ある一日の情景( 2001/11/30)
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作者
高迫 由汰
登場キャラクター
ルギー、ルーエン、カレンリース、ティア




早朝、うっすらと霧が立ち込 める中、いろんな店が開店の準備を始める。
港の傍にある、『森の子羊亭』。ここももちろん例外ではなかった。ただ今日は、いつもと少しだけ、始まり方が違っていたが……。

薄暗い店内に、顔立ちが少々強面のごつい雰囲気の中年男が一人、若い男女4人を目の前に並べて微笑んでいた。とはいえ、顔立ちが顔立ちな為、ちょっと微笑 んでるように見えない。
強面の男は森の子羊亭のマスターだ、そしてそのマスターの屋の前に並んでいるのは、ここで仕事を貰っている4人の冒険者。
一人が人間の男、一人が森妖精の女性、残り二人が人間の女性と言う顔ぶれ、男の名はルギー、森妖精の名はカレンリース、女性は金髪の方をルーエン、茶色い 髪の方をティアと言った。
「いやぁ、すまないね、朝早くから皆に集ってもらっちゃって」
見た目とは似ても似つかない、穏やかな口調でマスターは微笑みつつ話しかけてきた。
そんな爽やかなマスターの笑顔とは裏腹に、朝早くから呼び出された二人は眠そうな顔を、呼び行った二人は疲れ切った顔をしている。元々、今日は皆が朝から 集る予定ではなかったのだ。
「いきなり早朝から全員仕事なんて、なにかあったんですか?」
「いや、昨日連絡し忘れたんだけどね、今日は4人全員朝から店内の仕事を手伝ってもらいたくてね」
マスターの言葉に曖昧な返事を零しつつ、何気に静かな店内と軽く見回した。その静けさが、少し引っかかる。
「まぁ、店内の仕事するって自体は別にいいけど、なんでマスターだけなんだよ、他の店員は?」
マスターの前に立っている4人のうち、唯一の男であるルギーは、欠伸をかみ殺しながらもあたりを見回し気付いたちょっとした疑問を口にした。
いくら朝早いとはいえ、そしていくら人手不足なこの店とはいえ、雇われ冒険者の彼等以外にも二人、常勤の店員がいる。
しかし、今日に限ってその店員二人の姿が見えないのだ。静けさにさっきから少し引っかかっていたのはその為だろう。いつもならこの時間厨房の奥で仕込みと かの準備をしている、何かしら厨房の方からおとはするのだから。
「実はね、今日は私と、君達だけなんだよ」
爽やかに何事もないように言われた言葉に、4人は普通に返事をしかけて、一瞬止まった。
「ちょっとマスターどう言う事!あたしそんな話何も聞いてないんですけど!」
「うむ、儂もそのような話、ちっとも耳にせなんだが?」
子羊亭を定宿としているルーエンと、納屋を寝床として借りているエルフのカレンリースは、他のメンバーより連絡を受けるのは早い。
その二人が聞いていないと言うのだ、マスターに食って掛かる二人を見ながら、ルギーとティアはちょっと溜息をついた。ここまでくるとこれは連絡忘れとかい う可愛いものではちょっと済まされない。
「大体どうして、二人ともいないなんて事になったんだ?あんまりこき使うもんだから愛想つかされたか?」
「ルギー君、君は本当に顔に似合わずきつい事を平然と言ってくれるね、別に逃げられたわけではないのだよ、ただ二人とも休みを希望していた日が被ってし まっていてね、どっちもどうしてもその日に休みたいと言うものだから、承諾してしまったのだよ」
「私達がいなかったら、どうするつもりだったの?」
「いや、ティア君達がいなかったら、そんな無謀な事は許可しなかった。頼りにしているよ、頑張ってくれたまえ」
「頑張ってくれたまえじゃないでしょう!マスター!」
マスターの飄々とした態度にルーエンがキレかかる。
「いまさら何を言っても仕方ないわよ、今日は5人で切り盛りしましょう?」
なぜか一番落ちついているティアの言葉に、やもえなく三人は納得した。いや、結局は誰が言ってもこの状況に納得せざるおえなかったのだろうが。
とりあえず、この理不尽な状況にを受け入れるのだからと、今日の賃金を上げてくれるようにとの抗議がその後繰り広げられたが。


こうして森の子羊亭の、忙しない一日が始まろうとしていた。


最初、夕方まではルギーとカレンリースが店内に、ルーエンとティアが厨房に入りマスターの手伝いをする事になった。
まだ朝早くは余裕があるものの、日が高くなっていくにつれて、来客する人の数も増えて行く。
太陽が真上に差し掛かり、正午の金が高らかに鳴り響く頃には、店内は昼食をとる客でごった返していた。


「ルギーよ、この注文は一体誰であったか覚えているか?」
他の品物を届けて、カウンターに戻ってきた瞬間、カレンリースに声かけられ、ルギーの思考と手と足は仕事をするのを一時的に止めた。
「カレンリース、忘れたのか?」
「…う…うむ……何せこう忙しいと、記憶があいまいになってしまうのじゃ」
「まぁ、気持ちはわからないでもないけど、テーブル番号は控えていないのか?」
「……書くのを………忘れてしまった・………」
カレンリースの言葉に苦笑すると、カレンリースがもっている品物を見ながら、彼女が何処から注文を取ってきたか必死に記憶を探る。
「えっとなぁ………………あの、入り口近くに座っている、頭髪が乏しい奴がいるだろう?確か、あいつ」
説明の仕方が説明の仕方なので、小さい声で耳打ちしたのだが
「そうか、あの頭髪が後退してきておるものであるな!」
囁かれた当の本人は、気持ちよく大声で確認してくれる。
「いや、そう言う事をでかい声で言うな!」
慌てふためき、注意を促すものの、カレンリースは意気揚々として品物を届けにいってしまった。
と、思ったら、すぐに戻ってくる。
「ルギーよ、そのようなものが二人並んでおるのだが?一体どっちだ?」
「は?俺がさっき見たときは一人しかいなかったぜ?そんな笑い話じゃある間いし、ハゲが何時のまにか二人並んでるなんて……」
言いかけて、視線を先ほど話した場所に送り、言葉を止めてしまった。
確かにそこには、今さっき見回したときには一人だったはずの場所に、見事に後退してきている頭が二つならんでいる。
多分、込んできているので、片方が相席を申し出、そして快くもう片方が受け入れたのだろう。
「……類とは類を呼ぶものなんだなぁ」
「いや、その表現はどうかと思うぞ……」
妙に納得しているルギーにカレンリースは軽い突っ込みをいれながら、二人して少しのあいだその頭を見てしまっていた。


夕方、店内周りと厨房の面子が立場交換する。
昼間と違い、酒で喉を潤しにくる連中が多い中、ティアとルーエンは必死に駆けずり回る。
この二人は子羊亭の男客に人気があり、よく声をかけられていた。


「あ〜はいはい♪そだね、今度うちの店でやる早食い&早飲みに、その日のうちに5回連続で勝てたら、考えてあげてもいっかな♪」
しつこく言い寄る客に笑顔で無茶な注文をして、ルーエンはそそくさとカウンターの方に戻ってきた。
カウンターの方には、先ほどまで言い寄られ、やっとマスターによって助けられたティアがいる。
「あ、ルーエン」
「相変わらずねティアのほうも、しつこい客でも適当にあしらってれば何とかなるよ♪まぁあたしみたいにやれって言われてもすぐには無理だろうから、ティア はティアのやり方でやってみなよ♪」
「えぇ…わかったわ」
ルーエンの言葉に頷き、ティアは改めて店内に注文を取りに行く。
店の出入り口にほどなく近い席に座った、中年少し前の男性の前に行き、お決まりの言葉をティアは発した。
「あの、ご注文はお決まりですか?」
その言葉に、注文表を見ながら男は口を開いてきた、少々酒臭い、既に何処かで一杯引っ掛けて来たのだろう。
「エールとな、このお勧めってやつくれや」
「はい、かしこまりました」
注文も取り終わり、カウンターの方に戻ろうとしたとき、
「ところで姉ちゃんよ、男いるのかい?」
何度となく言われた言葉をこの男も行ってきた。
「いえ、そういうのはいませんけど」
ここで嘘でもいると答えれば良いものを、妙に生真面目なティアは律儀に答える。
「いないんだったらよぉ、仕事でも終わったあと、俺とどっか行かねぇかい?」
ニヤニヤと笑いながら言ってくるその男にいやな顔をしながら
「すいませんけど、興味ありませんので」
そう言って去ろうとする。
そのとき、ティアはふいに引っ張られる感覚を感じた。腕をつかまれたのだ。
「いいじゃねぇかよ、いい思いさせてやっから」
「止めてくださいって言ってるでしょう!」
少しいらだった声を張り上げて、ティアはその腕を振り払った……まではよかったのだが、その手が男の顎にクリーンヒットし、男はそのまま近くのテーブルま で吹っ飛んだ。
男の体に酒が入っていたせいか、受身が取れなくそのまま気絶する。そして残ったのは、唖然とする周りの客と、当事者。
「……あの………えっと……大変お見苦しい所をお見せ致しました、どうか心行くまでごゆっくりしていってください!」
深々と頭を下げながら早口でそう述べ、そそくさと厨房の方にはいると、ティアは怒りを通り越して呆れているマスターに謝り倒した。
男の方は、ルーエンとルギーが仕方なく二階の部屋に連れて行って休ませる事にした。もちろん、店員の不始末、宿代は取れないだろう。
ついでに言えば、この日から、ティアに直接声をかける男はいなくなったとか。


深夜といってもおかしくない時間、やっと客もまばらになり、マスター一人で大丈夫だからと4人は上がれる事になった。
「月末の給料には、色添えておくから、いや、ご苦労様」
「お疲れ様でした」
四人が異口同音にマスターに挨拶すると、エプロンをはずし、やっと開放されたという顔をしながら、四人口々にこの後どうするかと話していた。
明日には常勤の店員が二人とも戻ってくる、もうこんな風に全員揃って店内を駆けずり回る事もないだろう。
4人ともそう思っていた、この発言があるまでは、

「あぁ、実はね、あの二人明日もいないんだよ、だから明日も朝早くからよろしくね」

マスターの爽やかなその言葉に、4人揃って、硬直。

「マスタァ〜!!!!!!」

この叫びを最初に、月の綺麗な夜、子羊亭から抗議の声が響き渡ったのは言うまでもなかった。






  


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