黄金色の地下聖堂( 2002/05/09)
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作者
松川彰
登場キャラクター
ブーレイ、グレアム、アンクランス、ヨハン、ララ、ミュレーン




(※筆者注:#111「暗く臭い穴の底で」/#112「穴から這い上がってきて」の後日談です)



調和はバランスであり、
光と影、連続と不連続、
凹凸等のコントラストが必要である。
          ───“黒窓の”レスポール




「……いや、な? 別に悪いってんじゃねえんだ。……あ 〜…悪かったよ。ああ、俺が言い過ぎた。別に多少、おまえの蘊蓄がつまんねえからって、怒鳴るほどのことじゃなかった。さっきから、ひとっことも口ぃ利か ねぇのは、さっき俺が怒鳴ったから凹んでんだろ? そういうつもりじゃ……おい、あんたからも何か言ってくれよ」
 あまり人が善さそうとは言い難い顔を、微妙に歪めて、ブーレイは横に立つ戦士の顔を見た。グラマーな女魔術師と何かを話していた戦士、アンクランスが、 不意をつかれたような顔で振り返る。
「ああ? なんじゃ、おまえさん困っとるんか」
 わざわざアンクランスが確認する。
「穴ん中で仲違いなんぞごめんだ。……ただそれだけだ」
 ぶつぶつと視線を逸らすブーレイの返事を、自分が尋ねたことも忘れたのかアンクランスはさほど聞いてはいなかった。
「おう、石屋。なんぞ言いたいことでもあるんか? なんぞ言いたい時には遠慮せんで言うのが手っ取り早いちゅうもんじゃ。腹ん中に貯めとくとろくなことが ないけぇのう」
 がはは、と豪快に笑って、これでもう自分の役目は済んだとばかりに、女魔術師ミュレーンに向き直って先刻の話の続きを始める。
 そして先ほどから、羊皮紙を握りしめたまま、うつむいて何一つ言わないのが、石屋と呼ばれた神官、グレアムである。遺跡の中ということもあって神官衣で はないが、ラーダの紋章が刻まれた聖印は首から提げられている。
 アンクランスにばしばしと肩を叩かれても顔を上げようとしないグレアムに、ブーレイが苛立ったように大きな溜息をつく。その横で森妖精が苦笑した。ヤー ニヒリア・ルテ・トレルハーサと、森妖精らしく長い…かつ、エルフ語に堪能な者でなければ、フルネームを言い切るまでに必ず2度は舌を噛むという名前を持 つエルフだ。その一連の儀式とでも言うべきものを通過するのが面倒なため、普段はヨハンと名乗っている。
「まぁまぁ、ブーレイの旦那。きっと、神官さんだって反省してんだよ。何たってほら…さっきのはさすがに…なぁ?」
「オレ、さっきのは全然聞いてなかったからわかんないっ!」
 ヨハンの足元で、手を挙げて、ついでにジャンプまでするのはララという草原妖精だ。そのオレンジ色がかった髪を撫でながら、アンクランスとの話を終えた 女魔術師、ミュレーンが苦笑する。その苦笑が意味するものはヨハンと同じだった。


 5日前。この6人で組んでやった仕事が終わり、パダの外壁近くにある酒場で6人は杯を酌み交わしていた。仕事そのものは、ブーレイが受けた仕事だ。“形 見屋”と呼ばれるその名の通り、彼が請け負うのは、遺跡で死んだ冒険者たちの荷物を回収する仕事である。
『未知の領域には手を出さない。“形見”を生きて持ち帰るのが俺の仕事だ』
 その言葉に頷いたからこそ、ブーレイ以外の5人も、目の前に広がる未知の領域がありながら、そこには足を踏み入れずに戻ってきた。懐には十分な報酬もあ る。ここからオランに帰れば、更に他の報酬も上乗せされるだろう。悲惨な末路を辿った冒険者たちの亡骸を目にしたことは、あまり気分の良いことではない が、それでも自分たちは生きて帰ることが出来た。それは、杯を掲げるのに十分な理由だ。
 店内に幾つか用意されている、照明用のランタンが淡い光を放つ。
「おう、照り返しが悪ぅなっとるで」
「この時間になると、産毛が伸びてくんだよ。放っといて……って、何のぼってやがるっ!!」
 アンクランスに言い返してるブーレイの頭に、隙を見て登ろうとしたララが怒鳴られて諦める。
 そんな、いつものやりとりの中。
「おう、“形見屋”。仕事終わったんだろ? ………次の仕事受けねえか? ンな顔するなぃ。資料は揃ってんだ。ただ、こないだ、レックスの北側で新しい入 り口があったとかで、冒険者がみぃんな出払ってやがる。そうじゃなくても、“形見”を取ってこいなんざぁ、先に入った奴らがいるって証拠だからな。わざわ ざ荒らされ終わった遺跡に行きたがる冒険者もいねぇ。……先方は急いでてなぁ、出来りゃすぐにでも行って欲しいってよ」
 ブーレイの馴染みらしい、酒場の店主が羊皮紙をひらひらとする。
「……“形見”ってこたぁ、少なくともそこから先に進めなかった冒険者がいるってこった。つまりは、安全な遺跡じゃない。……まぁ、安全な遺跡なんてもん がレックスに存在するとしての話だけどな。ただ、だからこそ、下調べが肝要だろうが。どれだけ準備しても、準備し過ぎるなんてこたぁねえんだ。今すぐなん てのは却下だな。あんたが今どれだけの資料を持っているかにもよるが。早くて3日後の出発になる。……もちろん、ここで今、酒飲んでる奴らが承知したらの 話だ。そうじゃなきゃ、仲間探しから始める羽目になるからな」
「あの……どんな遺跡なんですか? 有名な?」
 酒は苦手らしく、ミルクの入ったマグを手に、ミュレーンが首を傾げる。
「ああ…そらよ」
 店主が放り投げた羊皮紙の束を、空中でキャッチしたのはララだ。
「なーんか、たくさん字が書いてあるん。……あ! 絵も描いてある! ねね、グレアムのおっちゃーん、これ、家の絵かナ?」
 中から数枚を抜き取り、グレアムの元に駆け寄るララ。
「そうですねぇ。家の絵ですねぇ〜。……………ん? これは………っ! ブーレイさん、ブーレイさんっっ!!」
「………なんだよ、うるせぇな」
「お受けしましょうよ、このお仕事、お受けしましょうよぉ〜っ! 図面にサインがあったんですよぉ〜。“黒窓”のサインなんですよぉ〜。ああ、それがない にしても、図面を見れば一目瞭然ですぅ。この地下聖堂に続く螺旋状の回廊が描く独特のライン、そして、この門扉……鋳鉄製の格子窓が示す幾何学的な…」
「のぅ、今…グレアムが喋っとるのは、古代語ちゅうやつか? いや、前半はわかったんじゃがのぅ…」
 アンクランスに視線を向けられて、ヨハンが肩をすくめる。
「いや、共通語だ。……多分な」

 そして、『黄金色の地下聖堂』と呼ばれる遺跡に潜り始めたのが、数刻前である。
 地上に現れている部分は、黒く仕上げられた鋳鉄製の門扉や窓に飾られた、どちらかというと地味とも言えるデザインの建築物である。空中都市レックスによ く見られる、そびえ立つ尖塔もなく、壮大で重厚な石造りの城や、華麗な邸宅などとも違う。ひとつ間違えば砦と呼ばれても不思議のないデザインだった。
 飾り気のない石壁、配された窓も門扉も『黄金色』とはほど遠い。ただし、その窓の数は尋常よりもかなり多い。黒大理石で作られたらしい外壁を埋め尽くさ んばかりに窓がある。ひとつひとつの大きさは普通だが、その数が普通ではない。
「これの持ち主は違う魔術師ですが、建物を設計したのが、魔術師よりも建築家として名高い“黒窓の”レスポールと呼ばれる人物でして。その特徴とも言える のが、黒く仕上げられた鋳鉄の格子窓ですぅ〜。鉄格子といっても、檻というイメージではなく、むしろ外からの光を調節しつつ、風通しをよくするための工夫 でして、格子そのもののデザイン性が…」
 遺跡の呼び名にもなっている、地下聖堂がこの建物のメインである。
 そして、“形見”を探される側の冒険者たちは、どうやらその地下聖堂に向かったのだろうと見て、一行は歩を進めていた。ただし、足よりも口を多く動かし ていたのがグレアムである。建物に入ってからというもの…いや、入る前から、建物に関すること、その建築家に関すること、その時代の設計法などについて喋 りまくっている。説明を求められたからではない。ただ、自分が喋りたいだけなのである。
 アンクランスはとうに耳を塞いでいる。ヨハンもミュレーンも聞かない振りをしている。ヘタに相手をすると返事が倍になって返ってくるのを知っているから だ。ララはもとより、オレわかんなーいとひと言答えたきりだ。
 残るブーレイが、いい加減にその口を閉じろと振り向きかけた時。
「…あ! ブーレイさん! もうちょっと右に寄ってくださいますかぁ?」
 唐突にグレアムに言われて、ブーレイはいぶかりながらも言われた通りにした。
「……いや、待て。そうじゃなくて。てめぇさっきからうるせぇんだよ! 垂れ流す蘊蓄が遺跡に役立つならまだしも、微妙に的をかすりつつも外れてんじゃね えか!! 生きて帰りたかったら、俺の集中力を乱すんじゃねえっ!!」
 勢いに任せて、声の限りにそう怒鳴る。
 そして、怒鳴られたグレアムは、一瞬まじまじとブーレイの顔を見つめ、そして手元に握りしめた羊皮紙に目を落としたきり。


 ……そして、今に至るのである。
 

「むぅ。グレアムのおっちゃーん。泣いたらダメなんだゾ?」
 ララが、グレアムの服の裾を引っ張る。
「ところで、地下聖堂というのはこの先ですか? さっきもアンクランスさんと話してたんですけど、今のところ、魔力は感じないんですが…」
 ミュレーンに尋ねられたブーレイが溜息をついてミュレーンに向き直る。
「ああ…そうらしい。ただ、その聖堂への入り口が見付からねえんだ。グレアムが持ってる図面にも入り口は書いてあるんだが、あるべき場所に入り口がねえ。 目に見える場所じゃねえと、あんたの魔力感知も役に立たねえんだろ?」
 建物の内側に向いている格子窓を恨めしそうにブーレイが睨む。おそらくはその先が聖堂だ。地下聖堂との名の通り、1階に当たるこの廊下からは、その天井 部分しか見えない。入り口がどこかにあるはずだが、1周してもそれが見付からないのだ。ところどころに建物の外壁にあるのと同じような格子窓があるだけ。 その格子窓を外して、いっそそこからロープでぶら下がろうかとも考えたが、どれだけの深さがあるのか分からない上に、格子窓と壁の接合面は、とても外せた ものではない。
 そして窓そのものは、嵌め殺しというタイプの窓であり、鉄製の格子は光と風、音を通すものの、開閉は出来ない仕組みになっている。つまり、窓を開けて聖 堂を覗きこんでみるということができないのだ。
 戻らなかった冒険者たちも、入り口へ辿り着く方法は、事前には発見出来なかったらしい。行けばわかるだろうという期待を抱いてここへ来て、そして、おそ らく彼らは見つけたのだ。地下聖堂へと至る道を。
 その冒険者たちの、駆け出しよりやや時が過ぎた程度という腕前は、自分たちよりは下だと思う。そうじゃなきゃこんな仕事は受けない…とブーレイはあらた めて思う。その彼らよりも有利な条件にあるはずの自分たちが入り口を見つけられないはずはないと。
 地下聖堂にたどり着けないということは、冒険者たちの亡骸も手に届かない。つまり、“形見”を持ち帰るという依頼が果たせない。そして、目の前の中年神 官はこの始末。ブーレイはぼりぼりと頭を掻いた。もしも、そこにあるべきものがあれば、それは掻きむしられて乱れていただろうが、ブーレイに関してはその 心配はない。遺跡に入る前にきっちりと、毎日の習慣を済ませていたからだ。
 エレミア製の、品質の確かなカミソリで頭の毛を綺麗に剃り上げ、ガルガライス産の果実から採れる油を数滴。そして、麻布でマッサージした後には、柔らか なセーム革で磨き上げる。“形見屋”であることと同じくらいのこだわりをもつ“ヘアスタイル”は、今日も、一点の曇りもなかった。



優れた調和を生み出す光は45度の角度からの入射光であり、
この光によってオブジェを正しい姿に表す。
レックスに住む人々はこの光のおかげで造形感覚に優れている。
                     ───“黒窓の”レスポール




「なぁ……? 嫌な予感がすんのは俺だけかな?」
 呟いたのは、森妖精である。その敏感な耳に何か捉えたのか、それとも精霊力に関わる何かかと、グレアムを除く全員がヨハンの顔を見る。それぞれの顔に浮 かんだ緊張の色を見てとって、ヨハンは苦笑した。
「ああ、違う違う。化けモンがどうとか、仕掛けがどうとか…そんなんじゃねえさ。旦那がただってそりゃわかってるだろ? 旦那がたに感じとれないモンが俺 に感じ取れるわけもない。そんなんじゃなくて……神官さんだよ」
 腕を組んだままの姿勢で、ヨハンは片手だけをわずかに上げて、親指でグレアムを指し示す。
「なんじゃ、まぁだ拗ねとったんか。わしゃまた、次の説教の文句でも考えとんのかと思うとったで」
「……で? 嫌な予感ってのは何だ?」
 先刻と変わらない様子のグレアムを視界におさめ、ブーレイがヨハンに改めて問う。
「この旦那……」
 ヨハンが説明しかけた時。
「わかりましたぁ〜〜っ!」
 いきなり顔を上げ、そう叫んだのがグレアムである。
「いやぁ〜〜わかりましたよ、さっきからずぅっと計算していたんですがねぇ〜〜。あ、ブーレイさん〜、聞いてくださいますぅ? みなさんも………………お やぁ? どうなさいましたぁ? みなさん、そんな驚いた顔をなさって……あ、ひょっとして何かのモンスターが近くに? これはいけません…私は邪魔になら ないように下がって……」
「………………待てやコラ」
 ブーレイの低い声。
 がはは、と笑いながらアンクランスがグレアムの肩を叩く。
「なんじゃ、計算しとっただけか」
「…………ああ…俺の嫌な予感が当たったか…。ぶつぶつ呟いてるのが聞こえたのは空耳じゃなかったんだな…」
 なんとなく遠い目をするヨハンの肩に何故か登り始めながら、ララが笑う。
「ナカタガイとかってやつじゃなかったんだね! オレ、タナカガイなんていう貝の化け物なんか見たことないから、心配だったん★」
「ララ…それ、ダブルで間違ってるから。な?」
 それ以外に言いようもないヨハン。
「え……えと……こほん。それで…何かおわかりになったんですか?」
 気を取り直して、といった風情のミュレーンに促されて、グレアムが得意げに説明を始める。
「ええ、聖堂に至る入り口の仕掛けですよぉ。ミュレーンさんの魔力感知に反応しないのは、仕掛けが聖堂の内側に施されてるからなんですねぇ。建物にたくさ んある黒い格子窓で調節された光が……ほら、今、私たちがいる回廊に射し込みましてですね、聖堂を訪れた客は、おそらくは最初から用意していたであろう鏡 などを使って、内側の…この、聖堂側の格子窓ですね、そこに、外からの光を反射させるんですよぉ。おそらく、聖堂の床面に向かって。そこに扉を開ける仕掛 けがあると思われますぅ〜」
「……………待てって言ってんだろが、コラ」
 再び、ブーレイの低い声。
「へぇ、すげぇな。旦那、ずっと黙って凹んでんのかと思ったらそんなこと計算してたのか」
 ヨハンの声にグレアムが首を傾げる。
「……へこ、む?…ですかぁ? ………えーと……どうしてですぅ〜〜?」
「がはは、グレアムにはどうでもよかったちゅうことじゃのぅ。じゃけぇ、どっからそんな計算が出てきたんじゃ? ブーレイやララの懐ん中には手鏡くらい 入っとろうが、おまえはそんなもん、持っとらんじゃろ?」
 アンクランスに問われて、グレアムが何故か照れたように頭を掻く。
「あはははぁ〜…それがですねぇ。ちょうどよいところに、入射光と反射光を計算できるものがありまして……」
 グレアムの視線を感じ取ったミュレーンがいち早く、動く。次にヨハンが、ララを肩に載せたまま、3歩ほど下がる。アンクランスは気にせずに、がははと 笑っている。
 グレアムの視線の先はブーレイの頭だった。
「ブーレイさぁん。その角度をキープしたまま、廊下の次の角まで歩けば、おそらく入り口の扉が開くと思いますよぉ〜」
「…待てやゴルァッッ!!! んじゃ、なにか!? おまえが凹んでんのかと思って、謝り続けた俺の誠意は全く届いてなかったのか? ってか、意味なかった のか!? それより何より、さっき、もうちょい右だとか言ってたのは、俺の頭の照り返しが目的だったのかぁっっ!? ミュレーンっ! 服の裾を離せっ!  このボケ神官の形見もついでに持ち帰ってやらぁっっ!!!」


『生きる喜び』はひとつの常套句である。
もし、人の一生を天秤にかければ、喜びよりも哀しみが多い。
                    ───“黒窓の”レスポール






  


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