死せる苑の歌い手・後編( 2002/02/09)
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作者
霧牙
登場キャラクター
アーカイル



あれからさらに時は過ぎ、アーカイルの演奏も聞くに値するまでに 上達していた。
今回も、間違った弦を弾くことも無く、音を抜かすことも無く完璧に弾くことが出来た。
「おー、やるじゃねーか。かなり上達したな」
ぱちぱちと大きな音を立てて拍手するのは、最初にアーカイルに歌詞を渡したニールだ。
調子を聞きにきて、その成果を聞かされたところだった。
「・・・・・・私一人だったのなら、ここまで上手くはなれなかったがな。・・・それに、曲はきちんと演奏できても、歌を織り交ぜるようになるとどうも上手 くいかん」
ためしに、歌を混ぜて演奏してみせる。
確かに、歌に意識が向けられると演奏が途切れ、演奏に力を入れると歌詞が途切れ途切れになってしまう。
普通に旋律に乗せて歌うことは、上手くなってきたところだが、それが上位古代語となると少しばかり難しい。
それに、翻訳は済んでいても、上位古代語の歌詞を完全暗記するには至っていない。
たとえ上手く歌えたとしても、覚えていなければそれは意味が無い。
「確かに、完全にマスターするにはまだ時間がいるみたいだな。それで、こんなときに悪いんだが、最初の約束頼んでいいか?仕事に付き合えって奴」
しばらく呆けたような顔をしたアーカイルだったが、すぐに約束を思い出す。
「・・・・・・・・・ああ、約束したからには付き合うのが礼儀であろう。・・・それで、どのような仕事だ?」
ひとまず竪琴をおき、ニールの正面の椅子に座りなおす。
「ああ、レックスの遺跡だ、恐らく未発掘のな。・・・《死せる苑》っていう地下遺跡だ」
「・・・・・・・・・それは私に実践してみろ、というのか?」
ふっと微笑を浮かべ、ニールの目を見る。
「さて、どうだろうな。くくく・・・」
妖しげに含み笑い、席を立つ。
「どうした、もう帰るのか?」
「いーや。面子を教えておこうと思ってな。知ってるだろ、『鍵』と『癒し』に、向かいのソフィとメーヴェだ。それと『剣』は勿論俺。そして、『杖と霊』兼 業のお前だ」
ニールがドアをあけると、待ってましたとばかりに満面の笑顔でソフィとメーヴェが部屋に入ってくる。
「よっしー♪がんばろ、アーカイルにーちゃん♪」
「えへへ、よろしくね。私、遺跡ってあんまり慣れてないけど、役に立つつもりだよ」
一瞬、呆気に取られるが、慣れ親しんだ面子に、アーカイルは失笑した。
「・・・これは、たいした面子だな。・・・ははは」



ニールが遺跡の話を持ってきた、約五日後。
一行は、レックスの外壁近くの崩れた遺跡の地下に眠った遺跡へとやってきた。
遺跡へ行くまでの道中も、アーカイルの練習は続いたが、やはり完成には至らなかった。
未完成のまま遺跡へ入るのを悔んだが、ここまで来て後戻りは出来なかった。
ランタンに照らされた薄暗い地下道を歩く四人。
先頭にソフィとニールが、後ろにアーカイルとメーヴェといった構成だ。
「・・・・・・罠は無いよ〜。鍵も開けた♪」
次々と現れる扉を、ソフィが無力化してずんずん先へと進む。
しかし、いくら扉を開けても、続くのは道ばかりで、部屋のひとつも無い。
「・・・・・・こんな遺跡、変わってるな」
ニールが道を進みながら、疑問を呟く。
「・・・確かにな。・・・部屋が無いのもおかしいが、魔物が居ないのも変だ。・・・文献によれば、ここは魔術師の実験場跡なんだろう?魔法生物や不死者く らい居ても不思議は無いのだがな・・・」
今までかなりの時間を歩いたはずだが、扉があるばかりで魔物や罠のたぐいはまったく見受けられなかった。
疑惑を抱きつつも、新たに現れた扉をソフィが調べ始める。
「うん、多分罠もないん。鍵も外れたよ」
その言葉を聞き、ドアを開けてみる。そこはかなり広い部屋になっていた。
この危険が少なすぎる道中、そして今まで見れなかった広い部屋に心が隙が生まれたのだろう。
彼等はなんの躊躇も無く部屋に足を踏み入れた。
だが刹那、ソフィが発見し切れなかった罠が作動した。
がっしゃあああああん!!!
突如として扉に鉄格子が振ってきて、出入り口を完全に封鎖した。
「あっ!やばいよ、閉じ込められた!!」
最後尾のメーヴェが振り向くが、とき既に遅し。
部屋にあった複数の扉が、同時に作動する罠だったらしく全てが一気に開かれる。
開いた扉から顔を覗かせたのは、驚くほど大量の不死者の群れだった。
腐った死体、動く骸骨などが、強烈な腐敗臭を伴って現れたのだ。
「やーーん!なに、これ!最悪な罠っ!」
顔をしかめて一通り文句を言った後、背中に背負った弓を構えるメーヴェ。
「こんな連中、戦うより他はないな」
「・・・・・・そのようだな」
ニールが大剣をすらりと抜き放ち、アーカイルは距離をとって杖を構える。
ソフィは慌てて、ニールの影に隠れてダガーを投擲する準備をする。
「<I>・・・万物の根源たるマナよ。闇を照らす光となれ!</I>」
アーカイルの古代語による詠唱、部屋の高い天井の中心に魔法の光が生まれた。
それを合図に、雄叫びを上げてニールがゾンビに突っ込む。
戦いの火蓋は切って落とされた。


「ちきしょう、キリがねぇ!!」
大剣を横にスイングすると、ニールに立ちふさがったゾンビとスケルトンが吹き飛ぶ。
次いで飛来した、ソフィの短剣がゾンビの眉間に突き刺さる。
「もう短剣が無いん!」
ソフィが最後の短剣を握り締め、不死者の群れから遠ざかるように逃げる。
片手を動かし、必死に魔法の詠唱をしていたアーカイルに、ゾンビが爪を振りかぶった。
爪がエルフの体を引き裂かんとする直前、ゾンビの体が炎に包まれた。
背中に、《炎付与》を施されたメーヴェの放った矢が突き刺さっていた。
「・・・すまない。<I>火蜥蜴よ、私にお前の力を貸してくれ!</I>」
傍らに置かれたランタンのシャッターが弾け飛び、燃え盛った炎から《炎の矢》が飛び出し、ゾンビの身体に直撃する。
矢がなくなったメーヴェは、弓を捨て腰から広刃剣を引き抜き、《炎の矢》を受けたゾンビの腹を薙ぎ、間合いを取る。
「<I>偉大なるチャ・ザよ!汝が使徒たる私に、不死を払う浄化の力を!</I>」
即座に放った、《死者退散》の奇跡。
メーヴェの聖なる祈りが、複数の不死者に支障を与えた。だが、半数は物ともせずに爪や牙を振るう。
「もう魔法は打ち止めだよ!」
後々の《癒し》を考えれば、もう《死者退散》は使えない。
「でも、ホントにキリがないん!ひゃあ!」
危なっかしくスケルトンの剣を避けたソフィが、相手の腕の関節部分を狙って短剣で突きを入れた。見事関節を突き抜き、剣を持った腕が崩れる。
「・・・くそっ・・・こっちも魔法はもう無理だ・・・・・破ッ」
精神力が底を尽きかけたアーカイルは、素早くゾンビから身を離し、スケルトンの頭蓋をリングの付いた杖で叩き割る。
「・・・万事休すか・・・」
額の汗を拭い、思わず弱音を漏らすアーカイル。
「何を言ってやがる!こんな時にやらないで、お前は何をやってきたんだ!!」
ニールの鋭い叱咤の声。
アーカイルはハッと、腰にくくりつけた竪琴へと目をやる。
「・・・しかし、私はあれを完全にマスターしていない・・・」
そこへ、足元にごろごろと転がってきたソフィの声も飛ぶ。
「アーカイルにーちゃんなら出来るん!あれだけ頑張ったんだもん、あたしは出来るって信じてるんっ!」
最後の短剣を投擲して、見事スケルトンの顔面に命中させる。
アーカイルは手にした杖を強く握る。
汗が杖を伝わり、地へ落ちしみをつくる。
「・・・今は、あなたの《歌》が頼りなんだよ・・・っきゃ!」
剣を振りかぶったメーヴェの頬に、ゾンビの爪が走る。
(・・・私に出来るか・・・。・・・・・・・出来なければ・・・)
激しい葛藤。
此処で自分が不完全な歌を歌えば、戦力が殺がれる。
(しかし・・・すでに手はこれしかないのか・・・・)
様々な思考が頭の中で渦巻く。
が、すでにアーカイルの中では答えは固まっていた。
「・・・・私は、やる!」
杖を思い切り地面に突き立て、変わりに腰に携えていた竪琴を手にとる。
調弦は万全、小脇に抱えて、仁王立ちする。
「やっとやる気になったか・・・全員でアーカイルを守るっ!」
『りょーかい!』
ニールが正眼に大剣を構え、メーヴェが銀の広刃剣を構え、そしてニールが使っている、明らかに草原妖精にとっては筋力オーバーの大ぶりのダガーをソフィが 両手で持つ。
(やらなければな・・・・失敗は許されないときたか・・・上等だな)
アーカイルは静かに、冷静に竪琴を奏ではじめた。
そして、血生臭い戦場に凛と響く高いソプラノの、上位古代語による歌声。
上位古代語を知る者と不死者のみに意味を解することが出来る穏やかな歌。


       <I>♪死せる戦士も   死せる魔性も

        逝き場を失いし     彷徨う魂よ

        あるべき所へ還る為   安らぎを得る為

        我が声と旋律に     心を傾けよ
      
        春の夜明けの陽     夏の真昼の風
      
        秋の黄昏時の光     冬の深夜の闇
      
        廻りそして繰り返す   四季の移ろいのように

        彷徨える御魂も     眠りまた目覚める

        今は静かに闇へと眠れ  次に覚める時まで眠れ

        そして目が覚めたとき  そこは光の苑であるように・・・♪</I>


剣と爪が火花を散らしてぶつかりあう音に紛れ、アーカイルの歌声は少しずつ、だが確実に戦場に浸透していった。
それは死者を弔うための《鎮魂歌》。
戦場に犇いた、不死者の動きがぴたりと止まる。
ある者は砂と化して崩れ落ち、ある者は淡い光を発して浄化し、ある者は一瞬にして塵になった。
アーカイルの歌が部屋を包み込む頃には、ほぼ全ての死者たちがあるべき場所へと還っていた。
「・・・・・・魔の力により蘇りし者にも 均等に慈愛と安息を・・・」
凛として、それでいて優しい声のまま歌を締めくくる。
そこに蠢く不死者はもう一匹たりとも居なかった。
思わぬ効果を発揮した《鎮魂歌》に、呆然と立ちすくむニールたち三人であった。



「ちきしょー!あんだけ死ぬ思いして、結局これだけかよ!」
数日後、オランの『陽光の宴亭』のテーブル席を占領して、アーカイルら四人はささやかな祝宴を開いていた。
ただ、ニールは機嫌が悪いようだ。
それもそのはず、アーカイルが不死者を浄化させ後、どうにか罠を解除して部屋を探索したが、結局見つかったのは魔術師の個室が数個だけ。
発見した財宝も、リスクに合わないほど少ないものだった。
「・・・・・・いいではないか。・・・・・数百年間も同じ場所に囚われ続けていた死者を救えただけでもな」
葡萄酒を傾ける手を止めて、アーカイルが諭す。
「だよね。そりゃあお宝が少ないのは残念だけど」
メーヴェもくすりと笑って、ニールのジョッキにお酌して機嫌をとる。
「うにゅうにゅ、でもアーカイルにーちゃんの呪歌も凄かったん。あんだけ無理だって言ってたのに、すごーい威力だったん」
もごもごと口いっぱいに鳥の照焼きを詰め込んだソフィがアーカイルを見る。
アーカイルは、集まる三人の視線に誇ることも驕ることもせずに当たり前のように口を開いた。
「・・・・・・私はただ、やれるだけのことをやっただけさ。・・・・・・古代に不死者へと変えられた悲しみと怒りを鎮めるために、歌に思いと魂を込めてひ とつの呪歌を捧げただけに過ぎんよ」
やはり歌は、歌い手の心に大きく影響されるもの。
アーカイルはその気持ちを改めて心に刻み込み、葡萄酒を煽る。
そして、『陽光の宴亭』の夜は、再度の乾杯の音頭と森妖精の竪琴の調と、愉快な草原妖精の歌声、人間の男と女の楽しそうな笑い声と共に深けて行った。



  


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