「なぁ……? 嫌な予感がすんのは俺だけかな?」
呟いたのは、森妖精である。その敏感な耳に何か捉えたのか、それとも精霊力に関わる何かかと、グレアムを除く全員がヨハンの顔を見る。それぞれの顔に浮
かんだ緊張の色を見てとって、ヨハンは苦笑した。
「ああ、違う違う。化けモンがどうとか、仕掛けがどうとか…そんなんじゃねえさ。旦那がただってそりゃわかってるだろ? 旦那がたに感じとれないモンが俺
に感じ取れるわけもない。そんなんじゃなくて……神官さんだよ」
腕を組んだままの姿勢で、ヨハンは片手だけをわずかに上げて、親指でグレアムを指し示す。
「なんじゃ、まぁだ拗ねとったんか。わしゃまた、次の説教の文句でも考えとんのかと思うとったで」
「……で? 嫌な予感ってのは何だ?」
先刻と変わらない様子のグレアムを視界におさめ、ブーレイがヨハンに改めて問う。
「この旦那……」
ヨハンが説明しかけた時。
「わかりましたぁ〜〜っ!」
いきなり顔を上げ、そう叫んだのがグレアムである。
「いやぁ〜〜わかりましたよ、さっきからずぅっと計算していたんですがねぇ〜〜。あ、ブーレイさん〜、聞いてくださいますぅ? みなさんも………………お
やぁ? どうなさいましたぁ? みなさん、そんな驚いた顔をなさって……あ、ひょっとして何かのモンスターが近くに? これはいけません…私は邪魔になら
ないように下がって……」
「………………待てやコラ」
ブーレイの低い声。
がはは、と笑いながらアンクランスがグレアムの肩を叩く。
「なんじゃ、計算しとっただけか」
「…………ああ…俺の嫌な予感が当たったか…。ぶつぶつ呟いてるのが聞こえたのは空耳じゃなかったんだな…」
なんとなく遠い目をするヨハンの肩に何故か登り始めながら、ララが笑う。
「ナカタガイとかってやつじゃなかったんだね! オレ、タナカガイなんていう貝の化け物なんか見たことないから、心配だったん★」
「ララ…それ、ダブルで間違ってるから。な?」
それ以外に言いようもないヨハン。
「え……えと……こほん。それで…何かおわかりになったんですか?」
気を取り直して、といった風情のミュレーンに促されて、グレアムが得意げに説明を始める。
「ええ、聖堂に至る入り口の仕掛けですよぉ。ミュレーンさんの魔力感知に反応しないのは、仕掛けが聖堂の内側に施されてるからなんですねぇ。建物にたくさ
んある黒い格子窓で調節された光が……ほら、今、私たちがいる回廊に射し込みましてですね、聖堂を訪れた客は、おそらくは最初から用意していたであろう鏡
などを使って、内側の…この、聖堂側の格子窓ですね、そこに、外からの光を反射させるんですよぉ。おそらく、聖堂の床面に向かって。そこに扉を開ける仕掛
けがあると思われますぅ〜」
「……………待てって言ってんだろが、コラ」
再び、ブーレイの低い声。
「へぇ、すげぇな。旦那、ずっと黙って凹んでんのかと思ったらそんなこと計算してたのか」
ヨハンの声にグレアムが首を傾げる。
「……へこ、む?…ですかぁ? ………えーと……どうしてですぅ〜〜?」
「がはは、グレアムにはどうでもよかったちゅうことじゃのぅ。じゃけぇ、どっからそんな計算が出てきたんじゃ? ブーレイやララの懐ん中には手鏡くらい
入っとろうが、おまえはそんなもん、持っとらんじゃろ?」
アンクランスに問われて、グレアムが何故か照れたように頭を掻く。
「あはははぁ〜…それがですねぇ。ちょうどよいところに、入射光と反射光を計算できるものがありまして……」
グレアムの視線を感じ取ったミュレーンがいち早く、動く。次にヨハンが、ララを肩に載せたまま、3歩ほど下がる。アンクランスは気にせずに、がははと
笑っている。
グレアムの視線の先はブーレイの頭だった。
「ブーレイさぁん。その角度をキープしたまま、廊下の次の角まで歩けば、おそらく入り口の扉が開くと思いますよぉ〜」
「…待てやゴルァッッ!!! んじゃ、なにか!? おまえが凹んでんのかと思って、謝り続けた俺の誠意は全く届いてなかったのか? ってか、意味なかった
のか!? それより何より、さっき、もうちょい右だとか言ってたのは、俺の頭の照り返しが目的だったのかぁっっ!? ミュレーンっ! 服の裾を離せっ!
このボケ神官の形見もついでに持ち帰ってやらぁっっ!!!」
『生きる喜び』はひとつの常套句である。
もし、人の一生を天秤にかければ、喜びよりも哀しみが多い。
───“黒窓の”レスポール