さよなら三角( 2001/11/20)
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作者
タルノ
登場キャラクター
ナビ、フォーレン




郵便配達夫のナビは、午睡す る秋の気配の中、町の風景を横切り、今日の仕事を終わらせようとするところだ。
草原妖精の同族たちの中でも、まだ年幼い彼は、服の長すぎる袖を途中から折り曲げ、水っ洟を垂らしたいつもの格好で歩いていく。出かける時は厚着をするの に、気付かないところの生活態度に問題があるらしく、慢性的な鼻風邪は治りそうもない。
やがて、風花亭にたどりつき、彼は入店する。
店に入るとまず花の匂いが鼻孔をつんと刺激する。入り口とは正面の方向にカウンターがある。この距離からでは、草原妖精で背丈の小さい彼にも、この店の主 人が銀杏を剥いているところや、その背後の硝子戸に収められた幾つかの楽器が見て取れた。
てくてく、作業に没頭している主人に近づく。
「おっちゃん、こんにちわ。これいつものお届けもんだべ」
丸めて綴じられた羊皮紙を、ポンとカウンターの上に置いた。
「おお、ナビか。ご苦労さん。そうか、もうそんな時間になるんだな」
「うん、さっき四つの鐘が鳴ってたよ。んじゃこれに、ミトメお願い」
風花亭の主人であるフォーレンは頷き、宿帳に挟まれたペンを引き抜いて、配達票に自分の名前を書き付けた。
ナビは伝票をズボンに突っ込むと、大きく伸びをした。

「終ーわった。これで、おらも自由ねジューネのオンモラキ。遊びにいけるもん」
「仕事の後すぐにそれかい、元気だな」
「あれ、カトちゃんぺは?」
「カトリーヌならお使いに行かせてるよ」
「な〜んや、誘おう思ったに」
「すまんかったね」
「おーまいがっと、オーガのため息おやじのイビキ」
「わっはっは」
少しつぼにはまって、フォーレン氏は笑った。
「ま、くさらんでくれ。銀杏でも、持って帰らんかね」
「蟻が鯛なら蜥蜴はドラゴンだもん」
フォーレンは、身のむき終わった銀杏の山の中から両手で一掬いすると、ナビの前に出す。
首を曲げてお辞儀して、草原妖精はズボンの隠しにそれを押し込んだ。一つ口にも入れてみる。
「あ、やっぱちょっち苦いべさ〜」
「炒るか茹でるかした方がいいねえ」

「したっけ、おっちゃん、そろそろおらいってくるーだ。またこんど」
「うん、それじゃまたな」
「あ、そうだべ、一つ、話を言い忘れとった」
扉口に向かおうとして、くるりと振り向きつつ、彼は言う。
「ここへ来る途中、すずかけ通りの井戸の前なぁ、でっかいウンコがあったべ。また、なまら大きさだったもん、いままで見たことのないよぅな。匂いもす げぇ」
「本当かね。それで、触ることはできたのかい」
「あたりき車力、けつの穴ブリキだべ。おら勇気アルタード四世もん、突つき棒も使わんよ。ウンコマスターになるのは、兵隊の位でいうと千人長ぐらい勇気い ることやて、おっちゃん言ってたけんど」
「まあなぁ」
「あれ、色と匂いからすれば牛のやけんど、なんまら大きさだったなぁ」、
「もしかしたら…怪物のものかな。大きな牛のモンスター」
「そんなんがいるだべ?」
「伝え聞いたところじゃ、一つ目の牛でフンババという恐ろしい化け物がいるらしい。そうだな、まずあれに間違いない」
「なんか、はんかくさぁもーん。なんでわかるん」
長袖を振って疑義を呈するナビ。
「ぴんとこないかね。まあ、無理ないな。決め手は、名前だよ。今は失われた森の氏族の言葉での、単語の意味を教えてあげよう」


「って、ええーーーーー!!」
パァー、と草原妖精の顔が、知識を得た時の驚きと喜びに輝く。水洟が振り子に揺れる。
それをすすりあげ、息を吸い込むと、大声で叫び始めた。
「フーンババ! フーンババ!」「フーンババ! フーンババ!」
そのうち周囲で黙って茶を飲んだり、談笑に耽っていた者たちまでも、拳をあげて声を合わせはじめる。
「フーン、ババ! フーン、ババ!
「フーン、ババ! フーン、ババ!」
大歓呼が店内を満たした。

ひとくさりの唱和のあと、遅れて起こる、朗らかな笑い声。
「おもろ、おもろの大チャ・ザ夏祭りぃ〜、あはは、あははっ」
風花亭の主人は、口もとを綻ばせながら目を手元に落とし、銀杏を剥いている。
しかし喉が渇いたのか、お客からの注文が相次ぎ、中断させられた。

「したらな、おっちゃん、おらいくわ」
「ああ、気をつけてな」
「さよなら三角」
「──また来て四角」






  


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