寒気の中の帰還( 2001/11/27)
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作者
SSS(TRIes)
登場キャラクター
ロッソ




一年中寒風渦巻く氷原の国、 プロミジー。 氷結海の影響で、四季という物が存在しない。
「父さんが呼んでるよ………」15・6才くらいの少年が、ベッドで横になっている青年に告げた。
「………ああ、いまいく………。」それを聞くと、少年は不安そうな顔をしながらも階下へと降りていった。
「………………………………………………………………………………………」
今 行く、と言ったあとも青年はそのまま天井を見つめていた。父親の用件はわかっている。わかってはいるが、いざとなると気が重い。だが、いつまでもこうして いるわけには行かない。青年も気がついたのか、ようやく起きあがり、階下へと向かおうとした。と、動きが止まる。そして溜息の後、またベッドへと戻り腰掛 けた。
「………呼ばれたらすぐにこい、何度言ったらわかるんだ」はしごを伝って屋根裏に来た大柄な男ーおそらくは父親であろうがーは言った。
「今行くところだったんだけどな」やれやれと言った風で、青年が答える。視線はあわせない。
「………それも決まり文句だったな、おまえの」男も視線をあえて合わそうとはしなかった。
「で、何の用?」青年が続ける。あまりにも見え見えの嘘をつくのは、いくら何でも気恥ずかしいのか、続けて少し咳をした。
「考え直す気はないのか」語尾を上げるわけでもなく、誰に問うでもなく、男は言った。
しばし沈黙し、青年が答えた。
「ないね」そしてさらに「決めたんだ」と。
「兵役が終わってまた一緒に猟ができる、とおもってたてぇのに………おまえってやつぁ、なんで………」男が溜息とともにぼやく。
そして、しばらくの沈黙の後大きく息を吸い込んで語りだした。
「お まえの人生だ。俺だって昔は色々あった。俺もお前と同じく三男だ。親の畑なんざ兄貴が継いで俺のとこにはのこらねえ。実るかどうかもわからねえ荒れ地を耕 して食い扶持を稼ぐくらいしか無かった。そんなときに生活のためにしてた狩りで、畑を耕すよりも猟師が向いている、そう思ったんだ。それで畑を捨て猟師に なるなんて言ったら、親はもちろん親友達にまで止められた。だが、ここに来て自分の船を手に入れ、人並みな暮らしを手に入れることができた。」男の体は がっしりとしており、年齢を感じさせるものといえば蓄えた口髭くらいの物だ。きっと腕のいい猟師なのだろう。
「だから、お前が猟師を捨てて傭兵に なると言ったときは、驚ろいた。そりゃ、当然だろう。だれだって、自分の息子が家を出て、おまけに剣で飯喰うなんて言い出したらそりゃあ驚く。だけどな、 しばらくしたらうれしくなっちまった。お前がまるで若い頃の、畑を捨て猟師に夢を求めた俺に見えてな。お前が俺の、他の誰でもなく、俺の息子なんだって思 えたんだよ。」
予想外の父親の台詞に、息子の、青年の表情は呆気にとられているようだった。
「俺は、家をでたあとも、親兄弟のことを忘れたことはなかった。一日だってな。だからお前も俺の息子だってんなら、忘れるんじゃねえぞ」
それだけ言って父親は降りていった。
意外な言葉に、青年はおどろきそして、固まった。
「………忘れないよ、決して」それだけつぶやくと、そのままベッドに倒れ込んだ。


 「父さんも兄さんも目が赤いね。どしたの?」弟とおぼしき少年が二人に尋ねた。
「なんでもねぇよ」親子の声が氷原に響く
「ふ〜ん………」少年も事情を察したのか、それ以上詮索はしない。
「母さんは?」旅装束に身を包んだ青年が訪ねる。その目は家の入り口に向けられていた。
「この世の終わりみてえな顔してねこんじまった。」父親が言う。
「…母さんによろしく。兄さん達が帰ったら、きっと元気になるよ」猟にでて家を空けている二人の兄を思う。彼らがどう思うかは、考えない事にしている。す くなくても、肯定することはなさそうだからだ。
「やれやれ…もう少しで家族が増えるってのに、出発をまてねえとはなぁ」父親のぼやきがただならぬ意味を含んでいることに気づくのに時間がかかった。
「え?それは、つまり…もう一人?」妙におたおたしながら聞き返す。
「おうよ。5人目の子供だ。今度はお前らみたいなかわいげのねえやつじゃなく、目ン玉くりぬいても痛くねえようなかわいい子がほしいもんだ」にやりと笑い 父が答えた。
「それを言うなら目の中に入れてもいたくない、だよ。目玉くりぬいたら痛いに決まってるじゃない。」弟が横から口を挟む。
「ん?そうだったか?でも、目の中に入れてもいたいんじゃないのか?」当然の疑問を口にする。
「………どっちでもいいよ。まったく」あきれて青年が続ける。ごくごく日常のやりとりも、これで最後かもしれないとおもうと、胸が詰まる。
「なぁ、父さん。」青年が意を決して口を開いた。
「これから産まれる子供に俺の名前をあげるよ。それが俺の兄としてせめてもの行いだ。」そう告げる。
「な……… お前…」「えぇ?そんな…」意外な申し出に父と弟がそれぞれ驚きを表す。名前を譲るということは、今までの自分と決別することだ。新たな旅立ちに対する覚 悟と、まだ見ぬ家族に対しての、自分なりの祝福の方法なのだろう。それはまた、この場にはいない、母へのほんの恩返しの気持ちであったのかもしれない。
「これから生まれる子供をおれと思って育ててくれよ。それくらいしかできないけどさ。それくらいはしたいんだ。はは………うまく言えないけどさ」すこし照 れながら、青年は答えた。
「へっ、いっちょまえに兄貴面してるんじゃねえよ。まったく。もういいからさっさといけ。」空を見上げて父が言う。
「またかえってきてね。きっとだよ!」弟も続く。
「わすれないよ。絶対に。また…帰ってくるその日まで!」青年も天を仰ぎ背を向ける。
そ のとき一瞬視界の端に写った、戸口から除く泣き崩れた母の顔が、青年の心を激しく揺さぶった。だが、彼は振り返ることなく、力強く一歩を踏み出し、地平線 へと歩き出す。きっと見えなくなるまで見送るのだろう。よく晴れた空が、今日に限っては恨めしく思える、そんな旅立ちであった。


 「………と言う訳なんじゃよ」父が私に告げる。生涯現役を絵に描いたような好々爺だ。まったく人が良いにもほどがある。
「良い話だろう?兄さんはお前が二つの時に帰って来て以来帰ってないからな。頼りがないのはよい知らせ、と思いたいけどな。あ、ほら、最後の林檎あげる よ」こちらは一つ上の兄。こっちはこっちで、見事なまでの父親似。
都会じゃだまされて路頭に迷うんじゃないだろうか?って位のお人好しだ。ま、林檎はありがたくもらっておくけど。
「本 当に良い息子だったよ。」懐かしそうに母が言う。子供の私が言うのも何だが、はっきり言って美人だ。そりゃ、年相応ではあるけど。あの父がどうやって母を 口説いたのか………興味はあるがこの際、気にしないでおこう。聞くたびになれそめから語りだして、しかも、脱線するのでとても聞いてられない。
「あの子があなたに、名前を残してくれて………なんだかあの子が生まれ変わったみたいでねぇ。ああいう心配りができる子だったよ。お前も見習っておくれ よ。」見習うことはかまわない。話を聞く限り、尊敬に値する人かもしれない。しかし………
「ごめんください〜!」ん?このなにも考えてないこと丸出しの、ふざけたハスキーボイスは………あいつか。
「デッケンガウアーいますかぁ〜?」っっっ!
ぐしゃりっと言う音が手のあたりから聞こえたが気にしない。
「あらあらこの子ったら、また林檎を握りつぶしちゃって………もったいないわねえ」またとかいうな!林檎は初めてだ。前のは梨だったじゃないか。
「食べ物はだいじにせにゃならんぞ」あ〜うるさい。
「マーリンだね。デッケンガウアーならいるよ」いちいち全部いうな!省略しろ!
「あ、失礼します」ドアを開けて入ってくる。相変わらずの長い髪がうっとうしい。頼むから切ってほしいものだ。髪が少々短くたって、その瞳が充分に魅力的 だ、と思うのだが。
「あ?また林檎潰したの?もったいない〜」とりあえず無視だ。同じ感想を漏らしおってからに。あれは梨だと言っている。いや、心の中で、だが。
「私に用事か?」、機嫌の悪そうな顔で迎える。こいつはマーリンという、幼なじみ。わかるとうり母との相性は抜群だ。
「なにって、納屋の掃除手伝ってくれるっていったじゃないのぉ〜」ああ、そんな約束もしたっけ。
「ああ、忘れてたよ。いまからいくよ。」とりあえず、戸棚に立てかけてある箒を手にする。
「ふふふ・・思った通りあなたは優しい子になったわね。この寒いのに、掃除を手伝ってあげるなんて。生まれる前に色々願いを込めたけれど、ちゃんと叶った のねぇ」母がしみじみという。
「しかも、占い師の言ったとおりの女の子だったしのぉ。あのときはうれしかったのぉ」父の声を聞き、また手元でめきめき、とかばきべき、とか言う音がす る。
「あらあら?どうしてあなたはすぐに、手にする物を握りつぶしちゃうのかしらねぇ。」
「道具は大事にしろよ」
「デッケンガウアーちゃん怖いよ………」
「生まれる前から女の子だって思ってたんならこん名前を受け取るんじゃないっっ!!」どこの世界にデッケンガウアーなんて名前の娘がおるんだ!!!花も恥 じらうお年頃だってのにぃ!!!
悪意がない行為だけに、怒りのやり場に困る。事の元凶の兄が、こんな時には例えようもなく恨めしく感じる今日この頃。


 「うぅっ………………」荷馬車の中、ロッソが身震いする。ここはオランにほど近い街道沿いのキャンプ。最近急に寒気がしたり、悪寒がすることが多くなっ たらしい。隊商護衛の道中、仮眠中のはずが、目が覚めた
「どうしたい?風邪でも引いたのかい?」隣の少女が訪ねる。年は17・8ほどであろうか。後ろに束ねた赤毛が印象的な娘だ。彼女も目が覚めたようだ。
「いや・・なにかこう・・殺気というほどではないのだが・・・まとわりつくような悪寒を感じてな。」また少し、身震いしながら答える。
「はは!年だね、おっさん。そんなんでオランの冬を越せるかねぇ?おとなしくガルガライスにでもいってたほうがいいんじゃない?」からかうような少女の言 に、ロッソは取り合うこともなく答えた。
「私はプロミジーの生まれだ。寒さには慣れっこであるよ。」
「へぇ〜。あんなとこの出身とはねえ。あたしもだよ。奇遇だねえ。そういやさ、あたしら自己紹介まだったよね。」
「初日にすましたはずだがな?」笑顔を浮かべつつ少女を見る。
「へ?うそ?あたし全然知らないよ。まいいや。あたしはアンジュっていうの。見ての通りの剣士だよ。そっちは?」
ちなみに、彼女は小剣を二本腰に差している。
「私はロッソ。兵法者だ。よろしくな」
「ロッソ〜?いかにもあとからつけたって感じよね。ねえ、偽名でしょ?」
「ああ・・そうだよ」ずけずけと言いたいことを言いまくる彼女に、苦笑してロッソが答える
「あっ さり認めるのねぇ。もとの名前はなんていうのさ?………いや、いい、あたしがあててみせるよ。これやらしてあたしの右に出る奴はちょといないんだからね」 得意げに語りぶつぶつ考え出す。もはやロッソは苦笑して眺めるしかないようだ。「グレイ」「違う」「ガレオン」「否」「ケビン」「かすりもせぬな」「ポ チョムキン」「論外」「マルガリータ」「………………」
「もう!わかるわけないじゃんか!」いきなり怒り出す。が、ロッソもいい加減アンジュの行動パターンがわかったようで、別段驚く風でもない。
「ふふふ・・そうそうわかるものではない。だいたい、そっちのアンジュという名もあからさまに怪しいぞ」逆に問い返す。
「あ?わかる。はは、まいったね。そ、あたしがつけたの。良い名前でしょ?」うれしそうに言う。
「………ああ、よい名だ。」そのとき人が入ってきた。
「あれ?起きてんの?用意が良いな。見張り交代だぜ。」二人の男が入ってくる。
「おつかれ様。それじゃ行こうか。」アンジュが立ち上がる。そういえば、自分にもこれくらいの年の弟が、いや、もう少し若いかな………。とロッソが思った とき妙な違和感を感じた。
ん? なぜ弟と思っているのだろう………。二つの時にあったことはあるが………自分の名前で呼んでいたから弟と思っていただけで確認した訳じゃない。どうやら自 分は勝手に弟と思いこんでいたらしい事に気がつく。兄弟すべて男であったため、妹が生まれるという発送が欠落していたようだ。………あの両親達なら娘にも あの名前を呼ぶことは十分にある。いや、絶対に娘でもつけるだろう。
悪いことを考えるときはいつも、背中に嫌な汗をかくのを感じる。
「どしたの?体調悪いならあたし一人でもいけるけど?」ただならぬ雰囲気に彼女も気がついたようだ。
「………いや、体調は問題ないのだが。」心にわき起こる不安を押し殺し、そういって表にでる。


 焚き火が暖かな空気をくれるが、なんとなく嫌な気分がする。
「もし、もしもだぞ。親が君にデッケンガウアーなんて名前を付けたらどうする?」意を決して尋ねてみる。
「なに?どしたの急に?う〜ん、そうねえ。一生恨むんじゃない?だってデッケンガウアーでしょ?そんなの女の子に付ける名前じゃないって」けらけら笑いな がら答える。
「はは…そ…そう…なるか。普通は。一生………一生ね。」落ち着け、まだ妹と決まったわけじゃない。賢明に自分に言い聞かせる。
「ん 〜?そういえば、近所ってほどでもないけど、割と近くの家にさ、そんな名前の女の子がいたような………そうそう、思い出した。いたよ、そんな子。めちゃく ちゃかわいいのにさ、名前がデッケンガウアーなんてさ。なに?もしかして知り合い?にしちゃ年が離れてるか。でもあたしとロッソも知り合いだしねえ。おか しくないか。んじゃさぁ………………………」後半はどうでもよかった。
………プロミジー出身と言った彼女の近所にいるという、デッケンガウアーという名の少女の存在。その裏がとれた。
「………ははは………はは…はははは」力なく笑うしかない。
「でしょ?おかしいでしょ?傑作だよねえ。あはははは………」豪快に笑うアンジュ。


 日頃の行いか、はたまたオランの冬が寒いのか。彼の悪寒はしばらくは病みそうにないようだ。






  


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