タイデルの神官( 2001/11/23)
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作者
Maki
登場キャラクター
ロエティシア、フェリクス




日中でも日が当たらなければ ほんのり肌寒い。街路樹の葉は彩りを豊かにして、通り行く人の目を楽しませている。石畳の上にはすでに散り落ちた枯れ葉が敷き詰められており、店の従業員 が仕事の合間をみてかき集めているのが見受けられる。
 そんなのどかな昼下がり、オランの中心部に近い噴水通りで落ち葉の感触を楽しんでいる者がいた。

  履き慣れた膝まであるブーツで、カサリ、カサリと一歩ずつゆっくり歩を進めるのは、ロエティシアという名の森の妖精族であった。身長は少女という形容が当 てはまるように低く、一見かわいらしさ、幼さを感じさせる。透き通るような淡く薄い金色の髪をストレートに降ろし、宝石のエメラルドのように吸い込まれる ような緑をした瞳。その目を見ればかわいいとは言えぬ、稟とした確たる意志を持つ者だと伺い知れる。外見とは裏腹に長い歴史の移り変わりを見届けてきた者 の目であった。手には外気に当てられぬよう布で愛用のリュートを包み持ち、ゆったりした衣服の緑が紅葉した木々と対照的であった。

 この 街に辿り着いてからというもの、彼女は“風花”亭という歌い手、演奏家たちが集う酒場で歌を披露しているのが日課になっている。遠く西の国の方では、“橋 を架ける”の二つ名で知られた彼女であったが、ここオランではその異名を知る者や、謂われを記憶している者は少ない。森を出てから随分と月日が経つが、尽 き果てることのない時間を持つ者にとっては、人ほど技術や洗練することへの執着が薄いようで、未だにその腕前はオランの街に轟くことはなかった。それで も、彼女の歌声を聞きに毎夜足を運ぶ者がいるのも確かなことである。

 ふと急に風が彼女を取り巻いた。ほんの一瞬、風の精霊が枯れ葉を巻き上げて踊りを披露し、消えた。
「もう冬になるのか」
 氷乙女の息吹が風に含まれているのを感じ取ったのか、ロエティシアは高くなった空を見上げ呟いた。
 薄いすじ雲を目で追い、視線を下げていくとその先にラーダ神殿の丘が目に入る。先ほど時を告げる鐘が鳴らされていたところだ。
 “街”や“国”といった組織的な集合体を作り上げる人間の力には、驚かされる反面、危うさも感じる。何度となくそんな思いにかられたことがあるが、自分 一人でどうとなるものでもなく、考えるのをやめる。
 気がつけば、先ほどの風で裾襟を締めた者たちの行き交う足が速まったように思える。
(そろそろ、馴染みの店にでも出向くか)
 そう思うと同時に昼食も取らずにいたことを思い出す。見上げていた視線を落とすと自分の足に張り付いているものに気がついた。
 一見して羊皮紙であると判る。先ほどの風乙女が運んできたのだろうと思い、手に取ってみる。羊皮紙とはいえ、こういうものが風に飛ばされてくるのは珍し いことだ。いったい何が書かれているのだろうと好奇心を沸き立たせ、それを広げて見る。

「詩……だな」
 それは誰かが書き留めた詩であった。詩の内容に似つかわしく字は振るえていた。この文字からも心情が伝わってくるようである。
「これはコードか?」
 詩のところどころには演奏用のコード進行が記されてあり、伴奏もできるように作られていた。俄然興味が沸いてくるロエティシアであった。
 詩の内容は、経験豊かな彼女にとっても驚くものであり、とてもではないが作れる類のものではなかった。逆に言えば、自分では生み出せないからこそ、その 歌を歌ってみたいという興味も沸いてくる。

 羊皮紙を片手に辺りを見回し、落とし主はいないかと捜してみる。
 噴水の前でもあり人はまばらである。昼時からは時間が経っており、日が沈むのはまだ幾分か時間ある。ベンチでは編み物をするお婆さんがいて、その前では 落ち葉を手にして遊ぶ孫の姿が微笑ましく目に映る。特に何かを捜そうとする人の姿は見受けられなかった。
 落とし主が見つからぬ以上、少しの間拝借しても構わないであろうという考えが働く。 

 このまま、“風花”亭に赴き、この曲を奏でてみるというのも一つの手ではあったが、あの場所に行っては練習はできない。新しい曲をせがまれたりするのが 容易に想像ができる。
 傍らには空いているベンチが目に入る。手に持つ詩に目をやり、再びベンチを見る。確認するように日の位置を見上げるが色の精霊が空を染めるにはまだ時間 がありそうであった。

 するりと肩に掛けた紐を外し、小振りのリュートを布から取り出す。足下の落ち葉の中から手頃な小石を見つけ出し、紙の重しにする。深く腰を降ろすと、ひ んやりと木の冷たさが彼女の小さなお尻に伝わるが、すぐ気にならなくなる。
 羊皮紙に視線を落としつつ、手では調律をはじめている。緩めた弦を張り、5弦と6弦、5弦と4弦、3弦と音を合わせていく。
  懐深い柔らかな音が彼女の耳に心地よく響いてくる。何度聞いてもよい音である。すっかり外観は古ぼけてしまったが、音質は変わっていない。いや、それより も歳を重ねるごとにより高音が澄み渡る音を出しているように感じる。これだから手放せない。よりいっそう愛したいと思う。

「全てマイナーとはな」
 コードは最後に至るまでマイナーで設定されており、曲調を弾く前からどんなものか伝えてくれている。
  風が出てきたためか、弦を弾く指が冷たい。二、三度手を握って指の動きを確認してから一通りコードを鳴らしてみる。コードが載っているからといってリズム が判るわけではない。一度も耳にしたことのない曲を再現することなどはなかなかできるものではない。もう一度、考えながら弾いてみる。詩の内容を考え、こ の者の心情を推察して弾く。
「こんな具合か?」
 独り言を呟きつつ、コードに合わせて一弦ずつ指で弾く。ストロークを止め、アルペジオを 試してみる。こちらの方が静かで落ち着きのある雰囲気を与えてくれる。確かに詩の内容からすればアルペジオの方が適していると思える。一通りそれで弾いて みると、今度はだいぶん納得ができた。既に頭の中では歌詞をつけている。しかし、完全には納得できていない。このコードでは自分の求めるリズムには至らな いのだ。それはこのコードがいささか単調過ぎるのではないかと思えたからである。それならば端々にミュートなどを織り交ぜ、音を足すアレンジを加えてみ る。
 ようやく満足できる音が得られた。

 歌う前になり、さしものロエティシアも緊張してくる。絶対的な負の感情、聞く者全てを暗闇に引きずり込んでいくような強さを持たなければならない。そう やって歌わなければ、この詩を書いた者に悪い気がしたからだ。
 辺りを確認して、近くに人がいないことをするとなぜか安心してしまう。いくら練習であるとしてもこのような歌をいきなり人に聞かせるのは忍びない。
「まったく面白いものに出合ったものだな」
 そうは口にしているものの、表情に笑みはない。
 息を大きく吐き、秋の終わりの空気を吸い込む。
 静かにリュートの音色が流れはじめる。









  


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