言い訳
( 2001/12/21)
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作者
文:鳥人 絵:magisi
登場キャラクター
イオ、カーナ
葉の大半が枝から落ち、ざわ めきの薄れている森。枯葉が地に積もり、すでに幾分か腐食が進んでいる。大地の一部として自らの身を埋める事を拒むことなく。
緑が失われ、閑静になりゆく森を慰めるように、一陣の風が吹き抜ける。わずかに枝に残った葉が、力尽きたように離れ、散る。
そこらに転がる実。堅い殻で子孫を護ろうとする木々の意思もむなしく、小さな獣がその命を繋ぐために歯を立てる。カリカリと小さな響き。音を立てるもの が減ってしまった森の中で、微かな、確かな生命の動き。
突如、風を切り裂く音が響きをかき消す。鷹の舞い降りる時の、爪が空を引き裂くような音。直後に鈍く強い衝撃が耳に伝わり、栗鼠は手に持った木の実を取 り落とすと一目散に逃げてしまった。
「・・・まだまだ、か」
枯木の梢に突き立った矢を眺め、呟いたのは男。それもまだ若い青年である。名を、イオと言う。
赤茶色の髪はたまに風になびき、炎のようにゆらゆら振れる。黒い瞳は光の加減で蒼くも見え、その体躯は細身ながらも肉が締っている。黒ずんだ革鎧に身を 包み、傍らに矢筒を携えている。
手に構えられた弓には微かな傷が多く、長く使い込まれてきたことがわかる。それでいて形に歪みがない所を見れば、大切に扱われてきたことも推し量れるだ ろう。握りに薄く布が巻かれているだけの、質素で無骨な弓。ただ、弦のみが真新しい。それが少し不釣り合いに思える。
「少し弦が堅いな。馴染むまでもう少しかかりそうだ」
言いながら矢筒より一本抜くと、すいっと矢を番える。矢尻の先が的の中心を見据えたまま、弓の矢摺の部分に近づいていく。引き絞られた弓は三日月のように しなり、今にもはじけそうに震える。しかしある一点で震えは止まり、されど放たれもせず、狩人の目は的を見据えたまま、身体はぴたりと静止する。矢先と視 線だけが一足先に的を射抜いている。
秋風がふわりと舞う。冷気を纏い、静止する青年に沿うように吹き去る。
ふと、風が凪いだ。
矢が放たれたのと、イオが何者かの気配に気がついたのは、ほぼ同時のことであった。
放たれた矢は的とした矢より少し右に流れ、並ぶように枯木に突き立つ。衝撃で幹が震えたが、そこより生える二本の矢は落ちるそぶりも見せない。やがて震 えも止まり、また静寂が戻る。
けれど矢を放つ前とは違う。イオは的を暫く見据えた後、気配の主に視線を向けた。
狼ではない。狼ならばもう少し速く、そして群れている。一匹狼ならば餌の少ないここには居ない筈だ。
ゴブリンではない。奴らがこの周辺に新たに住み着いたと言う話は聞かない。それに襲うつもりにしても逃げるつもりにしても、奴らはもっと音を立てる。コ ボルドであることも考えたが、単独でこんな場所をうろついているとは思えなかった。
気配の主は、人だ。それも、軽装で体重の軽い人間。金属が重なりぶつかるような音はしないし、落ち葉を踏みしめる音もさほど深くはない。しかし、何故そ のような人がこんなところに。
「やあ、珍しいところで会うね」
気配の主はイオの視線に気がつくと、少し掠れた声で呟いた。
身に纏う漆黒の外套は、まだ日が出ていてさらに葉の薄れた森の中では逆に目立つ。それとは対照的な赤毛を紐で纏め、ポニーテールにしている。顔立ちは幼 く、異様なまでに白い肌が何処かその姿を不調和に感じさせている。外套の端から革製の胸当てがちらりと姿を覗かせており、手にはクロスボウを持っている。
「カーナ、か。何だってこんなところへ」
「これの訓練がてら、少し気分転換でもしようかな、ってね」
カーナと呼ばれた少女はクロスボウを上げて見せると、微笑んだ。やはり声は掠れている。
訝しげな表情をしつつ、それでもイオは弓を下ろすと彼女に近づいた。弓を最初に構えてから既に半刻は過ぎただろう。普段ならもう少し続けるところだが、 ここらで火を起こしておくのも悪くない。冬とは言えまだ昼にもなっていない刻限だ、時間はある。
「獲物でもいれば、味気ない昼食にならずに済むんだけどな。我慢してくれ」
「あ、別に気にしないで。あたしの方にも少しは食べ物あるし」
火を起こしにかかるイオを見る風でもなく、カーナの視線は何かを見つけ、そちらに近寄る。先程まで狩人が正対していた的、そして突き立った矢。それに触 れ、振り向くと離れる。一歩、また一歩と、ちょうどイオが弓を構えていた位置に向かう。緩慢というには早く、かと言って迅速とはお世辞にも言い難い。とな れば何かしらの理由があるものだが、イオが己の視線から読み取った情報の中にはそれを示唆することは感じられない。少なくとも、意志としては。
らしくないな。青年の受けた印象はまさにそれだった。自分の記憶と推測が間違っていなければ、彼女は狩人ではなく「鍵」、世間一般で言われる「盗賊」の 技術を生かして冒険者稼業をしている人間の筈だ。以前酒場で会った際に、良く笑っていたのを覚えている。
あの歳で、彼女は本職なのだ。自分が弓に誇りを持っているのと同じに、彼女もその技に誇りを持って仕事をこなしている。交わした言葉の中で、イオはそう 感じていた。だからこそ、今の彼女が別人のように思えてしまう。
何が、と言われると明言できない。強いていうなら、雰囲気か。芯だけが何処かへ消えてしまった蝋燭のような、油が見当たらないランタンのような。何かが足 りない感じ。
火口箱を取り出し、ふと顔を上げる。と、
彼女は矢の刺さったままの的に向かってクロスボウを構えていた。
瞳もまた、真っ直ぐに的を見詰めている。だ が。
当たらない。
イオの予想は刹那の間の後に現実となった。
放たれた矢は的の端を掠め、別の樹に弾け、そして落ちた。撃った本人はと言えば、何処か放心したように的を見ている。
「やっぱり、外れちゃった、かぁ」
呟きと共に笑みを浮かべる少女。一部始終を見届けたイオは、手元に目線を戻すと火を着け始めた。火種から炎が木切れに点るまで、一言も呟くことなく。
「怒ってる、かな。訓練の邪魔しちゃったし」
「は? 何をいきなり。別に気にしちゃあいないさ」
白湯をカップに入れて手渡し、干し肉を一切れ切り分けた所で、イオは再びカーナに瞳を向けた。そこには特に目立った感情を込めてはいないつもりだった し、実際怒りなど微塵も感じてはいなかった。ただ、何も感じていないかと言えば嘘になるが。
「そっちこそ、何かあるんじゃないのか。顔が疲れてるぜ」
近くで見ると良く分かる。火に照らし返されているとは言え、目の縁には隈ができているし瞳も端が充血している。とてもじゃないが健康だとは言いがたい し、森に入れるような状態でもない。街で安静にしているのが常識的な考えだ。
「・・・実は」
「実は?」
「男の人に、振られちゃってね」
そう言うと、カーナは白湯を啜る。視線はカップに落としたまま。
青年は溜息をつくと干し肉をかじり、そして口を開いた。
「下手な嘘だな」
「分かる?」
「分かるさ。俺だって人を見る目はあるつもりだ」
「やだなぁ、それじゃああたしが男の人に縁がないみたいじゃん」
「違うのかい?」
「取り合えず目の前にひとり、縁のある人がいるけど」
その言葉に、二人して笑った。堅い笑み。何かを避けているような笑み。風がまだ土に戻らぬ枯葉を舞わせて行く。
炎が揺らめき、中に舞い降りようとした葉をまるで拒むかのように、煙と共に虚空に押し戻す。
・・・不確かな景色。
季節はやはり、冬に差し掛かる頃。
焚き火の前にうずくまり、炎ばかりを見つめている少年ひとり。
傍らに転がる、弓と矢筒。
少年は目の前に揺らめく赤や黄色の鮮やかな色彩に目線を向けていた。
炎に見入っているわけではない。それは、彼の瞳を見れば分かる。
彼の周りにあるものは全て、彼の目には入っていなかった。少年はただ「そこにいる」だけ。
ふと、視界に何かがよぎる。
顔をあげると、そこには白湯のカップがひとつ。それを持つ、無骨でがっしりとした手。
何時の間にか目の前に、壮年の男性が一人。何も言わず、ただカップを差し出すのみ。
その表情は、普段と少し違う。何処か暖かく、自分を安心させてくれる顔。
少年はカップを手に取り、啜る。そして、少しばかりの時が過ぎる。
空になったカップを地に置き、少年はまた弓を取る。
「・・・・オ・・・ イオ? おーい」
イオはふっと目を開けると、辺りを見回した。自分が何処にいるのかを確認するために。
声が、目の前の少女から発せられたものだと気付くまでに、少し時間がかかった。
「どうしたの、昨日寝てないとかじゃないでしょうね。何だかぼぉっとしてたようだけど」
「いや、何でもない。少し、懐かしい夢を見ただけさ」
「夢、って・・・本当に寝てた? そうは見えなかったよ」
問いには答えず、イオは目線を炎に移す。カーナは何処か不満そうに青年の顔を眺めていたが、やがて諦めたように手元のカップに視線を戻した。
突風が辺りの落ち葉を数枚巻き上げて、森の中を駆けていった。
イオは思う。今より少し昔の事を。
幼い頃から旅暮しだった。両親はよい人間で、自分のことをきちっと考えてくれていた。
だからこそ自活の手段を幼い頃から教え込まれた。弓の技も、そのひとつ。
今だからこそ弓に誇りを持っているが、昔は何度放り出そうかと考えたか分からない。
・・・先刻の情景は、確かまだ成年前、どうしても的に矢が当らなかった頃だ。
あの時も、俺は弓を放った。二度と引くものかとも思った。
何故当らないのかが分からない・・・そう、言ってしまえば“見失っていた”わけだ。
型とか、力加減とか、それに「自信」とか。
けれど、普段厳しい父親が見せた、あの顔・・・。
そして、大切な心構え。そいつがあったからこそ、俺は再び弓を取る事が出来た。
見失っていた物を、見つける事が出来た。今となっては懐かしい思い出・・・・
唐突に、重なった。
浮かんでいた情景と、今が。
少年が座っていた、丁度その位置に・・・カーナがいた。
そうか、そう言う事か。
青年はカップを置くと、立ち上がる。ただ、感じた事を表すために。
自分のできる、唯一の方法で。
「弓を構えたときに、絶対にやってはいけないことが一つある。俺はそう教わった」
的に向かい、弓を左手に持ち、矢を右手に下げる。休息を終えたイオが、狩人の顔に戻る。真摯でまっすぐな瞳。
火を絶やさぬようにしながら、カーナはそちらに視線を向けた。
「的から視線をはずすこと?」
「違う」
弓を持つ腕が上げられる。弦が微かに服に擦れ、ひぃんと鳴く。
「矢の先端を的からずらすこと?」
「それも違う」
的を見据えると、矢を番える。澱みなく。それが当然の動きであるがごとく。
「んーと、集中を途切れさせないこと、かな」
「まあ、近いな」
目線は的を見据えたまま、ゆっくりと引き絞る。イオの瞳は、既に的の中心を射抜いている。
「あ、分かった。風を読むのを忘れること、でしょ」
「違うね」
「え・・・?」
矢が、放たれる。
「矢が外れるなんて少しでも考えたら、当たる物も当たらなくなるのさ」
今度こそ的のど真ん中を貫いた矢を見て、青年は笑いながらそう言った。
冬の日は早くに沈み、シェイドの支配する時が長くなる。街の灯も早くに落ち、人々は寒さから身を護ろうと服を重ね着してベッドに入る。門は早々に閉めら れ、住民から危険を少しでも遠ざけようとする。
そんな街の中でも遅くまで喧騒に包まれる場所もある。多くは酒場、宿、そして賭場。オランの街では、魔術師たちの学び舎である三角塔も該当する。いずれ にせよ街に住んでいる人間にはあまり縁のない場所だ。
イオとカーナの二人は、宿の一つである「風花亭」の前にいた。ここは詩人が多く集う酒場でもあり、遅くでもその歌を聴きに人が集まる。今宵も英雄を褒め 称えた歌が店の奥から聞こえてくる。
「一人で大丈夫だろ? 今の君なら」
「あはは、誉め言葉だと思うことにするよ。今日はありがとね」
「何か礼を受けるようなことをした覚えはないけどな。ま、次に会った時にエールでも奢ってくれればいいさ」
「ええ!? 貧乏人から奢ってもらおうなんて考えちゃ駄目駄目! お金は自分で稼がなきゃ」
笑いながら言うカーナの表情に、既に影はない。酒場で会ったときと変わらぬ笑み。
イオは思う。もう大丈夫だ、と。次に失敗しても彼女は「やっぱり」なんて言わないだろう。後ろを向くことなどないだろう。なくした物は見つかったよう だ。
「それじゃ、また! 良い夜を!」
「ああ、またな。良い夜を」
店の中から洩れ出てくる歌声を聞きながら、二人は分かれた。中と外へ。
♪さあ手を伸ばせ 目を見開いて前を見ろ
幸運の星が見えないって? 目の前にあるじゃないか
見えないなんて思うなら あんたにゃ死ぬまで見えないさ
幸せの神様は忙しい ここにあるよと教えちゃくれない
♪さあ立ち上がれ がっしり立って一歩踏み出せ
運命の星が見えないって? 自分の中にあるじゃないか
言い訳すりゃあしくじるさ あんたは一生半端者
戦の神様は忙しい 臆病者まで構っちゃくれない
♪さあ考えろ あんたの行く末は何処だい?
見えているなら そうさ それがあんたの未来の姿だ
悪いことばかり考えるなら あんたの将来真っ暗け!
自分のことくらい自分で決めな 光の神様も仰るさ
♪さあ歩み出せ あんたは英雄だ あんたも英雄だ
心に星を抱えてる奴は 目の前の星が見えてる奴は
角のパン屋のカワイコちゃんでも 場末の酒場の禿げた親父でも
みんな みんな 英雄なのさ
みんな みんな 英雄なのさ・・・・
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