リファールの女 史
( 2001/11/29)
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作者
Maki
登場キャラクター
ケルツ、パムル、サテ
空には幾重にも瞬く星が輝き、家族の団らんも終わるそんな時刻、宿の一室で蝋燭の灯火で本を読みふける青年がいた。
彼の名はケルツ。黒く滑らかな髪を肩まで伸ばし、きめ細かな肌と薄紅色の唇。切れ長の目に金茶色の瞳が女性のような風貌を漂わせていた。しかし、その片 方の目には濁りが見える。
黒を基調とした服を幾重にも羽織り、履き潰したと言っても過言ではない靴と、擦れて白っぽくなった膝を見せるズボンを身につけていた。愛用のマントは腰 掛ける椅子にかけてある。どれも使い込まれた跡が伺え、見る者が見れば旅人であると見抜くであろう。
端がボロボロになっている本のページに手をやり、手入れの行き届いた爪先で丁寧にめくる。その爪先を見るだけでも彼が歌い手であることに気がつく人はい る。安宿に似つかわしい粗末なベッドの上には、首の短いリュートが寝かされていた。
窓の外では木枯らしが吹き荒れ、その音を聞くだけでも寒さが身に染みる思いである。幸いにして立て付けはよく、隙間風に悩まされることはない。一度故郷 に戻ったとき、長期にわたって部屋を空けていたが、それでもこの部屋が他人に借りられることはなかった。
実は店の主人が部屋を囲っておいたのではないかと思い、伺おうとしたことがあったが、満面の笑みに当てられ聞くタイミングを逸してしまった。ことの真相 はどうであれ、住み慣れたこの部屋を再び使えるというのはありがたい話である。
ケルツは視線を窓の外に向けて、目を休める。濁った方の視力はほとんどない。一見では分からぬが片方の耳もよく聞こえないのだ。生い立ちの上でそのような 不遇の身になったが、唄歌いとしてはこの方がよかったのではないかと思うときもある。人とは違う身であるからこそ見えてくる事柄ももあるからだ。
宿下の道を行く人は見えず、視線を上に向ければラーダの元へと召された者たちの光が瞬いていた。その星数の多さに思わず溜息が出る。
「まだ月は昇らぬようだな」
月齢を思い出して、星の多さに納得する。月が出ないとどこかしら気分が乗らないと感じるのは思い過ごしであろうか? ケルツは月が好きであった。
しばらくそんなことを思いつつ物思いにふける。頃合いを見計らって視線を本へと落とす。やはり片目では長く字を見続けるには辛い。
彼が読み進めている本は、先日市場で買ってきたものである。見かけて手にしたところ、月を題材にした詩が載っており、それに釣られてしまったのだ。ケル ツの懐具合ではいささか過ぎた額であったのだが、突き動かされた思いは止められない。
しかし、今となれば後悔の念が過ぎる。ムディールの20年ほど前の世情を絡めた物語であったのだが、文面が拙かった。
本といえば写本が前提であるため、どれも高価である。本を出す側も金持ちでなければ写本させることもできない。つまりは中身は二の次であるのだ。製本具合 などは気にしないケルツであったが、このときばかりは運が悪いとしかいいようがない。中身を確認したところが、たまたまこの本の中で一番よいところだった のだから。
(ヴェーナー神もいたずらが過ぎる)
別段祈りを捧げているとか、信仰しているというわけではなく、なんとはなしに身の置かれた不遇の立場をそういって見せただけである。もう少し確認を怠ら なければ、買わない本であったからだ。全ては自分の責任でもある。
これから夜はますます長くなり、この長い闇の時間を潰していくには手頃な本であった。文面の拙さを除けばつまらない展開ではない。他には特にやることも なく、一度リュートに視線を投げかけたが、振り払って本へと向けた。
そんなときである。彼の静寂の時をうち破ったのは。
階段を駆け上る音がしたかと思えば、部屋の扉がいきなり開き、誰かが飛び込んできたのである。
「こんばんわだにゅ〜」
入ると同時に元気よい挨拶が投げかけられる。
そのあまりに唐突な押し入りと独特の語尾で、ケルツは来訪者がパムルであると知る。
「ケルツ、ケルツ〜」
パタパタと短い足を動かして寄ってくる。見れば人間の幼児と見間違えそうな体格をしているが、頭と体の対比が違う。特徴は耳にも現れており、彼らの種族を 知らぬも者ならまだしも、知っている者なら見間違えることはあまりない。成人前ぐらいの人間を等倍で縮小したといった表現が当てはまるであろうか。
彼は、色鮮やかな服装に身を包み、奇抜な帽子を揺らして人なつっこい笑みを浮かべてやってくる。
「パムル、ノック、ノック〜。ノックしなくちゃダメなんです〜」
彼の後をやや遅れて追いかける者がいた。愛くるしい瞳をパチクリさせながら扉の陰から出てきたのは、サテと呼ばれるこちらも草原妖精の女性であった。ふく よかさを感じさせる頬に、なめらかな茶色の髪。萌黄色で統一された服にズボン。子供好きでなくとも一目で抱きしめたくなるような愛らしさを振りまいてい た。
そんな二人の訪問者にケルツは静かに本を閉じる。彼らが来訪した以上、本を読むことなどはできない。今日はいったいなにを要求して くるのかと、不安と期待が入れ混ざった微妙な気分になる。草原妖精はとにかく疲れを知らない。少なくともケルツの知る草原妖精は皆元気である。この時間帯 にでも、目覚めたての笑顔を振りまいてくるのだから敵わない。
それでも、自分に会いに来てくれるあたり嬉しいものだ。
「あれ〜、やっぱ驚かないんだにゅ〜」
ケルツの顔を見て、残念そうにパムルが口を尖らせた。
「うきゅ〜、やっぱ驚かないんです。バレてるです〜」
サテはパムルの上着を引っ張って揺さぶる。どうやらパムルの案にはサテは賛同していなかったと思える。
しかし、当のケルツは何を驚くべきか検討がついていなかった。
以前にも突然現れたりしたが、彼は元より表情が乏しい、多少驚く程度では眉一つ動かすことはない。それがパムルにとっては面白くなかったらしく、いつか 驚かしてやろうと考えていたのだ。けれど失敗に終わったのだ。今回はかなりの空振りと言える。
パムルとサテは、今回の作戦はよかったはずだの、見破られて当然だのと、ケルツを無視して言い合っている。
言い合っているといっても喧嘩という感じはしない。
自分を驚かすも何も、ああも大きな足音を立ててやってきては、誰が驚くであろう。そんなことを思いながら、何かしら違和感を覚えていた。
ケルツは、どう言葉をかけてよいのか判らず、自分を無視して会話を続ける二人に戸惑いながらも口を開いた。
「こんばんは」
そう言葉をかけられて、はたと自分たちの立場に気がつく二人。
二人同時にケルツの顔を見上げると、にこりと笑顔を見せて揃って声を上げる。
「こんばんわ(だにゅ〜)(です〜)」
ようやく二人と話ができるようになり、二人をベッドに座らせて向き合う。茶でも菓子でも出せればいいが、寝るだけの部屋、そういったものはない。前回の 来訪でも同じ事を思ったのだから用意しておけばいいものをと、自分の注意力のなさを嘆く。
彼は少し思案した後、口を開いた。
「今日はどんな用件で?」
前回はコウモリを捕まえてきて、これの種類はなんであるかと問われた。吟遊詩人ならば怪物などの伝承にも精通していると彼らは言い出すものだから始末が悪 い。「知らぬ」と答えればよかったのだが、サテが「コウモリを題材にした詩とかないです?」と首を傾げて聞いてくるものだから、忘れていた詩を思い出して しまった。その詩を披露してしまうものだから、二人の間ではケルツの株がたいそう上がっだ。
「これ唄ってにゅ〜」
差し出されたものは小瓶であった。その中には羊皮紙が丸め込まれてあるのが判る。
パムルからそれを受け取り、瓶を逆さにして中身を取り出す。やや間を空けてから「どこで?」と拾った場所を尋ねる。
「ハザード河の向こうの海岸だにゅ〜」
嬉しそうに答えるパムルは、そのままその時の状況を語り出す。
パムルはいつもと同じように、仲良しのサテと連れだって海岸まで来ていた。二人が知り合ってからというもの、毎日遊ぶのが日課になっていた。もちろん仕 事もしているが、食うに困らなければそれでいいという考えのためか、あまり金稼ぎに積極的ではない。
冬も間近に控えた海岸は寒く、閑散としている。誰もいない砂浜に二人の影が世話しなく動いていた。
「波に触れたらマーマンがさらいに来るだにゅ〜」
適当なことを言って、波打ち際ギリギリのところまで行き、軽やかなステップで避けていく。サテも同じように器用に避けていくが、抜き足が遅かったか波に 触れてしまう。
「あ〜、サテダメだにゅ〜、さらわれちゃうだにゅ〜」
「今のはいいんです〜、乾いているとこ踏んだから大丈夫です〜」
「む、やるだにゅ〜」
二人の会話は二人にしか判らない。
端から見ていったいどんな遊びなのか、言葉のやり取りに意味があるのか、など疑問は絶えないが、そんな最中に小瓶は見つかったのだ。秋の澄んだ青い空に 燦々と輝く太陽の日を浴びて、きらめく波の中にそれは戯れていた。
「うっきゅ〜」
サテが先に見つけて拾い上げる。手に取ると中に紙が入っているのが判る。
「なんだにゅ、なんだにゅ、オレにも見せてだにゅ〜」
彼女の手にあるものが気になってパムルが駆け寄ってくる。
長い間海に漂っていたのか、蓋にしてあるコルクの外側はふやけてしまってボロボロであった。しかし、それでも蓋としての役目は果たしているようで、瓶の 中に海水は入り込んでいなかった。
「空けるだにゅ〜、きっと宝の地図だにゅ」
「うきゅ、うきゅ」
二人とも流れ着いた小瓶を前にして大はしゃぎであった。
パムルは鞄からナイフを取り出すと、蓋を空けはじめた。しかし、ふやけたコルクはボロボロ崩れるだけでどうにも空けられそうにもない。空かないと悟った パムルは先の尖ったものを持ち出して瓶に詰まるコルクをほじくり出した。
期待に胸膨らませて羊皮紙を開くと、そこには文字しか書いてなかった。共通語で書かれてあったが、宝を示すものではないことは明らかである。
「これ詩です〜」
サテの一言で、二人ともひらめく人物がいた。
『ケルツ〜』
他にも吟遊詩人の知り合いはいるのだが、今の彼らにとってはケルツが流行っているのだろう。詩と判るやいなや、最後まで目も通さずに再び瓶に放り込み、 オラン市街へと向けて駆け出した。
そうしてやってきた二人である。途中食事をしてきたとはいえ、かなり遠いところから来たというのは容易に伺える。話を聞きながら、ケルツは羊皮紙を広げ て詩の内容を目で追っていた。
「唄ってほしいです〜」
サテが満面の笑みでお願いしてくる。
「唄ってだにゅ〜」
パムルも負けじと笑顔を見せてお願いする。
ケルツはどうすればいいものかと悩まされていた。目を通すだけで、唄いたい類のものではないのは明らかである。草原妖精の眩しいくらいの笑顔が痛い。
詩の内容を説明して引き取ってもらうか、それとも潔く唄ってやるべきか。愛用のリュートは二人が来たときに窓際に立てかけてある。
(こんなとき、あのロエティシアならばなんとするだろうか?)
ケルツは草原妖精を前にして、森の妖精の詩人を思い浮かべていた。長い年月唄ってきているのだから、この手の唄なども一通り唄ってきたのだろうか? 考 えれば考えるほど答えは出ない。
(面白いと言って唄うかもな)
好奇心旺盛な森の民を思いつつ、口の端が僅かに上がる。目の前には、不安の色へと表情を変えた二人がいる。その表情を見て決意する。
席を立ち、リュートを手にするのであった。
途端に二人の顔に花が咲く。
譜面もなにもない詩だけのものであったが、ケルツには一目流し読んでおおよそのリズムの検討はついていた。単純と言えば単純なリズムである。難しく解釈す ることもできるが、ここは単純に行った方が無難である。練習もせずに即興で唄うのであるから、歌い上げることを意識した方がいい。
調律を済ませ、爪弾く指の感触を確認する。喉の調子を整え息を吸い込むと、歌い出しと同時にリュートを鳴らし始めた。
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