祈り
( 2002/02/01)
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作者
松川彰
登場キャラクター
A・カレン
「では、失礼いたします。ナイマン司祭殿」
一礼して、彼はその部屋を辞した。南国の人間の血が入っているのか、浅黒い肌を持った若い男である。黒い髪、黒い瞳、そしてその肌。白を基調とした神官 衣とは、あまりそぐわない。だが、紛れもなく彼は神官なのだ。彼自身が今、廊下を歩いているこの建物に奉られている神に仕える者なのだ。この建物を、人は チャ・ザ神殿、と呼ぶ。彼の名はアーサー・カレン。普段は名字しか名乗らないため、彼のファーストネームを知る者は少ない。
「まったく…またこんな時間じゃないか……」
窮屈な神官衣の襟元をゆるめながら、出口へと進む。やや早足で。ナイマンという壮年の司祭に気に入られているのか、それとも目をつけられているのか。時 折こうして捕まっては、相手をさせられる。他愛もない、ただ長いだけの話だったり、ナイマンの宗教論であったり。
だが、怒りやいらだちはそれほど感じない。約束がある時などに、長時間、拘束されるのは困りものだが、そうでもない限り、司祭の話を聞くのは決して嫌い ではないのだ。
(師匠に……少しだけ似ているからかもしれない)
そうも思う。
師匠。カレンには2人の師匠がいた。盗賊の技を仕込んでくれた人間と、神官として導いてくれた人間と。思い出していたのは、今はベルダインにいる司祭の ほうだ。おそらく、そろそろ40才を過ぎたあたりだろう。ナイマンよりも幾つか若いはずだ。
(あの人は…不死者の研究が専門だった。その点ではナイマン司祭とは違うな)
思い出して苦笑する。師匠が譲り渡してくれた膨大な記録は、整理して綴じてある。時折、冒険者として依頼された仕事や、潜る遺跡の下調べとして、その記 録を読み直すことがある。そして読み直すたびに思うのだ。よくもこれだけ集めたものだと。
神殿の外に出て、自分の宿に帰ろうと歩き始める。神殿の前に広がっている空間は、“神殿前広場”という、何のひねりもない通称で呼ばれている。正式な名 称があるのかどうかは、実は知らない。どこに行っても“チャ・ザ神殿前の広場”で通じるからだ。
昼間なら、露店や吟遊詩人、買い物帰りの通行人たちで賑わうその広場も、真夜中を過ぎたこの時刻には人気がない。
「……?」
ふと、人影を見つけた。酔っぱらいだろうか…と、よぎった考えを、だがすぐに捨てた。広場の片隅、石のベンチに腰かけているのは、まだ若い女性だ。20 代後半という自分の年齢よりも幾つか年下だろうと見当をつける。だが、はたから見れば20才を過ぎたばかりにしか見えない自分と、見た目はそう変わらない とも思う。酔客でもなければ、娼婦でもなさそうだ。どことなく上品な……気品らしきものが感じられる。
不審に思って近づいて…そして思い出した。この1ヶ月、毎日チャ・ザ神殿に通っていた女性だ。いや、通っていたというのは不正確かもしれない。なぜなら その女性は、神殿の敷地内に入ったことはないのだ。いつも、神殿とそれが擁する庭を囲む低い柵の脇にたたずんでいた。
1日や2日なら目にも留めない。だが、1ヶ月の間、毎日欠かさず同じ場所にたたずんでいては記憶にも残るというものだろう。元来、どちらかと言えば社交 的ではないカレンは自ら声をかけるのをいつも躊躇っていた。彼女が神殿を見上げるその視線に、わずかな怯えを感じ取っていたからかもしれない。声をかけた ら逃げ出してしまうのではないか…そう思えたのだ。だとすれば、自分から勇気を出して1歩踏み出すのを待たないと、何かを壊してしまうかもしれないと…そ う思えたのだ。
だが。この夜の彼女は違った。その静かな視線は、今は神殿ではなく自らの足元に向けられている。
「何か……神殿に御用ですか?」
カレンは声をかけた。神殿のすぐ前、そして今の自分の服装…それを考慮して、丁寧な言葉遣いを心がける。神官衣を着ていなければ、もう少しぞんざいな言 葉遣いになったんだろうな、とわずかに居心地の悪さを感じながら。
彼女が顔を上げる。かすかに驚いたような色がその琥珀色の瞳に浮かんだ。
「あ……神官さま…ですね」
細いその声を聞いて、やはりまだ若いなとカレンは思う。20才か…ひょっとしたら10代かもしれないと。柔らかそうな金色の髪は、彼がよく知る仲間のも のと同じ色合いだ。だが、その仲間のものと違って、ゆるやかに波打って背中を流れている。その一筋が、顔をあげたはずみで、はらりと揺れた。
「神官……ええ、そうです」
神殿の前で、神官衣を着て…それ以外に名乗れるわけもない。そして、自分が神官であることは事実だ。たとえ、奇跡の行使が全く…いや、『ほぼ』出来ない としても。そのことを気にかけているのは、カレン本人だけではない。ナイマン司祭もそうだ。それがわかるからこそ、カレンはナイマン司祭のもとに通う。そ して、冒険者として生活しながらも、用事や仕事がない限りは神殿での奉仕につとめることにしている。
「毎日、ここに来てましたね。……あそこの柵のところで」
ベンチに座る女性の目の前に立ったまま、カレンは今出てきたばかりの神殿を振り返った。月明かりに浮かぶ神殿の姿を視界におさめ、そしてすぐに女性へと 視線を移す。
その視線に促されるかのように、女性はうなずいた。
「ええ。………中に入る勇気が持てなくて」
「神は人を罰しません。懺悔に来たのならば……」
「あ…いえ。そのような………」
言い惑いながら、女性が顔を伏せる。もう少し遠回しに尋ねたほうがよかったかと、カレンが後悔し始めた時。
「………あの。ちょっとだけ…お話をしてもよろしいですか?」
「ここで、ですか?」
「ええ………ご迷惑でなければ」
「……構いませんよ」
…司祭の長話を聞いたついでだ。今日は約束もないし。カレンはそう判断して、女性の隣に腰を下ろした。
「昔話…なんです。この1ヶ月…ずっと、そのことばかりを考えてました。ええ、あの柵のところで。もう……随分と昔の話になります」
(随分と…と言うわりには…彼女はまだ若いはずだが…)
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。が、口を挟むのは差し控えた。
「その頃は、ここじゃなくて…ええ、カゾフのほうにおりました。私の家は、学者の家系だったんです。……もちろん、そんなに裕福じゃなかったんですけれ ど。そして、私には妹がいました。私と妹は…双子です。両親は私たちを分け隔てなく育てました。私と妹は…仲がよく、そして何もかも同じでした。顔も声も 仕草も…着る服の好みも。両親でさえ、私たちを取り違えるほど」
そう語る彼女の声に、少しだけ懐かしさと楽しさが入り交じる。カレンがそっと横顔を窺うと、淡く届く月の光に照らされて、彼女は微笑んでいた。あらため て、その女性の美しさに気が付く。どこか儚げで、存在そのものを稀薄に感じてしまうような美しさ。
ふと、女性が振り向いた。横顔を見ていたカレンに視線を合わせる。不躾に眺めていたのを悟られたかと、カレンが視線を逸らそうとした矢先。
「……デュラハン、という言葉を聞いたことがありますか?」
「デュラ…ハン?」
一瞬、言葉の意味をとらえ損ねる。知り合いの名前にはない…と考えかけて、思い出した。師匠が残した膨大な記録の中にその名前がある。不死の怪物とし て。
「首のない…騎士のことですね」
記述を思い出しながら、女性に確認する。うなずきが返った。
「ええ、その通りです。甲冑をつけた、首のない騎士。亡霊の一種だと言われてますね。首のない馬に戦車をひかせて、自らの首を片手に提げて…そうして、家 を訪れては家族の死を予言していく不死者。予言された家族のもとには、1年後に再び現れて…家族の1人の命を奪う亡霊です」
「詳しいですね。……ああ、学者の家系だと…」
女性の説明に半ば本気で感心しながら、カレンがうなずいた。が、女性は穏やかに首を振る。
「……いいえ。…ああ、学者の家系なのは事実です。私も幾ばくかの学問は修めました。ですが…私がデュラハンに詳しいのは、書物で得た知識ではありませ ん」
「では、どなたか知り合いの賢者か神官に…?」
もう一度、彼女は首を振った。柔らかく微笑んで、口を開く。
「……実際に見たからです」
「実際に? それは…」
「ええ、あの夜の……あの瞳は…長い時を経た今でも忘れられません。無言のままに、すっと差し出した指を…忘れられません」
口元を微笑みの形にとどめたまま、彼女は目を伏せた。カレンが口を開かずにいるのも気にせずに、再び口を開く。
「そしてそれからちょうど1年後…デュラハンは現れました。父は、家じゅうのお金を集めて、冒険者たちを警護に雇ったんですが…全員、殺されました」
(それは…仕方ないかもしれない)
口には出さず、カレンはそう思った。不確かな知識ではあるが、デュラハンのことは資料で少しだけ知っている。冒険者としての自分は、決して腕が悪いほう ではないと思う。仲間にも恵まれている。だが、それでもデュラハンを退治しろと言われたら……。その仕事は、おそらく受けないだろう。
「家族の1人も……ええ、妹です。殺されました。妹には…婚約者がいたんです。次の年には結婚する約束もしていました。デュラハンを…あの首無し騎士を冒 険者たちが追い返したら…そうしたら結婚しようと、そう約束していたんです。殺されたのが…妹ではなく、私だったら……もし私が殺されて、妹が生きていた なら…妹は婚約者と幸せになれたでしょう」
力無い微笑みを湛えたまま、彼女は言った。
「ですがそれは、結果論に過ぎないのではありませんか? 逆の立場であったら…今こうして、双子の姉妹の片方を悼むのは、妹さんであったはず。自分が代わ りにと言うのは……」
慰めの言葉を口にしかけて、やめた。彼女が望んでいるのは慰めではないと気づいたからだ。
「ええ…わかってます。………私と妹は、同じでした。顔も声も何もかも。……ええ、男性の好みまで。妹が愛した男性を…私も愛していたんです。でも、何も かも同じだったはずの私たち2人なのに、彼が選んだのは妹でした。私ではなく。そして、デュラハンが選んだのも妹でした。……私ではなく。そうして……… 信じられますか? あさましい私は…それでも許されますか? ……ああ…私は……妹の振りをして、彼と……結婚したんです。彼と結ばれて…私は妹として生 きていました。デュラハンに殺された“姉”を悼みながら、それでも私は彼と同じ寝台に寝ていたんです。妹として」
「……悔やんで…いらっしゃるんですか?」
我ながら陳腐なことを聞く…と、カレンは思った。それでも、何か声をかけないと、彼女が消えてしまいそうな気がしたのだ。
「ええ。悔やんで……悔やんで悔やんで……でも、ついに何も言えませんでした。夫には何も話せず…名前を偽って一緒に暮らして。そして、子供までもうけま した。生まれたのは、娘です。私と同じ髪と瞳を持った娘。夫は…娘に“姉”の名前をつけました。ええ、もちろん…それは私が捨てた名前です。妹として生き ると決めた時に、捨てた名前です」
とても、笑って話せる内容の話ではないはずだ。なのに、彼女は微笑んでいた。
(この人は……何歳なんだ?)
20才そこそこかと、最初は見当をつけた。なのに、月明かりの下で見る彼女の年齢が分からなくなってくる。15才と言われても信じるし、40才を越えた と言われても信じるだろう。妖精でも半妖精でもなく、紛れもなく人間であるはずなのに、年齢が分からない。
「しばらくして…夫と娘は…流行り病で命を落としました。…そのときも、私は生き残ってしまったんです。熱に浮かされる夫の看病をして…夫のうわごとをた だ、聞いておりました。そうしたら…彼は言うんです。すまない、って。繰り返し繰り返し…高熱でもう意識なんてとうにないのに…それでも呟き続けるんで す。『すまない、僕は君を殺してきた』って。意味を聞こうとしても、答えてくれずに…そのまま逝ってしまいました。でも、数日後、夫の遺品を整理していた ら…手紙を見つけたんです。病を得てすぐにしたためたものらしく…その日付がありました。手紙には……体を侵す熱に震える文字で、真実が書かれていたんで す」
ふと、彼女がカレンを見つめる。カレンもその女性を見つめ返した。
ゆっくりと、彼女が目を閉じる。琥珀色の瞳を、白い瞼で遮る。
「『すまない。僕は知っていた。あの時、首無しの騎士が殺したのは姉ではなく妹のほうだと僕は知っていた。心弱い僕を許してくれ。ティルファナ…いや、サ ラディナ。僕はティルファナが死んでしまったことに耐えられずに、君がサラディナだと知りながら、知らない振りをしていた。サラディナを殺し続けてきたの は僕だ。ティルファナを失うことに耐えられなくて、君を犠牲にしてきたのは僕だ。娘のサラディナが死んでしまったのは、僕への罰なんだろう。すまなかっ た。僕を許してくれ。サラディナ…僕はティルファナとしてしか君を愛せなかった』……何度も読んで、覚えてしまいました。一字一句、彼の文字の震えまで」
「では…貴女は…サラディナさん?」
「………いいえ。私はティルファナです。両親すらも取り違えた私たち双子。どちらがどちらだなんて…誰にもわかりません。実際、小さな頃は、両親が間違え るのが面白くて、互いの名前を取り替えて遊んでいたんです。今日は私がティルファナ。明日はサラディナ、というように。どちらがどちらでも…私たちには同 じだったんですから。……でも、彼が私をティルファナとして愛したなら、私はティルファナなんです」
震えるその声に、涙の気配を感じてカレンが彼女の顔を見つめる。だが、その瞳は潤んではいたものの、涙は流れてはいなかった。
「貴女は、それで……いいんですか?」
「ええ。……申し訳ありません。つまらない話で、お引き留めしてしまいまして。…ああ……でも、よかった。神官さまにお話を聞いていただけて…もう、思い 残すことはございません」
静かに、彼女が微笑む。
「思い残す…って……それじゃあ…。待ってください。自ら命を絶つなんてことは…!」
「ああ…いいえ、いいえ。そういうことではないんです。………あの…不躾なお願いをしてもよろしいでしょうか?」
穏やかな微笑みは、死の気配を感じさせない。だが、奇妙な清々しさに不吉なものを感じて、カレンは眉をひそめた。
「……内容にもよりますが」
「簡単なことなんです。……ええ、貴方にはとても簡単な。私を……礼拝堂に連れて行っていただけますか? チャ・ザ様を拝する場所に」
「…ええ、それだけでしたら…。神殿の門はどなたに対しても、いつでも開かれていますから」
もしも自殺の気配が感じられたら、それは止めようと。そう決心してカレンがうなずく。
「ありがとうございます」
満足げに彼女は微笑んだ。降り注ぐ淡い月光に照らされて、その笑顔はひどく儚く見えた。
「こちらが…礼拝堂です」
礼拝堂に続く、チャ・ザの聖印が彫られた扉を開けて、カレンは中を示した。かすかに軋む音が廊下に響く。
「ああ……ここが……」
わずかにかすれた声で、彼女は呟いた。足をゆっくりと踏み入れる。
信者が説法を聞くために、木製のベンチが幾つも並べられている。扉と祭壇を結ぶ中央は通路になっていた。そこを一歩一歩、ゆっくりと進みながら、彼女は 頭(こうべ)を垂れていた。
結婚の儀に臨む花嫁のようだ、と。今の時間や、彼女の境遇には不似合いなことを承知していながら、カレンは思わずにはいられなかった。背中を覆う、ゆる やかに波打った金の髪は、明かり取りの窓から差し込む月光が柔らかに照らし出している。彼女が着ている、飾り気のない濃紺の服は、花嫁衣装よりも美しく見 える。
祭壇の手前でひざまずく彼女を、少し離れた場所からカレンは見守った。神官衣を着ているため、丸腰ではあるが、もしも彼女が不穏な動きをしたとしても、 飛びかかって止められる自信はある。その自信を保てる、ぎりぎりの距離である。
「……人の出会いを司るチャ・ザ神よ…。私が彼と出会ったのは…そして、私ともう1人の私が双子として生を受けたのは…あなたの司る幸運であったのでしょ うか。私は……許されますか? 神よ…お許しください。私は……私の本当の名前は………ナ……」
囁かれた言葉は、カレンの耳に届かなかった。
どさり、と音が響く。
その場に崩れ落ちた彼女の体に、カレンは慌てて駆け寄った。
「まさか、毒を…っ?」
急いで、彼女を抱き起こす。当直の神官が解毒を使えるなら良いが、と考えながら。
だが、その意に反して、彼女は安らかに寝息を立てているだけだった。青ざめた顔には衰弱の色が窺えるが、それ以外には異常は見られない。
(……? いや、おかしい…)
先ほどまでの彼女と、明らかに顔立ちが違って見える。目を閉じているせいかとも思うが、それだけでここまで印象が違うとは思えない。
とりあえず、当直の神官に、預けることにした。事情を聞かれたが、適当に言い濁す。全てを語れるわけでもないし、当人の意志を確認もせずに言いふらすわ けにもいかないと判断したからだ。
(やれやれ……夜明けが近いな)
事後の処理を終え、ようやく帰途についたのは、曙光が差し始める直前だった。
数日後。
「……んで? その話の続きは?」
定宿にしている、“古代王国への扉亭”。カウンターで、酒の肴になるような話はないのかと相棒の半妖精にねだられて、カレンは一部始終を話した。話し終 えた後に、そう尋ねられて、わずかに苦笑する。
「続き?」
「ああ、続き。だって、人に話さないほうがいいかもっていう話を俺にしたってことは、それだけじゃ済まなかった…っていうか、別の決着がついたってことだ ろ?」
そう言って笑う相棒の髪を見る。柔らかい金色の髪。確かにあの夜の彼女はこれと同じ色合いをしていた。月光に淡く光る、豊かに実った麦の穂の色。だが、 翌日に、神殿の施療院に彼女を訪ねていった時、その髪は明るい茶色でしかなかった。
「そうだな。続き…ね。目を覚ました彼女は、ハンナって名乗ったよ。商業区の外れに住んでいて、雑貨屋の手伝いをしている22才の女性だった。恋人もいな い、子供もいない。結婚歴ももちろんない」
カレンのその言葉に、話を聞いていた半妖精は片眉をわずかに動かした。視線だけで続きを催促されて、苦笑しながら言葉をつなぐ。
「それとな。師匠の記録をあらためて調べたんだ。デュラハンの項目を。まぁ、師匠が実際に見聞きしたことではないらしいんだけどね。カゾフにデュラハンが 出現したことは書かれていた。双子の姉妹の片方が命を落とした、とね。ブラムウェル家っていう、学者の家系だ。学者には珍しく、ラーダじゃなくてチャ・ザ の信者だったらしいな」
「それは……何年前の話だよ?」
ワインを口に運びながら、そう聞いてきた半妖精に笑ってみせる。
「ああ……いい勘してやがる。そう、記録によれば30年以上前の話だ。チャ・ザ神殿でさ、ハンナと名乗るその女性に話を聞いて、司祭たちが断言したよ。亡 霊に憑依されていたんだろうってな」
「ふん…なるほどね。憑依してまで果たしたかった未練は……チャ・ザ神殿にお参りすることか? それとも…神官に懺悔することか?」
自分もワインを口にしながら、カレンは軽く肩をすくめた。
「さあね、俺もそこまでは知らないよ。とにかく、そのあとには、不死者の気配はもう残ってない、と調べがついている」
飲み干したワインのお代わりを給仕に頼みながら、半妖精がわずかに首を傾げる。
「………なぁ? 俺、ひとつ気になるんだけど」
「なんだ?」
「結局、おまえが会った彼女は……どっちだったわけ? 姉か、それとも妹か」
「……師匠の記録には娘の名前は書かれてない。そして、彼女が最後に祈った言葉も、俺には聞き取れなかった」
そう、聞き取れなかったんだ…と、内心で更に呟く。
だから、彼女にしかわからない。
隣に座る相棒の金の髪を見ながら、カレンはかすかに微笑んだ。
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