ドレックノール の男
( 2001/12/02)
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作者
Maki
登場キャラクター
ケインズ
薄暗い店内に、一角だけ日の 光が当たるテーブルがある。そのテーブルに向かいあって座っている男女がいた。女性に対して熱心に話しかけているのは、ヴェーナーのペンダントを首から下 げた青年である。名をケインズという。
遠くベルダインという辺境の国から、再びオランへとやってきた者である。身長は男性にしては低めであり、その背丈のせいか幼さが抜けきっていない印象を受 ける。人なつっこい笑みを絶えず浮かべているためか、頼りになるというよりはかわいらしいという表現が似つかわしい。本人にしてみれば不本意なものである が。
そんな彼の話を聞いているのは、ブロンズ色の髪が美しい碧眼の街娘であった。一目見れば女性ならば誰もが羨むしなやかな髪、はにかみ顔が眩しく、頬にで きるえくぼがまたかわいらしい。照れているのか、彼の言葉をうつむきかげんに聴いている。
素敵な女性と巡り合わせたと彼は、自分の作品のモデルにと店に誘って口説いているのだ。彼は画家でもあり、ヴェーナーの熱心な信者でもある。この出会い は神の啓示だと言わんばかりの熱意を示し、承諾を得ようと言葉を重ねる。
しかしケインズには、どうにもよい感触が掴めないでいた。目の前にいる女性は美しく、「この人以外には考えられない」と思わせるほどの美貌の持ち主なのだ が、どこか希薄で瞬きしている間に消えてしまいそうな、そんな危うさを感じさせている。なんというか、肌の温もりが感じ取れないと表現するべきか、そんな 事を考えているとき、彼女が身じろいだ。
「あ、これを待っていたのです」
顔を上げ視線を舞台に向ける。彼女の言葉は彼の耳に届かないのだが、口の動きでそれと判る。
ケインズもその視線を追うと、誰か歌い手が舞台に上がるところであった。
急に自分の体温が低くなっていくのが判る。全身の体毛が逆立ち、本能的な危険信号を打ち鳴らし始める。明らかに自分にとっては凶兆をもたらす存在でしか ない者が現れる予感だ。
その者の名さえ呟くことを許されない、それほどまでに危険視する者が現れそうなのだ。
(ダメです。これはヤバイ)
先ほどまで、店内に人の気配など感じられなかったにも関わらず、いつの間にか人垣ができるほど集まっている。皆、歌い手の登場を待ちわびている様子だ。
(馬鹿なっ。みんな、騙されているぞ)
ケインズは彼女の方を向いて、「出ましょう」と言いかけたとき、目の前に座る人物が違っていることに気がついた。
「やぁ、楽しみだね。やっと彼女と会えるよ」
大仰な身振りを交えて話すのはフェリクスである。西方の国でも何度か会ったことがあり、そればかりか、このオランに来るまで共に旅をしてきた間柄だ。酔 狂なことにあの船幽霊を追いかけていると言う。
(私は会いたくないっ!)
そう心の中で思うが、不思議と、フェリクスが目の前にいるのに疑問を抱かない。
間髪入れずにその隣に座る男が現れ、声をかけてくる。耳がやや尖ってるこちらは、半妖精であることが伺える。こちらも、いつの間に座ったんだという疑問 は湧いてこない。そればかりか街娘がいなくなっていることにも違和感を覚えないのであった。
「誘ってくれてありがとよ」
にやにやと嬉しそうに歌い手の登場を待つのは、ラスという名だったと思う。
(誘ってねぇっ!)
確かにこの半妖精の男に、酒場で歌い手を呼んで来い、などと請われた事はあったが、それを真に受けて彼女を紹介するほど、自分はもうろくしていないと思 う。誰かの陰謀ならまだ頷けるものだ。と、ケインズは思うが、それに答えるべくして言う者がいた。
「これもヴェーナーのお導きね」
(がーん!!)
ラスの隣に座っている女の半妖精が微笑みを浮かべて告げたのだ。セシーリカである。それと口を合わせてフェリクスも同じ事を言う。以前酒場でこの二人に同 じ言葉を投げかけられたことがある。これで三度目だ。こんな導きなど望んではいないはず。ケインズは、頭部を強く殴られたようなショックを受けると共に、 目の前が暗くなる思いをした。
それだけは言ってほしくなかったと、酷い哀しみに打ちひしがれる彼に、構うことなく歌い手は現れた。
拍手が沸き上がる。ケインズは不思議でしかない。何故あのような船幽霊みたいな歌い手に、これほどの人が集まるのか。
満席の座席はいつしか人垣に変わり、舞台も見えない。自分たちも立ち見になっている。見なければいいものをと、思いつつも視線は歌い手に向かってしま う。
それは周りの人たちとあまりにも対照的な存在であった。黒く吸い込まれそうな長い髪を垂らし、その歌い手は現れた。足取りはおぼつかず、いつ倒れても不思 議ではないというものだ。病気ではないかと思わせるその青白き肌に、煤けた衣装を纏っている。表情は垂れ下がった前髪と、うつむいているために確認できな い。僅かに見える口元が笑みを浮かべているのに気付き、心臓を掴まれた気分になる。
(ダメです。いけません、帰りましょう)
ケインズは周りに向かってそう呼びかけようとするのだが、呪縛(ホールド)の呪文に捕らわれたごとく、身動きも出来ず声も出せない。
(いけない、彼女を唄わせては)
必至の叫びは空回りするだけで、声となって出ない。まるで声の出し方を忘れてしまったかのように、発することができないのだ。息もしづらく、呼吸の仕方を も忘れてしまった感じに捕らわれる。息苦しさに汗がどっと噴き出す。なんとかして足掻いてみせるが、無情にも時は流れ、舞台の歌い手は唄い始めようとして いた。
(やめてくれ〜)
心の中で泣き叫ぶが、事態は彼の意志に反するように悪くなる。いつの間にか彼は、舞台真正面の最前列に立ってお り、見上げた視線が、彼女の視線と交差する。きっと、凶悪なアンデットと目が合うとこんな気分になるんではないか、と別のことを考えてしまう。振り向け ば、人垣の中にフェリクス、ラス、セシーリカの顔が見える。ラスの口が「うまくやりやがったな」と動いたのが読みとれた。
(替わってあげますともっ)
視線を前に戻すと、丁度彼女が息を吸い込んだところであった。そのまま自分の精気まで吸い込まれていくようで、気が遠くなりかける。
(イヤだ、やめてくれ〜。お願いだから、よしてくれ〜)
先ほど首が動かせたのだから呪縛されてはいないはずなのに、彼はその場から逃げ出すことをしなかった。いや、できなかったと表現するべきであろう。なに しろ彼の意志とは無関係に物事が流れていくのだから。
そして、彼女は歌い始めた。低く、店内に響き渡るような声量をもって。
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