煙突掃除
( 2001/12/26)
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作者
著: R 絵: magisi
登場キャラクター
リック
「ったく、なんで俺が」
桶の中の水は、とっくに黒く染まっている。もちろん、その中に突っ込んだ俺の両手も真っ黒だ。
「こんな、汚くなってまで」
服も、髪も、とっくにすすまみれになっちまってる。何度唾を吐いても口の中に苦味が残る。我慢できなくなって、洗いかけの布を桶の中に沈めたまま両手を 引き上げた。予想通り、出てくるのはうんざりするほど真っ黒な手。
「こんな最低な仕事してなきゃなんねえんだよ!」
仕事が欲しい。そう言ったのは間違いなく俺だ。
いくつか注文は付けさせてもらった。力仕事は嫌だ。報酬が良くても、俺の体のほうがもたない。荒事もごめんだ。それほど得意じゃない。街を空けるのも駄目 だ。あまり自由が利く身分でもない。我侭言うんだから、その代わり報酬は最低限でもいい。期間は短めで。ついでに俺に合った仕事だったら申し分ない。
「……煙突掃除?」
「そう」
いや、そんな屈託ない顔で頷かれても……。
「紅茶」
テーブルの上に銀貨を放ると、先に席に座ってた女が後ろで結んだ長い赤毛を揺らして意外そうな顔を向けてくる。
「エールじゃないの?」
「仕事前だからな」
まだ何か聞きたげな顔だったが、俺が椅子を引いたのを見て開きかけた口を閉じていた。座るまで待っててくれるらしい。妙なとこで律儀だ。おかげで、俺の 方から先を促してやらなきゃならなくなる。
「で……、何が聞きたいんだよ、カーナ」
「今日はどこに行くのかなって思って」
その顔がやけに楽しそうなのは、それだけ俺が対照的な顔をしてるんだろう。答える前にカーナが勝手に先を続けた。
「分かった、常闇でしょ?」
なんで分かる? って言葉は飲み込んだ。
グラハムに会ったのは、その前の日だった。
「あいかわらず暗い顔してやすねえ、兄さんは」
「……誰のせいだよ」
あの酒場はあまり好きじゃない。会いたくない連中によく出くわすからだ。例えば、たった今、隣に座るこの男。
「あっしはただ、仕事の詳細を伝えに来ただけですぜ。聞かないと兄さんが困るだけでしょうに」
言いながら、あの男はこの上なく楽しそうな顔をしてやがった。ちょうど、カーナが浮かべているそれと同じような。俺の周りにいるやつは、たいていそうい う顔で俺を見る。いったい何が楽しいんだか……。
「それにしても……」
そこでいったん言葉を切り、グラハムはいっそう楽しそうな笑みを浮かべて続けた。
「”常闇”の仕事を持ってくると、兄さんは決まってそんな顔しやすねえ」
ふん……。
「嫌なわけがねえだろうが」
「そりゃそうだよね」
隣の席でジントが頷いた。背丈もガキだったら、表情までガキみたいに無邪気に笑って。
「大っぴらに嫌なんて言えないよね。そんな怖いことは。ああ怖い」
そう言って大げさにおどける。こいつは、これだけ自分の年不相応な外見をしたたかに武器にしてやがるくせに、それを気にしてるなんてことも言う。どこま で本気の言葉かは知らないが。
「そうじゃねえよ……」
ジントの言う通り、俺たちがギルドの仕事に大声で嫌なんて言うのは賢いことじゃない。衛視の目の前で泥棒の計画を立てるようなもんだ。だけど、俺が嫌 じゃないと言ったのはそんな打算からじゃない。
「なんで嫌なんてことがあるよ? 俺たちは盗賊だ。盗賊が盗賊の仕事すんのは当然だろ」
「ちょっと好き嫌いがあるだけでね」
楽しそうな顔のままで、すかさず茶々を入れてくる。俺は思わず舌打ちしてた。
「嫌いもねえ。俺が”ここ”にいるのは俺自身が望んだからだ。嫌がる理由も嫌う理由も、どこにもありやしねえよ」
「そうやって――」
今度は茶化すふうもなく、何か呟いたジント。俺は、聞こえなかったふり……。
ロープを掴んだ手で、勢いを付けて体を引き上げる。視界が開ける……、いや、それよりも今は、きれいな空気の方だ!
「ぷはっ!」
煙突の縁に両手を付いて、這い出すように屋根の上に降りる。明るいとこに出たおかげで、内壁にへばりついていた手が、擦れた服が、真っ黒に染まっているの がはっきり見える。出てきたばかりの煙突に背中を預けてそのままその場に座り込む。顔の下半分を覆っていた布を剥いで、思いきり息を吸い込んで、もう何度 目か分からないくらい繰り返してきた台詞と一緒に吐き出した。
「最低だ!」
……本当は今更、すすにまみれることなんか気にもならなくなっている。始めのうちは気にしていたが、これだけ黒くなっちまった後だと気にしたってしょう がないからだ。それよりも気に入らないのが、すすまみれになるのが”気にならなくなってる”、俺。
煙突掃除。こいつは確かに俺にも出来る仕事だった。山賊と斬りあうための剣の腕も、妖魔を片付けるための魔法の力も、死霊を追い返すための神の力も必要な い。吟遊詩人みたいに歌や楽器が使える必要もないし、賢者みたいにいろんなことを知っている必要もない。つまり、俺の持ってないものは何一つ必要ない。
だけど、だ!
「誰だってできる、こんなもん!」
俺が持ってるものすら必要ない。誰にだって出来る。わざわざ俺がやらなくたってもいいんだ!
俺にも持ってるものがある。特技。稼ぐための手段。それを使えば、こんなことをしなくたって……、惨めにすすまみれにならなくたって稼ぐことができる。俺 には、そういう仕事にありつく当てがある。俺たちが”巣穴”と呼ぶその場所、街の夜を、裏側を支配する場所、盗賊ギルド。そこへ行けば仕事がもらえる。報 酬の多い少ないは問題じゃない。俺のできる、盗賊の”俺じゃなきゃできない”仕事が。
……だったら、なんで俺は、こんなところですすにまみれてんだ?
「ああ、気に入らねえよ」
俺は言った。いつもの店のカウンター席。相手の方には目も向けずに。相手は、金髪の半妖精。
「あんたは”精霊使い”なんだろ? だったら、それだけをやってりゃいい。俺たちの領分にまで手を出すことねえだろうが」
返答の前に、杯を傾ける気配がした。たぶん、いつもの通り火酒が注がれた、杯。
「文句なんか言われる筋合いはねえ。本業じゃなくたって、やることはちゃんとやってんだ。むしろ、おまえよりもちゃんとな」
「ラス! てめえ……」
くってかかろうとする俺の耳に、ラスの舌打ちが聞こえた。
「失策でもすりゃ、山ほど聞かされんだよ。さっきてめえがぬかした言葉をな」
不機嫌な顔で俺を見ていた。たぶん、見返す俺と同じ表情。
「てめえのお子様な頭でもそれくらい理解できるだろう? ……俺の身分は、おまえが考えてるほど気楽じゃねえんだよ」
もちろん理解できる。本業でもない奴に仕事を持っていかれて気分悪いのは俺だけじゃない。むしろ、ほとんどの奴らがそうだろう。だからラスのような連中 は、失敗は絶対にできない。失敗すれば最後、機会とばかりに叩かれる。連中には、本業という”後ろ盾”がないからだ。
「何が気に入らねえんだ、てめえは。俺に仕事を横取りされるのが悔しいわけでもないんだろ?」
「んなわけ……」
「……あるんだろ。だいたい、てめえは仕事もらうたびに嫌な顔して、文句ばっか言ってるじゃねえか。ない方が嬉しいんじゃねえのか?」
それは、ジントが俺に言った言葉と同じ意味を持っていた。だから俺は、あの時ジントに返した言葉と全く同じ言葉を返してやったんだ。
「ふん、そうやって――」
呆れたようにラスが呟いた言葉まで、ジントと同じだった。そのままラスは俺から目を背け、前を向いたままで続けた。
「……おまえくらいクソ真面目にやってりゃ、俺みたいな”片手間”に仕事を奪われることもないだろうが」
そうだ、これだけ文句を並べときながら、俺の仕事がラスに奪われることはまずない。他人の代弁でもなけりゃ、俺がラスに文句を言う筋合いはどこにもな い。それにもかかわらず、俺がラスを気に入らないのは……。
「俺の、何が羨ましい?」
俺は、何が羨ましい?
いいかげん、日も西に傾いてきた。あと半刻もすれば地平の下に沈み始めるだろう。俺が今、背を預けているのが最後の煙突だ。こいつの掃除で仕事は終わ る。後は報酬を貰って、その金で酒を……、いや、その前に風呂だな。自分のザマに気付いて、自然と苦笑いが浮かんでくる。
「最低だ……」
この言葉も、もう何度繰り返したことだか。自分に呆れると同時に、ジントとラスの言葉が頭に浮かんできた。
――言い聞かせてる
誰に? もちろん、俺自身にだ。この仕事は最低だ。そう言い聞かせなきゃならない。何故か? その理由も分かってる。ただ、こいつは絶対に言葉にするわ けにはいかない。形にすらしたくもない。だけど、この理由が分かったおかげで、俺は別の言葉を言えるようになる。
「羨ましくもなんともねえさ、てめえなんか」
これがその言葉だ。今ならはっきりと言える。あの”片手間”な”精霊使い”に。あいつは俺にとって……そう、ちょうどこの煙突掃除みたいなもんだ。こ の、最低のな。
巻いたままで、あごの下までおろしていたすす除けの布を引き上げて顔を覆う。最後の煙突掃除だ。ロープの先に付いた引っ掛かりを煙突の縁にかけ、強く 引っ張って外れないのを確かめる。準備完了、俺は煙突の縁に足をかけた。
何度も言うが、この仕事は最低だ。そいつは決まっている。だけど、これくらいなら言ってやったっていいかもしれない。煙突掃除って仕事も、それほど……
「悪くねえ」
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
間
IEの人には変に見えるかもしれないけど
ネスケでちゃんと表示するためなの
どうか、かんべんしておくんなまし
ちくしょー!
こんな手間僕だってかけたくない!
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