『道』( 2002/02/09)
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作者
原案:高迫 由汰  加筆:松川 彰
登場キャラクター
トゥーリ、キア



鬘なんかつけたことなかったから、ちょっとした動きでずれてしま う上に、どうも頭がむず痒くって仕方がない。慣れない化粧にどうしても顔がこわばって、表情すら自由に出せやしない。冷静に考えてみれば、俺がこんな事を する道理はない。


 あれは確か…2、3日前だ。
 酒の席だった。酔った勢いの発言で流してしまえば良かった、まぁ、奴はそれを許しはしなかったろうが。いや、もしかしたらそこまで計算して、俺を飲みに 誘ったのかもしれない。だとしたら、食えない……いや、俺の教育が行き届き過ぎたのか?
 弟分…いや、性別を考えれば妹分と表現したほうがいいのかもしれない。でも、キアの姿を見ていると、弟分としか呼べないのが不思議なんだが。ともかく、 俺を兄貴と慕う草原妖精のキアと酒を飲んだ。いい加減、杯を重ねた頃に、キアが言い出したことは、俺の理解を超えていた。…が、俺のほうにも酒が回ってい たのは事実だ。そんな事を言うなら、まずおまえがフリフリのドレスでも着てみやがれ、と言ってみた。
 冗談のつもりだったはずだ。いつも、女の子らしい服装をあれだけ嫌がっていたんだから。いつだったか、俺が仕事の報酬にと渡したフリルのたっぷりついた ワンピースを見て、キアは嫌がらせだろうと叫んだ。嫌がらせではなかった。からかっただけだ。
 ともかく、そんな交換条件を出されたからには、俺に出した要望もすぐに引っ込めるだろうと……俺はそう思って…。
 ……次の日だ。キアがドレスを着てきたのは。しかも、ご丁寧に頭にリボンまで結んでいやがる。どうしたんだと聞くと、霞通りのダーリヤが飾ってくれた、 と。なんだか泣きそうな顔で呟いた。似合ってるんだから、泣きそうな顔になることはないのに、と思ったが……慰めようとして、伸ばしかけた手が、キアの次 の台詞を聞いて、握り拳に変わった。
「約束なんよぉ? 兄ちゃん、昨日のこと、覚えてるん?」
 殴りこそしなかったが、握った拳が震える。……いや、キアに言われた作戦は、面白そうだと思ったのは事実だ。それは認める。けど、実行することとは…別 だろう? なぁ?


 酒の席とは言え、約束をして…しかも、相手が交換条件を実行したからには、後に退けるわけもない。“二枚舌”のトゥーリ、と呼ばれてはいるが、舌を使い 分けることと、約束を反故にすることとは別だ。
 周りの人間が俺をもの珍しそうに見ている。お世辞にも綺麗とは言えない化粧の仕上がりを隠す為に、長い鬘の髪をうっすらと顔にかかるようにしているせい か、それが陰りに見えているらしく、とりあえず好評のようだ。嬉しくないが……誰だ、今俺を見て口笛吹いた奴。
 それにしても……スカートというものが、これほど落ち着かないものだとは思わなかった。世間の女性をあらためて尊敬する。ああ…胸に詰めた綿が微妙に邪 魔で気持ち悪い…。
「背ぇたけぇなぁ、お嬢ちゃん、新人か?」
 やっとやってきた目当ての野郎に声をかけられる。奴に向かって微笑………してるつもりだ、顔が巧く動かねぇ。
「緊張してるのか?よし、この俺がこの世界のこと、じっくり教えてやるよ、なぁ」
 そう言って俺の腰に手を回してきた。……我慢だ、耐えろここは。ここで振り解いたら、計画が台無しじゃないか。
 奴に促されて歩いてる中、斜め後ろをちらりと見ると、そこには今にも噴出しそうなのを必死にこらえている二つの影がある。時折酒を酌み交わす金髪の半妖 精と、その足元にいる弟分でもある茶髪の草原妖精。
 ──俺は軽く溜息をついた。


「見舞いねぇ……なぁトゥーリ、俺達『本業』を馬鹿にしたような奴ら、仲良くしてどうするんだよ。俺達の仕事を舐めてるから、『片手間』でやろうなんて 腐った根性でいられるんだぜ? あげくがそのザマじゃねえか。いっそ死んじまえば良かったんだよ、あの混ざりもん。見舞いに行って、とどめさしてくるなら 別だけどなぁ?」
 カレンやキアと共に、ラクスラクタを捕らえて上に差し出した日から数日後、何人かで固まって騒いでいた奴らに巣穴で言われた一言。その固まりの中心にい たのは、ゼップと言う中年の男。本人も知らない裏での仇名は『尾長ザル』、誰がつけたのかは知らないが、あまりにもぴったりだ。
 ラクスラクタを捕らえる仕事は、本来なら俺とラスが請け負った仕事だった。連絡係ということで、キアを連れていったのは俺の判断だが。仕事の途中で… まぁ、言ってみりゃアクシデントなんだが。ラスが怪我をした。とりあえずギルドの息がかかった治療院へと運んで、仕事の後釜に、ラスの相棒であるカレンを 呼び出した。だから、結果的に仕事は終わってるんだ。今更、ゼップに文句を言われる筋合いはない。
 確かキアと共に、ラスの見舞いに行こうかどうしようか話しているさなか、既に退院したという連絡を受けて、いくらなんでも退院にはあまりにも早過ぎると 思った後、あぁ、例の『彼女』とやらにでも治してもらったかと、つい笑みを零してしまった時だったろうか、話しかけられたのは。
 奴らの言い分を聞いての感想は、馬鹿馬鹿しい、だった。
 無視してたほうが…というより、相手にするのも面倒だったので、何も言わずにキアを連れて立ち去ろうとしたが、相手はしつこく言ってきた。うざい、うざ 過ぎる。
「うるせぇな、『片手間』だとか『本業』だとか、そんな事をうだうだ言ってる暇があれば仕事しろってんだ。同業者を馬鹿にしてて情報が入るなら、誰も苦労 はしねぇんだよ」
 とうとう、うざさに我慢がきかなくなって、俺は一言言い返した。こうなったら相手が黙るまで止まらない。自分自身でもよくわかっている、悪い癖だ。
「な…! テメェは奴らが俺らの仕事を面白半分でやってるのがむかつかねぇのかよ!!」
「面白半分? 馬鹿かテメェらは……いや、聞くまでもなく馬鹿だったな、すっかり忘れてたわ」
「なんだとこらぁ!」
「だいたいテメェらの場合はプライドばっか高い上に人の荒探して馬鹿にする事しかしてねぇから、仕事もろくに回ってこねぇんだよ。ラスとかに仕事取られる のが悔しいんだったら、仕事の選好みなんざしてねぇで真面目にやればいいじゃねぇか、こんな風に本人がいねぇ所で陰口叩いてねぇでな。大体油売ってる暇が あるんだったらちょっとした仕事がこなせるだろ、『本業』だって言い張るんだったら」
 ほとんど一息に言ってやる、奴らの顔色は怒りで赤を通り越していた。小さな声でキアが『サルみたい』と言って笑ってるのが聞こえる。同感だ。
「トゥーリ、てめぇ!!……」
 怒鳴り散らそうとしてる野郎の声を遮って、俺はついでにともう少し毒を吐いてやった。
「あぁ悪い、貴様らには無理な話だったな、ロクな仕事もできやしねぇ癖してプライドばかりが高い猿にはよ。いや、本当にすまねぇな、俺、残酷なこと言っち まったわ」
 にやりと笑ってその場を去る。
 ちらりと後ろを振り向いてみると、顔を真っ赤にして言葉にならない怒鳴り声をあげている馬鹿共の姿。
「やっぱ嫌いなんよ、あの『尾長ザル』」
 足元からは、キアのそんな呟きが聞こえてきた。
 その次の日、俺は稲穂の実り亭での報告書の受け渡し相手がゼップである事を思い出して、キアに頼んだ。
「それはいいんけど、トゥーリ兄ちゃん、あいつ兄ちゃんがこないん事、聞いてくるんじゃないんか?」
「だったら、おまえの顔見たら気分が悪くなるからといっておけ」
 後日、ラスに聞かされた。キアは本当に、その通りに伝えたと。 
 ……まさか、本当にそう伝えるとは思わなかった。実際、奴の事は虫が好かないので、どう思われようが構っちゃいねぇが。


 そして、今日の夕方だ。
「おい、動くなって」
「別に動いてねぇよ」
 つい数時間ほど前、常闇通りにある俺が間借りしている長屋の部屋で、俺は化粧されていた。
 化粧品なんか持ってる訳ねぇだろとラスに言ったら、嫌な笑みを浮かべて一式取り出して見せてきた。娼館の奴らから借りてきたらしい。……借りてくるな。
「折角だ、徹底してやんねぇと」
 そう言って楽しそうに人の面に白粉を塗っているラスを見つつ、だったらお前が女装しろ、と思ったが、言っても返ってくる返事は想像がついたのであえて言 わない。
 これ一回きりだ、そう自分に言い聞かせているのが少し情けなくなった。
 出来あがりは………………………お世辞にも綺麗とは言えなかった。多分ラスの腕が悪いとかじゃねぇな、俺の顔が女装には向いていないからなんだろう。
「やっぱ俺じゃなくてラスがやんねぇ?」
 さっきの飲みこんだ言葉を、ちょっと言い換えて発言する。
「いやだ」
 間髪入れずに返ってきた返事。何だか重苦しい溜息が俺の口から漏れる。……そう言うと思ったよ。


 そして今、俺の目の前には、数日前に怪我をしたあたりを押さえこんで、笑い転げているラスの姿がある。その隣には、笑いすぎて呼吸困難起こしかけている キアの姿。さらに、最近は別の仕事が忙しいと顔を出していなかったはずなのに、俺の姿を見るためだけにやってきたらしいカレン。……口の端で笑わないよう に。俺が傷つくから。
 おまえら、本気で笑いすぎ。
 とりあえず、作戦は成功に終わった。今頃、ゼップはギルド内で笑い者になってるはずだ。もちろん、噂を広めたのはラスとキア。そして噂されている本人は 俺の目の前。前というか…下。
 まぁ、噂を流されるまでもなく、ゼップの人望の低さ加減と言ったら、エイトサークルの地下牢よりもまだ低い場所にあるだろうと思われる。自業自得以外の 何者でもないあたりが、『尾長ザル』だったり、長いものには巻かれる『巻かれもの』だったりするんだろう。
 女と見れば誰彼かまわず声をかけ、隙あらば寝台に連れ込もうとするゼップ。が、ナンパの成功率の低さには目を見張るものがある。振られたとか横っツラ ひっぱたかれたとか鼻で笑われたとか。あげくに仕事の腕も今ひとつ。忙しいのは、他を羨んで陰口叩くその口だけってんだから、人望もナンパ成功率も低くて あたりまえなんだが。
 そのゼップを女装して引っかけてやったら面白いだろうな、と。キアとラスが話していたらしい。それで何故、俺に白羽の矢が立つのかはわからん。わからん が、ダーリヤまでもがそれを聞いて乗り気だったという。俺を上手くのせられたら報酬を出してもいいとまで言ったとか何とか。
 とにかく、慣れない女装をして巣穴の奥の壁に寄りかかっている俺の姿を見て、最近この道に足を突っ込んだ新人だと勘違いしてゼップの野郎が話しかけてき た。腰に手を回された瞬間、殴り飛ばしたくなったのを抑えた時、自分の忍耐力は実はすさまじいものだったと自負した。いや、あれはどう考えても気持ち悪い から。
 そこまで我慢したんだ、巣穴を出て裏路地に入った時、迫ってきた奴を半殺しにしたのは許されるだろう。
 ゼップが俺を連れだしてる最中には、ラスとキアが、巣穴の連中にわざわざ教えていたはずだ。『尾長ザル』の馬鹿、女装したトゥーリにまで愛想振りまいて たぜ、と。
 路地裏で、鬘を目の前で取ってやる。同時に、噂を広め終えて物陰で様子を見ていたラスとキアがやってきて、思いっきり笑いものにしてやった。
 女装だって区別付かねぇほど女に飢えてんのかって言ったのはラスだったか。
 俺の化粧をされた面を見て言った、ゼップの言葉。
「トゥーリ、テメェにそんな趣味が……」
「あるわけねぇだろ!」
 この一言と同時に入れた蹴りが止めだったようで、その後ぱたりと気絶してしまった。
 そして、そのタイミングを見計らったようにカレンが現れたんだ。ラスやキアと共に笑いを含んだ視線で俺を見てる。……ええい! そんな目で俺を見る なぁっ!
 痛がりながらも笑い続けるラスを助け起こそうとしながら、それでも自分も笑ってるカレンや、なんかもう笑いすぎて痙攣起こしてるんじゃないかとも思える キアのことは、とりあえず放っておくことにする。気色悪い作戦ではあったが、確かに爽快感があったのは事実だ。これでゼップもしばらくはおとなしくなるだ ろうし。
「あらあら。もう終わっちまったのかい?」
 妖艶な声が届く。嫌な予感がして振り向くと、そこには派手な格好をした金髪の女。年は…まぁ、俺より上だろうな。俺を女装させられたら、報酬を出してや るとキアに言った女だ。“兎”のダーリヤ。
「でも…………ああ、いいじゃないか、トゥーリ。今度、あたしの店で働いてみるかい?」
 煙管に火を付けながら、ダーリヤが笑う。……まっぴらだ。
「……さぁ、見せ物は終わりだ。とっとと着替えて、酒でも飲もうぜ。ダーリヤ、あんたが飲み代は出してくれるんだろ?」
「ああ、いいさ。面白いモンが見られたんだからねぇ」
 ラスはカレンに任せて、自分はキアを小脇に抱える。稲穂の実り亭に戻ろうとして、ふと、ゼップを見下ろす。完全にのびてる。…まぁいいや。そのままほっ たらかしにして戻ることにする。別に風邪ひくぐらいで死にはしねぇだろ。


 稲穂の実り亭で、他の盗賊連中がからかいやら拍手やらを送ってくるのはとりあえず無視。
 あの場にいた奴らと卓を囲んで、乾杯をする。隣には、ようやく呼吸が落ち着いたらしいキア。真向かいにはまだ笑ってるラス。
 ラスとキアを見比べて…ふと思い出した。裏路地に入るまでに手取り足取り腰まで取って、ぺらぺらとくだらねぇ事を語ってくれたゼップの台詞を。その中に は、『片手間』と『本業』の話もあった。
 まぁ…羨ましかったのかもしれない。『片手間』と言われている奴らの、もう一つの顔が。けど、俺達『本業』には、この道しかないとも言える。羨ましがっ たってどうしようもねぇことは、自分自身がしっかり理解しているはずなんだがな、隣の芝生は青いって奴なんだろ、きっと。それより俺は、自分の道をしっか り見ることを、キアには教えたいと…そう思った。
 酒は控えると言いながらも、きっちりワインを飲んでいるラスが、ふと俺を見た。考えてることを見透かされたかと、一瞬だけ身構える。
「なぁ、トゥーリ」
「…あ?」
「また今度女装してくれよ」
 笑いながらのラスの言葉に、俺は目の前にあった火酒を一口飲み、微笑んだ後に力を込めて言ってやった。

「あんなもん、2度とやるか!」



  


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