決着・・・・・そして得たもの
( 2001/12/20)
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作者
Maki
登場キャラクター
マックス、ラス、カレン、レスダル、アンジェ ラ
夕日の最後の残照も消え入ろ うとする時刻、高原特有の乾いた爽やかな風が丈の高い草を右に左に揺らしながら吹きぬけて行く。
その最後の残照に照らされながら、黄金の獣=リュンクスが跳ねる。
その跳躍は一跳びで、冒険者一行が取ろうとした距離をなきものにする。
しなやかに着地したリュンクスの視線の先には杖を構えたレスダルがいる。
炯々と光る眼光に射すくめられたのか、レスダルはその場を動かない。否、動けなかった。下手に動けばその瞬間にリュンクスが襲ってくるだろう。
それが分るだけにレスダルは獣との睨み合いを続けるしかなかった。
冷たい汗が背筋を濡らし不快感に眉をひそめる。睨み合いは、ほんの数瞬に過ぎなかったがレスダルには一刻以上にも感じられた。
レスダルは、この旅で初めて死を身近に感じた、金色の美しい死が目前で牙を剥く。
その時だった、背後から歌うような精霊語の詠唱が響いたのとリュンクスが動いたのが。
「
ドライアードよ、ドライアード、清らかなる緑の乙女ドライアードよ、汝が腕を広げ、彼の者の手足を縛る枷となれ!!
」
夜の帳に包まれようとする静かな草原にラスの声が朗々と響き渡る。その声が合図だったかのようにリュンクスが右に一度跳躍してからほぼ直角に曲がり
レスダルに襲いかかる。
レスダルの目にはリュンクスが消えた様に映った。例え鷹の目をもっていようとも捉えきれないほどの動き。
そして、次の瞬間には地面に打ち倒されている自分を自覚する。
リュンクスの爪は彼女の柔らかい革鎧をズタズタに引き裂き鋭い爪が内臓まで傷付ける。
口中に生暖かいモノが溢れ気が遠くなりかける。
”私は、いつの日にかリンに会う・・・・・・・・・その時まで死ぬわけにはいかないのよ!!”
その想いを胸に弾け飛びそうな意識を繋ぎとめ、リュンクスを見据え雄々しく立ちあがろうとする。
リュンクスはラスの呪文に捕らえられ、その強靭な四肢をもってしても逃れられないドライアードの呪縛に捕われていた。
口の端に流れる血を拭う余裕も無く、杖を支えに立ちあがろうとするレスダル。
その時、レスダルの肩にか細い白い手が置かれ細い声で呪文が唱えられる。
「
精霊さん・・・・・・この人の傷を癒してあげて
」
ヒィルリィレンはこの行為が義務以上のものでは無いというかのように顔を背け、態度はそっけない。
優しく暖かい力が、身体の隅々に行渡りレスダルを包みこむ。
口中に残る鉄臭い血の味に顔をしかめながらレスダルは、ありがとうと言う様に優しくヒィルリィレンの手を叩く。
その間に、アンジェラの槍が、カレンの小剣が、マックスの長弓がリュンクスを襲うが、四肢を縛められながらも尚、暴れ続けるリュンクスの為
狙いが定まらず、なかなか有効な決定打を与えられずにいた。
「レスダルさん!!明りをお願いよ!これじゃ狙いが付けられないわ!!」
周囲の暗さにアンジェラが叫ぶようにレスダルに指示を飛ばす。
アンジェラからの指示を受け呪を紡ぐレスダル「
彼の闇黒よ、光りの前に退け
」声と供に杖から真昼のような光が広がり周囲を明るく照らし出 す。
その時、カレンはリュンクスの瞳が魔法の明りとは別の力によって燃えるのを確かに見た。
それは、リュンクスの生への執着だったのか、子供を守る親の愛情の輝きなのかは分らなかったが、リュンクスの瞳がひときわ強く輝いた。
その輝きはこの世のどんな宝石よりも綺麗だとカレンは一瞬、戦いを忘れて見入ってしまったほどに・・・・・・・・・・・・・。
乾いた空気が揺さぶられるような咆哮が轟いたかと思うとリュンクスの厚い獣皮のしたの強靭な筋肉がうねり、ドライアードの魔力により編上げられた縛めが千 切れ飛びリュンクスは自由を取り戻した。
リュンクスの咆哮が余程うるさかったのか、耳を押えながら怒鳴り返す
「うるせぇ!!獣の分際でいい加減にくたばりやがれ!!!
戦乙女ヴァルキリーよ、光の槍で彼の者を撃ち抜け!
」
ラスの傍らに現れた光り輝く槍と盾で武装した半透明の女性が短く答える「
承知した
」。
答えると同時にヴァルキリーは輝く槍をリュンクスに投げ付ける。
槍はリュンクスの肩口で激しく弾け、魔力の余波で黄金の体毛が大きくたなびく。
ラスに駆け寄りながらカレンはリュンクスの戦意が衰えていない事を見て取っていた。リュンクスは今しも跳躍しようと全身をたわめている最中だ。
しかしラスはリュンクスが死んでいない事を知りながら一歩も引こうとはしない。それを見ながらカレンは口の端に微かな笑みを浮かべる。
それは二人がエレミアで出会った事件を思い出したからだった。
あの時もラスは女性を庇っていた、今レスダルを庇ってリュンクスと対峙しているように。
変わらないなと思う。女の前では見栄っ張りで熱くなると止まらなくて・・・・・・・・・・悪口を上げれば限が無いが、それでもカレンはこの半妖精が好き だった。
まあ、何でも厄介事を持ち込むラスの性格にはときどき辟易することもあるが・・・・・・・・・・・・
リュンクスまで後2、3歩まで近付いた時、夜の大気に凛とした女の声が響き渡る。
「
マナよ!その力持て彼の者を束縛する見えざる縛となれ
」
朗々たる古代語の詠唱が終わった後には身体をたわめたまま硬直するリュンクスの姿だけが残った。
しかも、射るように鋭く激しい眼光をレスダルに向けたままに。
その時ラスとレスダルの間を縫う様に一筋の銀光が走り抜け、そして、リュンクスの額に一本の矢が深々と突き刺さる。
それを見てレスダルは膝から崩れ落ちる様にへたり込んでしまった。と、同時にリュンクスもまた糸の切れた人形の様に草の大地に横たわる。
ラスが後ろを振り返ると長弓を構え会心の笑みを浮かべたマックスと目が合う。そのままマックスに笑みを返すとラスはその場に大の字になって倒れこんだ。
それで、この戦いは終わりだった。辺りは薄暗く、群青の空と夜空に輝く星々が草原を睥睨して気持ちの良い爽やかな風が通りすぎて行くばかりだった。
「みんな、大丈夫?レスダルさん怪我は痛まないかしら?」
アンジェラが心配そうに肩で息をするレスダルに尋ねる。
問われてレスダルは大丈夫と答えようとしたが、その途端に疼くような鈍い痛みに顔をしかめる。
ヒィルリィレンの癒しで傷は塞がったが、少し動くと傷が疼く。今までは戦闘の緊張で痛みを感じなかったらしい。
今度は慎重に息を吸い、アンジェラを心配させない様ゆっくりと力強く答える。
「ええ、私は大丈夫。彼女の癒しで傷は無いわ、それに痛みも収まってきたから。」
その言葉は、嘘ではなかった。実際に痛みは徐々に引き始めている。
アンジェラは尚も心配そうにしていたが、レスダルの破れた服の間から覗く白い肌に傷が無いのを見て取り、ようやく周りを見回す。
ラスは大の字に寝転がったままカレンと言い合いをしていた。と言ってもラスが一方的にまくし立てているだけだが。
「あ〜、頭痛ぇ〜、獣の分際で俺の魔法に抵抗しやがって・・・・・・・おかげで魔法、連発しちまったじゃねぇかよ。」
そんなラスの愚痴をカレンが悟りきった表情で適当に相槌を打ちながら聞いている。
マックスは・・・・・・・・と、目線を走らせると・・・・・いた。リュンクスの解体作業に取り掛かっている。
がさ・・・・がさがさ・・・・・・・・
草を掻き分ける物音に一同は、はっとなりそれぞれの得物を手に身構える。
みゃあ・・・・みゃあ・・・・・・
出てきたのは、先ほど倒したリュンクスが守ろうとしていた双子の子供の片割れだった。
綿毛のようなふわふわした毛に包まれた手足の大きな金色の猫。
この表現が一番近いだろうか。アンジェラは一瞬の躊躇も見せずに構えた木槍を振り下ろそうとする。
アンジェラの顔には表情らしい表情は浮かんでいない。殺しに感情は邪魔になる、何も考えずに機械的に得物を振るうだけだ。
そのアンジェラの顔が微かに歪み振り下ろされた木槍がリュンクスの子供に突き刺さる寸前で止められる。
そこにはリュンクスの子供を庇う様に両腕を広げたヒィルリィレンがいた。
槍を構えなおしながらアンジェラが口を開く。
「なんの真似かしら?もしかして、その子供を殺すなって言うつもり?私達の目的は知っている筈よね?邪魔するなら貴方だって容赦はしないわよ。」
その表情は感情の無い仮面を被っているように冷たく冴え冴えとしている。
ヒィルリィレンはアンジェラの目を真っ向から見つめ返し震える声で語を繋ぐ。
「駄目だよ・・・・・・赤ちゃんを殺すなんて、そんなの私は認めないよ。あれは、私が悪いのだからこの子は私が守って見せる!」
人間の娘と妖精の娘、二人の視線は空中でぶつかり合い、まるで魂の奥底までも見定めるかのように睨み合う。
ラスはそんなヒィルリィレンの言葉に違和感を覚えた。
あれは?私が悪い?
彼女はあきらかに、過去の出来事を今に重ねている。
ラス達は知る由もないが、ヒィルリィレンはかつて妖精達の集落での子供達の守役だった。
それが、自分の不注意から生まれたばかりの子が物質界に迷いこみ死んでしまったのだ。それ以来、仲間たちから疎んじられていたのだった。
ラスがヒィルリィレンの言葉を伝え様と声を掛けたとき、アンジェラは構えを解き冷たい声で言い放つ。
「貴方が何を言いたいのかは、分らないけれど・・・・・・・いいわ、好きにしなさい。その子供は殺さない、貴方にあげるわ。
ここまで、付き合ってもらった代金よ。」
それだけ言うと、荷物を放り出した場所に向かって後ろも見ずに歩き去って行く。
アンジェラの言葉をラスが伝えるとヒィルリィレンはその胸にリュンクスの子供をしっかりと抱え、一行の前から一瞥すらせずに去って行った。
そんなヒィルリィレンを見送ってからカレンは「俺も荷物を取って来るよ」残った一同にそう言い残しアンジェラの後を追う。
アンジェラは何故リュンクスの子供を殺さなかったのだろう?女子供だろうが、それが契約ならば顔色一つ変えずに仕事を果たす。
彼女はそう言う傭兵だったはずだ。それが何故リュンクスの子供に限って殺さなかったのか?憐れみだろうか?いや違う、彼女はヒィルリィレンの
瞳の奥に自分を見ていたのだ。まだ、幼かったウォレスを腕に抱いた暖かな感情が甦りこの子が一人前になるまでウォレスを産んで死んでしまった母の分まで面 倒を見ると誓った頃の自分をヒィルリィレンに見た。
あそこで、リュンクスの子供を殺してしまう事は己の人生を否定するも同然だったからだ。
荷物を置いてある所まで半分歩いた所でカレンが追って来る足音に気付いたが、知らない振りをしてそのまま歩を進める。
気まずい沈黙を保ったまま歩き続ける二人。
何も言わずに二人は歩き続け荷物を取ると皆が待っている丘の上に戻る。
丘に戻ると、ラスとレスダルは野営の準備をすっかり整えマックスはリュンクスの解体をほぼ終わらせている所だった。
「ほら、アンジェラ、こいつのリグリア石だ。」
赤ん坊の握り拳大の血に塗れた琥珀に似た石を無造作に放るマックス。
「っとっと・・・・・もうちょっと大事に扱ってよね。」苦笑するアンジェラ。
気持ちの切り替えが早いのが傭兵の第一条件だ。
アンジェラは早、自分の気持ちに整理をつけ気持ちを静めていた。今は冒険を達成したと言う満足感を味わう余裕さえある。
今夜はこの草原で一泊し、明日からオランを目指して山を降りる事になるだろう。
一行は、目的を達成した満足感と長かった探索行に終止符を打てた安心感から穏かな気持ちでその夜を過ごした。
数年後、この草原で黄金の毛皮持つ獣と妖精の少女が駆け行く姿が見られたというが、その話しはまた別の物語である。
・・・・・・・・・・・10日後、オラン近郊の街道にて
強い夏の日差しが街道を行くもの達に容赦無く降り注ぐ。まだ、太陽が昇ったばかりだというのに辺りには”ウィンデーネのダンス”と呼ばれる蜃気楼が立ち 上りムッとする熱気を助長しているかのようだ。
今その街道を行くのは、家畜商人とその家畜である牛の群れ、それと泥だらけで疲れきった重い足取りを運ぶ男女5人の冒険者らしき一行だけだ。
その一行は日除け用のマントを着けフードを下ろし、顔には布まで巻いて太陽を遮る念の入れ様だ。もっとも顔に布を巻いていたのは牛達から漂ってくる
芳しい香りのせいもあったのだが・・・・・・・・・・
牛の群れが立てる埃にうんざりしながら、一行の中の小柄な青年が口を開く。
「マスター、この辺で一息いれねーか?」
「おいおい、オランはもうすぐだぞ?ほら、三角塔が見えるだろ?」
苦笑しながら、壮年の男性が指差す。
その言葉に一同が顔を向けると、夏の日差しの中、自らの威容を誇るかのように屹立する黒い塔が見える。
人跡未踏の領域から、人の住む安全な場所、自分達の領域に戻ってきたという安堵感と一刻も早くオランの街に入りたいという気持ちから一行の誰からも、休も うと言う言葉は聞かれなかった。
そう、彼等が帰りつく場所きままに亭はもうすぐ、そこに近付いていた・・・・・・・・・・・・・。
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