死せる苑の歌い手・前篇
( 2002/02/09)
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作者
霧牙
登場キャラクター
アーカイル
森妖精は、一人「陽光の宴亭」にて葡萄酒を飲んでいた。
傍らには魔術師を意味する杖、膝には小ぶりの竪琴を乗せて。
彼は語り手アーカイル。そして、冒険者もこなしている。
葡萄酒の杯を傾け、竪琴を撫でているアーカイルに近付く人があった。
「よぅ、ただいま。やっと帰ってきたぜ」
人の良い笑みを浮かべ、親しげに話し掛けてきたのは、黒い髪の体格のいい男。
薄汚れた板金鎧、大ぶりの大剣。一目で誰でも分かるような典型的な戦士の男だ。
「・・・ああ、ニールか。確か遺跡に行っていたんだったか。・・・どうやら、無事に帰ってこれたようだな」
ニールと呼ばれた男は、アーカイルの横へどかっと腰をおろし、店員にエールを注文する。
「ああ、無事なうえに、財宝もざっくざく手に入れてきたぜ。お前にも、土産を持ってきてやったんだ」
言うが早いが、腰のポーチから小さく折りたたまれたボロボロの羊皮紙を取り出した。
どうやら、古代王国期に書かれた文献の類のようだ。
アーカイルも、かなりの興味を示したように値踏みするように観察する。
「これは、その遺跡でたまたま見つけたもんなんだけど、お前にやるよ。前に随分と世話になったからな」
問答無用で、アーカイルの細い手に羊皮紙を握らせる。
アーカイルが羊皮紙を広げると、下位古代語と上位古代語の入り混じった文面、そしてもう一枚は楽譜だった。
「・・・・・・これは呪歌か何かの歌詞じゃないか」
「ああ、確かそんなもんだって、一緒に仕事やった魔術師が言ってたな。ま、そいつにとっても、研究対象にはなるだろうけど、今のところは別の研究が残って るそうだから俺が貰ったんだけどよ」
注文したエールを一気にあおり、ニールが言葉を続ける。
「・・・しかし、無償で貰うにはどうも貴重すぎるようにも思えるがな・・・」
困ったような顔で、握らされた羊皮紙とニールの顔を見比べるアーカイル。
「いいじゃないか、お前も本格的に詩人としてやってみるって言ってただろ。調度良いじゃないか。どうしてもって言うなら、今度仕事見つかったら、魔術師と 精霊使いとして俺に同行してくれるってことで貰ってくれよ。どうせ俺には無用だからな」
結局、アーカイルの遠慮を断ち切って、半ば無理矢理に羊皮紙を押し付け、エールを飲み終えたニールは自分の宿へと戻っていった。
自室に戻り、机に広げた羊皮紙を眺める。
アーカイルは、純粋に語り手として今まで歩んできた。
楽器を持ち、簡単な楽曲演奏は出来ても、本業の吟遊詩人ではないために呪歌を演奏することは出来ない。
だが最近、心変わりして詩人として楽器の練習をはじめてみたところだった。
ある程度練習を繰り返しただけで、ちゃんとした曲の演奏などは出来るようになった。
ただ、肝心の呪歌に関しては、軽く教えてくれるような者も居なければ、古代王国期に残された歌詞も持っていなかった。
それが今、ここにある。否が応でも、アーカイルの心は軽く躍り始めていた。
「・・・・ふ・・・私がここまで浮かれるとはな。・・・折角のニースの心遣いだ・・・やれるだけやるか」
微笑を浮かべ、羊皮紙を手にとる。色褪せたそれは、長い間眠っていたことを感じさせるものだった。
翻訳することも無く、これが呪歌・・・そうでなくとも古代王国期の歌であることは間違いないだろう。
幸い、アーカイルは魔術師としての知識も豊富だ。上位古代語の歌詞も、時間を掛ければ解読することも出来る。
その夜から、運良く手に入れた歌の練習をはじめるアーカイルだった。
練習は難攻していた。
上位古代語を読むことは何とかできた。
本来、上位古代語を読むことの出来ない詩人でも歌える内容だ、アーカイルにとってそれほど難しいものでもなかった。
だが、その意味を解読することが困難だった。
ただでさえ、上位古代語はひとつの単語に様々な意味合いを持つ言語。それを組み合わせた歌となると、通常の古代語を約すことよりも難しいと感じるアーカイ ルだった。
「・・・・・これは・・・『天』か?・・・いや、『光』・・・『陽』?・・・くッ」
何とか解読できた歌詞に合うように、数十の意味を持つ単語をいろいろと並べ替え、ぴたりと当てはまりそうなものをピックアップしていく。
呪歌のコンセプトから言えば、意味は分からずとも歌詞さえちゃんと紡げれば効果は発揮する。
だが、アーカイルは歌詞の意味を理解してこそ、その歌を心から歌うことが出来るという思想の持ち主だ。彼にとって、それは呪歌でも変わりのないことだっ た。
「・・・・・・次は・・・『緑』、『花』・・・それから『春』というのも考えられるな・・・」
買ってきた別の羊皮紙に、訳を書き連ねていく。
違っていると感じたら、斜線を引いて新しく書き直す。紙が黒くなるまで書き続け、しっくり来たものだけをまた別の紙に書き写し、書けなくなった紙を丸めて 捨てる。
すでに捨てた紙は山のように積もっている。
「・・・・これは『春』と仮定するならば『夏』か・・・?・・・・くっ、インクが切れたか・・・」
苛立ちを隠せない表情で空瓶を投げ捨て、新しくインクの小瓶を取り出す。使い切ってしまったインクの空瓶も、紙の山に負けず劣らず山を築いている。
時間がたつのも忘れて書き続け、疲労のために羽根ペンを離しベッドに倒れ伏すと、外は完全に夜のしじまに包まれていた。
・・・コンコン。
不意に部屋のドアがノックされる。
「・・・空いている」
手をさすりつつ身を起こすと同時に、ドアが開かれる。
「アーカイルにーちゃん、どーしたん?最近、ご飯もロクに食ってないしさー」
ひょっこりと顔を出したのは、愛くるしい顔の草原妖精の少女。彼女の手で腕揺れているお盆には、目一杯盛り付けられたシチューと超絶的なバランスで保たれ た今にも倒れそうな葡萄酒のグラス。
「・・・ああ、ソフィか。・・・ちょっと、やりがいのある目的というのか・・・そういうものが出来たのでな。・・・つい、盲目になりすぎた。・・・それ に、思わず気持ちが荒ぶったりもしてしまった・・・」
苦笑を浮かべ、ソフィを自室に招き入れるアーカイル。
ふと部屋が散らかっていることを思い出し、ごみを一まとめにして部屋の隅へ追いやる。
「・・・恥かしいところを見せてしまったな」
「にゅふふ〜、アーカイルにーちゃんの意外な日常生活をはっけーん♪あ、このご飯はアーカイルにーちゃんにだよ、あたしのおごりで」
片付いた机にお盆を載せ、口元に手を当てて、けらけら笑うソフィ。
アーカイルはばつが悪そうに頬を掻き、椅子に腰掛ける。
「・・・出来れば、他言は避けてもらいたいな。・・・しかし、私はこんなに食べることは出来んぞ・・・」
スプーンを手に持ち、大盛りのシチューを眺める。
「抜かりは無いよ〜、ほら♪」
恥じらいも無く服を自分の捲ったソフィは、お腹に隠し持っていた皿を取り出す。
「・・・ふふ、抜け目は無いな。どうせ、君のおごりだ。好きなだけ持っていって構わんよ」
言われるまでもなく、アーカイルの前の皿から自分の皿へとシチューを移し、ソフィは愛くるしい笑みを浮かべる。
「んで、何してるん?やりがいのあることって」
口の周りをシチューだらけにして、ソフィが興味津々な目で尋ねてくる。
アーカイルは、葡萄酒で喉を潤して、今まで翻訳した羊皮紙を指さす。
「・・・あれだよ。古代語でかかれた歌の歌詞、十中八九は呪歌だろうがな。それの解読と練習さ」
「はぁ〜ん、アーカイルにーちゃん、わざわざ解読までしてるん?ご苦労だねー」
うんと手を伸ばし、アーカイルの飲んでいる葡萄酒を奪って喉を潤すソフィ。
「・・・ああ。私は、ただ歌うだけでは何か物足りなくてな。・・・どうせなら、歌詞の意味合いを理解し、その歌に思いを込めて歌いたいから・・・それだけ さ」
ふっと微笑を浮かべ、きょとんとしているソフィの頭を撫でる。
それから、一方的なソフィの最近の話を聞き、食事は終わった。
「それじゃ、あたしは部屋に戻るね〜。アーカイルニーちゃんも、頑張ってね。ご飯はちゃんと食べなきゃ駄目だよー、ばいばいー」
空になった皿を載せたお盆を両手で持ち、足でドアを閉めてニギヤカに帰っていくソフィ。
アーカイルは満腹になった体をベッドに横たえ、天井を見つめて目を閉じた。
「・・・・・・久々に、和めたな・・・。・・・少し気が立っていたが・・・清清しくなったな・・・」
顔を綻ばせたアーカイルは、部屋の片付けをはじめ、心機一転、歌の歌詞の翻訳に取り掛かった。
「はー・・・良かった〜。アーカイルにーちゃん、いつもの優しい顔に戻ったん」
その様子を、ドアの節穴から安堵したように眺める草原妖精に気付いたかは、誰も知らない。
「・・・・・・これで・・・私が思うベストの歌詞の翻訳が完成だな」
あれから数週間の時が過ぎ、アーカイルの手元には真新しい羊皮紙に東方語とエルフ語で書き連ねられた歌詞の意味。
時にソフィの乱入、ニールのからかいもあったが、どうにか完成したそれと、原版であるボロボロの上位古代語でかかれた歌の歌詞、そして楽譜を並べる。
「・・・これからが本格的な練習か・・・。思った以上に、時間を掛けてしまったが・・・それも良いだろう。私にはまだ時間は限りないほど残されていること だしな」
翻訳の間、演奏されることの少なかった竪琴を膝に抱える。
目立つようになった汚れを清潔な布で拭き取り、調弦をはじめる。
一通りの音階を奏でる・・・問題は無さそうだ。
手馴らしにと、慣れ親しんだ伝承歌、恋歌、武勇譚を演奏する。
「・・・・・・腕にも鈍りは無いな」
一息つき、目の高さにあわせた楽譜立てに楽譜を立てかける。
「・・・これは・・・以外に難しいな」
ためしに、冒頭を弾いてみるが、複雑に変わる音階になかなか手が着いて行かない。
・・・ぽろん・・・ろろん・・・ぴぃん!
指が違う弦を弾き、調子外れの音になる。
気を取り直し、再度挑戦するが・・・同じところで余計な弦を弾く。
はやる気持ちがそうさせるのか、やり直すたびに同じ失敗をし、あまつさえ新しい失敗を招く。
どたばたどたばた!がちゃ!
「アーカイルにーちゃん、どーしたのー?なんか凄いへんな音がしてるん・・・だ・・・けど・・・」
足音の後、間を置かずにドアが開けられる。
調子外れの音に耐えかね、向かいの部屋からソフィと一人の人間の女性が走ってきた。
ソフィが、声をかけたが、弾いていたのは他ならぬアーカイル。変な音と断言して、語尾が尻すぼみになっていく。
「・・・・・・・・・・すまない、著しく耳汚しをしてしまったな」
気まずそうなソフィと少女を見て、もっと気まずそうにぽつりと呟くアーカイル。
「・・・えーと・・・どうしたの、いつものアーカイルらしくないけど?」
ソフィと一緒に居たチャ・ザの聖印を首から下げた少女、メーヴェが声をかける。
数少ない人間の泊り客である彼女とソフィは、大の仲良しのためアーカイルとも親しい仲だ。だが、さすがにこの音には絶えられないようだった。
「・・・なに、曲の練習をしていただけさ。・・・呪歌の、だがな」
戸口に突っ立っていている二人に、中に入るように手招きして自分はベッドに腰掛ける。
「呪歌?・・・なにもこんなところでそんな・・・あー!わかった、あれでしょ。歌っている人の姿が見たくて仕様がなくなるアレ、《好奇心》っての」
メーヴェが、前に詩人の冒険者から聞いたことのある呪歌の名前をあげてみる。
《好奇心》の呪歌ならば、弾いているアーカイルを見てみたくなり、駆けつけてしまったのだと思っているようだ。
「・・・・・・・いや、違う。ここで弾いても何の影響も無い呪歌のはずだがな」
さらにばつが悪そうに肩をすくめ、練習していた呪歌の名前を教えるアーカイル。
「・・・あ・・・ごめん」
「・・・いや、私の腕が未熟なだけさ」
竪琴を傍らに置き、小さく伸びをするアーカイル。
「ねぇ、アーカイルにーちゃん。たまには外にでようよ、最近閉じこもりっぱなしじゃない。ね、ね、あたしとメーヴェねーちゃんと一緒にどっかに遊びに行こ うよ〜」
アーカイルのベッドに飛び乗ったソフィは、アーカイルのローブの裾をぐいぐい引っ張る。
それを聞いたメーヴェも、楽しそうにアーカイルの袖を掴んだ。
「いいね、閉じこもってばかりじゃ、身体中にコケが生えちゃうよ。さ、ここはパーっと」
二人に引っ張られ、バランスを崩しながら立ち上げられるアーカイル。
「・・・っと・・・おい・・・ちょっと待・・・」
『ほらほら、問答無用で着いて来る来る♪』
見事にハモった二人に引っ張られ、アーカイルは晴れ渡った冬の日差しの下へと連れ出された。
そして日が沈む頃、三人は『陽光の宴亭』に戻ってきた。
アーカイルは、公園、市、劇場、港、オラン中のありとあらゆる場所を引っ張りまわされ、その都度メーヴェやソフィと共に楽しんだ。
「どーぉ?楽しかったでしょー」
ソフィが宿の一階の酒場のテーブル席に腰掛け、笑いかける。
「随分と、笑ってたじゃない。楽しかったんでしょ?」
メーヴェも、ソフィの隣に座って微笑む。
二人の笑顔に、アーカイルも自然と微笑む。
「・・・・・・ああ、存分に楽しんだ。・・・どうやら、曲を奏でるのに大切な心を忘れがちになっていたようだな・・・。・・・街の雑踏、自然の囁き・・・ いろんな『曲』を聴いていたら、優しく平常な心で奏でなければ曲は上手くいかんということを思い出した。いらだっていては何も出来ん。・・・ありがとう」
最初の気まずかった空気は既に消えている。
楽しげな雰囲気は、夜の精霊が暗く深けて行くまで続いた。
続く
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