ラバンに向かう 狩人
( 2001/11/25)
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作者
Maki
登場キャラクター
レノマ
北の空から渡り鳥がやってく る時季になり一月あまり。夕映えに黒い影が、楔形の隊列を整え飛んでいくのも珍しくなくなった。
北風は日が沈むと共に強くなり、今晩は外に出るのをためらいたくなる様相を見せている。そんな寒空の中、外套の胸元を手で押さえて歩く男がいた。目的を 持って向かいはじめたわけではないが、寒いからという理由でいまさら宿に戻る気もしない。
男の名をレノマという。
年齢は外見からでは30前後ではないかと思わせる。口ひげが特徴的であり、正確な年齢を不明にしていた。髪は肩まである濃い金色で、暗い筋が幾本も混ざっ ている。端正な顔立ちではあるが、その優しげな目が彼の印象をよくしていた。彼は森妖精と人との間に生を受けており、耳にその特徴が現れている。実際の年 齢はもっと上であるのだが、あまり歳の話をしたがらないためか彼の本当の年齢を知る者は少ない。もっとも森妖精の血が含まれているとなれば、外見では年齢 の判断はできないのだが、一見してそれと判断できる材料である耳が髪に隠れているためか、彼は人として扱われることが多い。そのため外見通り30前後の扱 いを受ける。それも口ひげのお陰であるかもしれない。
使い込まれた布地に包まれたものを大切そうに持ち、足早に目的地へと向かう。包みは形状からして楽器、リュートであることは伺い知れる。彼もまた詩人の 一人であった。
彼が目指すのは、エイトサークル城に面している新しい楽器屋である。冒険者の店の主人からその存在を教えてもらってからというもの、暇を見つけては足を運 ぶようになっていた。冒険者の店の主人は、弾けもしない楽器を収集するという趣味を持ち合わせており、珍しい古代の弦を売ってもらった過去がある。その弦 は古いものであったが、音色に遜色はなく、むしろ今まで以上の音を奏でるようになった。もちろんそれと引き替えに弦にしては高い値を要求されたが、惜しく はない買い物だったと思える。
精霊使いでない彼には風乙女の声は聞こえぬが、弦を張り替えてからというもの、風乙女がよりいっそう語り かけてくれているような気がしてならない。そんな心地よい弦を売ってくれた主人の紹介する店であるだけに、訪れた楽器屋は頷けるものであった。レノマは、 一度訪れればその店のよさを正確に伝えることができると、思っていた。世間の風評がそれを邪魔してはいたが。
日も沈み、空の色が薄紫から紺色へと移り変わる。通りの店先には、ランタンを灯す人の影。遊びに夢中になって時の過ぎ去るのを忘れていたのか、子供たち が家路を急いで駆けていく。目を向けると城門前の門番の傍らにも篝火が設けられていた。
目的の店の名は楽器屋“オースティの弓”であり、近衛宿舎を通りの向こうに控えた狭い角地であった。建物は三階建てとなっているが、その敷地面積は僅かし かなく、部屋も各階に一つずつしかない。一、二階が店であり、三階が住居として使われていた。岩妖精が集まって作られたこともあり、作りはしっかりしてい た。そこかしこに岩妖精特有の気遣いが施され居住性も申し分はなかった。とある貴族の頼みでこの地に店を開くことになったが、当の貴族は跡目争いに敗れ、 田舎へと飛ばされて今は訪れることはない。一等地に店を構えたお陰か、近隣に住まう貴族が足を運ぶようになり、店の売り上げについては心配はいらないよう になっていた。
ただ主人が気にするのは、客が貴族ばかりであることであった。高圧的で金に物をいわせる態度などは彼に言わせれば痰に して吐き捨ててやりたいというくらい嫌なものだ。しかし、この地に店を開き続けるには家賃を納入しなければならず、その売り上げに貢献してくれるのは嫌う べく貴族であった。
そのため、一般客であるレノマのような人たちはとんと訪れることはなく、訪れても居合わせた貴族が無下に追い返したりしてしまうため、世間の評判は決し ていいとは言えなかった。
レノマはその店の扉の前に立ち、そうっと中を伺い見る。嫌な貴族がいては何を言われるか判ったものではない。仮に自分が半妖精であることがバレようもの ならその扱いは目に見えている。しかし明かりの漏れる扉の向こうでは主人しかいない様子であった。
彼は安心して扉を押し開けた。
「ちょうど茶にするところだったけ〜。一緒にどうじゃ?」
レノマの姿を見て、店の主人であるオースティが声をかける。親しみの持てるその丸い顔には幾本もの皺が刻まれており、胸元まで伸びた白い髭が印象的であ る。岩妖精である彼は太く大きな手で茶を煎れはじめていた。
レノマは暖炉にくべられた火が瞳に入り、少しの間オースティの姿を確認することはできなかった。それでも慣れた店内、修理中の楽器などを避け、薦められた 椅子へと向かう。店の名前に弓と入っているだけに、ビオールやフィドルといったものが所狭しと飾られている。もちろんリュートやハープといった楽器もあ る。
熱く煎れられた茶が冷めた体を温めてくれる。岩妖精が好む分厚いカップをテーブルに戻し、大きく息を吐いた。レノマの寒さでこわばっていた顔から笑みが こぼれた。
店内には他に客はいなく、主人の話では今し方貴族の客が帰ったばかりだという。
「日も暮れたことじゃけ〜、もう来〜へんじゃろ」
扉の方に一瞥をくれ、茶をすする。
「今日はどんな難癖をつけられたのですか?」
別段用事があって来たわけではない。それは主人も承知していた。暇をもてあましている連中がこうして無駄話に来ることは珍しいことではない。もちろん、 そうしたことができる店というのは本当に居心地のよい、その客にとって居場所を提供してくれることの証である。
「そうじゃの〜、仕入れたばっかの譜面をごーっそり持っていかれたけ〜」
面白くなさそうに吐き捨てる。かなり強引に買い取っていったことが彼の顔を見て判る。
「ああ、そうじゃった。一つ残っていたっけな〜」
そういって立ち上がると、棚から譜面を取り出してきた。
古いのか、扱いが悪かったのかよれよれになった羊皮紙に譜面と詩が綴られていた。
興味を引かれてレノマは席を立ち、それを受け取る。
「あ〜、あかん、こいつは詩が悪かったけ〜売れんかった」
主人が首を振ってそれを渡すと椅子に深く座った。チリチリと薪の爆ぜる音と揺らめく炎が、主人の不機嫌を言い表しているかのようであった。
「なかなか面白そうな詩ですね。ユーモラスでもあ(るし)……」
そこまで口にしたレノマはその続きが言えなかった。後半部分がいただけなかったのだ。
詩である以上、物語を伝えたりすることは大事であり、それがどのような結末であっても事実を伝えるものなら価値はあるはずであった。
しかし、この詩にはそれでもためらわざるを得ないものを感じてしまう。貴族が買い取っていかなかったのは頷ける。これを貴族の誰に聞かせて喜ぶのであろ う。
「これはどこから?」
仕入先を聞こうとして、その詩のタイトルに西の辺境国が記されてあるのを見つけた。慌てて主人の言葉を制する。
吟遊詩人の中には、作った曲を譜面に起こして模写をし、行商に売ることがある。特に大陸を横断するような長距離を移動する商隊に売られることが多く、遠 い異国の詩を知れるとあって創作疲れした歌い手や、異国情緒を知りたがる貴族たちの間で買われていた。
これもそんなものの一つであろうと思えた。彼は、売りに出した歌い手の顔を見てみたいと素直な好奇心から思った。
「弾いてみてよいですか?」
魔が差した、と後になって彼は思うことになる。
「やめとけ〜」
彼の顔を見もせずに、オースティはテーブルの上に用意した菓子をつまむと、口に放り込んだ。小麦粉とクルミ、甘味を混ぜて焼かれたそれは甘く口の中に広が る。貴族の子供が焼いてきてくれたものだ。親はともかくその娘は主人のお気に入りであった。満足のいく味に頬をたるませていたが、何も言えずにいるレノマ に気がつき、
「物好きじゃの〜。好きにせい」
と、ほっほっほっと笑って許した。
レノマは礼を述べると、自分の愛用のリュートを早速取り出した。
使い込まれたリュートは他のものと違い、弦の数が多かった。リュートは時代によってさまざまな形が作られ、多いときでは20本もの弦を張るものもあった。 彼のリュートは1本の高音を出すシャントゥレル(単弦)と6対の複弦が張られるている13本のものであった。側板には装飾彫りが施されており手に心地よい 感触を与えてくれる。柔らかな凹凸を掌で楽しみつつ、席に座る。
リュートに施されている装飾彫りに負けぬ劣らぬ見事な彫りが、レノマの座る椅子にも見られた。こちらはオースティの手によるものである。楽器を売るだけ でなく、作る技術も長けた岩妖精であった。
ガラス細工を扱うような手つきで弦を押さえ、調律を済ませていく。丁寧だが早い。満足する音が得られるようになると、譜面を読みとっていく。リュート用 に書かれてある譜面であるため、弾くのは容易い。
軽く練習を済ませ、茶を一口飲むとジャラ〜ンとリュートを鳴らした後に歌い始めた。彼の声は柔らかさがあり、聞く者の気持ちを安らげる温もりを秘めてい た。その歌声が店内に響き渡る。
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