考え事( 2002/04/04)
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作者
松川彰
登場キャラクター
ラス、A・カレン





 稲穂の実り亭だったと思う。盗賊たちが集まる酒場。奥のほうや、2階にはギルドの構成員もいる酒場。
「なぁなぁ、ラス兄ちゃーん。カレン兄ちゃんって相棒さんなんしょぉ?」
 そう聞いてきたのはキアだ。まるで男の子のような格好をした草原妖精の少女。その体のどこに入るんだというような量の食事をたいらげ、今は果実酒を満た した杯を小さな両手で支えている。
「ああ、それがどうかしたか?」
「ん〜〜…カレン兄ちゃんって、怖くないん?」
「…………………はい?」
 上目遣いに、おそるおそる聞いてきた草原妖精に思わず問い返す。杯から片手だけを離して、慌ててキアが手を振る。
「あ、あのねあのね、嫌いじゃないんよ? お仕事も、腕がイイって、トゥーリ兄ちゃんも言ってたんしぃ。ただ……ちょっと…うん、あのね、ちょっとだけな ん。ほんとにこれっぽっちなんよ? ちょっぴりだけ…怖い感じするん…」
 これっぽっち、と小さな指でより小さな隙間を作って見せて、キアが呟いた。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 怖い……か?
 すぐ隣で、シチューの皿をスプーンでかき回しているカレンの顔を思わずじっと見る。考え事でもしてるのか、シチューをかき回すスプーンは止まらない。あ まり行儀が良いとは言えないそんな仕草を目に留めて、店主がちらりとこっちを見た。…多分、怒鳴られるのはもう少しだ。
 俺が作ったメシをかき回しでもしようもんなら、怒鳴るより前にその後頭部をひっぱたいてるところだが、定宿のカウンターで食ってるこのメシは、別に俺が 作ったわけじゃないから構いやしない。
「………え? あ、悪い悪い。……ちゃんと食うよ。睨むなって…」
 怒鳴られる前に、視線に気が付いたのか、店主に謝りつつカレンが食事を再開する。…同時に、俺が見ていたことにも気づいたようだ。
「……なに? 俺の顔に何かついてるか?」
 聞かれて、いや、と返事をしながら俺も食事に戻った。
「なんか考え事でもしてたのかな、と思って。おまえ、考え事してると、何故かずっと手が動くよな。メシかき回したり、錠前を開けもせずにいじりまわした り」
「ああ…おまえとは逆だな。おまえは何か考えると、動きが止まる。たとえ、フォークに刺した肉を口に運ぶ途中でも。……たいした考え事じゃない。今やって る仕事のことを考えてただけだ」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 あれは…そう、あそこだな。マックスが店主をやってる木造の酒場。俺が注文した酒を目の前に置きながら、マックスが思いだしたように言ったんだ。
「カレンは…ありゃ、“鍵”としては得な性分だな。いや、それとも、意識してああいう風にしてるのか?」
「は? ああいう風に…って、どういう風に?」
「顔つきとか…態度とか、かな。無愛想とまでは言わんが、表情と口数の少なさはおまえとは正反対だ。人を深く踏み込ませないようでもあり…それでいて、な んとなく話しちまうんだけどな」
 見た目の色合いもおまえとは正反対か、とマックスが笑う。
「でもね!」
 ……いきなり俺の横から顔を出したのはコロムだ。カレンと同じ部屋に暮らしてる金髪の少女。
「カレンは、優しいしかっこいいし、素敵なんだから〜〜」
 にこにこと、俺とマックスの顔を交互に見る。
「ねっ♪」
 いや、俺に同意を求められても困るんだけど。そんなコロムを見ながらマックスが苦笑する。
「まぁ、コロムの前ではどうか知らんがな。なんかこう…表情が読めない男だよな」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 コロムが同意を求めてきたことは、とりあえず置いとくとして。…まぁ、確かに、マスターの言ったとおり、色合いは正反対だよな。
 黒い髪と瞳、浅黒い肌を見ながらふと思う。こういう色合いのほうが、夜、目立たなくていい。尾行する時とか、隠れる時とか。真夏のクソ暑い夜に黒いフー ドかぶるってのは、うぜぇ。
 表情が読めない…か。実際、表情は少ないほうだろう。けど、慣れれば表情は読める。カードやってても、手の良し悪しがなんとなくわかるし。
「……………おまえも考え事か?」
 ふと、言われて気づく。食事の手が止まってた。
「ああ、まぁ…一応」
「考え事するなとは言わないけどな。………せめて、俺の顔に視線を向けたまま止まるのはやめてくれ」
「あ? ああ、わりぃわりぃ」
 答えてから、思い出した。そういえば、ベルダインにいる弟が俺と同じ色合いだとか言ってたっけ。血の繋がらない、同い年の弟。子供のない夫婦が、生まれ たばかりのこいつを引き取ったすぐ後に授かった子供。兄貴が養子で、弟が実子…か。まぁ、色合いがそこまで違うなら、血の繋がりがないのは見てすぐわかる ことだしな。物心付く頃から、ちゃんと本当のことを親は教えてくれたって言うし…。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「コンビなんでしょ? でもその割には、あまり一緒に組んで仕事してるの見かけないよね」
 そう言ったのはカーナだ。
 カーナに限らない。俺とカレンが一緒に酒飲んだりしてると、『2人一緒なんて珍しい』と声がかかったりする。単純に、それぞれがそれぞれの仕事をやって るだけなんだけど。
「組んでやったほうが効率的な仕事なら組むさ。たまたまそういう仕事が今きてないだけだ」
「ふぅん。……なんかさ、夫婦みたいだよね。あ、茶化してるわけじゃなくて。なんか、いいな、ってさ」
 カーナはそう言って笑った。
 夫婦……どっちが妻でどっちが……いや、そんなことはどうでもいい。
「おまえとエルメスみたいなもんじゃねえの?」
「へ? あたしたち? いや、そりゃぁ……“相棒”とは言ったりするけどさ。どっちかっていうと、喧嘩友達…っていうか、ん〜…何か違うな。なんていう か………あれ? そういえば、ラスとカレンって喧嘩したりしないの? 男同士だったら、ほら、殴り合いとかさ」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 喧嘩? そういえば、あまり記憶にないな。片方が一方的に怒ったり説教したりすることはあっても、もう片方が自分が悪いことを承知してるからか、喧嘩に まで発展しない。仕事の上で、意見の衝突や行き違いはあっても、それは喧嘩とは呼ばないし。どっちかが不機嫌になっても、ある程度までは互いに放っておく し。それが度を超せば、片方がどうにかするか…それとも、自分でどうにかするか。……いや、それで普通だろ。成人したてのガキじゃねえんだから。
「ラス? ……さっきから何なんだ? 俺の顔を見ると思い出せそうなことでもあるってのか?」
 いつの間にか食事を終え、ワインに手を伸ばしながら、カレンが呆れて聞いてくる。
「ん? ああ……そう、かも」
「……食事が進んでないな」
 探るような視線。
「考え事だよ。おまえと同じで、仕事のこと。別に体調が悪いわけでもないし、料理が不味いわけでもない。明日は、どの情報屋にツナギつければいいかなぁな んてね。…ほら、考え事しながら食べたほうが、ちょうどよく冷めるじゃん。俺、熱いの苦手だし」
 別に理由があって顔を見ていたわけじゃない。お互いの仕事絡みで、そういえば一緒にメシ食うの久し振りだよな、と思ったら、なんとなく最近耳にした相棒 の評判ってのが思い出されるだけの話だ。
 ……ん? いや、確かに俺たちはガキじゃねえけど…こいつにだってガキの頃ってのはあったよな。
 その弟とやらとは、殴り合いの喧嘩をしたことはあったんだろうかとふと思う。俺には兄弟がいないから、兄弟喧嘩っていう感覚は今ひとつわからない。
 カレンが冒険者をやっているってことは…商家だという実家は、弟が継いだんだろう。こいつが実子じゃないから? …いや、そりゃねえな。確か、弟は兄貴 大好きっ子だったと聞いたことがある。ああ…そうか。だからだ、と言ってたな。冒険者になったのは。少なくともこいつの家族は、こいつと弟を分け隔て無く 育てた。兄と弟として。そう、こいつをアーサーと呼んでた家族たちは。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 リックが羊皮紙を2〜3枚、ひらひらさせながら聞いてきたのは…2日前だったか。
「おい、あんたの相棒、暇じゃねえの? 上からまわってきた仕事なんだけど……」
「…待て。なんであいつに直接じゃなくて、俺に聞くんだ」
「カレンの姿を最近見かけねえから。あんたなら知ってんだろ」
 当然だよな、という顔で聞いてくる。……いや、知ってるけど。
「駄目だぜ。今は忙しいらしい。んで、それが終わったら遺跡だ。だから俺と同じで、今はそっちの仕事から逃げ回ってる」
 舌打ちしながら、リックが羊皮紙に視線を落とす。なんとなく気になって覗きこんでみた。
「……やらねえなら、見るな。他あたるからいい」
 だからさっさと行けと、手をぶらぶらさせる。追い払われる前に、幾つかの単語が目に入った。
「おまえ…マジで、カレンにそれやらせるつもりだったのか?」
「なんでだよ。あいつの腕ならこれくらいの仕事、軽いもんだろ?」
「腕の問題じゃねえよ。……種類だよ」
「……は? とある屋敷に証拠品があるから、それを盗んで…………あ…そうか、しまった…」
 やっと気が付いたというように、リックがもう一度大きく舌打ちをする。
「だろ? あいつがやるのは、情報関係だけだよ。ま、人探しや、盗品じゃない品物取引の護衛なんてのもやってるけどな。“盗み”だけは絶対にやらない。最 初から他あたるべきだったな」
 にや、と笑った俺に、リックがふと視線を合わせる。すぐに俺と同じ笑い方をする。
「…………逃げ回ってる奴をここで捕まえてもいいわけか? あんたは、チャ・ザ神官じゃねえだろ?」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 ……そうだ。もとはと言えば、それじゃん。カレンの代わりに……いや、違うな。リックが悪い。俺を“捕まえた”リックが悪い。まぁ、とある屋敷とやらの ネタは揃ったから、明日の夜にでも決行して…そうしたら終わりだ。向こうが余計な小細工してこなきゃ、姿消して屋敷の奥に入り込むのはそう難しくないはず だし。
 盗みの仕事そのものは、たいして珍しいわけじゃない。普段はどっちかというと、情報屋として動くから俺自身には多少珍しいかもしれないって程度だ。
 ただし、カレンは違う。だからカレンには、今回の仕事内容は言えない。…そう思って、ワインを飲むその顔を見る。
 俺と同じ、盗賊ギルドに属する人間でありながら、チャ・ザ神殿にも属してる。神の声を聞いた、と。それはまだ随分とガキの頃の話らしいけど。『声じゃな い声』…それは、精霊のものならわかるけど、カミサマのことは俺にはわからない。
 チャ・ザの教義でもあるから、と。口にはあまり出さないけど、カレンは“盗み”をしない。
 カミサマのことなんか俺は知らない。けど、神の声が遠くなるのは怖いと言ったカレンの気持ちはわからなくもない……ような気がする。
 神の奇跡はほとんど使えない…効果を現さないと言うけど。でも俺が、こいつの奇跡で何度も助かってることは事実なんだよな。とは言え、精霊のことならと もかく、カミサマ関係のことで…しかも、それはこいつ自身のことだから。俺はきっと口を出さないほうがいいんだろう。
「………まさか、ワインも冷ましてるとか言わないよな?」
 ……睨むな。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 ああ、そうだ。あの時の相手はジントだった。俺とカレンとジントと…3人で飲んでた時だ。
 盗賊でありながら、神官でもあるカレンに、まわってくる仕事はかなり微妙なことも多い。そして、その話をつなぐ若い伝言係もそのせいで時折困ることもあ る。
「まぁね、カレン兄ぃに仕事持ってくのって、タイミングが難しいよね。……ねぇ、将来的には、どっちかの仕事に専念するつもり?」
 なにげなく。本当になにげなく尋ねたジント。
 カレンは答えなかった。ただ、ジントの頭を、ぽんぽんと宥めるように叩いた。
「なんかねぇ…悔しいけどほっとしちゃうよね」
 そう言って笑った。見た目が十分にガキだけど、ガキ扱いはイヤだと言うジント。実際、あいつをガキ扱いなんざ出来やしない。あいつはプロの盗賊だから。 俺もカレンも、そう思ってる。だから、ガキ扱いしようと思って、そうしたわけじゃないんだろう。
 ただ…なんていうか……。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


 手元のワインは、あの夜に飲んでいたワインと同じ銘柄だ。ひと口飲んで、ふと、隣を見る。あの夜、かすかに目を細めて微笑めいたものを浮かべたカレン を。
 そうか…そうだな。ガキ扱いしたんじゃない。ただ、困ったんだ。盗賊を選ぶのか、神官を選ぶのか。どちらも捨てられないことはこいつが一番わかってるか ら。俺は…いや、俺だってそうかもしれない。どちらかを選べというなら、精霊使いを選ぶ。それはわかってる。なのに、今でも盗賊の技を捨てることはない。
 そういえば…神の声を聞いたのはガキの頃だったとは聞いたが、盗賊の技を習ったのがいつなのかは聞いたことがないように思う。聞く必要がなかったと言え ばそれまでだけど。
「何か…聞きたいことでもあるのか?」
 視線に気が付いたカレンが振り向く。……ナイスタイミング。
「なぁ? あ〜………ああ、いいや。何でもねえ」
「……………おまえ、変だぞ」
 今まで聞く必要がなかったものを、今更聞く理由もない。
 ジントの言うように、いずれどちらかを選ぶのか…それを聞いても、またこいつは困って、かすかに笑うだけなんだろうし。選ぶ機会がこなければいいと…そ う思ってるのは俺だって変わりがないんだから。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「そういえば、カレンと会った時って? いつの話だ?」
 怖いと呟いたキアに、聞いてみた。
「ん〜…ラス兄ちゃんが、お怪我した時なん。トゥーリ兄ちゃんに言われて、カレン兄ちゃん探しにいったんよぉ。そしたら、ちょっぴり怖いお顔だったん…」
 ああ……なるほど。
「おまえ…俺が刺されたって一番最初に言わなかったか? 多分、一瞬だけすごく難しい顔して、その後は無表情に仕事の話だけ聞いてたろ」
「はにゃ? どしてわかるん? そうなんよぉ。ラス兄ちゃんのお怪我の様子聞いたのって、いっちばん最後なん」
 想像すると苦笑が漏れる。なるほど、その様子なら確かにキアには怖いかもしれない。
「いちばん最後に聞いてきた時も、何かのついでだったり…そうじゃなきゃ、思い出したような感じで何気なく?」
「うや〜〜…ラス兄ちゃん、覗いてたん?」
 その頃は治療院の中だ。覗いていられるわけもない。それでも、何故か、手に取るようにわかってしまう。…キアは、多分、『刺された』とだけ言ったんだろ う。『死んだ』とは言わなかったから、とりあえずそれを信じて、仕事を優先させた。…当然だな。頼まれた仕事を放り投げてきたら俺がきっと怒るだろうし。 それでも様子は気になったから、仕事の話が一段落してからあらためて思い出したように、と。聞きたいことや言いたいことを我慢してるから、無表情になる。 そして、それはたいてい『心配』が原因なことが多い。
「ああ、実は覗いてたんだ。精霊魔法の奥義で」
「はにゃー。魔法って凄いんねぇ〜〜」
 ……信じるなよ。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


「………ラス。いい加減にしろよ?」
 げ。やべ。
「あ、いや……ちょっと考え事を…」
「何なんだ、さっきから。野郎の顔ばかりじっと見て何か面白いのか? だいたい、その考え事とやらは何だ?」
 ……考え事。考えてるってよりも、思い出してるってほうが近いんだけどな。そして、キアとの会話を思い出して、あらためて思う。……意外とわかりやすい よな、こいつ。だいたい、顔から表情がなくなることに気づかないほど我慢するくらいなら、いっそ表に出しちまえばいいのに。
 それでも、キアに怖いと思われるほど、俺の怪我の件を聞いて余裕をなくしてたのか。なんだ、わかりやすいし…しかも、可愛いとこあるじゃん。
「おまえ………意外と可愛いよな、と」
「………考え事…が、それか?」
「そう」
 頷いた俺を、一瞬じっと見て、カレンが溜息をつく。ワインの杯をゆっくりとカウンターに戻して立ち上がった。そしてそのまま、俺の額に手を伸ばしてく る。……何やってんだ?
「熱はないようだが…ああ、でもさっきも食欲なさそうだったし……もう夜中近いな。でも、トレルなら開けてくれるだろう。怒られるかもしれないけど……」
「……………は?」
「ラス。おまえきっと病気だ。とりあえず、治療院に行こう」
 ……いや、真顔で言われても。

 ───俺、何か言い方間違えた?





  


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