知識人外伝
( 2002/05/06)
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作者
霧牙
登場キャラクター
アルファーンズ、ゼクシールズ他
「・・・ぇーん」
誰かの声。
「・・・えぐ・・ぐすっ」
子供の泣き声。
長い金髪を三つ編みに縛った5歳くらいの小さな男の子が、顔を涙で濡らして座り込んでいる。
「まぁまぁ、どうしたの?」
子供と同じく、長い金髪を緩やかに三つ編みにした、母親らしき女性が走りよってくる。
母親はしゃがみ込んで子供の頭を撫でながら、優しい口調で問いかけ続ける。
しばらくして、子供が口を開く。
「・・・おにいちゃんがぼくのじゅーす取ったぁ」
ぐしぐしと涙を拭き、果実水が入っていたであろう空になったカップを指さす。
テーブルの横では、男の子がそっぽを向いて立っていた。
兄弟らしく、髪は同じく金髪の三つ編み。しかし、弟とは違って身長は高く、子供にしては知的な雰囲気を醸し出している。
「・・・僕はこの果実水がアルのだって知らなかったから」
それだけを告げ、早足で母親と弟の前から歩み去る。
「うわーーん!おにいちゃんのばかー、あほー、かすー!」
弟は知っているだけの罵声を兄の背中に浴びせ掛け、あかんべーをする。
「こら、そんな言葉使っちゃ駄目でしょう?ちゃんとお勉強はしてあるの?」
母親が弟をなだめ、怒りにまかせて投げ捨てたと思われる羽根ペンを手渡す。
ぎゅっと羽根ペンを握り締め、次は小さなデスクを指さす。
そこに置かれた羊皮紙には、所々にインクが飛び散り、汚らしい字で、しかしきちんと西方語の基本形が書かれていた。
「いい子ね、ちゃんと出来てるじゃない。じゃあ、新しいのもってくるわね」
弟の頭を撫でて、母親は果実水の追加を持って来ようと、立ち上がる。
しかし、そのエプロンの裾を握り締める弟。
「さっきのがいいもん」
子供らしい駄々をこね始め、ばたばた暴れ始める。
「あ、そう。じゃ、アルはこれ要らないな」
何時の間にか戻ってきていた兄が、手にした別の果実水のボトルを見せ付け、栓を開けてラッパ飲みする。
「こら、ゼクスも!そんな飲み方駄目でしょ!」
母親がしかりつけて、兄は改めてカップに移して飲み始める。
それを見ていた弟は喚きながら兄に近付く。
「あー、ぼくも飲むー!」
一生懸命背伸びをして手を伸ばすが、兄の身長にはぜんぜん届かず、手は空を掴むばかり。
弟、アルファーンズ。5歳にして4つ上の兄との身長差をはじめて怨む一瞬だった。
「やあ、久しぶりだな、フェゴール。今日は思わぬ収穫があってさ、見てくれないか?」
一応、賢者の家系であるロゥ家を訪れたのは、兄弟の父親、ベルフェゴールの旧友の冒険者だった。
彼は最近潜った遺跡で、いろいろと古代帝国の宝物を発見したようだ。
「いいとも、さ、上がってくれ。散らかっているがな」
苦笑し、招き入れる。
確かに父親の部屋には、古代の文献や自作の研究の成果を書きとめた物やらが山と積んである。
その文献の山に埋もれるようにして、背の高い子供――兄弟の兄であるゼクシールズが一冊の文献を読んでいた。
「こら、ゼクス!また勝手に人の部屋に入って!」
父親が兄の読んでいた本を取り上げ、無駄だと思いつつも一喝する。
「勉強に励めといっているのは父さんじゃないか。僕はそれに従って、古代語の勉強でもしようと思ってね」
切れ長の目を細めて笑い、父親から取り上げられた本を引っ手繰る。
「わっはっは、若い頃のフェゴールそっくりじゃないか!」
旧友の冒険者が大声を立てて笑う。
その拍子に、持っていた幾つかの宝物がぽろりと落ちる。
「・・・ん・・・これは確か・・・昨日読んだ魔法の品物についての文献に載っていた奴にそっくりだ。・・・この白い水晶は「氷昌石」で、こっちの赤いのは 「炎昌石」だね。おじさん、いいものを拾ったみたいだ」
拾った2つの水晶を冒険者に返し、にこりと微笑む。
「・・・ほほぉ、まったくフェゴールそっくりだ。見ただけでそこまで言い当てるとはな」
感心した声で、兄を絶賛する冒険者。
父親も満更でもない笑顔で、冒険者から改めて水晶を受け取り、散らかったデスクへ行く。
しばらく時間がたち、父親は水晶を手に戻ってくる。
「残念だったな、ゼクス。こっちの白い方はただの水晶だ。炎昌石は、その通りで間違いは無かったがな」
片方だけでも当てただけで凄いことだ、と冒険者は誉めたが、納得いかない表情ですごすごと退散する兄。
「たっだいま〜」
そこへ、能天気な声と共に帰ってきたのは、弟である。
普段着ているローブではなく、同じ年の子供が着ている、動きやすい外着姿だ。
全身に泥がついている。
「こらアル!また泥遊びか?ちゃんと勉強をしなくては駄目じゃないか!」
父親が走ってきて、軽い拳骨を食らわせる。
「いって〜・・・良いじゃないか〜、たまには外で遊んでも」
ぶーぶー文句を言って、ちょろちょろと父親と冒険者の間をすり抜け母親の所へ走っていく。
「母さ〜ん、今日のご飯何〜?」
エプロン姿で、ことこと音を立てる鍋をかき混ぜていた母親が振り返る。
「今日はシチューよ・・・まぁまぁ、泥だらけ。調度良いから、お兄ちゃんと一緒に公衆浴場に行ってらっしゃい」
兄を呼んでから、兄に銀貨を5枚持たせてタオルを用意する母親。
「母さん、お風呂上りに果実水買って飲んで良い?それから、シチューはいっぱい作ってね、おかわりいっぱいするから」
「ふふふ、良いわよ。いつものことだからね」
弟は笑顔でタオルを持って、外へ駆け出す。兄も後から続いて、父親と冒険者に礼をしてから外へでる。
「はっはっは、ゼクス君とは大違いだな、アル君は。あれだけ腕白じゃあ勉強に身が入らないのも無理はないだろう。兄貴は立派な賢者になるだろうさ」
弟が足を一瞬止める。その会話が耳に届いたらしい。
(・・・僕は立派な賢者になれないのかな?)
兄をちらっと見る。12歳になった兄は、さらに知的な顔付きになり、ラーダ神殿に通うようになった。
(僕もちゃんと勉強してるのに・・・ちょっと外で遊んだからって、お兄ちゃんばっか誉められてさ)
弟、アルファーンズ。8歳にして兄と比べられることを嫌になりつつあった。そして、食欲だけはこの頃から旺盛だった。
「やーいやーい、チビっ子アル〜!エセ賢者アル〜!」
近所の同年代の少年達が、たかって弟をいじめている。
「なんだと、この野郎!」
弟は取り上げられたお気に入りの帽子に飛び掛る。
途端、手を上にすいっと上げる少年達。すると、同年代の平均的な身長に全然足りていない弟の手は、空を掴む。
「やーい、チビー、豆粒〜、ありんこ〜♪」
ジャンプを続ける弟に、少年達がののしりの言葉を投げ続ける。
「ちきしょー!なめんなよ!」
弟は助走をつけると、地面を蹴って跳躍し、リーダー格の少年の腹にとび蹴りを食らわした。
「いってー!何すんだよ、チビガキ!」
一気に険悪になる弟と少年たち。
そして、一触即発な状態がしばらく続いたが、不意にリーダー格の少年の手から、帽子が消えた。
「あ、あれ!?」
「弟に何してるんだ?」
後ろから聞こえた声、それは兄のものだった。
15歳にして、すでに見上げるほどの長身となった兄。眼鏡をかけるようになり、着ている服はラーダの聖印が刺繍された神官衣。
「げ、ゼクスさんだ!逃げろ、皆!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す少年たち。
「・・・さんきゅー、兄ちゃん」
にかっと笑って帽子を受け取る弟。だが、その顔はすぐに引きつった。
原因は言うまでも無く兄。小さめのメイスを持って、にっこり笑っているのだ。
「アル、あんな奴等に勝てないとはな・・・。勉強もいまひとつ、喧嘩も勝てないで私の弟というのか?ん?それならば、優しいお兄様が鍛えてやろうじゃない か」
小さく笑い声を上げて、弟の足元へとメイスを叩き込む。
「どわーー!!」
当たらないとは分かっていても、転がるようにして逃げ出す弟。
「ほらほら、どうした?それにお前、今の時間は学院の講義だろう。またサボったな!」
郊外の野原に響く弟の絶叫。
「兄貴それでも知識神の神官見習いかよ〜!」
「愛の鞭だ」
弟、アルファーンズ。11歳にして学院に入る。やさぐれ初め、ガキやチビと言われるのが心底嫌になる。そして、兄の長身と頭脳が、確実にコンプレックスに なったのだった。
「まだ踏み込みが甘いっ!」
凛として勇ましい女の声が響き渡る。
女の振るう長い訓練刀が弟の持った棒を弾き飛ばす。
「ってー・・・ちきしょー。また負けか」
がっくりと膝を折り、地面に腰を下ろして荒い息を付く弟。
「貴様はまだ槍を握って日が浅い、我に勝とうなど十年早い」
女は微笑を浮かべ、棒を拾って弟へと突き出す。
「まだやるのであろう?」
「勿論、お前をぶっ倒せるまでな!」
無論、武器を握って日が浅い弟に、ロマールの傭兵団に入団している彼女を倒すのは無理だろう。
しかし、その目には闘志が炎となって燃えているようだった。
日ごろの学院生活の疲れを吹き飛ばすかのように。
「アル!またこんな所に居るのか!?」
突如として喧騒に負けぬとも劣らぬ兄の声。
「やっべ〜!兄貴がきちまったかー・・・悪ぃなマリィ。俺、学院行ってくる!」
棒を放り出し、兄が顔を覗かせた出口とは反対の方へと走る弟。
それを黙って見送る女。姿が見えなくなってから、微笑を浮かべて棒を拾う。
「・・・せめて片付けてから行け。まったく、礼儀知らずな」
弟は兄に見つかって怒られまいと走っていた。
前方を見ずに振り返ったのがまずかったか、前を走っていた少女と激突した。
「いてっ!」
「いった〜い!ちょっと何処見て走ってんのよ〜!」
弟より、すこしばかり身長の低い少女がきつい視線で睨んでくる。
が、弟にその相手をしている暇は無い。兄がいつ追ってくるか分かった物ではないのだ。
「わ、わりーわりー。んじゃ、俺急いでるから!」
後ろで少女が怒鳴っているが、お構いなし。
学院へと駆け込んだ弟は、午後からの講義をきちんと受けたのであった。
一方、傭兵の女は、先ほど弟とぶつかった少女と一緒に昼飯を食べていた。
「さっきねー、礼儀知らずなガキとぶつかっちゃってさ。もうサイテー」
「・・・なるほど、サンドイッチがつぶれているのはそのせいか」
弟、アルファーンズ。15歳にして槍術を学び、未来の恋人にお約束的な出会いを果たしたが・・・そのインパクトは限りなく薄い物だった。
(兄貴とは大違いだな、はっはっは)
(まだまだ甘い。戦場に出れば5回は死んでおるぞ)
頭の中で声が反響する。
「アル」
・・・うるさい。
(どうした、今は講義の時間だろう?サボったな)
(まぁまぁ、今日もお勉強しなかったのね)
(まったく、ゼクスは立派な神官になったというのに)
兄貴に母さんに父さんか・・・?
「アル、起きろ」
・・・・・・俺は俺のやり方がある!好きにさせろ!
(アルファ、ちゃんとご飯食べてる?お風呂も入りなよ)
・・・案外世話焼きだな、メリル。心配は無用だって、安心しろって。
(ガキ〜、チビ〜)
(エセ賢者〜)
(やーい、豆粒チビ〜、ミジンコチビ〜)
エヴァにリッシュにフェルンたちか・・・散々いじめやがって、ぶっ飛ばすぞ。
・・・いや・・ってゆーか!!
「チビってゆーなぁぁぁっ!!!」
「いい加減にしろこの痴れ者がぁっ!!」
ごっちんこ!
「いってーー!!!」
顔を上げると、分厚い文献を手にし、額に青筋を浮かべた兄貴が。
そしてあたりを見渡すと、そこは知識神神殿の書庫だった。
机には散らかった文献と羊皮紙とペン、インク。
さすがに、夜中に酒場で休息してたグレアムおっちゃん捕まえて神殿に押しかけたのがまずったか。疲れが頂点に達して寝てしまったらしい。
「この愚か者が・・・どれだけ私の顔に泥を塗れば気が済むんだ。何度も言うがここは神殿だぞっ」
べらべらと文句を言って、書庫の管理人や関係者に頭を下げて回る。
「まったく・・・いつまで私が世話を焼かねばいかんのだ。貴様のためを思ってやっているというのに、いつもそれを裏切ってばかりだ」
・・・・・・兄貴。
「とりあえず私はこれで帰る。礼拝がまだなんでな。・・・それから、これはミトゥという者から預かった」
大き目の包み。差し込まれた紙切れには「ごめん」の一言。
「私がちゃんと、アリスは私たちの母親だと説明しておいた。感謝しろ」
そーいや、手紙の件でまだ喧嘩してたな。
・・・チッ、良い奴ぶりやがって。俺が頼んだときは聞き流したってのに。
でも、なんか久しぶりに兄貴の兄貴らしいところ見たような気がするな。
「・・・おい、兄貴」
俺は去り行く兄貴の背に向かって声を掛ける。
立ち止まるが、背中を向けたままの兄貴。
「・・・さんきゅーな」
振り返り、意外そうな顔を見せる。が、俺はさっさと机に向かってペンをとり作業を開始する。
「・・・・・・フッ、たまには弟らしい言葉もいえるじゃないか」
微笑を浮かべ、歩き去る兄貴。
少しくらい、考えを改めてやっても良いかな。
終わり
余談
「・・・ミトゥめ、これがサンドイッチか?・・・俺の料理の方にはまだまだ敵わんな」
書架で作業の片手間、ミトゥから預かったという包みに入っていたサンドイッチを食っていると・・・。
「またなにをしているか馬鹿者がっ!書庫でものを食べるなっ!」
ごっちーん!
・・・やっぱり兄貴と仲良くするのは難しい。
本当に終わり
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