで最低五年。その間は報われることが殆どと言って良いほど無い。超高額の学費、「良くて五人に一人」という狭き門。認められないかも知れない環境で五 年を耐えるという事が如何に大変な事か。
だが、その分この報われぬ努力が、一転して報われた時の喜びと言うのは、他の何にも 変え難いほどのものであった。今それを実感している人間がここにいるのだから間違い無い。この昂揚感、充実感は、今までには体験した事が無 い程のものである。頑張って良かった。諦めなくて良かった……そういう感情がリフレインして心の中、頭の中を駆け巡り、段々何とも言えない感覚になっ て溢れ出しそうになる。自然と笑みがこぼれるのに、ややもして気付きハッとなる。すると何時の間にか『マナ・ライの教本』を見開きのまま両手で持ち上げよ うとしていた。そのまま惰性で持ち上げると、本の下敷きになった一枚の羊皮紙を見つけた。精緻で丁寧な筆跡でこう書いてある。
「ライニッツ様へ。 正位拝領おめでとう御座います。つきましては本日夕刻に、学院近くの『黄金色の麦』亭までご足労願えますようお願い致します。ジャク ソン様、ラシネ様、ターレス様もいらっしゃいますので是非に…… アマルダ=リエール」
差出人はアマルダと言う名の正魔術師。二十歳前後の銀髪美人の女性で、リエール導師の娘である。物腰が柔らかく何かと世話焼きな為、見習い時代から色々と 世話になっていた。言わば姉のような存在とでも言うべきか………。ジャクソン、ラシネは同期の魔術師でそれぞれ1〜2年上。共に自分より半年ほど前に正 位を拝領している。ターレスは学院勤めの研究員の一人で光の研究をしており、人為的に虹を作る事を自身の課題としている。見習いになり立ての頃に彼の語り (EP
「有る物」「無い物」参照
)を聞いて以来、何かと縁がある人間だ。
……ふと気付いて窓の外を見る。空は半ば以上赤く染まっていた。……どうやら嬉しさの余り時間の経過に気付かず、無為な時間を過ごし過ぎていたようだ。
その事にも動じず、まだ半ば呆けていると、廊下からバタバタした音が聞こえ、一人の老人が飛び込んできた。やや腰が曲がり、肩に烏が止まっている。毎度思 うのだが、走る 老人の肩に平然と止まっているとはなかなかどうしてバランス感覚に優れた烏だなぁ。そんな事を考えているうちに、老人は自分の目の前まで来ると、興奮し、 思い切り両手を伸ばして肩を叩きながら、
「ライニッツ君!!とうとう正魔術師になれたんだね!?おめでとう……。君のお師匠から聞いたよ!」
「(驚いた顔で)………ターレスさん」
正直言うと、言葉にならなかったというのが本音である。名前を言うだけで精一杯だったのだから。
『おめでとう』
普 段は物静かに話すだけのこの老研究員が、皺の浮き始めた顔に、嬉しそうな表情を浮かべながら話し掛けてくるのが見えた時、胸の奥から再び込み上げ て来るものを止める事が出来ず、涙腺は緩んで目の端から涙が少量こぼれ出た。こう言うのを『感極まって』と言うのだろう。
「ああ…その顔!!思い出すナァ……私も思えばウン10年前……杖を授かった日は感極まったものだ…………(中略)…………とと、人を待たせて長話は行け ないねぇ(笑) さ、顔を拭ったら、行きますかね。紙はもう見たんだよね?」
「(俯きながらやや裏声で)………はい」
……その日は生まれて初めて朝まで騒いだ。この思い出より感動的で印象的な出来事と言うのは、今思い返してみてもそうあるものではない。丁度16歳の誕 生日の出来事だったその日の思い出は……。
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