戦鼓笑歌( 2002/01/30)
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作者
magisi
登場キャラクター
ネス、ジャスティア



―死の陰の谷を行くときも わたしは戦いを恐れない。

―あなたがわたしと共に居てくださる。

―あなたはわたしに勇気を賜れる。



「先ず、聞きたい。お前はマイリーが咎める中で最も大きなものが何であるか答えはもっておるか?」
「もちろん、正義無き戦いです!」
黒い頭髪にちらほらと白いものが目立ち始めた年頃の神官は、眼前に立たせた少年が
己の問いに間髪入れず淀みなく、まして疑いなど欠片も見えない返事をした事に僅かに溜息を漏らした。
背を丸めて膝についた肘を支えに頬杖をつく。
答えとしては、少年の言葉はもちろん正解なのである。
少なくともそう教えてきているのは自分たち先達の神官や司祭達であって其処にいる少年は
忠実に教えられた事を学び、答えたに過ぎない。
先入観を持たぬ子供という存在は教えられたことを批判せず丸覚えに飲み込んで行く。
同時に感じる事は、彼等の感覚は本能的に判断し、人間らしく、決して偏らない事の筈だ。
つまり――
《他の答えを聞いたことが無いからだろう》
司祭は僅かにかぶりを振った。
少年の答えがそれこそ教本通りなのは、知識が足りない為、自分の言葉に出来ない為なのだろうと。
椅子に腰掛けた自分を見下ろす形になっている少年が僅かに不安の色を滲ませた表情で小首をかしげた。
「ネス司祭様、俺の答え、間違いですか?ほかに何か教わって・・・」
自信を持って出した答えに対する出題者の態度がこれではどんな人間だって不安になる。
ネスと呼ばれた司祭は顔を上げ何でも無いという風に軽く手を上げその先にまだ言葉を
紡ごうとした少年を制した。
「ならば、問い直そう。ジャスティア。・・・欠けてはならぬ”正義”とは、なんぞ?」
この問いには即座に返答が返ってこなかった。
ジャスティアはネスと、その僅か上の宙を交互に見つめてしきりに考え込んでいる。
その口元が僅かに開かれたり閉じられたりしている様を見ると、少年の中に既に答えはあるのだろう。
ただ、それを言葉にする術を持ち得ないだけだ。
《そもそも、正義無き者に我が神が目を留めることは有りえ無い。有ってはならない事だ。》
それは、確信だった。
だからこその問いかけだ。
ジャスティアが喜色を体中で表してマイリーからの声かけがあったと報告してきたのはつい先日の事。
即ち、彼の中に宿る”正義”をマイリーが認めたと言う事。
未だ口を開きあぐね眉根を寄せている状態のジャスティアに視線を戻し、傍らの羊皮紙に
その文字を綴ってみる。
ずしりと、重みのある字体だ。
彼のその文字、言葉に対する自信がそうさせているのかもしれない。
「正義。即ち・・・”正”しい”義”」
唐突かつ思わせぶりなネスの言葉だったが、ジャスティアはその意図を汲み取ったようだった。
考えを纏める為に宙を睨んでいた視線を、瞬時にその羊皮紙上の文字へと集める。
「”正”(しい)・・はオレにも解ります。でも、”義”は」
解りません、と、ジャスティアは首を否定の形に振った。
素直に解らないと答えた少年に、ネスは笑みを向けた。
「”義”とは”自分で正しい、と思えることの根本で、元と言う事」
「なら、人によって違うものになるんですか?」
「そう。だから己の中にしっかり自分の”義”をもっておればいい。
 ・・・しかし人の心とはあまりにも不確かな物」
ネスは、言葉を置いて少年の顔を伺い反応を見た。
ジャスティアは僅かに考える素振りを見せると頷きと共にネスの言葉を継いだ。
「不確かで、人によって正義が違うから・・・自分の正義を守るために戦うんです。
 マイリー様は正義"ある”戦いをする者をずっと応援してくれます」
ネスはもう一度少年に笑いかけた。
ひとまず、充分な答えが返って来たと思った。

ネスは整然と並べられた椅子を己の前に手繰り寄せその調和を乱した。
此処が大聖堂であれば今日執り行われる成人の儀の為に許されなかっただろうが。
まだ話は長くなりそうだ・・・引き寄せた椅子を指差し、ジャスティアに着席を促す。
「しかし、しかしだ。戦いを忌避する者も多かろう?」
司祭は、少年に”戦い”とはどういうものかを伝えたかった。
この年頃の少年には憧れや格好のみで戦うと言う事に憧れを持つ危うさがある。
丁度、その憧れの為に神の元へと召還された自分の息子がそうだったように。
正義ある戦いの中で死に行くことはマイリーを奉ずる者にとって決して嘆くべきことではない。
むしろ歓迎される事であり、残された物は相手が喜びの野に向かい戦神の陣へ招かれたと信じて疑わない。
《しかし、戦うと言う事が本当に理解出来ぬままにマイリーを信ずるのは、熱病にうかされたような物だ》
眼前の少年は未だ戦地に赴いたことは無く、故に、いざ本当の戦いを見せ付けられた時の反応が懸念された。
戦いというものの非情さ、酷さ、狂気を口伝で教え込む作業は困難を極めるだろう。
神妙な顔をして姿勢を正し、自分の言葉の続きを待つジャスティアに一つ頷きかけるとネスはその作業に
取り掛かった。
「お前は、死にたいか?」
ジャスティアの目が見開かれ、質問の本当の意図を探ろうとするのが見て取れた。
されど真意は汲み取られず、言葉の表の形をなぞりその返答には否定の形に振られた首が中る。
「いいえ。オレは、死にたい訳ではありません」
当然の答えだ。
人は、本能的に極端に死を厭っている。
子供の頃を思いだせば墓や霊安室と言った死に纏わるものは全て恐れ敬遠していた。
少年期は、最も生きる事そのものに旺盛な時期なのだ。
それを考えれば如何に子供たちが生きようとしていること、身を守ることに無意識に神経を
注いでいるかが計り知れる。
「ならば、生きるためには何が必要か?」
もう一度、ジャスティアは首を横に振った。
質問が抽象的過ぎて先ほどから意図を把握しかねている。
ネスの話し方にはそう言う癖があった。
もっとも、神官職、それも教義を多く説く立場にある神官にはこういうもって回ったような
言い方をする人間も多く、彼独自のものという訳ではなかったが。
答えを出すことが出来ずジャスティアの表情に困惑が浮かび始めたのを見て、ネスはもう一度質問に移った。
「もう一度問うぞ。身を守るためにはどうすれば良い?」
《え?》と、ジャスティアが声に出さず口を僅かに開けることと数度の瞬きで疑問符を浮かべる。
もう一度言う、と言う前置きに、繰り返されるだけの筈の質問が違う物になっていたからだ。
だが、僅かに開けられた口は直に閉じられると笑みの形に象られた。
『生きること・と身を守ること』は同じ事で、ネスの質問はやっぱり同じ物なのだと理解したのだ。
身を守れないと言う事は即ち、死に対抗する術を持たないと言う事。
ジャスティアは、今度こそ確信を持って答えることができた。
「戦うことです」

 ネスは自分の意図する所を教え子が充分に受け止めてくれた事に満足に笑んでからまた話を継いだ。
「人が人として”生きる”と言う事は”戦う”事に他ならないのだ。
 戦いを疎み、放棄する事は、即ち死人と同等という事。
 確かに、戦になれば、つらく悲しいものだ。だからこそ”平和”という言葉は美しく聞こえる」
「はい。平和が嫌いな人なんて、よっぽどです」
戦士の中には、稀に戦いによって相手を屠る事にのみ悦び見出す者がいる。
彼らは、きっと平和こそを忌避するのだろう。
何度かそういった人間の話に聞くうちに、そんな”狂戦士”にだけはなるまいと思っていた。
少なくとも、そんな戦いをマイリーが「正義ある戦い」と認めてくれるとは思えない。
「しかし、平和とは自ずから手に入るものでは無いのだ。
 勝ち取らねばならぬものなのだ。 故に、戦いを恐れてはならない。
 まして疎むのは、最も愚かしい事だ」
ネスの口調が諭すような物に変わった。
それは己の心内を相手に理解して欲しいという願望が入り混じり始めたからであり、
目の前の少年であればその教えを受け、自分の物として噛み砕く事が出来るだろうという
想いからでもあった。
「ただ上辺だけの平和であれば幾らでも語れよう。
 だが、忘れないで欲しい。
 今ある平和は全て戦いによって勝ち取られてきた物だと言う事を。
 それを否定することは、ただの偽善に過ぎないと言う事を」
その言葉に含まれたネスの想いに答えるように、ジャスティアはしっかりと頷きを返した。
「そして、これからもずっと勝ち取っていかなくちゃならないんですね!」

 ネスは、結局あえて戦その物の生々しさを語ることは避けた。
語るべきでは無いと判断していた。
身を持って体験していないものに幾ら話聞かせたところであの感覚は解る物では無い。
もしも語りきれるとしたらそれは己ではなくもっと経験豊かな物に委ねるべきだとも思った。
しかし、生きるが故に、守るが故に決して避けて通る事の出来ない道なのだと理解さえしていれば
どんなに辛くあろうとも受け入れられる筈だと信じたのだ。
なにせ、彼は自分が信じ愛して止まない戦神の目にとまるまでに成長してきたのだから。
ネスは、自分も頷きを返すと、”最後に”と注釈を置いて質問をした。
「お前にとって、マイリーの教えとは何だ?」
その問いに、ジャスティアは以前ダルスというドワーフの神官が語っていたことを思い出した。
【マイリーはただ、「勇気もて」と仰る。全てを集約すればその一言に尽きるのじゃよ。】
それは、自分の中でもっとも好きな言葉の一つになっていた。
今はまだ、その神官のように揺らぎない言葉でその事を表せなかったけれど、
本当に、そう思えたからだ。
しばしの思案のあと、ジャスティアはようやく口を開いた。
「活きていくと言う事です」
ネスは、それを聞くと会心の笑みを浮かべた。
言いたかったことは、全て伝わった。
それから、キ、と表情をわざとらしいほどに引き締めると一言付け加えた。
「私の言いたいことは全て言った。
 だが、この言葉全てが正しいなどと奢る事は決して出来ないのだから
 他の人間の言葉もしっかりと聞いて行きなさい。
 例えばお前が師と仰ぐ剣士は、私よりよほど戦いに通じているかもしれない」
いい終わって、また破顔した。


「ジャスティア!忘れていた!」
思い切り良く頭を下げて礼拝堂から駆けだしかけたジャスティアがネスの言葉に
くるりと振り向きその場に留まる。
何だろう?と僅かに首を傾げて続く言葉を待った。
「マイリーは、お前になんと声をかけた?」
ネスの顔は好奇心に溢れていた。
元来、説法でもしているのでなければ子供じみた態度も良く取る男なのだ。
ジャスティアは、最初にそのことを報告してきた時と同じ笑顔を作ると元気良く叫ぶ。
「オレが、一番最初に聞いたのは、マイリー様の笑い声です!
 マイリー様の笑う声って、まるで戦鼓の響きみたいですよ!」
そのまま駆け出していったジャスティアを見送って、ネスは口元が緩むのを止める事が出来なかった。
声が聞こえた事実は間違いないだろう。
神の言葉はまるで記号のように飛び込んでくる物で、真意を測りきれない物も多い。
”笑い声”と解釈したのは、他ならないジャスティア自身で、真実かどうかは別の物には決して
判断が出来ない。それこそ、マイリーでない限り。
駆けていった少年は良く『マイリー様が好きだ』と言っていた。
その気持ちが、そう思わせたのかもしれない。
他の高司祭が同じ言葉を聞いたなら、別に意味があるのだと気づくのかもしれない。
しかし、それはジャスティアが成長した時に改めて気がつくなら、それで良い事であった。



礼拝堂に、大聖堂からのざわめきが届き始めた。
間もなく、成人の儀がとり行われる筈だ。
教え子達の晴姿を見るために、ネスも椅子から立ち上がった。




  


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