暗く臭い穴の底 で
( 2001/11/25)
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作者
三月兎
登場キャラクター
“形見屋”ブーレイ、アンクランス、グレアム
・コール、ララ、ヨハン、ミュレーン
※※※ このエピソードは宿 帳「地下墓地」の続きです ※※※
落とし穴は思った以上に深かった。しかもご丁寧に、底には1mほどの長さの太い鉄串まではえてやがった。
そして、その鉄串には、あきらかに最近のものとわかる死体が2体、突き刺さっていた。
確認するまでもなく、『駆け登る者達』のうちの2人。装備品から見るに、“杖”と“鍵”の2人だろう。
幸い、鉄串のはえている間隔はわりと広く、底に降り立つには十分だったので、俺は思いきって下まで降りてみることにした。どっちにしろ、連中の形見を回 収するには、ぶら下がったままではやりにくいからだ。
鉄串の林をかいくぐるように、俺はまず、“鍵”の方に近寄ってみた。腐敗もかなり進行していたため、たいしたことは分からなかったが、じっくりと観察して いるうちに、妙なことに気が付いた。こいつの右手に握られた剣の刀身にべったりと血の跡がついていたことだ。こいつ自身の血かとも思ったが、体よりも手の 方が上に来るような状態で鉄串に突き刺さっているので、それは考えにくいだろう。
乾ききった骸骨くれぇしかいないこの地下墓地で、刀身に血がつく……。
……一つの予想が、俺に大きな溜息をつかせた。
「ちっ……つまらねぇ仕事になりそうだぜ」
俺は頭に浮かんだ予想が正しいかどうかを確認するために、“杖”の方の死体も見に行くことにした。そして、そいつの死体を調べると、思っていたとおりの ものがあった。
背中に、肩から脇腹にかけてざっくりと切り裂かれた傷跡。穴に落ちて鉄串に刺さってできるような類の傷ではない。それはあきらかに刀傷だった。
死臭意外の理由で、吐き気がこみ上げてくる思いだった。
……『仲間割れ』
新米パーティーや即席パーティーに、希に起こることだ。予想以上に高価な宝にありつけたとき。逆に、予想以上に宝が少なかったとき……そいつは、そっと 醜い姿を頭の隅に現してくる。
『このまま宝を持ち帰って、皆でわけても年単位で遊んで暮らせるだろう。だが、このお宝を俺が独り占めできたら?』
『この遺跡に宝を手に入れるために多大な借金を背負ったのに、たったこれだけの宝では、頭割りしたら借金すら返済できないか……』
周りの連中は、宝が見つかったことで油断しきっている。共に危険をかいくぐってきたが、昔からの仲間と言うわけでもない。それに、こんな遺跡の中じゃ、 ここに来るまでに死んでいてもなんら不思議ではなかっただろう。
『見ている者は誰もいない……』
『黙っていれば誰にも分からない……』
そんな、悪魔か邪神の囁きに背中を押された奴らが到達する、糞みてぇな考え。
おそらく、この“鍵”が、その考えにたどりついちまったんだろう。『駆け登る者達』はつい最近結成されたパーティーだったし、“風上の”ネイから得た情報 の中に、『駆け登る者達』の“鍵”が多くの借金を背負っていたというのもあった。結成されてから2、3度、遺跡にもチャレンジしたらしいが、どれも空振り に終わったという。
大方、油断していた残りの“剣”と“霊”を斬り殺し、逃げ出した“杖”を追いかけ、背後から斬りかかったまでは良かったが、それに気を取られたためこの 落とし穴に……と言ったところだろう。
反吐が出そうだった……。
だが、最低の野郎だからといって、こいつの形見を持って帰らないわけにはいかなかった。なにせ今回の依頼主は、この“鍵”の妻だからだ。病弱なため痩せて いて、お世辞にも美人とは言えねぇ女だったが、夫の帰りを信じている……いや、信じようとしている目をしていた。『私の病気を治そうと、足を洗った盗賊家 業に再び手を出したんです』。そんな事も言ってやがった。
…………まったく……反吐が出そうだった……。
気を取り直して、俺は 指定されていた形見を探し始めた。“鍵”の短剣と、“杖”の指輪。それらを無事回収したあと、連中の背負い袋やポーチを物色する。何枚かの金貨と、まっさ らの魔晶石。それに、柔らかい布に厳重に包まれたでかいダイヤ。おそらくこれが、今回のお宝だったんだろう。
俺はそれらを袋に詰めると上に登ろうと、ロープに手をかけた。だが、そこで一つ仕事をし忘れていることを思い出した。
俺は再び、“鍵”の死体の前に行くと、懐から、一枚の白い絹のハンカチを取り出し、だらりと垂れ下がった“鍵”の左手に握らせてやった。こいつの妻から、 万が一、夫が死んでいたら、その遺体に渡して欲しいといって預かっていたものだ。この“鍵”が初めて妻に送った思い出の品なのだそうだ。
もうや り残した仕事がないことを確認し、再びロープの垂れ下がった場所に戻る。背負った袋の紐がしっかりと結わえられているのを確認し、ロープに手をかける。上 に戻って、あとの2人の形見を回収すれば、この仕事も終わりだ。そう、自分に言い聞かせ、とっとと上に上がろうと壁に足をかけようとした。だが、もう限界 だった。
どうにも我慢ができなかった。無視しようと努力していたが、それはとうとう、無視できないほど俺の中で大きくなってしまった。
俺は振り返ると、再度、“鍵”の遺体の前に駆け寄っていった。
そして、そいつの、もはやほとんど白い骨が露出した、朽ち果てた顔に向かって指を突きつけながら、わき上がってくる無視できないもの……『怒り』をぶつ けてやった。
「これがてめぇの望んだ結末か? あぁ?
女を残し、裏の世界に舞い戻り、危険を重ねて、あげく仲間を裏切って……こんな暗く臭ぇ穴の底で朽ち果てるのが、てめぇの望んだ結末かよ?
お前の妻はな。イヤらしい豚みてぇな貴族の愛人に身を落とすまでして、今回の依頼をしてきたんだ。こんな結末を、てめぇは望んでいたっていうのかよっ?
てめぇにどんな事情があったか……何を考え、何を感じ、どう行動したか、そんなことは知ったこっちゃねぇがな。……なんでもう少し考えなかったっ。てめぇ に本当に必要だったものを、てめぇを本当に必要としていたものを。それは決して、こんなちっぽけなダイヤなんかじゃなかったはずだ。なぜ、それを考えよう としなかったんだ?
馬鹿だよ、てめぇは……。救いようのねぇ馬鹿だ。あぁ、てめぇみてぇな馬鹿には、お似合いな死に様だぜ。そうやって、この世の終わりまで、この暗く臭ぇ 穴の底で、その骸をさらし続ければいいさ。
……大馬鹿野郎だぜ、てめぇはよ……」
激しく、だが小さな声で、一気にまくしたてた。だが、怒りは収まるどころか、ますます大きくなっただけだった。
当然だ。俺はこの“鍵”に怒りを感じていたわけじゃない。いや、感じてはいたが、ここまで罵るほどではなかった。俺が怒りを感じていたのは、もっと他の なにかだったからだ。
ひどく抽象的で捕らえどころのない……そう、言うなれば、この“鍵”がこうして無惨な死に様を迎えるにいたった、この“現実”そのものに怒りを感じてい たと言えるかもしれない。
怒りをぶつけようにも、ぶつけようがないものに、俺は言いようのない激しい怒りを感じ、そして、この愚かな“鍵”の骸に八つ当たりをしたのだ。
ただ、それだけのことだった。
非道くむなしい沈黙の中で、俺の荒い息だけがやけにはっきりと聞こえた。
それが、また苛立たしかった。
俺は、三度、ロープに手をかけた。
……もう、振り返ることはなかった。
上に上がってきた俺を引っ張り上げながら、『顔色が悪いのぉ』とアンクランスが言う。
『ひでぇ臭いだったからな』
そう言って、曖昧ににやつくのが、俺の精一杯だった。
それを聞いて、心配そうに俺を見上げてくるララ。
その視線が鬱陶しく思え、そして、そう思ってしまう自分に唾を吐きかけたくなった。
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