ナイフの行方
( 2001/11/17)
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作者
かいちょ〜文成
登場キャラクター
ジャスティア、コロム
晴れ渡る空、冬の冷気もラン ニングの最中には心地よい。
迷子にならないように街並みを常に横に置き、野を丘を森を駆け抜ける。
自分はこんなにもかけっこが好きだったのかと、コロムは驚いている。
オオカミに変身してしまう病気も、コロムの楽天的な性格にかかれば便利な力だ。
己の身を守るのに十分すぎるほどの力を持ち、愛する人もそばにいる。
これほど幸せだったことが今までにあっただろうか?
コロムはそんなことを考えながら、狼の姿のまま走り続ける。
そして、その後ろ足には、アンクレットが日の光を反射して輝いていた。
1年ほど前に請け負った仕事のとき、妖魔の巣穴に落ちていたアンクレットが自分に似合いそうだったので、仲間に言わずちゃっかり身につけていたのである。
だが、そのアンクレットには魔法が付与されており、魔術師に鑑定を依頼すれば変身のアンクレットであると判明する代物である。
しかし、そんな知識も教養も備えていないコロムにとって、魔法であるか病気であるかの区別がつくわけはなかった。
では、なぜ病気と思ったかというと、小さいときに見た絵本の影響である。
その絵本は病気で狼に変身してしまう男の話で、小さい子が見るには少し問題のある物だった。
その話がいわばトラウマのような形でコロムの心の奥にあるからこそ、コロムは自分が病気であると思いこんでいるのである。
おそらくコロムの周りの人々は彼女が病気ではないと薄々気づいているはずである。
ちなみに変身のアンクレットについては、ソードワールド短編集の『シャドーニールの影』に出ているので、そちらの方を買うか注文するかして読んでいただき たい。
『カシャン!』
青空に冷たい金属音が鳴り響いた。
その男は、全身をくまなく覆う鉄製の鎧をガシャガシャと鳴らしながら歩いている。
「まいりましたね、あともう少しなのに。」
口ひげを蓄えた青年、ビィ・f・イータはそうつぶやいた。
雲の上の街道を移動中、オランの街まであともう少しと言うところで問題は発生した。
彼は今、隊商の護衛をしている。
隊商は目的を終え、オランの街に戻ろうとしているのだが、荷車がわだちにはまって動けなくなってしまったのである。
日が暮れてしまっても強行して帰るつもりだったが、そう簡単に解決しそうもないので今夜はここで野営することとなった。
隊商のリーダーが野営の指示をだすと各々がそれぞれの仕事に取りかかる。
瞳が空色に輝いている少年は、淡い銀色の髪を揺らしながらビィの元に駆け寄ってくる。
ジャスティア・ウィンホーク。今年成人したが、元々童顔のため少し幼く見られることがよくある。
「ビィ兄ちゃん、オレ達は何する?」
「そうですね・・・とりあえずその辺を見回りながら薪でも集めましょう。」
ビィは周りを見回し、少し考えてからそう答えた。
「うん、わかった。パピィおいで!」
オラン犬のパピィはジャスティアに呼ばれてかけだし、主人を追い抜いて茂みに消えた。
今回の商談では犬であるパピィが大活躍であったが、それはまた別の話。
パピィをおってジャスティアとビィは茂みに入って行った。
小脇いっぱいに薪を集めたジャスティアの耳に、チャラチャラと言う金属音が飛び込んできた。
わずかだがその音はどこからか耳に飛び込んでくる。
注意深くその音を聞き、発信源を突き止める。
「こっちだ!」
音のする方向に茂みをかき分けていくと、ワニばさみに後ろ足を挟まれたオオカミが、何とか抜け出そうと躍起になっている。
狼はジャスティアに気がつき、うなり声をあげて威嚇する。
「怖がらないで、今助けてあげるよ。」
ジャスティアはゆっくりと手を近づけていった。
狼の威嚇は依然続いている。
それでもさらに手を近づけ、もう少しで触れる所まで来たとき狼の口が開いた。
ジャスティアの手に力がこもる。
噛まれると思ったが、狼の牙はジャスティアの肌に触れただけだった。
そして牙の代わりに手に触れたものは、舌べらだった。
「キャハハハハ、やめろよこらっ、こいつ!」
狼の首をかかえ反撃とばかりに顎をくすぐる。
意表をつく狼の行動に、一時目的を忘れた。
「そうだ、罠!」
狼の後足をワニばさみが両側から締め付けている。
ギザギザした歯が狼の足に食い込み、赤い血がしたたり落ちている。
ジャスティアは一刻も早く狼の苦痛を取り除いてやろうと、この罠の構造を観察した。
罠を観察していて、狼の後ろ足にアンクレットがついていることに気がついた。
しかし、罠の観察に集中していたため、そんなことは気にしていなかった。
よく見てみるとこの罠は簡単な構造であり、左右の金具を押すことで簡単に開く仕組みだった。
早速その金具を押してみたが、精一杯力をこめてもびくともしなかった。
あともう少しという感じはあるのだが、ジャスティア一人の力では開きそうにない。
「ダメだ、あともうちょっとなんだけど・・・ちょっとまってて、ビィ兄ちゃんを呼んでくるから!」
そういってかけだそうとしたジャスティアのズボンを狼が噛みついた。
「うわっ!・・・いてて。」
バランスを崩して転倒する。
狼がズボンの裾を噛んでいる、その目はなぜか、行かないでとすがっているように感じられた。
「オレ一人じゃ罠をはずせないから、もう一人呼びに行きたいんだ。離してくれるかな。」
すると、狼に変化が現れた。
みるみるまに体毛が消え、人間の女性の形になっていく。
その女性は変化するにつれて苦悶の表情を強めていく。
罠が足に食い込んで、傷口をえぐられているのと同じような状況になっているからだ。
狼が人間に変わるという非日常的な出来事に呆気にとられるジャスティア。
「これで呼びに行かなくてもいいわよね・・・とっても痛いの、早く助けて。」
「あ、ごめん!」
目の前に現れた裸の女性に、ジャスティアは恥ずかしさで目をそらしながらも罠に手をかけた。
一人では開けることができなかった罠も、2人でやれば難無く開けることができる。
ジャスティアは自分の上着を女性に羽織らせ、慣れない手つきで傷の手当をした。
「いたたたた・・・ありがとう、おかげで助かったわ。君の名前は?」
手当が終わるとジャスティアの手を借りて女性は立ち上がった。
「ジャスティア。ジャスティア・ウィンホークです。そう言うお姉さんの名は?」
「わたしはコ・・・そう、コスモスの妖精よ♪」
その女性はコロムと本名を名乗りそうになった。
しかし慌てて名前をごまかした。
自分の正体を知られると言うことの重要性だけはちゃんと分かっている。
ただし、『とっても大変な事になる』という曖昧な認識だ。
「・・・それって本名じゃ無いよね。」
「え、あ、え〜と、アレよ、なんだっけ?そう、通り名ってやつなのよ♪」
コロムは引きつった笑みを浮かべる。
「へぇ〜そうなんだ、ねえ、何でそう呼ばれるようになったの?」
もうこれ以上ごまかしきれないと思ったコロムはジャスティアに抱きついた。
「そんなこと気にしなくていいのよ、それよりお礼にお姉さんがいいことしてあ・げ・る♪」
耳元でささやきながら、ジャスティアが身につけていたナイフをそっと抜き取る。
裸の女性に抱きつかれると言う、かつて無い非常事態に、ジャスティアの頭の中はどうしていいのかわからずパニックをおこしていた。
もちろん、自分のナイフが抜き取られていることに気がつく余裕など無い。
「さあ、気をらくにして・・・」
ジャスティアの耳に息を吹きかけながら、ナイフを振り上げる。
「ヴァウワウ!!」
突如横の茂みを突き抜けて来たオラン犬は、ナイフをもっている手に噛みついた。
「キャー!!」
握っていたナイフを落とし、オラン犬と一緒に転がるコロム。
「こらパピィ、やめろ!!なにやってんだ!」
パピィは主人の命令で噛むことはやめたが、主人の前に立ちうなり声をあげてコロムを牽制している。
「こら!やめろって言ってるだろ。ごめんなさい、いつもはもっといい子なんだけど・・・」
ジャスティアはパピィを抱きしめて、気を静めようとしている。
「・・・いいよ、許してあげる。その代わり、このことはわたしたちだけの秘密よ♪」
後ずさりながらコロムは、口元で人差し指を立てウィンクする。
「うん、わかった!このことは誰にも言わないよ。」
「約束よ。それじゃ、わたし帰るけどその犬しっかり捕まえててよ。」
そう言うと女性は足を引きずりながら、茂みの奥に姿を消した。
ジャスティアは追いかけようとしたが、男性の声によって引き留められた。
「パピィ〜〜、あ、ジャスティア君、一体何があったんですか?」
金属音を鳴り響かせならがらビィが茂みをかき分けてきた。
ビィはその場の状況から、すぐさまジャスティアの身を心配した。
「罠にかかってた人を助けたんだ。でもその人と約束したから、これ以上は言えない。ごめんなさい。」
「怪我はないですか?」
「うん。」
ジャスティアの無事を確認できたビィの顔に笑みがこぼれる。
「では戻りましょう。」
「ちょっとまって!その人怪我をしてるんだ、追いかけなきゃ。」
すぐにでも駆け出しそうなジャスティアを止めるビィ。
「もうすぐ日が沈むのに追いかけるなんて無謀ですよ。それに街が近いからと言って何が出るか分かりませんからね。」
「だったらなおさら助けに行かなきゃ!あの人何も武器を持っていないんだ。」
ジャスティアはその女性が丸腰であることを思い出した。
ついでに彼女の裸も思いだし顔を赤く染める。
ビィは一瞬難色の表情を見せたが、怪我をしている人が無防備でうろついていることと、ジャスティアの望みはなるべくかなえてやりたいという気持ちから次の 行動を決めた。
「わかりました。探しに行きましょう。とりあえずどっちに行きましたか?」
ビィを説得できたと分かるやいなや、ジャスティアはパピィに声をかけ走り出した。
完全に出遅れたビィは慌てて走りはじめたが、5・6歩走ったところで不意に足下の地面が無くなる感覚に襲われた。
落ち葉に隠れていた30センチ角ぐらいの穴に足を踏み入れ、スネを強打する。
鎧を身にまとっていても痛い物はいたい。
あまりに酷い痛みのためビィはそのまま倒れこみ、失神してしまった。
「ビィ兄ちゃん!」
ジャスティアは後ろで転倒しているビィに気がつき、パピィを呼び止め引き返した。
呼びかけても揺すっても起きる気配のないビィを置いて行くわけにも行かず、ジャスティアは女性の追跡を断念した。
そしてジャスティアは、完全武装で死ぬほど重いビィを引きずり、なんとか隊商に合流した。
その後もジャスティアは、女性のことが気がかりでしょうがなかったが、そうするしかなかったと自分に言い聞かせて納得しようとした。
後日、罠を回収しに来た猟師は、30センチ角の穴の中に文字らしき物が彫られている事に気がついた。
そして猟師は獲物を捕獲することはできなかったが、このネタのおかげでしばらくは酒代に困ることは無かったという。
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