プロミジーの戦 士( 2001/11/22)
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作者
Maki
登場キャラクター
シャルル・ヴェラー、フェリクス




「ああ、この詩です。わぁ 〜、懐かしいです〜」
  エルフ訛の抜けない共通語を口にしながら、特徴的な瞳を輝かせたのはシャルル・ヴェラーであった。エルフにしては小柄な体格をしているためか、背負う古ぼ けたリュートが一層大きく見える。垂れ下がってくる淡い金髪の前髪を何度もかき上げて、彼は朗らかな笑みを浮かべている。服装には関心がないのか、あちこ ち解れやすり切れて、どこかしら埃っぽさを感じさせる。清潔感の高いものなら思わず眉をひそめてしまうであろう。
 そんな森の妖精を前にして、こちらも元気のよい通る声を出しているのはフェリクスという名のどこにでもいそうな風貌の青年である。

「おお、あなたは知っているのですかっ!」
 わざわざ席から立ち、自分の嬉しい驚きを両手を広げて体現するあたりは、かなり珍しいタイプの人といえる。一言一言、大仰であり、全身を使ってコミュニ ケーションしてくる彼の口調はどこか憎めないものがあった。
 くせっ毛の黒髪を揺らして、奥二重と彫りの深い顔を崩して笑顔を振りまく。
 彼の目の前には古ぼけたノートが一つ、開かれてあった。
 フェリクスはそのノートの持ち主を捜していた。そんなある日、西部の街で出会ったエルフと再会したのだ。その彼が、捜すべく彼女の詩のことを知っていた のであった。

「随分前になるかと思いますが・・・」
  シャルルは記憶の糸をたぐり寄せているのか、視線を天上に向けてしばらく考え込んだ。エルフの口から随分などという形容詞が使われるとはいったいどれほど 前かと思えばなんてことはない。2年くらいしか経っていなかった。このエルフ、大層長いこと人間界に出てきているようで、感覚というものが随分感化されて しまっているようだ。しかし、それでもエルフはエルフ、ときどき人間とは違う見当違いな発言をすることもある。

「冬の寒い日だったと思います。こう、わたしが温かなスープをいただいていたときにですね・・・」
 そう言って、シャルルは懐かしむような表情を見せて語り始めた。

 そこはベルダインという西部諸国のうちでも特に近代化が進んでいる国であった。
 大津波により、旧市街が壊滅的打撃を受けた後、完全なる計画の元に再建されたお陰で、西部諸国随一の美を誇れるものである。
 しかし、その美しき景観を余所にシャルルは旧市街の古ぼけた酒場に足を運んでいた。
 彼は、人一倍、エルフとは思えないほどの好奇心を持ち合わせていたからだ。それも、“話を聞く”ことがなにより好きであったために、ベルダインでは新市 街より、旧市街の方が彼の好みに合う話が聞けるのであった。

 今日は、昨日と違った店を選び、港近くの看板が取れかかった“潮風”亭を選んだ。
 寒さにやられたあかぎれた手をさすりながら中に入ると、蒸せるような匂いが彼の敏感な鼻を刺激した。一瞬吐き気のような感覚に襲われるが、すぐに慣れて 入り口近くの席に座る。椅子の足のバランスが悪いのか、座る位置によってカタカタと揺れる。
 無愛想な店員が注文を取りに来たので体を温めるためにも、熱いスープと腹を満たすパンを頼んだ。

  外は海風が吹きつけ、取れそうな看板はカンカンと鳴らしている。建て付けの悪くなった窓の隙間からは冷気が入り込み、シャルルの体温の回復を阻んでいた。 満席に近い店内のこの一角だけが空いているのも今になって判った彼だが、面倒と感じたのかそのまま襟を立て、スープが届くのを待った。

 氷乙女の息吹を足下に感じながら、店内を見回すと船乗りの体格をした人たちが何か集まって騒いでいるのが目についた。
 好奇心に駆られたシャルルであったが、ちょうどそのとき食事が運ばれてきたので浮き上がった腰を下ろした。草原妖精でなくともその意志を感じ取れるであ ろう腹の虫の訴えを受け入れ、スープに手をつけた。パンが古く、カビ臭いのが気になったがそんなことはもう慣れていた。

 スープを平らげ、パンも半分ほどいただいたところで腹の虫の訴えは治まりをみせ気持ちに余裕がでてきた。先ほどの騒ぎに再び目を向けると、髪の長い女性 が歌い場に引きずり出されるところであった。
 それがシャルルがはじめて見る彼女の姿であった。

 身長はシャルルとと差はなく、腰まである長くウェーブがかかった黒髪に黒い瞳、虚ろな目つきが何やら禍々しさを感じさせた。
 衣服は、元々は白であったと思われるが汚れが酷く、あちこち継ぎ接ぎした後が見られ、まるで墓場を掘り返して死体から衣服をはぎ取ってきたというような 表現が似つかわしい。

 吟遊詩人を名乗って数十年経過しているシャルルであっても、その姿は人とは思えぬものであった。その衝撃たるや、彼がはじめて森に訪れた人間の吟遊詩人 の歌を聴いたときのそれに匹敵するものであった。

 それというのも、その彼女がアカペラで歌い始めてからでもあった。
 席が離れているために詳しい状況やいきさつなどは伺い知ることはできなかったが、船乗りたちに突き出されて、歌わなければ事が治まらない状況になってい たようだ。
 明らかに船乗りたちの機嫌は悪く、どこかしら彼女を馬鹿にしている、そんな表情が読みとれた。

 暗く、沈んだ彼女の表情とは裏腹に、声は店内に響いた。声量は確かであった。しかし、その声色は姿に似つかわしく、低くテノールの効いたものであった。








  


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